第127話商都の少しだけ長い一日 その1
そんな出来事があった翌日である。
昨日は昼以降も節令使府から駆けつけた役人相手に実況見分だ取り調べだわの立ち合いをする羽目となり、結局休暇も糞もない一日となってしまった。
ならそれ以降は連日のように飲食で気分晴らしてたかというと、残念ながらそうでもない。
一部のド畜生を除いてあんなR18Gな光景見た後だと食欲が湧く者もそうはおらず。仮にあったとしてもお通夜みたな空気での食事風景であった。
おまけにさっさと寝て忘れようとしても幾人かは夢に出てきそうな恐怖があったのか中々寝付けなかったという話を耳にした。
折角イイ宿泊ってるのに台無しだよ。何割か自業自得な気もするが気のせいと無理矢理思わないとやっとられんわ。
なお俺に関して言えば比較的食欲あったからスープや果実のみで飢えを満たして終わったな。睡眠も酒の力借りてとはいえなんとか寝れたし。
「やっぱりリュガさん感覚麻痺してますよそれ。なんすかその鋼メンタル。その内殺人見ながら普通に食事してそうで怖すぎっすよその慣れ具合」
「……」
薄々自分がこの世界の人間寄りになってる自覚はあるが、いざ他人からそのテの指摘されると軽く凹むなおい。
翌朝平成に開口一番そう引き気味指摘されて俺は何も言えずに視線を天井へと逸らすしかなかった。
こんな感じで迎えた双頭竜解体日。ある意味ここまで来た目的であるメインイベント。
まぁとは言うが一日で終わるようなものではない。
なにせドラゴン系の解体は骨の折れる作業な上に今回のは損傷激しい個体が相手だ。
ただ闇雲に切り刻んでいけばいいわけではないわけで。貴重品を床に垂れ流す真似をしない為に慎重に事を運ばなければならない。
初日はいわば式典的な要素が強い。最初の一手を加える儀式的なものということで俺を含むお偉いさん方が立ち会うのだ。
俺だって解体最後まで見届ける気はないよ。とりあえず渡すもの渡して後は結果待ちだよ。
渡したら後はギルドの仕事と責任の範疇となるので、今日を終えたら残りは商都見物に勤しみたいもんだけど。
その前に片付けなくてはならん問題があるんだからまいっちゃうよなぁ。
嘆息しつつ俺は主だった者らと宿を出て目的地である解体場へと向かっていた。
しかしギルドのある方角へではなく、それどころか商都の中ですらない。
双頭竜の解体は大型を解体する際に使われる特別な解体場で執り行う事となっていた。
レーヴェ州ぐらいになれば建物も大きいので大概の魔物はすぐさま建物内にある解体施設に持ち込まれる。
しかしながら時折SやAが大物を仕留めてくることもあり、更に多数の冒険者が大量討伐に同時に成功して一気に持ち込むという事態も発生したりもする。
そういう時に使われるのがこれから向かう解体所だ。
商都の外に出るとはいうものの遠出するわけではない。
正門を出て城壁沿いをしばし移動すると関城のような形状をした建物が見えてきた。
ようなと言ったが厳密には関城ではある。元々の用途ではそういうつもりで建てられた。
遡る事四百年以上前。まだ今の王朝が建国される寸前の事である。
この地に元からあった街が戦災に備えて防壁を建築したものの、完成直後、幸か不幸か本格的な戦に巻き込まれる前に統一された。
とはいえ建国直後でもあり守りの備えは必要という事で省都として定められた。それからしばらくの間は節令使府が軍事用として管理していたという。
変化があったのは今から約二百年前。
冒険者ギルドからの強い希望により維持費と管理責任を負い、非常事態発生時は無条件で施設提供するという条件で節令使府が譲渡。
無論ギルドが熱望しただけではなく、商人達からの献金交じりの嘆願と、建国前の混乱期でさえ一応戦火に巻き込まれてなかった故に必要性低くなって持て余し気味だった事情あっての事だが。
譲り受けたギルド側は外観はあまり変えなかったが内部は結構改造したらしい。献金含めて金はかかったが建築費用大分節約で差し引きゼロにはなったとか。
誤算があるとしたら思ったより使用頻度低くて少し割に合わない事であろうか。これに関しては当時のギルドの要らぬ皮算用の招いた自業自得か。
そうそう大型モンスター討伐してくる冒険者なんて出てくるもんじゃないよ。出現頻度も考慮すれば年に一回あれば多いぐらいだ。
ウチんとこのマシロとクロエが異常なんだよ普通に考えたら。
レッドドラゴン、ベヒーモス、クラーケンに双頭竜。これらをほぼ二年で討伐するなんて古今東西例で極稀。それこそ伝説レベルの文献漁らないと駄目なぐらいではなかろうか。
損傷具合の酷さや日頃の言動のお陰で査定が辛目となってるが、それがなきゃとっくにSになってる実績。
つーか普通に世間で騒がれてもいいレベルなんだが、アイツらの言動知れ渡ったお陰で誰も好き好んで地雷原に足を踏み込もうとせず今に至るのは俺的には果たして良いのか否か迷う。
今回は勇少年に功を譲ることになった。しかし次また大物討伐したら間違いなく更なる高みに上るのは確実だ。
当の本人らは微塵も意識することもなく寧ろ面倒臭さも隠してないがな。
実際出かける寸前まで「出すもの出したら帰りたいんですけどー」と言って憚らなかった。面倒事に立ち会うぐらいなら退屈持て余してごろ寝してる方がマシなんだろうな。
今こうして解体所に赴いてる最中でさえバイクに乗りつつも俺越しに気怠そうな笑み浮かべてしりとりなぞしていた。
少しは自分らが得た成果に興味を持てよ。
呆れつつもああ言えばこう言うになると分かってるので俺は黙って前を向いて黙々と馬を進めるのみである。
正門を出ること十数分後。
俺らは目的地である解体所へと到着した。
「レーワン伯ようこそお越しくださいました」
「お待ちしておりましたぞ」
「いやはやこうしてこの日を迎えられるとは」
到着すると口々にそう言いつつ俺の前に人々が歩み寄ってきた。
王都、ヴァイト、レーヴェの各冒険者ギルド関係者。レーヴェでも名の知れた商人ら。それにレーヴェ州節令使府からも警備や立ち合い名目で多くの人が来ていた。
ギルドからは王都からは顔見知りの副マスター、ヴァイトでは取引の為に派遣された事務員や後学の為に解体係のリーダー。レーヴェはマスターであるアランさん自らが来ていた。
商人らの中ではフォクス・ルナール商会の人間が居るのは分かるとして、表向きとはいえただの一商店主である筈のアーベントイアーさんがしれっと混ざっていた。
「昨日ぶりですなレーワン伯!」
「……チャレンジャー商店店主は事前に伝えられた人員には入られてなかった筈ですがな?」
「いやなに昨日すぐさま商会に足を運んで当主らに土下座して泣きついてまいりましてな。ご温情で見物の端に加えさせてもらいました」
絶対嘘だな。強請と書いておねだりと読むぐらいに強引に同行してきたんだろうな。
陽気に笑うご老人の傍に控える商会の人々が諦め交じりの苦笑浮かべてコッチに頭下げてるのでお察しですわ。
昨日縁を結んだ途端にさっさと帰ったのはコレの為か。俺との交友機会少しでも得ようとしてんなぁ。
まぁ俺は別にいいけどな。それに周りの連中も商会の元当主が立ち会うならば格式的にも問題ないと判断してんだろうし。
ひとまずは挨拶だけ済ませて室内に入る前に俺は解体所周辺を見回した。
冒険者や駐留軍兵を含めてざっと数百人。彼らは険しい顔つきで建物周辺を警備していた。
Sランクのドラゴンの解体だからよからぬ輩に対する警戒はする。外からもだが、中から懐にねじ込んで持ち逃げする奴を捕える為の要員だ。
しかし冒険者の中にはこの地におけるSランクも居るし、駐留軍側には騎兵も百近く待機させられていた。いつもよりも物々しくされている。
何故かと言えばやはりワルダク侯爵の件だろうな。
昨日無様に逃げ出した侯爵一家。節令使府は捕縛するつもりで追撃をかけたが結局逃げられてしまったという。
道行く人々に配慮しつつ追いかけた兵士らと、配慮せずに侯爵夫人の攻撃や取り巻きらの暴力で追い散らして逃げた侯爵らで差がついてしまった。
当たり前だが追いかけた兵士らが市井の人らに気を付けつつ動いた方が正しいのだ道義的な意味でも公権力側としても。
アイツラが馬鹿のくせに悪知恵だけは本能的に冴えてたらしい。とにかく自分の滞在してた屋敷に逃げ戻ったかと思いきや、その日のうちにどこからか抜け出して逃走したというのだ。
追撃部隊が屋敷に踏み込んでももぬけの殻。置いて行かれた数名の使用人を尋問したところ人相の悪い連中に護衛されていたという。
そいつらの使ってる裏道使ってどうやら湊方面に向かったというが、未だ発見されてない。
なんというか裏で反社と繋がってるのを隠す気なくしたな。自分からドツボにハマっていってるの理解してないのか?
レーヴェ州節令使府としても最早見過ごすわけにもいかなくなるわこれ。
節令使であるマルシャン侯爵個人としても相手側の罠と疑うぐらいに攻撃甲斐のある醜態晒しと思って今頃朝から前祝の酒でも飲んでるレベルだろう。
このままにどっかに逃げてくれればなんだが、恐らく俺への報復を考えてる筈。
となれば此処が狙われる可能性は高いというか、宿への再襲撃という可能性除けば此処しかないだろう。
けどなぁ何をどうするつもりなんだろうあのテンプレ屑貴族一家。
という疑問を持ったがすぐさま自分で回答を出す。
金か人脈か或いはどちらもを駆使して手製を集めて襲撃をかけてくる。これであろうな。
昨日は二百かそこらで来たから負けたのであって数を増やせば流石にあんな化け物共でもなんとかなるだろう。自分に屈辱と恐怖与えた生意気な小僧に今度こそ復讐してやるぞ!
とか軽い考えを拠り所にして仕掛けてきそうだな。
その場合如何程集めてくるか知らないが二百よりかは多いの確実か。しかしそうなると外で警護してる駐留軍とギルドの混成部隊に抑えられるのがオチな気もする。
名前を売るという政略としては来てほしいが個人としてはベタな言動しか出来ない三下なんか来てほしくもないと悩ましい。
関係者らに案内されて解体所の内部へ入りつつ俺は内心嘆息する。
いつもながら何かしら溜息吐くような出来事に出ぐわしてるよな俺。たまにはご機嫌な毎日を過ごしてみたいもんだ。
いかんなまたボヤきだ。今からの事へひとまず思考切り替えないと。
解体所内へ入った途端、ひんやりとした空気が全身を嬲る。
この季節にしては思いもがけぬ肌寒さだ。先日の商会の屋敷にあった冷房装置よりも涼しい。
マシロとクロエ以外の面々も目を瞠りつつ周囲を見渡していた。
空気の流れを追ってみると発生源を見つけた。
俺の眼前に大きなくぼみがある。
穴というほど深くはないが、軽く二、三十mの広さがあるので深めなものに見える。くぼみの内部は石造りであり、冷気に充てられてるのか表面に結露が浮かんでいた。
穴の周囲には魔術師の装いをした面々が手をかざして呪文を唱え続けているのが見えた。やや薄暗くが近くに居た魔術師の一人の首にはギルド職員の証が下げられてるが目に留まる。
手から発してるものは氷魔法の類なのか、目に見えて冷たそうな光でありそれらがくぼみの中に散布され続けている。
「これが当ギルドの大型魔物解体設備です。ここでなら夏場でも腰を据えて解体に取り組めますからな」
物珍し気に見てた俺にアランさんが語った。
氷魔法の使い手を専属として常在させており、普段はギルド内で警備員として控えさせているが、こういう仕事の際は期間中交代で解体所内を冷やさせているという。
一目見るだけで三、四十は居る。氷魔法を使いしかもそれなりの効果を発揮出来る者をこれだけ集めてギルド専属として雇い続ける。
言ってしまえば人力冷蔵庫ではあるが、魔法というところが実にファンタジー世界だな。
場所の使用頻度も考えたら確かに商都や王都ぐらいでしか出来ない金をかけた方法だろう。それだけ大物相手は物理的に一日で終わらない上に慎重さも求められる厄介案件なわけだ。
室内に更に目を向けると壁際に大勢の人間が並んでるのに気づく。
幾度も冒険者ギルドに出入りしてるのですぐ分かった。あそこに居るのは全て解体作業を行う人々だ。
「ドラゴン解体経験者を中心に二五〇名集めました。三州合同というのもそうはないですから私もこれだけ集まる処を見るのは久方ぶりです」
「確かに大型相手とはいえ集めたものですな」
「とは言うものの、ドラゴン解体経験及び知識持ちはその中で二十名程。彼らを中心に残りは助手みたいなものですね。無論この話持ち上った時から最低限の講習はさせてましたが」
「そちらには苦労を掛けてしまって申し訳ない」
「いえいえこれが私どもの仕事ですので伯が気に病む事は何もありませぬ」
節令使から間近でストレートに謝られたアランさんは驚きつつも落ち着いた様子で頭を振る。
確かに相手の言う通りギルドの仕事な上にその分の見返り期待出来るものとはいえ、多忙であろう時期に思わぬ大仕事持ちかけてしまい少しばかり申し訳ない気持ちはあるわけよ。
まさか初めて入ったダンジョンを一発踏破した上にダンジョンボスも容易く叩きのめして持ち帰ってくるとか早々ない事だからな。
こうして周囲の苦労やその結実を目にすると改めてとんでもないことをやってのけてたんだなと実感するよ。立ち会った俺は未だに無駄に怖い目にあった印象が強くて素直に思えないが。
「用意出来てるんならさっさとやっちゃってよー。ホラホラ今から出してあげるからそこのけそこのけー」
「くくく、スロージョブに付き合いは愚かしき時間の残響を散らせし滅すべきナッシング」
「気持ちわかってやるからお前ら少しは緊張感持ってくれんかね!?」
俺やアランさん達が始まる前に各々思いを馳せてる僅かなひと時を無視してマシロとクロエはバイクをくぼみの前まで前進させていく。
配慮や気遣いなど路傍の石の如くなその態度のアランさん達は唖然としており、モモ達も何と言っていいのやらと顔を見合わせあう。唯我独尊気味な二人を面白がってるのはアーベントイアーさんぐらいなものだ。
感慨も糞もないのだが、これが本日のメインイベントの幕開けとなるのであった。
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