第126話ご老人と他愛ない雑談などを
思わぬ来訪者に驚く俺達であったが、まさか出直してきてもらうわけにもいかないので先代当主殿とお話をする事に。
とんだ大量殺人現場と化してる外で立ち話は論外というわけで、当面の処理は駐留軍兵士らに任せて宿へと戻る。
宿に入ると支配人らが顔色を赤くしたり青くしたりして俺と窓を交互に見つめてる姿があった。
完全な巻き添えで宿の周りがとんでもない事になったので言いたいことは山のようにあるだろう。
正直謝罪以外の選択肢はないんだが、ひとまずは素知らぬ顔で「詫びとして支払いはこちらで行わせてもらうので清掃業者を至急呼びたまえ」とだけ告げておこう。
宿側も俺に苦情を言っても仕方がないと理解はしてるのだろう。俺の言葉に力なく頷きながら成すべきことを成すために俺らの前から立ち去っていく。
本当にごめんなさい。いやマジでここまでスプラッターホラー映画みたいな光景になるとは思わなかったわ。
不運を背負ったような背中をしてる支配人らに心の中で詫びるしかない俺であった。
当の本人ら?内心どう思ってるが知らんけど終わったら即座に他人事のように平然としてるよ畜生め。
貸し切り状態な上に宿の人間もほぼ業務の為に散っているので、人の目を気にする必要のない俺らは食堂に腰を落ち着けた。
厨房担当の者に飲料を持ってくるよう指示しつつ腰を下ろす。相手の方も同時に向いの席へと座って一息吐いたようだ。
「改めまして本日の突然の来訪に対して迎え入れてもらい感謝致しますぞレーワン伯」
「こちらこそあのようなお見苦しい場での初対面となってしまい申し訳ありませぬ。事前にご連絡があれば歓迎の準備を少しは出来てましたが」
「いやいや気にされず。前もって約束をせずに勝手に出向いたのは私ですしな。それにお陰で面白きものも目にしましたので」
そう言ってアーベントイアーさんは視線を俺の背後に立っているマシロとクロエに移動させた。
「そちらのお嬢さん方が噂の若きAランク冒険者ですか。確かにあのような事を造作もなくやってのけたのを目にしたら否定する方が難しいでしょうな」
彼らが駆けつけた時点でほぼ終わってるようなものとはいえ、あの凄惨なものを見れば察せるのだろうな。
だからなのか誰がやったか疑うことなくアーベントイアーさんは感心したように頷く。
「それだけでなく他にも興味深い話を耳にしておりますが、其の辺りのお話も伺えたらそれだけでも来訪した甲斐がありますが如何ですか伯爵?」
「……まぁ話せる範囲でよければ。何分明日は解体の立ち合いもあるので込み入った話を長々とは出来ませぬが」
「構わないですよ。私のような暇を持て余す老体と違って伯はお若く多忙であらせられる身。それは十分承知しておりますとも」
「本気で仰ってるようには思えませぬがな」
アーベントイアーさんの発言に俺は苦笑を浮かべて応じた。
当主として商会を取り仕切ってた頃よりかは確かに時間的余裕は生じてるのだろうが、それをもって暇を持て余してるが結びつきはしない。
子供らに座を譲って商会の仕事から一歩退いたとはいえ、新たに店を立ち上げて日々あちこち出歩いてるという話を当の現当主らからは聞いている。
なんでも「先祖代々受け継いできたものではなく、一から自分で立ち上げた店を自分が死ぬまでにどこまで繁盛させられるか試したい」というだけの動機で始めたという。
行動力の塊なところは衰えることもなく、まさに老いて益々盛んを地で行く老人なのだ目の前にいる男は。
そんな人物のしおらしげな発言など額面通りに受け取ったら何かで足元掬われかねない。
フォクス・ルナール商会三人目の当主を相手にしてるつもりで対応していくべきだなうん。
十数秒ほどそんな考えを脳内で行った俺は咳ばらいを一つして一旦別の話題に切り替えた。
「それにしてもアーベントイアー殿は一応は商会から独立した個人店の主というのに今回何故商会の者らと駆けつけられたので?」
来訪するにしろあんな物騒なタイミングで来なくても終わった後に悠々と顔出してもよさそうなのに。何かあったら色々困るだろう本人も商会の人間も。
という素朴な疑問だった。
それに対してアーベントイアーさん曰く。
「小用あって商会の者に会おうと店の一つを訪ねたらたまたま向かう準備をしてた者らを目撃しましてな。その瞬間閃いたのですよ。このまま同行して向かったら面白いだろうと」
最後の部分何て言った?
思わぬ動機に心の中で数歩よろめきつつも俺は強いて謹直な表情のままに確認も兼ねた質問をぶつけてみる。
「…………勘という言い方は適切ですかなこの場合?」
「まぁぶっちゃけた言い方ではそうですが、これでも長年の経験と己の才覚に基づいたものですからな。その辺の素人のあてずっぽうよりかは信憑性高いと自負する次第で」
だからって面白そうだからってだけで衝動的に動向するとかライブ感ありすぎだろじいさんよぉ。
下手したら怪我ぐらいしてたかもしれない現場に赴くにはあまりにも気負いのない言い草に俺は内心呆れ交じりの舌打ちを禁じ得なかった。
まぁやり手の商売人ならこれぐらいの即座の決断力と行動力はあるものなんだろうな。とか好意的解釈しておくか。
「私の子供らが伯にあらかじめ頼んでた筈ですしな。約束取り付けてると踏んでるのも決断の理由でしたな」
「当主殿らには確かに来訪の際の話はされてましたが、もしやあれはそちらの指示で?」
「いえいえそんな。単に私の子供なら伯に関心持ってた私の事を耳打ちの一つもするでしょうからな。まっこれも親子ならではの信用故ということで」
自分ならそうするだろうから自分の子供も同じ考えをして実行するだろうという自信な気がするんだが、そこはツッコミ避けるか。
「それでも滞在中に訪問出来たら良いとは考えてましたからな。今日駆けつけたお陰で珍しいものも目撃出来ましたから」
「珍しいもの?私の左右に控えてる者以外に何か?」
「外で伯を守ってた鉄の乗り物ですよ。あれは非常に興味深いですな」
「……鉄で出来た魔道具の類なぞ珍しくはないのでは?」
俺の発言にアーベントイアーさんは喉を鳴らして笑った。
「これは私の勘になりますがな、あの乗り物は魔力とかで動くものではないと見ますが如何です?」
「理由は?」
「まず単純に形が魔道具らしくない。少なくとも我が国含めて近隣十数か国では確実に見ることのない風変わりな形をしておられる。よしんば思いついたとしても再現するほどの腕は熟練のドワーフですら無理でしょうな」
「……」
「次に動力に魔力が使われてる風には見えない。ゴーレムであれ魔力炉使った道具であれ何かしらの形で目に見える形跡がある筈。魔道具作りに携わる者は大なり小なり魔力を使った道具というのを示したい自己顕示欲がありますからな」
「そういうのを気にしない変わり者が造った可能性もあるのでは?」
「ないですな。何故ならその次に武装。あんな飛び道具なぞ私の長い人生でも一度もお目にかかった事がない。例え欠陥があるとしても新しき物を生み出してそれを喧伝しない魔道具作りの関係者なぞおりませぬ」
「……確かにああいう道に進む者は何かしらの成果を生み出す事を生きがいにしてる節がありますからな。断言するほどとは驚きましたが」
「伊達に長年大店の当主をしておりませぬよ。噂程度のことですら耳に入ってこないのはちとおかしいですからなあの乗り物の存在は」
「噂ぐらいはあったのでは?」
「それはここ一、二年でございましょう?しかもそれはそちらのお嬢さん方と同時期に生じてきたものな上に、そちら以外では相変わらず何一つ流れてこない話ともなれば、特異な物として興味そそられるというものです」
「うむ、まぁ仰る通りです」
アーベントイアーさんの指摘に俺は反論出来ずに肯定するしかなかった。
誰もがツッコミいれるべき存在だろうバイクにここまで言ってくる奴は初めてであった。
大半は魔道具の類かもで終わるか訳の分からないモノだから触れないでおこうと無理矢理無視するかだった。
バイクの事を明かすというのはマシロとクロエの話もある程度明かす羽目になるからそういう面倒事を避けれるから今まで気に留めてなかったが、いざ興味をもって踏み込まれたらそりゃそうだよなぁとしか。
かといってだ、御見それしましたと感嘆して口を軽くする流れにはせんがな。
興味本位で根掘り葉掘り訊かれたら俺の目的含めて口外憚れる内容も漏らしてしまう恐れがある。いつかは誰かに露見するにしても今は駄目だな。
それに、ウチんとこのド畜生の事を考えたら触れられたくない事も多々あるだろうしな。
マシロとクロエにとってデリケートな話題であると同時に、一歩間違えたら質問者の死に繋がりかねない。何が地雷になるか俺も未だに把握しきってるわけじゃないしな。
互いの為にも深く追及はしてもらいたくないんだが、さてどこまでどう話すべきかなコレ。
俺が思案顔して沈黙をしてる中でアーベントイアーさんはそんな俺の表情を見やりつつ話を続ける。
「無論、今ここで全て語れるものではないのは承知しておりますとも。この街の有力者の一人とはいえ、初対面の老人に少しばかり看破されて口が軽くなるような御方らでないでしょうしな」
「ご承知の上で話されてるというわけですか。何故そのような事を?」
「なに私の予想を一通り語ってみてどんな反応を示して、どこまで正解なのか知りたいだけですよ。私は常に好奇心や興味の有無が言動の出発点な性分でして」
「深い意味や他意はなく、あくまで個人の欲求からの質問と仰るのか?」
「何ならこの場で誓約書でも血判状でも記しましょうか?この場で語られたことは私個人のみが得るものであってそれ以上の利益追求に用いないとか」
「しかしそちらは個人経営とはいえ店を持つ商人。情報も一つの商材と見るなら幾ら誓ったところで店の利益になる可能性は高いでしょう」
「五十年ぐらい前の私ならともかく、今の私個人がこの場で満足出来るなら店なぞどうでもいいですな。商会や店ではなく私個人が知りたく満たされたいのですよ」
悠然と。だが自信満々に私は冒険心や好奇心ブルンブルン男ですと言ってのける老人に俺は唖然とした。
チラリと左右に視線を走らせると、俺だけでなくターロン達も滅多に見ないタイプの相手だからか無礼であるのも忘れて客人を凝視している。
マシロとクロエも驚きや呆れはしてないが薄笑いの雰囲気は悪くない方のものだった。こいつ等的にこういうイイ性格してる奴は嫌いではないのかもしれない。
俺も実のところ多分嫌いではないタイプではあるのだ。
危険が伴うの承知で欲求満たすために積極的に首を突っ込んでくる手合い。しかもいい年した老人なので先の事もあまり考えずに済むのだから厄介ではある。
ではあるが、万が一巻き添えにしても深い罪悪感がなくて済むのは利点かな。
個人商店の主とはいえ大手老舗商会の先代という立場が消失したわけでもない。才覚は全盛期より衰えてたとしても長年の経験でカバー出来てる筈。
今後を考えたら地元貴族組以外に商業面で頼れて尚且つ身軽に動けそうな人材は欲しいところだ。
俺の目の前に居る老人はそういう点では鴨が葱を背負って来たレベルに歓迎したいとこだが。
俺は腕を組み顎に手を添えて考えつつアーベントイアーさんとの会話を続けた。
「あなたの言を信じるとしましょう。最低限の答えを提示しますと、あなたのご想像どおりあの乗り物は近隣諸国どころかこの大陸では存在しない物です」
「やはりそうでしたか。となると出所を考えますとあれは」
「お待ちください。その先をお話するとなれば今少し腹を割って話す間柄になって頂くことになります」
「商会に居る息子らを介した程度ではまだ足りませぬか?」
「それはそれ、これはこれです。アーベントイアー殿自身が私と、大袈裟な言い方をすれば一蓮托生する覚悟持つぐらいの間柄でもないと話せない部分もありまして」
「なるほどわかりました。この老人でよければ伯と商会関係とは別に誼を結びましょう」
いや即答かよ。
「……提案した側が言うのもなんですが、決断早すぎませんか?私が与太を飛ばしてるだけの可能性もあると危惧されないのですか?」
俺が常識的な指摘を向けるもアーベントイアーさんは皴の刻まれたダンディな顔を笑みで歪ませた。
「与太なら与太で王都の貴族であり節令使である方からどんな話が聞けるか楽しみがありますしな。私は御伽噺や物語の類もイケる口なので一向に構いませぬよ」
「……」
やべーよある意味強すぎないかこのじいさん。
いやこれぐらい胆力や即断即決っぷりあるからこそ今の彼があるということだろうけど。
ここで俺の左右で小さな笑い声が聞こえてきた。
「はいはーい。リュガの負けよ負けー。流石年の功というかイイ性格の厚みが違うというかー」
「くくく、オールドイヤーの衰えぬ生と冒険の輝かしき虎穴への道」
マシロとクロエがいつもの気怠そうで投げやり気味な笑みを浮かべつつそう言ってきた。
確かに何か得るまで帰らないぞという気構えしてる相手に何を言っても暖簾に腕押しというもの。別に拒絶する相手でもないなら回りくどい言い合いなぞ無意味か。
しかし一応確認はしときたい。場合によっては俺でもまだ知らないような話もする可能性もゼロでなくなるわけで。
「いやでも、その、お前らはいいのか?」
俺の質問の意味を正確に把握したのかマシロとクロエは軽く肩を竦めた。
「そこは要相談ってことでー。私らがイイ範囲なら好きにどうぞー」
「まぁそうなるか。とりあえず段階踏んでいくか」
あっさりとそう言われたら俺もこれ以上言うことも出来ない。
手早く相談を済ませた俺は再びアーベントイアーさんと向き合った。
「バイクの所有者である二人も了承しました。アーベントイアー殿がよければ今後も踏まえて話を致したいと思います」
「おぉ伯のご厚意誠に感謝致しますぞ。これは後日が楽しみになりもうした」
そう言ってアーベントイアーさんは勢いよく立ち上がって帽子を被りなおした。
…………はい?
えっなんでそこで帰る準備?座りなおして話聞く姿勢になるとかじゃないのここ?
突然の事に俺は目を点にしてご機嫌な老人を見上げる。
「……ここから話を始める流れと思ったのですが?」
「今日は縁が出来たのを収穫としますよ。これからちとばかし出歩く用が出来ましたので、明日以降の諸々落ち着いてからじっくり話を伺いたいです」
「な、なるほど?」
「いやはや私の勘もまだイケますな!無理にでも同行して伯らと顔合わせした甲斐がありました。それでは仕事の方の健闘祈ってますぞ!」
陽気な笑い声と共にアーベントイアーさんは商会の護衛らを引き連れて悠々とした足取りで食堂を後にしていった。
残されたのは、マシロとクロエ以外はアーベントイアーさんの嵐のような強烈さに呆然とする面々。
俺も例外ではない。
話を聞きたがってた方が言質取った瞬間に後の楽しみにしておくと強引に後日の再開約束をしていって立ち去っていくとかフリーダムにも程がありすぎる。
そういうのは左右に居るド畜生ぐらいと思ってたが、異世界にも居るものだなああいうゴーイングマイウェイな人間というのは。
侯爵から襲撃受けて、宿の庭先で大量殺人目の前で拝む羽目になって、超個性的な老人と出会って、その老人と腹を割って話すかどうかなやりとりをして。
まだ正午にもなってないんですけど。なんだこの密度。濃さで死にそうになるわ。
これでもまだ明日の解体の前座とか嘘でしょう?
頭抱えたくなる衝動を堪えつつ、俺はひとまず心を落ち着かせようと大きな咳ばらいを一つして切り替えを行い。
「……とりあえず飯にするか。そういえば俺まだ起きてから水しか飲んでねぇわ。うんガッツリ食べようか」
「あんな事があってよく食事出来ますよね!?僕ぁ少なくとも今日は肉類見たくもないんですけど!?」
平成から頭おかしい奴みたいな感じの詰られをされて思わず「あっ」と呟いてしまった。
いかん俺も立て続けのイベントラッシュに少し冷静さが消えてたようだ。
明日に引きずらないようにしたいもんだわ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます