第125話ちょっとしたざまぁとちょっとした出会いと

 いやそりゃこうなるかもしれないとは想像してなかったわけじゃないよ。


 俺が思う手加減とアイツラの思う手加減に大きな認識の誤差があるのは認めよう。その点に関しては俺が甘かったのは謝る。


 だけどな、それでも俺がボヤきたくなる気持ちっていうのは間違ってない筈なんだけど。


 俺はあいつ等に従業員が後始末に困らないよう配慮しろ的な事を言った筈なんだがな。


 お前これ完全に数日かけて大人数で清掃しなきゃ駄目なやつだし、一般人ならトラウマ確定だぞ。


 コレ絶対俺がこの宿の人達に謝罪するやつじゃんか。今のといい踏んだり蹴ったりすぎなんだよ。


 眼前で繰り広げられてる血の池製造の有様を苦い顔で見物しつつ内心で毒づいた。


 今や死人は二〇〇を超えてると思われた。


 女冒険者をはじめとした先行していた人数はほぼ消えており前に遮るものはない。いつでも侯爵一家に迫っても不思議ではなかった。


 それに気づいてるのかワルダク侯爵らは俺の処からでも分かるぐらいに恐怖に震え上がっている。輿を担いでる大男らもそうなのか輿全体が波に揺られてるかのように震えてる。


 数分前まであれだけ威勢の良かったのにな。


 ヘタレ方までありきたりすぎてテンプレのゲシュタルト崩壊起こしそうだわ。


 傍らを銃器展開させたバイク二台に守られつつ、俺は呆れ三割侮蔑六割同情一割を混ぜた形容しがたい表情を浮かべて推移を見てるのだった。


「な、なんだこれぇ!?なんでこんな事になってるんだ!?どうして僕様がこんな怖い思いしなきゃ駄目なんだぁぁ!!」


「なによこれぇ!?なんでアタクシがこんな汚らわしい光景を見なきゃいけないの!?は、早く、早くここから離れるのよ!!」


「ピペェェェェ!?ガビュアアア!?うひゃっ、ひゃぁぁぁぁ!」


 顔面蒼白で錯乱寸前だったりヒステリー起こしたりもだが、アクダイカなぞ口から泡を吹きつつ奇声上げてパニックになってた。


 見苦しい。と切り捨てるのは酷な話というもの。


 そりゃ眼前で首が飛んだり身体が薄紙のように千切られて血や臓腑飛び散る光景見て平静な方がおかしいもんだ常識的に考えて。


 待て。そしたら顔顰めてるだけで今のところ済んでる俺はおかしいってことになるのか?


 それはなんか嫌だな。俺は自分を常識的な一般人感覚の持ち主を自負してるというのに。


 自分で自分を異常認定するか否か割と深刻に考えてしまう直前の事であった。


 ワルダク侯爵率いる私兵とならず者の混成集団のうち、護衛として後方に控えてた辺りから怒声と悲鳴が響き渡った。


 次いで耳に流れてきたのは幾つもの馬蹄の音。そして刀槍の打ち鳴らす音もそれに交じって聞こえてきた。


 何が起こったのかすぐに判明した。取り巻きの一人が大声で侯爵らに報告してきたのだ。


「侯爵様!節令使府の奴らがこちらに来ようとしてます!!」


「な、なんで奴らが!?いや、そんなのどうでもいいから追い払え!どうせ様子見で街の巡回の奴らが何人か来ただけだろう!!」


「そ、それが街の見回りの兵ではなくて武装した軍の方が大勢こちらに!!」


「なんだと!?」


「なんですって!?なんでその者らがすぐさま此処に来られるのよ!?」


 侯爵夫妻の悲鳴成分多量に含まれた発言に俺は内心安堵の頷きをしたものだった。


 やれやれちゃんと来てくれてなによりだ。


 援軍は偶然の産物ではなく俺が昨日要請してたものだ。


 侯爵夫人の言う通りだ。駐留軍の半ばが商都に居るとはいえ、それなりの数の完全武装した軍が事件発生してこんな短時間に急行出来るわけがないからな。


 昨日ギルドに節令使府への報告の次いでに頼んでいたのは二つ。

 

 一つは「最低でも百以上の兵をいつでも出動状態にしてもらい、ヴァイト州節令使の滞在する宿に何かしら事が起これば内容の軽重問わず出動してもらう」という依頼。


 もう一つは「それによって生じてる事に関してはヴァイト州節令使側は被害者として正当防衛を行使しており、それをレーヴェ州節令使は是認すると共に事を起こした側に対して捕縛命令を発令する」という許可書の作成。


 恐らく鎮圧に来たであろう部隊の責任者がその許可書を携えてることだろう。所持してなくても昨日のうちに作成されて保管されてるだろう。


 これで今起こってる騒ぎに関して形式的には俺らの被害者ポジの補強にはなってくれる筈だ。


 幾ら襲われてるとはいえ、ご覧の有様な惨状に関して節令使府や街の人々からの苦情入れられる余地ありすぎるからな。


 なので現地節令使公認で反撃してますという体裁は得ときたいとこ。


 そのような内情などワルダク侯爵らが知るわけもなく、突然の武力介入に更に浮足立つこととなった。


 恐怖に立ちすくんでたとはいえまだ無傷な者が百数十は居た筈だが、それらが次々と斬り捨てられ、或いは負傷してそのままお縄についていく。


 マシロとクロエに惨殺されるよりかはマシとはいえ思わぬアクシデントについに侯爵達は心が挫けた。


「ち、ち、近寄るなぁぁぁぁ!!僕様はワルダク侯爵だぞぉぉぉ!!お前らのような下賤な者らが軽々しく近寄っていい人間ではないのだぞぉぉぉぉ!!」


「ペェッ!うぇ、やめろぉ、来るなぁぁぁ!!俺様が何をしたって言うんだ!?理不尽だぁぁぁ!!」


「えぇい近寄るでないわ!!侯爵夫人であり元聖女のアタクシに無礼を働こうとするなど許すまじ!!」


 ワルダク侯爵とアクダイカが剣や縄を手にして近寄ろうとする駐留軍兵士らに喚く中で侯爵夫人が激昂して足を踏み鳴らした。


 と同時に侯爵夫人の身体から濁った光のような靄が立ち上るのが目に見えた。


 おい、あれってまさか。


 俺の危惧は的中した。


「愚民どもめが天罰をくれてやるやるわ!!」


 ヒステリー気味に叫びつつ侯爵夫人は手から閃光を放つ。


 と同時に広場の一角で爆発音が起こった。規模はそこまで大きくないものの突然の事に鎮圧部隊の幾らかが目に見えて怯んだ。


 嘘だろマジでやりやがった。


 侯爵夫人は魔法や魔術ではなく己の魔力を固めて放出したのだ。


 コレはある程度魔術の素養のある者なら会得可能な基本技。


 無詠唱で瞬時に繰り出せて一定の破壊力が見込めるので魔法の類を学び終えるまでの当面の護身術として習うと言われている。


 欠点といえば威力の割には燃費が悪い。


 威力は個人差にもよるが、燃費は概ね共通してて一発で初級魔法四、五発分軽く費やす。


 初心者など一発撃てばガス欠通り越して魔力の使い過ぎで動けなく場合もあるという。


 あとは繰り出す速さ重視故に指向性は低く命中率はよろしくない。一方通行の廊下など屋内ですら条件によって有効さが変動する。


 なのであくまで何も身を守る術がないよりマシ程度の技なんだが、怪しいうえにブランクかなりあるだろうが元聖女と威張るだけあって威力もそこそこあるらしい。


 いやそんなことはどうでもいい。


 街の中心とか繁華街ではないとはいえ、白昼堂々と街中で魔法による破壊活動をやらかした事に軽い驚きを覚えた。


 ただでさえ死傷者出てるのにこのような愚行まで犯したとなれば爵位持ちといえども治安維持的に見過ごすわけにはいかなくなる。


 今更これぐらいでか?と疑問に思う者も居るだろうが、TPOに照らすと悉くアウトなわけよ。なぁなぁで済ますライン超えたというか。


 まぁ存在自体が元々罪を重ねてるという意味なら今更といえるが。


 侯爵夫人が苦し紛れに放った一撃で一時的に場が混乱したのを見計らってか、ワルダク侯爵一家は輿を担ぐ人達を急かす様に鞭を打ちながら逃走していこうとする。


 気づいた駐留軍兵士らが追跡しようとするが再び侯爵夫人の放つ魔力の波に妨げられ、更には混乱に生じて逃げたり抵抗をするならず者らの対処に手を焼く羽目となった。


「リュガどうするー?」


「……まぁひとまず止めとこう」


 あれだけの事をしたのに息切れ一つしてないマシロの問いかけに俺は肩を竦めつつそう答えた。


 俺が追撃をかける決断したならばその瞬間に追いついて首級上げてたんだろうけどな確実に。


 まぁ侯爵は生かす予定だったし付属物の家族もわざわざ追いかける気にもならんな。


 まだ顔を突き合わせるのは正直言ってかなり嫌だが、今後を見据えて考えるともう少し徹底的に叩き潰しておきたいのでこの程度で終わっても少し困るんでな。


 ならず者達大勢引き連れて節令使を襲撃、こちらの一方的になったとはいえ市街戦起こす、そして逃走の際に魔力を使っての破壊行為。


 これだけでも十分アウト取れるがこれだけだと単に現地の役人らの点数にしかならん。商都の人々に印象持って貰う為にはもう一声悪足掻き欲しいとこ。


 矛盾する思いではあるが、政略や打算のみで述べたらそういうことになってしまうから仕方がない。


 それも侯爵達が無事に自分の拠点に逃げ帰れたらの話。それまでに捕縛されておしまいならそれはそれで済ますことにする。


 さてあのテンプレ悪役一家は何を仕出かすやら。


 血臭をモロに嗅いで気分悪くしつつ、逃げ遅れた侯爵の手下共が自業自得の結末迎えてるのを見物してると、騎兵数騎がゆっくりと近づいてきた。


 辺り一面死体と血で埋まってたのでしばし右往左往した後、建物側が汚れてないのを発見したのかそちらに馬を止めて慌ただしく降りてきてこちらへ小走りに再度寄ってきた。


「遅くなりまして申し訳ございませんでした。ご無事で何よりでございますレーワン伯爵様」


「うむ。卿らの急行に感謝するぞ」


「恐縮であります」


 地面が血に濡れてないのを確認しつつ恭しく片膝を立てて頭を下げてきたのはこの鎮圧軍を率いてきた騎士であった。


 普段も数百人統率する権限を持っている身分といい、今回も騎兵一〇〇、歩兵三〇〇を率いて急行してきたとか。


 それとは別に冒険者ギルドからもAランク中心に五〇名。そしてなんとフォクス・ルナール商会からも護衛要員から五〇名が途中で合流して駆けつけてくれたというのだ。


 ギルドの方は昨日万が一の事態を伝えて節令使府同様備えさせていたのだが、商会の方は意外な応援であった。


 大方数日前の来訪時のように周辺に見張りを立てていたのだろうな。にしても動きの速さは流石と言うべきか。


「ところで侯爵夫人が魔力を周囲に放ったようだが被害は?」


「はっ。狙いを定めず放ったからか幸いにも負傷者は今のところおりませぬ。ただ直撃を受けた通路に穴が開いてしまい早急に補修が必要になります」


「そうか。人的被害がないのはなによりだ」


 ただでさえ精度よろしくない技な上にあんな狂乱しながらだとそうなるわな。まぁ無駄に死傷者出してこれ以上積み重ねることもあるまいか。


 コレに加えて部隊の陣容や合流した面子の事情、それとレーヴェ州節令使府としての今後の対応などの説明を一しきり述べた後、騎士は顔をあげた。


「それで、捕縛命令は出ておりますのでこれから追跡を行います。なので先日のお約束どおりレーワン伯個人の追及に関しましては」


「あぁ分かってる。こちらはあくまで襲われたから身を守っただけ。正当防衛以上の権利行使はする気はない。なのでワルダク侯爵の件はしっかり頼むぞ」


「心得ております。侯爵閣下からは伯には明日の事へ集中するよう頼む。という事です」


「うむ承知した。すまぬが引き続きよろしく頼むぞ」


「御意」


 深々と一礼した騎士はそれ以上は何も言わずに素早く立ち上がって俺の前から立ち去った。


 まだ抵抗するならず者の処理や街中に逃走した侯爵一家の追跡の指揮などやる事多いので仕方がないこと。可能な限り仕事をこなせるようお祈りしたいとこだね。


 この時点で降伏者も増えてきたからか騒ぎは一秒ごとに静まっていき、人手にも余裕が生じてきたのかこちらへ挨拶する者がまたやってきた。


 次いで応対したのは冒険者ギルドから派遣された冒険者達と、商会から来た者らの混成部隊なのだが。


 ギルド側の冒険者らの様子がややぎこちない感じだった。


 最初は伯爵であり節令使という身分の俺に対してのものと思ったがどうやらそれだけではないようだ。


 マシロとクロエのやらかした事にドン引きしてるわけでもない。いや少しは引いてるだろうが職業柄流血沙汰にはある程度耐性あるだろうし。


 小首を傾げて疑念を現していたが、しばらくして俺はあることにようやく気付いた。


 数歩後ろに控えてる商会からの応援人員の中でただ一人立って俺を見てる老年の男が居たのだ。


 別に礼を強制してるわけではなかったが、周囲が片膝立てて頭下げてる中であまりにも自然に立ったままだったのでスルーしかけてた。


 中折れ帽子を被り、高ランクの冒険者が着込んでそうな質の良さげな皮を使った活動的な服装。


 彫りの深めなダンディな雰囲気もあってこれで腰に鞭でも下げてたら現代地球で有名な考古学者な冒険者みたいな感じの男だ。


 この男が商会からの人員を率いてきたのだろうが、それにしては存在感がありすぎるし下っ端や中間管理職風な空気も感じない。それこそ社長でもやってるのが似合いそうな印象すら抱く。


 商会の人間、身なり良さげな老年男性、活動的な恰好、行動力ある人柄という噂。


 ……はて、幾つかのキーワードが浮かんでそれら全て混ぜたら一つの答えが出来上がるんだが。


 もしや。


 俺が視線を固定させて凝視寸前ともいえるやや険しい顔つきをしたことに歴戦の老冒険者風の老年の男は喉を鳴らして笑った。


「このような出来事起こった直後というのに大して動じもせず、すぐに察してくれるとは、いやはや風聞通り若いのに中々の御仁であらせられますな」


 男の言葉に、膝をつき挨拶をしていた冒険者達や男の身辺をさり気なく固めていた商会の人間らが全身強張らせでもしたのか軽く肩を揺らしたように見えた。


 俺の反応や周囲のざわつきに気をよくしたのか男はニヤリとした笑みを浮かべつつ帽子を脱いで恭しく俺に対して頭を下げつつこう述べた。


「お初にお目にかかります。私はアーベントイアー・フォクス・ルナール。フォクス・ルナール商会先代当主、現当主らの父親、そして今はチャレンジャー店という個人経営の店主なぞしつつ気ままに過ごす老人であります。どうぞよろしくお願い致しますリュガ・フォン・レーワン伯爵様」


 老いを感じさせない朗々とした声で長々とした挨拶をしてのけたアーベントイアーと名乗る男に俺は咄嗟に声も出ずに無意識に頷いてみせるしか出来ずにいた。


 どうやら個性は違えど初見で人を驚かす茶目っ気は親子共通ということか。


 堅苦しさを至上とする人間ではないが、もう少し普通に挨拶出来ないものかねぇ。


 俺も俺でそんな場にそぐわないような呑気な感想が浮かぶ辺り、朝の立て続けのイベント発生に少しばかり疲れてるのかもしれない。


 突然来訪した商会の先代当主の挨拶がひとまず事件の区切りとなる切っ掛けとなるのであった。

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