第115話雑に築き上げられていく計画

 剣呑とした雰囲気が場を包む。


 俺の目の前には武器を手にした十数人の男女が立っている。その背後に居る貴族の馬鹿息子の一声ですぐにでも俺をボコることだろう。


 左右や背後では悲鳴やどよめきを起こしつつも野次馬根性丸出しで遠巻きにして見物してる群衆が居る。


 一々咎め立てはせんけどな、お前らがこの場から散ってくれれば俺は逃亡という選択肢採れたんだよなと思うと少しイラッとはする。


 まさに逃げ場のないピンチである。


 普通ならさっさと要求通り土下座でもして嘲笑浴びれば事は単純に済んだかもしれんな。


 そして俺が我慢や辛抱を美徳とする大人ならばそうしてたかもしれんな。


 けれども生憎俺は自分で言うのもなんだが少しばかり性格が捻くれてるもので。


 自分一人が損すれば収まるとかいう自己犠牲を標準装備するのが大人だというなら俺は「いい歳した大人が」呼ばわりされても結構だ。


 まぁ虚勢でもこういった考えをこの場で維持出来るのも理由があるからなんだがね。


 俺が片手で頭髪を軽く掻く動作以外のリアクションをとらない事にアクダイカ達は不審に思いつつも苛立つように一歩踏み出してきた。


「観念したのか?だが今更遅いぞ。アクダイカ様のご慈悲を無下にした報いを受けるがいい」


「殺しはしませんよ。ただ謝らせるだけなら手足の一本ぐらい無くなっても問題はないでしょうからそのつもりで」


 多分剣士と魔法使いであろう女らが嘲笑いつつそう言い放ちながら更に数歩前進してくる。


 あー、なんか既視感あるなと思ったらあれだ。去年の今頃も似たようなシチュエーションに遭遇してたんだわ。


 あんときは銭湯第一号店開店祝いに顔出して、そこにアラスト教原理派を名乗るカルト共が乱入してきたんだな。


 もうあれから一年経過してるんだよなぁ。いやはや直後のもみ消しやモモ達との事とか色々ありすぎて実感薄いわー。


 となればこの後の流れも奇をてらおうとしなければ決まってる。


「とりあえず殺さず無力化でいいだろ。下手に殺して事情聴取や事故処理手続きで時間浪費すんのも面倒だ」


「へーへー、さっさといつものように黙らせてランチにしましょうかねー」


「くくく、ランチタイムより下等なファッキンエネミーの清掃へのウォーク」


 多分似たような考えをしてたのだろう。マシロとクロエも口端を釣り上げてそう俺に返事をした。


 その直後、小さな物が弾けたような音を聞いた。


 同時に目の前で今まさに武器を振るおうとしてた剣士と魔法使いが呻き声をあげて大きく仰け反りながら倒れていた。


「!?」


 アクダイカ達や周りの住民、それと後ろに居たモモと平成も何が起きたのか分からず呆然として絶句する。


 この場で何が起きたのか分かったのは当事者である二人を除けば至近に居た俺ぐらいだろう。


 なんてことはない。去年と同じようにクロエがその辺の小石を使って指弾を披露したのだ。相変わらず小石で人を一撃ダウンとか恐ろしいなおい。


「くくく、オンリーマイレールガン」


 状況が把握出来ずに固まってる暴漢どもなぞ知った事ではないと言わんばかりにマシロが前へと飛び出していく。


 鳥の羽ばたきの如くなジャンプからの蹴りでまず数人が遥か後ろまで吹き飛ばされた。


 次いで身をひるがえすと同時に回し蹴りで更に数人が近くの壁に叩きつけられて沈黙する。


 その間にもクロエが指弾で小石をぶつけていき次々と地に伏せられていっていた。


 まさに瞬く間の出来事。


 アクダイカが自失から戻った時には取り巻きは全て倒されており、自身もマシロに背後から突き飛ばされて前のめりに倒されて俺の足元に這いつくばる格好となっていた。


 すかさずモモが駆け寄って相手の背中を踏みつけつつ白刃を首筋に突き付けて制圧する。


 周囲の人々がようやく眼前で起こった事態を飲み込めたのか各所で歓声と拍手が巻き起こった。


 無責任に囃し立てる周囲を他所に俺は足元で倒れて感情が迷子になったような顔して首を左右に動かすアクダイカを見下ろす。


 常識的な感想言わせてもらうと「親の顔が見てみたいよ」と初歩的な毒の一つでも吐き捨てからのお説教というとこだなうん。


 けどこれ以上関わり合いになりたくないから無駄口叩かず「人様に迷惑かけるなよ」と言い捨ててこの場を去るのが無難。


 コイツラは未だに俺の事なぞ多分貴族だろうぐらいの認識だろうし周りに俺を知る者もおるまい。


 余程運が悪くなければ今後顔合わす恐れもないだろうこのまま行けば。


 手下と息子を相手にしたら後はもうボスの登場とかそんなお約束な流れなんて御免だよ俺は。


 反撃する気力も今は湧かない様子を見て取った俺は抑え込んでるモモに退くよう指示を出そうとしたのだが。


「貴族の馬鹿息子めまいったかー。ヴァイト州節令使リュガ・フォン・レーワン伯はお前のような迷惑者を許す方ではないぞよー。レーワン伯はちょこざいな悪党は容赦なくぶっ殺す御方であるぞー」


「くくく、勧善懲悪の化身のジャスティス・カウント。三下ドサンピンを裁くローキーパーな公僕のミラー」


「ちょっと待てよド畜生ども」


 何大声でそんな言う必要のない事言うのさ!?


 リスク拡大理解してないわけじゃないだろお前ら。これ以上無駄に騒ぎ大きくして厄介事呼び寄せるフラグ建てないで欲しいんだけどな僕ぁ!!


 マシロとクロエが聴こえるように大声で言ったから当然だが、人々が俺の素性を知って新たなざわめきを発し出した。


「節令使様だとよ!?いやはやヴァイトとか遠いとこから来てたのか知らなかった」


「しかもウチんとこのと違ってお供も少ないからな。いや、確かに身なりは貴族様っぽいとはいえまさか本物が普通に街中歩いてるとは」


「いやいやでもあの馬鹿そうな坊ちゃんをああして叩きのめしてくださったんだし悪い方ではないだろう」


「そうだそうだ。ざまぁみろってんだあの連中。いやでも強いなあの変な恰好したねーちゃん達」


「……」


 などと口々に評しては俺に視線を集中させる。あんまりにも注目され過ぎて迂闊な言動出来なくなった俺は黙って腕を組みなおすしかなかった。


 周囲とは異なる反応示したのは当然アクダイカであった。


 二人の発言を聞いた直後は理解が追い付かず呆然としてたが、脳が理解した途端に憤慨して顔を赤くし出した。


 反射的に起き上がろうとしたがモモに押さえつけられているので少し仰け反る事しか叶わず、更に押し当てられた剣先の痛みに短い呻き声を上げる。


 しかし地面すれすれに顔を伏せられながらも俺を上目遣いに睨みつけてくる。


「貴様ぁ、節令使なのに、同じ貴族なのに俺様にこんな真似してどうなるか分かってるのか!?」


 いや知らんがな。正確には想像は可能だがあんまり非生産的な考えしたくないというか。


「侯爵の息子である俺様に無礼を働いた報いを必ず受けさせてやるからな!俺様の父上は侯爵だから節令使程度すぐに辞めさせることだって出来る筈だからな!」


 無理だろ。お前のお父さんが宰相とかならまだしも単に侯爵ってだけで任命権持ってるわきゃないだろ。大体この国に侯爵位所持してる貴族何人いると思ってんだ。


「下等な平民どもを喜ばせて何が良いんだ!貴族が下々の奴らをどう扱おうが勝手だろうが!!俺様達は選ばれし高貴な存在だから何しても許される立場なのだぞ!?」


 なわきゃないだろ。お前が知らないだけで建前だとしても貴族も法の適用内に居るし、抜きにしても貴族にも貴族のルールとか超えちゃいけないライン設定とかあるからね。


 喋れることが悉く小説や漫画で見聞きしたような台詞だよコイツ。


 そういうテンプレ的なのしか喚かないアクダイカに俺は本日何度目かのウンザリした気分を味わった。


 会話する気にも起きないので視線を外して勝手に喚かせていたが、何度目かの発言の後に蛙が潰れたような呻き声を上げて沈黙した。


 視線を戻すとモモの隣にマシロが立っている。どうやらアクダイカの脇腹辺りに軽く蹴りを喰らわせて黙らせたらしい。


「アンタは無視するのいいけどさー、聞くに堪えないお約束台詞の数々聞かされる周囲の身にもなってよー」


「……その原因の分際でいけしゃあしゃあとよく言えたもんだなおい」


 不機嫌そうにマシロと、いつの間にかマシロの隣に移動してたクロエを睨みつける。


 俺も馬鹿ではないのでわざとらしく俺の名前を言いふらした意図は察せられる。


 察せられるが手放しでありがたがる理由もないんだがな。余計なお世話だと怒鳴りつけたいが今この場でそれをやったら意図が台無しになるから黙ってる。


 なので沈黙を続けざる得なかったんだが、ありがたいことにそれは長くもなかった。


 平成に呼ばれて振り向くと、俺らが歩いてきた方角から治安維持の役目を担ってる兵士らが駆け付ける姿が目に映った。


 その中の数名はつい先程顔を会わせた覚えがあるので内心「本当にすまない」と詫びの言葉を呟くのであった。





 駆けつけた兵士らは俺の姿に驚き、次いで俺や住民らの説明を受けて再度驚く羽目となった。


「どちらも貴族のご身分ということもありまして、この場の者の一存ではなんとも言えないものでして」


「そのようだな。仕方がない、足労かけるが州都庁から対応出来そうな者を至急連れてきてくれたまえ」


「畏まりました」


「それと私達の滞在先の宿に伝言を頼みたいので今すぐ誰か見繕って欲しいのだが」


「ではこちらの者に任せてもらうということで」


 責任者らしき男が傍に居た兵士の一人を呼び寄せる。俺はその呼ばれた兵士に事件の事とそれが原因で戻りが遅くなるので昼飯は要らないという旨を伝えるよう頼む。


 アクダイカの取り巻きらを拘束する役目を担った数名を除いて散開していった兵士らを見送る俺達。


 なおアクダイカに関しては身分のこともあって兵士らが縛り上げる事に躊躇いをみせたので俺が責任を持つと公言した上で拘束して転がしている。


 簀巻きにされた貴族の馬鹿息子を足蹴にしつつ俺は小さな溜息を吐いた。


「まったく余計な仕事を増やしやがって」


「どうせ肉体労働は私らやるんだしー、トータルだとリュガの得なんだからそんな怒らないでよー」


「肉体的疲労なんて感じる程の事態が起こって欲しくないんだがな?てか大小関係なく責任でいうなら俺が矢面立つんだぞこの野郎」


「まぁそこはねー。ほら今後を見据えた布石と割り切って頑張ってよー」


「そういうのはもう少し腰を据えてやりたい方なんだがな俺は」


「どういうことなんだ?」


「なんかリュガさんらは把握してるの前提で話してますけど、僕とモモさんにはピンとこないんで説明をですね」


 いきなり話をしだした俺らに蚊帳の外になりそうと悟ったモモと平成が説明を求めてきた。


「別に難しい話ではないぞ?結論だけ言えばワルダク侯爵成敗して人気取りしてやろうっていう話だコレ」


 面白くも無さそうに俺はそう答えた。


 実際俺からすれば無条件にご機嫌にはなれんよ。


 だがまぁ頭ごなしにド畜生共の行動に文句も言い難いぐらいには益もあるのは承知してるよ。


 頻繁に交流あるならばまだしも、この時代の通信や交通事情考えたら一度来たら可能な限り得る物を得ようとするものだ。次も来ようと気軽にも言えない文明水準の悲しいとこよ。


 物であったり金銭であったり人材であったりと、色々あるけれどもそれらをスムーズに入手するにはやはり名声というのはいの一番に得たい。


 信用とか信頼というのは目に見えない担保になる。幾ら金持ってようが評判悪ければ相手が警戒して売り惜しんだり、最悪の場合門前払いされるだろうな。


 金の亡者がなりふり構わずという場合もあるがそういうのは例外。目先の利益に飛びついた挙句最終的には双方破滅する未来しか見えない。


 でだ、今の所俺にはこの国に十三人しか居ない節令使の一人でありレーワンという代々伯爵やってる家の当主というステータスがあるんだが、その辺の奴より有利とはいえこれだけではパンチ弱いのだ。


 昨日来たばかりというのもあるけど、商都全域に知れ渡るにしろ色めき立つのは一部の商人ぐらいだろう。半分以上には「俺らにゃ縁のない御方だ」で線引きされかねん。


 なまじ素性がご立派なので何かと警戒されてしまうのだろう。歩く利益と同時に歩く厄介事でもあるからな高位高官で爵位高い貴族というのは。


 現代地球のようにリアルタイムに情報集められるならハードル低くはなれども、そうでないと未知数の部分多いので身分の壁は意外に高くて厚くなるもの。


 では短期間で好印象をアピールして尚且つ親しみやすさを付加させるにはどうしたらいいかといえば、この街で良い評判を獲得してこの地において利益をもたらしてくれる御方だと思われるようにするというもの。


 普通なら部下たちが総出でアイディア捻りだして実行に移して俺は成果だけを頂く。


 という流れだが、残念ながらそんな人材は俺のとこに居ないのだ質量共に。


 となると自分自身で何かやっていかないといけないわけで。


 けれどもどうするかと言われたら悩んでたとこ。バッサンの町でやったような施し程度では居合わせた人々に「イイ人だね」とその場限り思われておしまいだ。


 なのでもう少し全体にアピール出来そうな善行なり利益なりを叩きだすべきではあったんだ。


 まさかマシロとクロエに俺の考え察知されてた上に降ってわいたようにテンプレのような馬鹿が出てきて事態が動くとは思わなかったよ。


 特に後者な。末端の更に末端とはいえ手下捕まえられて、そして息子は公衆面前で叩きのめされてお縄にかかろうとしてるとか、知らぬ間に面子潰されたワルダク侯爵はお怒りだろうよ。


 おまけによからぬ輩と繋がりあったり、欲も相応に深い人物となれば俺を無視するわけにもいかなくなるので、殊更これ以上お膳立てせんでも相手側のリアクション待ってれば良いだけ。


 あとは程々に暴発させてささっとざまぁ展開に持ち込む。可能ならば役人連中に有無を言わさず引き渡せるぐらいの罪を引きずり出した上で。


 上からも下からもこの街で評判よろしくない大貴族殿を成敗したとなればそりゃ株も上がろうってもんよ。


 結果が良ければの話だがな。


 何が楽しくて侯爵位の奴と喧嘩する羽目になりつつあるってんだよ。


 しかも基本的にボッチの俺と違って派閥に属してる奴とか最悪連鎖で第一王女派が完全に敵になるじゃねーか。


 俺は商都には双頭竜の取引と商人連中と誼結ぶ為に来てるだけだぞ。王宮に居る連中と距離置く為に働いてるのに渦中に巻き込まれるような真似するとかおかしいだろ常識的に考えて。


 相手が目の前で伸びてる連中以外の人数抱えてるとしたら迂闊に街中歩けやしねぇよおっかねぇ。


 商都で下手に斬った張ったやらかしたらどうなるか分からないのも怖いんだから正直リターンも中々のものだがハイリスクでもあるんだよこの勧善懲悪作戦。


 つーか万が一ワルダク侯爵がこの露骨な喧嘩売りに乗ってこない場合は単に街の片隅をお騒がせさせただけの時間の浪費になるからな?


 相手がどれぐらいの数で出てくるか不明なだけに心の片隅で「そうなったらなったでいいかも」と思うぐらいには気が重くなりそうだよ。


「どんだけ数居てもさー、私とクロエが負けるわけないじゃんー。豪華客船かド級戦艦に乗った気で構えてなさいよー」


「うるせー馬鹿!お前らが負けるとは微塵と思っとらんわ!勝つまでの過程で何かありそうなのが嫌なの俺は!」


 やらかす事が確定事項のような顔で呑気に言ってのけるド畜生の片割れに俺は唸り気味に怒鳴りつけた。


 マシロとクロエは当たり前だが馬耳東風。「サーセン」と軽い調子で言った後にはモモと平成の方へ向き直って昼飯何を食べるかという話題を振りだしていた。


 足蹴にしてるアクダイカを八つ当たり気味に足先で軽く蹴りつつ、俺は呑気に雑に俺の好感度上昇作戦をやらかそうとしてるド畜生どもへ向けてわざとらしく溜息を吐いてみせるしか抗議を表現出来ずにいるのであった。


 こんな調子で明日以降大丈夫かね俺のメンタル。

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