第114話ヴァイト州節令使の軽い散歩(個人的な切なる願望)

 ウンザリした気分でお替りした果実水を飲みつつ待つ事十数分後。


 モモと平成に連れられて州都庁から役人や兵士が恐縮した顔つきしてやってきた。


 到着早々責任者と思わしき中年の役人が俺の座る席まで走り寄ってきて頭を下げてくる。


「ヴァイト州節令使様には来て早々とんだお恥ずかしいとこをお見せしてしまい誠に申し訳なく……」


「あー、構わない。どこだろうが不逞な輩というのは居るものだし、話には聞いてるだろうが元々此方の脱走兵であり犯罪者なのだから捕まえられて何よりと思ってるぐらいだ」


「ご寛大なお言葉感謝致します。では連行してすぐさま尋問行います。何かそちらに関する話が聞き出せたらご報告に伺いますので」


「うむ頼んだぞ」


 というようなやりとりをした後、テンプレクレーマー二人は手や首を念入りに縛り上げられて連れていかれた。


 喚くことなく黙ってたのは観念したとか愁傷なもんではなく、傷の痛みとこれから待ち受ける裁きに震えてのことだろうと思われる。


 無感動にそれを見送った後、俺は再度店員を呼んでお替り分の代金を支払い人数分のを頼んだ。


「しかし罪状は既に決まってるようなものだろ?少なくともこの場での脅迫や暴力行為に関しては」


「明々白々だろうと形式を踏むのが法律や行政というものだよ」


 今更引っ立てて取り調べる事あるのか?という疑問を呈するモモに俺は常識的な答えを返した。


 現代地球と違うとすれば罪状次第では即日処刑にされたり拷問のハードルが無きに等しいとかそういうの。


 連行された奴らも単なる暴れるクレーマーぐらいなら微罪で済んだだろうが、軍から脱走した上に前々から犯罪組織と繋がって悪さしてたのが致命傷になるな。


 そもそも幾ら現代地球と比較して人命軽視な世界とはいえ十人は確実に殺してるとか凶悪過ぎるだろ。よくまぁ今までバレずに逃げきれてたもんだよ。


 おまけにワルダク侯爵との関連も自白しちゃってるからな頼んでもなかったのに。


 マルシャン侯爵はこれを奇貨とすることだろうからそういう意味でもわざわざ刑場でなく州都庁に連行したんだろうし。


 俺としては逃亡犯の残りをここで片付けられるなら言う事も無い。後は好きに利用してくれとしか。


 やれやれこんな事はこれで終わって欲しいものだ。


 という考えがフラグになりそうなのが我ながら嫌なもんだよ。





 一しきり駄弁った後に俺らは店を出てカオフ・マンシーの街を少し散策することにした。


 マルシャン侯との面会や先程のちょっとした騒ぎもあって店を出る頃には日は更に高くなっておりもう少ししたら昼時になると思われた。


 このまま食べ歩きでもして済ませるかとも考えたが、宿の方に昼食用意を指示してたの思い出す。流石に申し訳ないしな変更伝えてない手前。


 まぁ滞在中に食べ歩きや買い物オンリーな日を設ける事も出来るだろうからいいけど。


 宿までの道はちゃんと記憶してるので迷いそうになったらさっきの店まで仕切り直せばいい。少し遠回りする程度で今日のとこは良かろう。


 そう思い定めて俺はマシロ達を連れて街を歩きだす。


 当然と言えば当然だが港町としての賑やかさはメイリデ・ポルトの比ではない。


 デラックス版というには桁が一つ違うぐらいの規模の大きさがこの地にはある。建国以前から貿易拠点として堅実に機能してたのだから基礎が出来てるのは当たり前とはいえ。


 漁港としての色合いが強めのあちらと比べたらカオフ・マンシーは商都という通称貰うだけの洗練さが見受けられる。


 街全てが同じようなクオリティではないというは分かっているがそれでも比べてしまうとヴァイトの州都ですら見劣りしてしまうかもな。


 昨日も見た光景に加えて言うなら建物がほぼ白い壁に統一されてることだ。白っぽい石材使用もあれば塗料を惜しみなく使用してるのもある。


 木造や色違いの壁もあるにはあるが、通りに面してる所は白壁に花や植物添えて南方アピールに力を入れてるのが分かる。


 自然とそうなっていったのか代々の狙った演出なのか判別つかない。


 けれども白を基調として様々なモノを使って色とりどりの飾りつけをして陽気さを前に出そうとしてる。ここは自由さや明るさが売りだと言わんばかりだ。


 スケールの大きさや洗練度合いでは王都のが上だろう。


 しかしながら人の心身や財布を緩ませるような闊達な空気でいうなら商都の方があるだろうな。良くも悪くもなんでもアリというか。


 そういったものが形成されてる所なので当然ながら周りの賑やかさは王都にも負けてない。


 あちらこちらで物売りと客が威勢の良い言い合いをしてるわ、通行人と喧嘩になりかねないぐらいに道端に商品を広げて大声で宣伝してるのもいるわ、少し脇に逸れた広場では大道芸人らが技を競い合っておひねり貰おうと奮闘してるわ。


 こういった光景を見ながら何か目当ての品はないかとあちこち見て回る客となるであろう人々がひしめき合う。


 まだこれでピークではないのだから驚くべきだ。ヴァイトの地しか知らない人からしたら少し歩けば目を回しかねないと思う。


「凄い人込みだな。去年の祭りよりも多いんじゃないのか」


「そりゃ多いでしょうどう見ても。久しぶりにこんな込み合ってるとこ歩いてるとあっち本当に人少なかったんだなぁって実感です」


 喧騒の所為でやや声を大きくしないと聞こえないのかモモと平成が声を高くしてそう言い合う。


「何もなさすぎて暇ねー。なにか面白い事の一つでも軽く起こらないもんかねー」


「くくく、退屈とのワルツはそよぐストームを望みしリアクションの捧げを待つ」


 マシロとクロエは別に興味もないのか時折左右を見つつも基本的には俺の半歩後ろについて歩いてた。


 言ってる事に関しては全力で聴かないフリだ。たかが帰り道で起きてたまるか厄介事なぞ。


 王都に生まれ育ち何年かは機会あれば街中を歩いてたとはいえ俺もこれほどのものは久しい。ぼさっと歩いてたら人とぶつかってしまいそうだ。


 この賑やかさこそが商都の富の源泉の一つ。夜中は流石にほぼ静まり返るとはいえ朝早くから夜遅くまでこれが続くのは経済的には健全なもの。


 俺の治めてるヴァイトもせめて州都辺りは早いとここのぐらい繁盛させていきたいものだな。


 若干羨ましさを感じつつ俺は立ち並ぶ露店の品々を見つつ移動を続ける。


 我が国でよく見かける品もあれば海の彼方からやってくる異国の船がもたらす異国の品々もあったりと、露店だけでも中々バラエティに富んでいるな。と感心してた時だった。


 前方の少し離れた辺りから怒声や悲鳴が聞こえてきたのだ。距離にして多分数十m先ぐらいか。


 いやいやいやいや。


 ちょ待って。ちょ待てよ。


 ついさっきベタな犯罪者と遭遇したばっかだからね?もう今日はというか明日以降もいらないからねトラブルとか。


 物凄く嫌な予感したのですぐさま逃げたかったよ。


 けれども元から人の多さに加えて逃げてくる人々によって脇に避ける機会も逸してしまった俺達は騒ぎの元を目にする羽目になった。


 眼前に女連れの若い貴族の男が居た。


 いやそれだけなら俺だって該当するし場所的にも貴族がほっつき歩いてても変じゃないからそれはおかしくもない。


 じゃあなんで騒がれてるかというと、そのいかにも貴族のボンボンといった若い男は左右に女を侍らせており、その周囲を剣や鞭を持った男ら十数人が囲んでいて、それらが道行く人々を追い散らしているからだ。


 脅しではなくガチなのか、怪我したらしく手や顔を押さえながら逃げる人も居た。普通なら明らかに官憲が血相変えて飛んでくる事案だ。


 俺は表面では深い溜息を吐き内心では頭を抱えた。


 王都居た頃もたまに見かけた類の屑貴族様だよ。しかもこうもドストレートなの見かけたの何年振りだよ。


 この国の貴族の九割以上は王都に住んでおり、基本的に自分の屋敷や荘園、あとは親族や友人の家とその道中が行動範囲だ。遠出する機会はあれどもケーニヒ州から出た事ない奴も多い。


 しかし若い世代が気まぐれに城下町に繰り出してくるのだが、連中は邸宅や王宮内の振る舞いをそのまま街中に持ち込む。周りが身分低い者ばかりだと猶更歯止めが利かない。


 当然ながらトラブルは生じる。


 大半はどれだけ被害あろうとも泣き寝入りコース一直線。


 稀に王宮や貴族間で座視出来ないと判断される案件発生したら司法が動く場合もあるが大概は安い罰金で終わるもの。罪に相応しい罰が下される事なぞ数十年に一度あるかないかレベル。


 一応お偉いさんらが親経由で警告はするも形式的に留まってるので実質貴族というだけでやりたい放題が認められてるようなものだ。


 ベタな腐り具合に辟易してしまうが、今は国レベルの腐敗や不正を論じるよりも遭遇してしまってる奴らに関してだ。


 無関心貫いて「あっどうも」と脇に避けたいとこだがコイツラが道の殆ど塞いでるから無理。見るからに避ける気もないのはこの光景からして馬鹿でも分かる。


 となると取るべき選択肢は回れ右して退くか、どこぞの魁そうな私塾よろしく直進行軍ぶっこむしかない。


 無用のトラブル避けるには前者一択だ。どこの馬鹿が好き好んで揉め事に関わるもんかよ。


 よし面倒だがこのまま回れ右してさっきの店まで戻ろう。そしてそこから宿の方へさっさと帰ろ。


 明日も忙しいからな。宿に戻ったら昼酒でも飲んでそのまま寝てしまおうそうしよう。


 秒で決断した俺は回れ右をしようとしたのだが、そうは問屋が卸さなかった。


「おいなんだお前は。俺様をワルダク侯爵の長男アクダイカ様だと知って道を塞いでるのか!」


 現代地球なら女に金を貢がせて生活してそうな感じの顔はそこそこイイがそれ以外は着飾った不良みたいな貴族―アクダイカと名乗る男が俺に怒声を浴びせてきた。


 駄目だったー!今日はつーか今日も厄日だったよ畜生!!


 あと数秒早ければ回避出来たのに思わぬ出来事に思考停止してた自分が憎い!


 怒声浴びせられたことへはまったく何も思うトコもなく、ただ己の判断の遅さを歯噛みする。


 微塵も動じた様子を見せない俺にアクダイカとかいう奴は不快感も露わに足を踏み鳴らす。


「そこのお前だよ!変な恰好してる女連れたお前に言ってるんだよ!俺様の凄さが分かったならさっさと這い蹲って謝れよ!!」


 いや分かってるよ。通行人らが露店の中に入り込むか俺らより後ろに避難してるかで今は俺らとお前らが対峙してる形になってるんだから。


 流石商人の街だな。機を見るに敏というか、俺がワンテンポ遅れた迂闊な奴なだけかわからんが既に退路絶たれたシチュ形成してくれたよ。


 チラッと肩越しに振り向いてみるとモモは剣の柄に手をかけて臨戦態勢をとっており、平成はそんなモモの後ろに躊躇いなく隠れて様子を窺ってる。


 俺の半歩後ろに居たマシロとクロエは「面白くなってまいりました」と言わんばかりの笑み浮かべてた。


 やだウチの女性陣ったら殺る気パワー全開すぎない?


「ところでさー、変な恰好してる女って私とクロエのことでいいのー?」


「お前ら以外ここに誰が居るってんだよ。この世界のどこ行こうが浮いてる恰好すぎんだろなんか妙なデザインした白衣羽織った奴とアレコレひっつけたゴスロリした奴なんざ」


「いやー、私ら時代の最先端行き過ぎたってわけねー。辛いわー先駆けるのって辛いわー」


「くくく、ロードを進むべくトップオンリーのマインド。強く奇妙奇天烈なるは個性のパワー」


「おう寝言なら宿に戻ってベッドの中でほざけよ。無駄に注目集まって巻き添え喰らってる俺に謝れよ」


「「いさなんめごー」」


「単語を逆にしたからなんだってんだド畜生ども」


「お前らいい加減にしろよ!!?無視してるんじゃない!!」


 ダラダラと中身のない会話をし始めてたところ、アクダイカがしびれを切らして再度怒鳴ってきた。


 ちっ、空虚な会話で場を白けさせてなし崩しに離脱しようとしたがやはり無理だったか。


 無駄な抵抗と自覚しつつもワンチャン賭けてみたがそれも徒労に終わり、俺は溜息を吐いてアクダイカ達の方へ視線を戻す。


 俺がようやく自分の方へマトモに対面した事で軽い満足感覚えたのかアクダイカはわざとらしい咳払いを一つして話を再開させる。


「ワルダク侯爵の長男である俺様の通行を妨げる不敬に対して何か言うべきことがあるのではないかな?どうやら身なりからして貴族かそれに類する身分らしいが、侯爵の息子に劣る以上は立場を弁えるべきだろ?んー?」


「はぁ?」


 お前自身が侯爵でもねぇなのになんで偉そうに出来るかマジ不思議だわ。


 コイツに限らず自分の地位や自分の功績でもないのになんで身内というだけで尊大な態度とれるのか社会や人間性の不思議なとこである。


 つーかお前此処は私有地や私道でない以上はそんな言い分通じない筈だぞ法律的には。まぁ貴族の馬鹿息子連中にとって関係ないんだろうが、商都みたいな大きいとこでこんな公然とやるとか正気かね?


 怯みもせずに心底不思議そうに首傾げる俺の姿にアクダイカは露骨に顔を不快感に歪ませる。多分即座に土下座して詫び入れる姿を想像でもしてたんだろうけどそんな事するわきゃねーだろ。


「アクダイカ様。こんな無礼な男如きにお心乱す必要はないですわ。このワタクシの剣ですぐさま叩きのめして詫びいれさせますわ」


「いえいえアクダイカ様。ここはアタシの炎の魔法であそこの男を震え上がらせて辱めを与えた上で詫びさせてみせましょう」


 渋面を浮かべるアクダイカに媚びるように左右に侍ってるケバそうな女らが口々に張り合うようにそう言いだす。


 宝石や絹の飾り物で着飾ってるが所持品の至る所に似つかわしくない装備を付けているところをみると、元々は冒険者やってて今はアイツの愛人兼護衛といったとこか。


 冒険者にも色々居るものだ。それこそ動機一つとっても多様性に満ちている。


 武芸や魔法が常人より秀でてるが、かといって専門的な集まりに連なる程ではないし仮に入れたとしても落ちこぼれ間違いなし。


 なまじ素質は一応あるだけに半端な優秀さと才能の割に高すぎる自尊心を持ち合わす厄介なタイプの人物が行きつく先の一つが冒険者という職業。


 そこで地道に経験を積んでいきやがては才能に見合った場所に立つ者も居るが、半分以上は揉め事を起こして此処でも落ちこぼれるか自信過剰故のミスで命落とすかである。という話をギルドマスターから聞いた覚えがある。


 女性冒険者でそういうタイプだと貴族など富裕層の護衛、容姿にも自信あるなら愛人も兼ねて取り入る場合もあるという。


 上手く関係を築き上げていけば悪くても雇い先のお抱え護衛として余程の失態犯さなければ長い間良い生活が保障される。雇い主の護衛終えても娘の護衛を任されたりとかな。


 良ければその雇い主の正妻に成りあがれる筈だ。成功例は極めて少ないとはいえまったく無いわけではないらしいからな。


 アクダイカに侍ってるあの二人も将来の侯爵夫人の野望を秘めて必死こいて馬鹿な若様に媚売ってるわけか。ご苦労なことだな。


 などと危機感に乏しい思惟を働かせてると、アクダイカの左右に居た女らが一歩前に進み出てきてた。


 手には剣と杖を持っており、いつでも振れるように抜き放たれている。呼応するかのように部下と思わしき男らもアクダイカの前へ壁を作る。


 抜き身になった武器を見て周囲のどよめきが一際大きくなる。中には「早く役所に知らせてこい」と叫ぶ声もあった。


 すぐにでも害そうという相手と人間の壁の隙間から侯爵の息子というには品の無い笑みを浮かべる相手を交互に見比べつつ俺は人差し指で眉間を抑えつつ小さく呻いた。


 テンプレの御代わりがこんなにも早くくるとか勘弁してくださいよ。


 軽い散歩のつもりがどうしてこうなった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る