第116話フォクス・ルナール商会の当主に会いに行く

 それからしばらくして兵士達が対応出来そうな役人引き連れて戻ってきた。


 連れてこられた役人はつい先程対面したレーヴェ州節令使の傍に居た側近らのうちの一人であり、俺の顔を見るなり「やっ、伯爵様これは先程どうも」と頭を下げてきた。


 傍に居て俺との話し合いも聞いてたのだから秘書かそれに類ずるポジションの者なのだろう。こういうの任されるぐらいの立場はあるのは確かだろうし。


 なので俺は前置き抜きにして彼に問いかけてみる。


「マルシャン侯爵はコレに関して何か仰ってたかな?」


 足蹴にしてる貴族の馬鹿息子というコレを顎で指し示された相手は軽い困惑を浮かべつつも迷いなく頷き返す。


「えぇまぁ、閣下も流石に立て続けの事態に少し驚かれてはいましたが、先に連行された無頼の輩含めてワルダク侯への牽制ぐらいになればいいのだがと仰ってました」


「まぁそんなとこだろう。それで私らはこのまま州都庁へ引き返すべきかな被害者側証人として」


「いえそれには及びません。閣下からはこのまま戻られても構わない事を伝えるように言われております。ただ、その、レーワン伯の足元におられる方に関しての処遇なのですが」


「ふむ?」


「この一件を全てレーヴェ州節令使府に委ねて欲しいとのことです。それによって生じる手続きや責任も含めて引き受けますので表立って被害を訴える事を差し止めてもらいたく」


 なるほどな。結果はこうなったとはいえ俺は紛れもなく被害者側だ。それを理由にアレコレ訴え出れる権利は生ずる。加害者側が聞く耳持つかは置いといて。


 マルシャン侯爵としては完全に敵対関係ではないとはいえ政敵の一人には違いないから下っ端と息子の愚行をタネにしてゆすぶり掛けたいか、或いは単に嫌がらせをしたいのだろう。


 となれば被害にあった俺がしゃしゃり出て間に挟まるとスムーズにはいかなくなる。爵位持ち同士が揉めると普通の犯罪とはまた違う処理や手続きすることになるからな。


 責任含めて一切を引き受けて仕切る事で相手側を煮るなり焼くなり好きにする権利を独占したいといったところか。


 いいけどな。面倒なのを一手に引き受けてくれるなら相手に嫌がらせするなんざ勝手にしてくださいよ。


 どうせ知らぬ間に煮え湯呑まされてしまったワルダク侯爵が逆恨みで突っかかってくる可能性が消えたわけじゃないんだ。


 ならばあちらでほんの少しでも風当り拡散してもらいたいとこ。


 そもそもこんなくだらんのに構ってる暇は俺にはないからな。


「よかろう。全てそちらに任せるのでお頼み申し上げる。と、マルシャン侯に伝えてもらいたい」


「ありがたきお言葉。レーワン伯のお心遣いに閣下も喜ばれる事でしょう」


「なに商都で生じた事件、しかもこのような些事ぐらいならレーヴェの者で裁くのが筋というもの。そういうことならば私らはこのまま去らせてもらうので後は頼んだぞ」


「畏まりました。お気をつけてお帰りくださいませ」


 一仕事終えられて安堵しつつ恭しく会釈する役人に俺は「なんかさっきも似たようなやりとりしたよなぁ」と思いながら精々謹直な顔をして頷く。


 それを持って区切りの合図とした俺は背後を振り返り昼食談義をしてるマシロ達に声をかけた。


「ということであちらに全部押し付けて俺達は戻るぞ。まだ日は高いがもう今日は食べて飲んでさっさと寝たいわ」


「いいんじゃないー?じゃあとりあえずどっか寄ってご飯食べようよー。私イタリアンな気分ー」


「くくく、オリーヴのマキシマムに彩られしシーの数々を食す昼のワンタイム」


「いや今も話してたんですけど、パスタは似たようなもの何度か口にしましたけどピザあるんですかこの時代?」


「私はよくわからんが美味いものなら試してみたいので任せる」


「……まっ、探せばあるんじゃないかなピザもどきでいいんなら。だが宿戻る途中の料理屋になかったら諦めろとしか」


 地球じゃ原型は紀元前から存在してるぐらいだからこの世界でも皿代わりに色々な具を乗せたパンぐらいあるんじゃなかろうか。


 トマトらしき野菜も他所では流通してるらしいし、もしかしたら俺らが知るピザみたいなのも既にあるかもしれん。


 思ってるようなピザ見つからないにしろ魚介類豊富に使った料理は色々あるだろうからそれ食えばいいだけだわな。


 そんなフラットな気分で俺は歩き出す。


 よく食べよく寝る。シンプルに手早く出来るメンタルリセットを行う為にな。





 有言実行を果たした翌朝。


 目についた良さげな料理屋で昼飯を終えてから宿に戻った俺らはそのまま解散して思い思いに休息してその日を過ごした。


 俺も泥酔しない範囲で日も高い内からアルコール入れたので、迎えに顔を出したターロンに報告だけして翌朝まで滾々と寝て過ごしたのだった。


 訪問してきたレーヴェ州の兵士から簡単に事情を聴かされてたターロンに改めて詳細を伝えると彼は呆れ混じりに歎息した。


「坊ちゃんはつくづく騒動と言う名前の性悪に寵愛されてますな。ただでさえ大事な用が控えてるというのに評判宜しくないという侯爵殿とひと悶着起こす羽目になるとか」


「まだ決まったわけじゃない。此処で揉めたら厄介だと理性働かせて大事にしない選択肢とるかもしれんし、レーヴェ州の節令使らが抑えてくれるかもしれんしで騒ぎにならんかもしれんだろが」


「本気で言ってるんですかねそれ。こういう流れの時の坊ちゃんは悪い意味で持ってますからな。起こった後に『あの時馬鹿な事を言ったもんだ』と苦い顔する未来しか見えないですぞ」


「……念の為、兵士らに外出の際は単独行動は禁止させろ。最低でも三、四人で必ず行動するようにと言っておけ。ついでに夜間の外出も制限な」


 多分そうなるんだろうなぁ。という自覚があるので反論出来なかった俺は遠回しに相手の意見を是とするような指示を出した後自室へ直行したのであった。


 惰眠を貪ったので目覚めもスッキリしており、昨日のことも相手も出方を待つしかないという当たり前の考えを当たり前のように持てるぐらいには持ち直してる。


 それよりも今日はこの地へやってきた目的の一つであるフォクス・ルナール商会の当主と対面が控えている。


 何をどうするかとか、今後を見据えた話し合いとか、そういう段階ではなかろう。その段階に至るべき相手かどうかを見定めるのが目的。


 相手も俺をどういう人間か直に値踏みしたいのだろう。そこから美味い話の一つでも転がせたら御の字ぐらいで。


 支度を終えた俺は同行者を宿のロビーに呼び集める。


 マシロとクロエ、ターロン、モモと平成。どちらかといえば私用なので連れていくのは個人的な付き合いある奴だけだ。


 特にマシロとクロエは護衛であると同時に俺共々相手にとって興味の対象だろうからな。コイツラが素直に話すかはともかくとして。


 俺としてもどうせなら経済握ってる相手とは程よい距離で良い付き合いしていきたいからな。プラス方向の興味対象はある方が良い。


 ド畜生どもが余計な言動とらないように再三注意はしとくがな。空気読める癖に読まない行動するのがコイツラクオリティだし。


「信用ないわねー。何度も言ってるけど自分達から喧嘩売りませんー」


「くくく、ピースを祈るオルディネールを理解されないヴァイネン」


「信用出来ないから言ってるんだろうが。日頃の言動顧みろってんだよ。つか半ば棒読みの抗議なんざ戯言認定だわ」


 バイクに跨りつつ熱の無い口調で抗議らしき文句を言う二人に俺は馬上から冷ややかに突き放した。


 商都内なんだから徒歩でも行けるが、一応身分考慮して乗り物にでも乗って悠々とした姿で訪問というわけだ。


 見え透いてるし意味はあんまりないがこういう小さなとこで体裁気にしておくのも大事なわけよ身分に五月蠅い時代や文明というのは。


 どこでもそうだが商都でも例外ではないだろうけど人通りも多いのでその分目立ってしまうが、約束の刻限には間に合うよう考えて早めに動いてるから差して問題はない。


 昨日の件が少しでも話題拡散してるならこういうのも俺の宣伝ということで。


 さてご挨拶にいきましょうかね。





 フォクス・ルナール商会側が招待してきた場所は当主らが所有する邸宅の一つであるという。


 生活を営むよりかは商談で使う機会が多いのでやや狭いらしいのだが、俺らが宿泊する宿同様州都庁や港への利便性重視故に頻繁に使う所らしい。


 客人は客人でも終始おもてなし精神全力全開の方ではなく、顧客ないしビジネスパートナーに成りうると見越しての対応の方と言う事か。


 来て早々やれ歓迎会だ宴だと豪奢で豪勢な物量にて勝手に盛り上がれるよりかは気が楽だから配慮はありがたくは思う。


 それはいいんだが、いやはや流石は大手老舗な所だな。


 俺らは目的地であるその邸宅の門前を見上げていた。


 平均身長の成人男性三人分ぐらいの高さはあるだろうマメに清掃されてるのが窺える汚れのない白亜の壁。


 鉄製の門扉の随所には腕の良い細工師に作られたであろう彫り物や鉄の飾り物が配されている。


 これだけでも立派なものだが、左右を見渡すと白い壁が延々と続いてる。少なくとも目視出来る範囲より更に後にもあるのだろう。


 一目見ただけでも少なくとも州都庁並みのクオリティであることが見受けられた。門構えがこれ程なのだから門の中も相応の建物があるのだろう


 これで「やや狭い」と先日伝言に来た使者が評してたのだから人様によっては嫌味になってしまうだろうな。


 などと変な感心してると、門扉が僅かながら開かれた。


 開いた隙間から一人の男が姿を見せる。


「一昨日ぶりでございますレーワン伯」


 隙を見せない強者の雰囲気を漂わせた壮年の男、セルゲ・リッチが片膝を立てて恭しく頭を下げつつ挨拶をしてくる。


 馬上にて見下ろしつつ俺は頷く事で相手の挨拶に応えた。


「去年の秋以来の約束であったな。この日を迎える事が出来てなによりだ」


「恐れ入ります。こうして伯爵様に快諾して頂けた故に実現した事。私を含め商会一同深く感謝致しております」


「それを言うのは少し気が早いな。当主と対面して話をした結果を確認してから謝辞は改めて聞くとする」


「ははっ。ではご案内致しますのでどうぞこちらから」


 立ち上がったリッチが肩越しに扉の方を振り向き開門の指示を出す。数瞬後に人一人分の隙間しか開いてなかった鉄の門扉が軋みを立てつつ大きく開かれた。


 徒歩のリッチを先頭にして馬やバイクに乗ってる俺らも数歩後ろからそれに続いて門を潜った。


 中も想像通りのものだ。


 正方形の広大な敷地には草木や色彩豊かな花がよく手入れされた様子で配置されており、その中央には二階建てながらも横も奥行きも広そうな家が鎮座していた。


 門から家までレーヴェ州都庁並みの時間を使いそうな長い道を移動してる最中、俺の隣に馬を寄せたのはモモと平成だった。


 馬に乗り慣れてないからか平成は単独騎乗ではなくモモの後ろに乗って落ちないように半ばしがみついてる形だ。


 自分より身長大きい男に後ろから抱き着かれてる形のゲンブ族族長の娘殿は気にも留めずにしがみつかせてるが、コレは平成がマトモに男として見られてないのかモモが肝が太いなのかよくわからんな。


 そんな感想を抱かれてると思われず、二人は馬を寄せてきて前方を歩くリッチを横目に見つつ囁くように声掛けしてきた。


「いや、その今更なんですけど、フォクス・ルナール商会の当主ってどんな人か一応聞いておこうかなと」


「お前マジそれは今更だな。訊ねる機会幾らであったろうが」


「すみません。ここまで付いていくことになるとかあんまり想像してなくて、いざここまで来たら少し緊張しちゃったというか」


「それに関しては私もヒラナリの事は言えなくてな。失念してたので手短でいいから知識を得たいのだ」


「だからって今聞くかね普通。まったく緊張感あるのかないのかわからんな……」


 目前に迫る屋敷を見つつ俺は事前に得てる情報を教えてやることにした。


 とはいうが簡単に言えば以下の通りだ。


 これから会う現在の当主は二年前に代替わりしたばかり。


 前当主は中々老練なやり手だったらしく元々繁盛してた商会の資産を一代で三割増しさせた程だという。


 俺が王都時代の資金稼ぎしてた時期は生憎毛皮関係の扱いはしなかったので王都の支店とニ、三度取引する程度で終わったが、それでも商売人と交わってると幾度もその手腕は耳にしていたものだ。


 引退はしたが今でも邸宅の一つを根城にして現当主の補佐という形でアレコレ商会に口出して健在ではあるという。


 では今の当主に関してはというと、実は俺もよく知らない。


 なにせ代替わりした時期に俺は引きこもり事業発動大詰め迎えてたしヴァイト州へ赴任して以降は当地の改革ばかりしてたものでな。


 各地の情報収集はあの手この手使ってやってるとはいえ、基本的に王都中心で地方に関しては政治や治安に重きを置いてた。


 経済、しかも店の人事に関しては当面関わりないという認識だったからな。ヴァイトの経済関係どうにかするのばかり考えてたのもあって。


 今回みたいな機会がなければまだ後回しにしてたかもしれん。


 行く前にちょっと調べてみたが、現代地球レベルの情報化社会ならまだしも、この時代の水準だと本当にちょっとしか分からず。


 少なくとも先代に見劣りせずという評価だけは耳にしてるので無能ではないのだろうが。


 やれやれ改めて顧みるとこれでは俺もあまりモモと平成のことを偉そうに言えたもんじゃないな。


 手短に説明し終えた俺は自嘲気味に苦笑した。


「いやでもおかしな人じゃないのだけは確かなんでしょう?ならどうにかなりそうな気も」


「そうだな。まぁ大概はお前の魅了スキルで有耶無耶にしてもらうさ。頼りにしてるぞ異世界転移者殿」


「副音声があるなら『こき使わせてもらうぞ』と聞こえてきそうな感じに言うのやめてくれません?自分のスキルは自分のささやかな平和の為に使いたいのになんでこうなってるんですかねぇ」


 複雑そうな表情でそう慨嘆する平成。


 モモは背後に座るお付きに対して「まったくお前はいつもそうだ」と言わんばかりの目線を肩越しに投げつける。どちらの気持ちも分からんでもない俺はノーコメントだ。


 と同時に前方のリッチの歩みが止まった。どうやら玄関前に辿り着いたらしいな。


「右側に馬を繋ぎとめる場がありますのでそちらに一旦乗り物はお預けくださいませ」


 目を向けるとそこには数頭の馬が繋ぎ止められてる厩舎があった。


 俺らの馬とマシロとクロエのバイクをそこに置かせてもらって改めて門前へ並び立つ。


 屋敷内へと入り、リッチと中に居た複数の使用人に案内されて奥へと進んでいく。


 長い廊下を抜けて通されたのは談話室の一つ。


「既に当主がお待ちしております」


 リッチの言葉に俺は軽く頷く。


 俺の反応を確認したリッチがドアノブに手をかけて「客人をお連れ致しました」と声をかける。


 数瞬後、ドアが開かれて俺達は談話室へと通された。


 外は初夏の暑さが徐々に上がってこようとしてる様子であったが、通された談話室からは清涼な風が僅かながらに漂ってくる。


 思わぬ涼しさに平成が「わっ、涼しい!?」と驚きの声を上げるのを聴きつつ俺は前を見据えた。


 視界に捉えたのは、椅子から立ち上がりこちらへ歩み寄ってくる俺より少し年上の同じ顔をした若者が二人。


 いやこの言い方は正確ではないが、一目見ただけだとそういう印象抱きそうだった。


 双子なのか顔立ちはそっくりであるが、右に居る男より左の男、いや背が頭一つ低かったり身体の華奢さ、それに化粧もしてるし栗色の髪の毛を肩付近まで伸ばしてるのでもしや女性か。異性の双子とは同性よりかは珍しいものだ。


 なにせ服装も左の女性が胸元に飾ってるリボンを除けば違いは殆どないぐらいそっくりだ。


 服についてはこの時代にしては珍しい。というわけでもない。


 女性の冒険者も居るし身分高い奴でも騎士やってるの居るのでズボンスタイルの女性はどちらかといえばありふれたもの。


 内心僅かながら戸惑ったのは当主の正体だ。


 まさか。


「やはり驚きますか流石のヴァイト州節令使様も」


 俺達の反応を読み取った、或いは初対面の相手でよくあるリアクションなのか、右に居る男が朗らかな笑みを浮かべつつ自己紹介をし出した。


「お初にお目にかかります。私の名前はラーフ・フォクス・ルナール。隣に居るのは双子の姉のリール・フォクス・ルナール。今は二人でフォクス・ルナール商会の当主を務めております」


「お噂はかねがね聞き及んでおりますわ。どうぞよろしくお願い致しますねリュガ・フォン・レーワン伯爵様」


 弟の発言に続き姉の方も品の良さそうな微笑を浮かべて優雅に一礼してきた。


 まさか二人で一つの当主とはたまげたなぁ。


 軽いジャブを喰らったような感覚を覚えつつも俺は辛うじて表に出すことなく鷹揚に会釈を返すことは出来たのだった。

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