第108話レーヴェ州にやってきた

 とまぁこうしてレーヴェ州に入ったわけですよ。


 大体あと一時間ぐらい歩けばとは言ったが、王路や少し大きい町などのある方面なら州の境界線を示すような看板か何か建てられてるもんだけど、人通りもそうはない端っこだと何もない。


 なので歩いてしばらくしてようやく州境界線に近い町があるのを示す案内板を見つけてレーヴェ州入りした事に気づいたぐらいだ。


 シュタインボック州通過と同じく。いや、森が境界線になって分かりやすかった分あちら以上にあっけない州超えに俺に同行してる兵士の何割かは軽く困惑した顔をしている。


 いやいや他国ならともかく同じ国。現代の感覚で言うなら県と県の移動なんぞで一々感情動くかよ。


 と、思われるだろけど、この時代だと生まれた州から出ることなく一生終わるような人も割と居るからね。同じ国とはいえ他州もちょっとした外国旅行並みの勇気や行動力必要だったりする人も居るからね。


 困惑してる何割というのはヴァイト州で生まれ育った現地志願者というわけだ。狙ったわけではないが機会を見つけて他州の事を知るべき切欠になればいいな。


 とにかくも早い所町へ行くとするか。初夏とはいえ日もまだ高いから直射日光は地味に暑い。





 レーヴェ州入りしてから数時間後。日が傾きつつある刻限となったかようやく州境界線付近にある町の一つバッサンに到着した。


 資料によれば人口四五〇〇程でこの時代においてはそこそこ大きな町である。


 現代地球では間違いなく過疎レベルに少ないが州都で数万とかな世界だからななにせ。


 州の境にあるので内外から出入りする商人や旅人、冒険者相手の商売が盛ん故らしい。州の境にある町村どこでもそうであるわけではない、豊かな州特有のものだな。


 そういう町なので日も暮れつつある中でも市場が開かれて盛況なものだった。二〇〇を超える集団が入ってきても少し好奇の視線を向けるだけでまた商売に戻っていく。


 変に騒がれても面倒なので内心少し安堵しつつ、俺達がまず向かったのはこの町の役場であった。


 ヴァイト州節令使がレーヴェ州の商都に赴く旨は俺がヴァイトから出る一月前には知らせを走らせていた。


 レーヴェ州節令使、冒険者ギルドマスター、そしてフォクス・ルナール商会をはじめとした話し合いに加わるであろう有力商人。


 彼らに大まかな来訪時期を告げているので不備がなければレーヴェ州各地にも伝達されているだろう。特に俺達が通るルート上などはな。


 なので来たからには一応挨拶と本日の宿の手配などもしてもらうつもりだ。


 これに関しては思ってた通りスムーズに事が運んだ。


 緊張の色を隠すことなく固まっている役場の責任者から震える手で差し出された一通の手紙。


 そこに書かれてるのは本日の宿の場所と宿泊可能な事を明記された文章。これを宿の主人に見せたらすぐさま通されるということらしい。


 本来なら自ら案内するところを。と言って平身低頭する相手に俺は苦笑を浮かべて宥めた。


 完全な公務なら本来そうすべきだし、まず市場を辞めさせて町総出で迎えの準備をするべきなんだろうな節令使という身分考慮すれば。


 しかしながら今回は半分プライベートのようなものだからそこまで畏まられる必要はない。精々宿の手配など面倒な事さえやってくれれば十分であった。


 俺は役場の人々に謝辞を述べつつ手紙を片手に役場を去り、皆を引き連れて宿へ直行した。


 役場から徒歩十分ぐらいのとこにあるその宿は説明によればこの町一番の大きな宿だという。


 キチンとしたクオリティで大人数収容可能が売りらしく、それ以外の利便性や調度といったとこはまぁまぁだという。まぁ言うなれば中ランクのビジネスホテルぐらいと思えばよろしい。


 なので、当初は「節令使様をそのような所になど」と俺だけ富裕層向けの高級宿を提示されたが丁重に断った。


 どうせ二泊しかしない上にヴァイト州出てから野宿だったからちゃんとした部屋で寝れるだけで文句はないよ俺。


 そう俺達はこの町に二日滞在する。急ぎでないとはいえ特に何かあるわけでないこの町でだ。


 理由は簡単。一泊はそういう長い野営疲れを癒す為でもう一泊は残りの旅程に備えての準備日だ。


 この町から商都まで更に四日は費やすんだからな。食料も買い足しとかないといけないわけで。


 ともかくまずは屋根のある部屋で休みたいな。


 二五〇という集団としては大きい数。なので宿は貸し切り状態となってる。


 修学旅行の引率の先生よろしく俺は同行してる者達に幾つかの注意事項を厳守するよう念を押す。節令使直々の訓示とあって一部を除いて皆々神妙な面持ちで聞いていた。


 その一部に該当するド畜生どもは早速「私ら一番イイ部屋ゲットだぜー」「くくく、早い者ヴィクトリースピードスター」とかほざきながら宿の主人に一番良い部屋を聞き出して迷うことなくそちらへ向かっていってた。


 いや別にいいんだけどさ、君らもうちょい俺への体裁考えてくれんかね?


 内心溜息を吐きつつ、俺は気を取り直して部下たちに浅慮な言動は慎むように再三念を押した。


 目的地まであと一歩のとこまで来た上に久しぶりの町と屋根のある部屋での休息。


 ある程度の気の緩みは見逃すが、そこを付け込まれたりそれによってトラブル起こされたら困る正直。


 二日後の出立は既定路線だから何があろうと行くが、立つ鳥跡を濁さずとも言うし精々互いに気持ちよく去りたいんだよ。


 まぁ大丈夫だと信じたいとこだ。


 そういう気持ちや早く俺自身も休みたいのもあって長々とは言わず終わった。


 兵士たちの歓声を聞きつつ俺はマシロとクロエが向かった一番良い部屋の方へと足を向ける。


 まずは風呂に浸かりたい。樽にお湯詰め込んだなんちゃって五右衛門風呂でもいいからお湯に浸かって旅の疲れを癒したい。


 風呂にありつけるまでもうひと踏ん張りだぞ俺。頑張れ俺。





 翌日、久方ぶりのベッドの感触を惜しみつつノロノロと起き上がった。


 自室にあるベッドと比べたら硬いし寝具の触り心地もイマイチであったが、ヴァイトを出て以来のちゃんとした場所での睡眠のありがたさ補正のお陰で快眠出来た。


 本日は休息日と定めてるからこのまま宿の中でダラダラ過ごしてもいいんだが、折角レーヴェ州に赴いたのだから商都以外の場所も見聞しておきたいとこだ。


 そう思い定めた俺は身支度を整え、小さな特権というか防犯の一環というか、共同食堂ではなく部屋にわざわざ運ばせて貰った朝食を平らげる。


 食事を終えて持参した手鏡で改めて汚れの無いのを確認して小さく頷く。


 昨晩はその日の最後の試練という覚悟でマシロとクロエに拝み倒して風呂にありつけたのがありがたかった。お陰で疲れも汚れも大分落とせた。


 しかもその辺の樽にお湯入れる程度を覚悟してたところを浴槽付きでだ。


「もぉーしょうがないなぁリュガくんはー。少しは下々の労苦を味わわないと大成しないぞーこのファッキン悪徳貴族様ー」


 などと日本で知名度高い某猫型ロボットの下手くそな物まね混じりに罵声を浴びられたが、とりあえずこの宿で一番質の良い部屋占拠した満足感故に寛大なものだった。


 久方ぶりに足を延ばして湯船に浸かれるのはありがたいとは思ってるよホント。


 でも建前では一応主人の俺が拝み倒して仕えてる側が寛大さを示す構図はバグってる事だけは認識して欲しいなド畜生共が。


 などと昨晩の複雑な心境を思い出しつつ部屋を出て一階のロビーへと降りていく。そのフロアに共同食堂があるのでひとまずそこへというわけだ。


 顔を出してみると、運が良い事にちょうどマシロとクロエ、そしてモモが居た。


 朝食を食べ終えて自前のお茶セットで食後の一服をしてたところらしく、マシロがカップ片手に気怠そうに空いた手を俺に向けて振る。


「はよーリュガー。てっきり平成太郎みたいに引き籠って寝てるかと思ってたわー」


「平成どうしたんだ?」


 なんのこっちゃと小首を傾げるとモモが口端をへの字に曲げつつ嘆息する。


「いや、ヒラナリが『今日はもうずっと部屋でゴロゴロしてますから僕。働きたくないでござる!』と言ったきり部屋どころかベッドから動く気配無しでな」


「まぁ久方ぶりのちゃんとした室内での睡眠だから気持ちがブレてるんだろ。アウトドア派つーわけでもないから何日も野宿は地味に辛かっただろうし」


「しかし些か弛んでるのではないかと思ってな。マシロ殿とクロエ殿にどうしたものかと訊ねようかと考えて」


「やめなさい。そこの二人の意見なんざ首根っこ掴んで引きずり出すか縛り上げて引きずり出すかの二択しかないから」


「くくく、以心伝心のラッキーアンサー。ロープウェイの引き回しの明朝の叫びを聴き響く」


「そのとおりだからやってみせようか?ってクロエが言ってるわー」


「やるなやるなほっといてやれよ。それよりそんな事する暇があるなら少し付き合え。今から町を見て回るからお前ら護衛だ護衛」


「それはいいけどさー、アンタってつくづく社畜根性染みついてるわねー。平成太郎みたいなのは極端だとしてももうちょい休んだらー?」


 マシロのもっともな指摘には俺も自覚がある。かといって今更回れ右して部屋に戻る気分でもないからなぁ。


「しゃーねーだろもう目が覚めちまってんだから。いいから行くぞ」


 苦虫潰した表情しつつ俺は命令口調でそう言うと、マシロとクロエは「へーへー」と適当に返しつつお茶セットを片付けだし、モモは生真面目に頷きつつ装備の確認をしだした。


「おや坊ちゃんおはようございます。お早いというかてっきり今日は一日中部屋で寝てるものかと」


「……俺は仕事してる以外はそういう風な人間に見えるもんなのかねぇ」


 短い待ち時間の最中、ちょうどターロンが降りてきてこちらへやってきた。


 俺が今から町中に出かける事を伝え、ついでにターロンにも同行するか訊ねてみたが、巨漢の私兵部隊隊長は首を横に振った。


「上役に当たる面々が短時間とはいえ全員宿を留守にしたらイカンでしょう。万が一この町の役人連中が来る可能性考えたら私ぐらいは残っておかないと」


「まぁそれもそうか」


「それに休息日とはいえ兵士達の事も目を配っておかないと駄目ですからな。まぁ坊ちゃんは見聞広める一環として遠慮なく出かけなされ」


「わかったそうさせてもらう。あと平成も残ってるからアイツが部屋から出てきたら面倒頼むわ」


「承知しました。お気をつけて」


 こうして留守番役も即座に決めた俺は護衛三人を連れてバッサンの町を軽く見物へと繰り出したのだった。





 町の人口考えたら朝から市場は開かれてる上に活気づいている光景は驚きがあった。


 食料や雑貨品、武器や防具に薬草などの冒険者向けアイテム、更には食べ物の屋台まで大小数十の露店が立ち並んでいる。


 ここの経済は州内外を行き来する人々の落とすお金で成り立ってるらしい。二十四時間三六五日とは行かないが、ほぼ一日中誰かしら町にはやってくるから常に商売の構えな気分が町の至る所にあった。


 特に朝や夕方辺りが掻き入れ時らしく呼びかけの声や値段交渉の熱い声が朝から応酬されている。


 地元民は比較的落ち着いた昼過ぎに己の買い物を済ませていくので、今こうして露店を見ては何か購入してる客の半数以上は外からの人間ということだという。


 まぁ活気があるのはいいことだ。特に不景気の影がチラ見してる昨今考えたらこんなのが全国規模になってもらいたいぐらいには。


 熱心な客引きの声をあしらいつつ俺達は露店通りを歩いていく。


 モモにとってはヴァイトの州都以外で初めて見る光景だからか、いつもの気難しそうな表情から好奇心が漏れてるかのように視線を左右に走らせていた。


「凄いな。ここは州都でもないのに朝からにぎやかで人も物も多くある」


「まぁな。同じ州の境付近にある町でもヴァイトは色んな意味で大人しいもんだからなまだ」


 モモの率直な感想に応じつつ俺は自分が治めてる州の事を思い浮かべる。


 関所と州都のちょうど中間にある町プル―ミエ。


 人口は三七〇〇とここよりちょっと少ないぐらいだが、このような活気や経済への熱意とは縁遠い町である。


 立場は同じな上に地理的条件からしたら此処は複数ある境の町の一つであり、プル―ミエは通過する道上にある唯一の町という差がある。唯一の町とかそれだけで価値がありそうなものだ。


 だというのに俺んとこの町は本当にただの通過点扱いに過ぎない。


 一応州境の町として大勢を泊められるだけの最低限の設備を有してるとはいえ、それ以外に何かしてるわけではない。


 名産品らしいものもあるわけでもないし、名物になりそうな物や人が存在するわけでもない地味な町だ。治めてる自分が言うのもなんだか事実だから仕方がない。


 まぁ休みなしで移動すれば一日半で州都に到達できてしまうという辺りもひとまずここで休もうという気を持たせないのもあるんだろうな。


 しかしそれでは駄目なんだ。


 ゆくゆくはここバッサンのように昼夜問わず人の往来があってそういうの相手に商売をしていくぐらいの盛り上がりは欲しい。


 まだ俺の中での構造ではあるが関所と州都間は今後人口増えてきたら村や町を建てていきたい。


 西部の大山脈付近より酷くはないがあの辺も土地持て余し気味だから人を入れたいんだよなぁ。今後を踏まえると少しずつでもいいから開拓範囲を広げたい地域だ。


 プル―ミエはその中心地として第三か第四の栄えた町にと考えてる。


 となればこの目の前に広がる光景と言うのは実に良いサンプルなのだ。具体的なビジョンに成り得るのがこうして存在してれば周囲に説明もしやすいからな。


 ありふれた市場とてやりようによってはその地の経済のメインにもなる。商都も参考にするのは当然だがすぐに実行出来そうな規模でいうならこういうとこも好ましい。


 そう考えてみるともう少し市場調査のサラリーマンみたく目を光らせて店を回ってみてみるのもやぶさかではないな。


 軽い自問自答の末に気持ちを新たにして露店巡りを続行しようとしたときだった。


 露店通りの中心であり、この町の中心部分と思わしき広場の一角に数十人程の老若男女が固まって座り込んでる光景が見えた。


 どこにでも存在する浮浪者の類かと思いスルーしかけたが、なんだかそうとは思えず俺は足を止めた。


 現地人相手に情報収集するつもりだったから第一号にしても問題はないかもな。

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