第107話いわゆる説明回的な雰囲気~商都編~


 俺の真面目ながらも半端な悩ましさは結局翌々日まで続く事となった。


 いやーあのド畜生共マジで一度でいいからぶん殴らせてくれんかね。肩書とか紳士とかレディとかそういう体裁捨てさせてくれんかね。


 出来もしない事をダラダラ言うのは不毛かつ非効率的だと分かっていても言いたくなる。俺だって退屈から救われたい側なんだから我慢しろや。


 とか抗議したところで「うっせぇうっせぇうっせぇわー」などとわざと調子外したような歌声ではぐらかされたりする。


 まさに負のスパイラル。俺の心と胃と脳の血管がいつも通り乱気流状態でまったくもってご機嫌麗しくなぞない。


 こういうときに限って本当に何も起こらないもんだった。


 あったとしてもその場の人間で処理出来るような砂粒のように小さな出来事しかなかった。


 周りの平和との引き換えに俺のメンタルが穏やかじゃないとかアリなのかよ。どっちも欲するのは贅沢なのかこんちくしょう。


 などと俺周りが言葉のドッジボールやってる以外は何事もなく移動は続き、ついに森林地帯を抜け出す日がやってきた。


 右側はまだ大山脈が続くと言わんばかりに岩の壁が天高くそそり立ってるが、左側に目を向けると木々は途切れて平原や小さな丘が目に飛び込んでくる。


 ただただ一本道を歩き続けてきた末の分かりやすいゴールであると同時に森の途切れを境界線にして此処から先はシュタインボック州となる。


 俺達節令使一行の九割方は広がる平原を見て思わず安堵の溜息が漏れた。何日も左右を森と岩に挟まれてたからか閉塞感は否めなかったしな。


 周囲に人影が居ない事は確認済みなのでしばしちょっとした解放感に浸って立ち止まったが、それも長い時間ではなくすぐさま移動を再開させた。


 まだ日も高いからな。どうせなら明日の今頃にはシュタインボック州を出るかどうかぐらいの距離は稼ぎたいとこだ。


 最南端に位置するとこの更に端とはいえ気が付いたら州超えてましたという風にはいかないものだな。


 こんな半端ならこの一帯をヴァッサーマン州かレーヴェ州かの管轄にでもすればいいのにと思うんだが、建国当初のお偉いさんらが高度な政治的判断で線引きでもしたんだろうから口出しも今更か。


 国ぐるみの再編でもしない限りはそうはならんだろうし、別に検問や関所が設置されてるわけでもないので通行で困る事もないから現状維持でもいいかもしれんしな。


 まっ、俺にはまったく関係もないし関わりたくもない事ではあるがな。





 翌日の昼過ぎ。


 昨日言った通りに進んでいた。あと一時間も歩けばレーヴェ州に足を踏み入れる地点にまで俺達は来ているとこだ。


 今は一旦停止して軽い昼食タイム中。


 ちなみに通り道から少しそれた原っぱにて行ってる。飯を食うだけなので馬や荷車から降りて地べたに座ってるだけな状態だ。


 魔物の襲撃の不安さえなければピクニックみたいな雰囲気だなこうしてると。


 昨日から移動してれば村ぐらいあるんだからそこで休めばいいのだろう。実際地図には一つ二つ村の名前が記されてはいる。もう少し奥へ進めば町だってあるだろうな。


 けれども立ち寄ることなく夜も野営で昼はこうして地面に腰を下ろして簡素なお食事。


 なにせ遠目から見ても村の荒廃ぶりが見て取れたのだから。


 たまたま見た時はそうであっただけと思いたいが、人や家畜の気配もなく、夕暮れも近づく時刻ともなれば炊事の為の煙が一つも上がる事もなく。


 去年やってきた傭兵リッチの証言も踏まえると、どうも改善どころか悪化していたらしいなこの一帯の乱れは。


 まだ端中の端な上にそんなとこにある村の人口もたかが知れてる。なので当地の節令使は把握してないか捨て置いてるだけなんだろう。


 大丈夫なのかねぇ。こういうとこから流民棄民難民というのは増えていく。単に彷徨うならまだしも食い扶持求めて結集して暴徒となり、やがては一反抗勢力として脅威となる流れなぞ分かり切った事だろうにな。


 まぁ今ここで俺が何かしてやれる訳でもないのであくまで悲観的な想像だったらいいなということにしておこうか。


 などと考えながら俺も他の面々と同じく硬い黒パンと同じく硬い干し肉を不味そうに食いちぎりつつ温い水で飲み下す。


 パンも肉も州都を出る当日に納品させたやつだからまだそこまで劣化はしてない。お陰でまだ辛うじて不味くはなかった。


「転移者と転生者が雁首揃えて現地飯に甘んじてるとか情けないわねー。こういうのって普通スキル駆使して飯テロレベルの料理振る舞って無双するとこじゃないのー?」


「あーそうだな。料理とか通販取り寄せとかそういう食べ物特化なスキルあればよかったな」


「くくく、無い物ねだりなサードネスなルーザーのぼやき。食べる物へのプーアなりしアンフェール」


「何言ってるか分からんが馬鹿にしてるのは分かるぞ。目の前でキャンプ用品活用して暖かいメシ食べつつ言われればな……」


 アイテムボックスから食料や調理器具取り出して即席スープ作って食べてるド畜生二人に俺は非好意的な視線を投げつける。


 そりゃお前ら現代地球の調味料を常識の範囲内でぶち込めば不味くはないだろうよ!アイテムボックスから新鮮な材料取り出してるんだから外れないだろうよ!!


 食べ物関係で此処では存在しなかった、もしくは原型となりそうなものが存在してた程度のをマトモな料理として世に出してはきた。


 しかし保存食に関してはまだまだ開発途上中。いや正直色々と手を出し過ぎていて後回しにしてたのは否めない。


 技術を確立させた上で生産ともなれば容易ではないのでまだまだ現地で出回ってる保存食や携帯食を使わざるえない。


 アイテムボックス持ちや保存系の魔法持ちならまだしも、そうでない人々が圧倒的大多数ならばある意味急務ではあるんだけどなぁ。


 少なくとも今回の旅には間に合わなかったのは確かだな。


 どうせ要求した所で無駄と判断した俺は未練を断ち切るかの如く手元に残ってた昼食を頬張って温い水で一息で流し込んだ。


 周りはまだ食べてる最中なのでやや手持ち無沙汰となってしまった俺はぼんやりと空を見上げる。


 初夏の気配を感じさせる青空だ。陽光も容赦なく降り注いでいて、吹く風の強さのお陰で丁度良い感じではあるけど逆に言えば無風ならやや汗ばむ陽気ともいえる。


 此処から更に南下していくのだ。地図の位置的にはヴァイトでいうメイリデ・ポルトよりもう少し下にある場所なのでもう一、二週間もしたら夏真っ盛りになりそうだな。


 毎年ながら暑い季節は辟易するなぁ。そのタイミングで北でなく南とか。


 スケジュール的にこの時期になったのは仕方ないとはいえ軽く溜息の一つも吐きたくなるというもの。


 などと考えてた俺のとこに食事も後片付けも終えたマシロとクロエが寄ってきた。


「暇してそうねー?」


「んっ、まぁな。けどもうちょいしたら他の奴らの小休止も終わるだろうから言うほどには」


「アンタはそうだけど私らちょい暇ー」


「……じゃあ昼寝でもしてろよ。ここ数日の不毛な会話のキャッチボールなんざ日も高い内からしたくねぇぞ俺」


「私らもそれはしないわよー。まぁだからここは妥協して話の一つでもしてよー」


「何が『まぁだから』なんだお前ら」


「くくく、暇のダスクを拭いさる適度なストーリー。フロウでライトなタイムの浪費」


「簡単な暇つぶし程度のやつ適当に話すればいい。ってクロエも言ってるわー」


「話の振り方糞雑すぎんだろ!?大体何を話せってんだよおい」


「では商都に関しての話はどうだろうか?」


 そこへ同じく食事を終えたモモと平成がやってきてそう提案してきた。


「私とヒラナリはそもそもヴァイトの地から離れる事も初めて故に分からないことの方が多いのでな」


「それに忙しかったり機会無かったりであっち居た頃情報収集もロクにしなかったんで、リュガさんからちょっと説明受けときたいかなぁと」


「あっじゃあそれ話してよー。私もクロエも話は耳にするけど詳しくは知らないわそういえばー」


「……君らお偉いさんを気軽に説明係にしてんじゃないよ。この時代のこの身分制度的に確実に駄目なやつって自覚は持とうね?」


 窘めつつもどうせ暇してはいたので結局要求を呑むことにしたんだが、俺が甘いわけじゃないよな多分。


「とは言うが資料的な事以上は俺も言えないんだけどな」


 そう前置きして俺は四人に語り始める。


 商都――正式名称はカオフ・マンシー。レーヴェ州の州都であると同時にこの国における一大交易都市と言える場所。


 通称の方が有名になりすぎて本来の名前は印象が薄い。ヴァイト州含めて州の名前をそのまま州都名にしてるとこもあるから余計に覚えづらい。すぐに言えるかどうかで州の人間か否か見分けるのに使われるぐらいにはな。


 それだけあの州都は商人の町という色合いが強いのだ。


 古今東西存在した交易都市に言えることだが、表向きは国に組み込まれてるが実際は商人達による半自治によって運営されてたりする。露骨に逆らいはしないが余程でない限りは四の五の言って政府の介入を阻もうとする。


 レーヴェ州節令使は当然居るが基本的には商人や住人らが話を持ち掛けてこない限りは積極的に介入はしていないらしく、ここ数代は商人側から色々貰って利益の代弁者みたいな立場になってるというのが専らの噂。


 統治者的にそういう半端な独自勢力は問題の種と俺は思う。しかし此処でも言えるんだが今までそれで問題なく双方治めてきてるので今後も改まる事もないだろうな。


 当地の節令使はそんな立場なので経済の要でもある重要な場所にしては激務ではないらしい。


 何か生じたときは責任重大とはいえ、建国初期から商都成立期にかけてならまだしもここ二百年弱は大概の事は現地でどうにかなる程度。


 仮に上への報告必要な案件生じても終わった後に金品添えて報告書送ればそれでおしまい。


 経済は言わずもがなで民事だってそういう感じ。そして治安の方も安定してる。


 なにせ節令使の保有する正規兵だけでも六千。ヴァイト州より少し多いだけと思われるかもしれないが、他国と接してるわけでもウチのように何かしら小勢力が蠢いてたとかでないのに貰いすぎだろ。


 それに海軍の本隊や商人らの雇ってる私兵なども居るから王都を除けば人数だけなら万を超える兵を一州が抱えてる。


 更には冒険者も豊かな地でのドリーム期待して集まってもくるので護衛クエストも盛んに行ってたりもするから金や物が集まる割には不埒な輩がデカい顔してることは思ってるよりも少ないとか。


 これらに加えてその割には実入りが良いときたもんだ。


 節令使としての俸給以外にも現地や異国の商人らから金や物を贈られたりするし、商人から情報提供してもらって投資して稼いだりも出来たりするのだ。


 他の州でもやってないわけではないが桁が違う。


 王都に住まう上級の文武官は除くとして、他だと同じ事しても精々俸給の一、二割ぐらいの稼ぎだが、レーヴェ州節令使は俸給の五倍十倍は軽く稼げる。殊更悪させずとも普通に勤めてるだけでだ。


 ちなみに俺に関して言えばだ、将来的にはどうなるか不明だが、現時点だと投資の時期なので財に関してはプラスでなくマイナスだから比べようがないと付け加えておこう。


 こういうこともあってレーヴェ州節令使というのは宰相や筆頭将軍に勝るとも劣らない顕職として文武官羨望の的であり、後任を決める際は半年近く宮廷でちょっとした暗闘が生じたりもする。


 名を求めるなら副都、実を求めるなら商都。


 いつからか宮廷内外の官に携わる人々の間で言われるようになった言葉だ。


 先祖代々の地であり生誕地であり建国戦争挙兵地でありと様々な意味で開祖所縁の土地を有しており、万が一ある場合は臨時王都として運営されるべく定められた格式高き副都を有するシュティーア州。


 重要な地でありながら責任は思ったより重くもなく仕事は楽であるのに数年も過ごせば一財産築くのも可能なぐらいに稼げる商人の町ともいえる商都を有するレーヴェ州。


 立身出世を目指す人々は更なる高みを目指す前にいずれかを任せられたいと渇望する。或いはゴールと定めておりこれを務めあげたら思い残す事はないと考える人々も居る。


 いずれにせよ人気なポジションというわけだ。不人気州であるヴァイトとは雲泥の差だ。


 そんな節令使が居る州都カオフ・マンシーの人口は八万五千。州都にほど近い幾つかの町も圏内としてカウントするなら十万ぐらいにはなる。王国内でも王都に次ぐ人口の多さだ。


 ヴァイトの州都よりも遥かに多い。その内一万弱は他国の者で構成されており、こちらも王都に次ぐぐらいに様々な国の人間や様々な種族が雑居して当たり前のように目にする。


 現代地球風な言い回しするなら交易都市であると同時に国際都市ともいえる栄えた場所である。


 レーヴェ州の総人口は現在六十万を超えているが、そのうちの六分の一が一つの都に居ると考えたらその賑わいも想像し易いだろうな。


 俺なんかは王都で生まれ育ってるからそういうの慣れてる。あとターロン辺りは長く王都に住んでたしその前も旅で色んな町を見てるだろうし。


 マシロとクロエ、あと平成も現代日本組も街の質量のデカさと人口密度に驚きはまぁ無いだろうな。


 なので人の多さやそれ故の喧騒に気圧される懸念があるモモには念を押してヴァイト州の州都以上なのを強調しておきたい。言って回れる時間あるなら今回の同行者の大半にしてやりたいぐらいだ。


 いざ目にして驚きはするが事前知識と心構えあるだけでも違うからねこういうの。


 人が多い分トラブルに遭遇する可能性も上がる。栄えてる分厄介事の種類も多彩。更に言うなら商売で成り立ってるようなとこだからどんな面倒なモノが待ち構えてることやら。


 半分自戒を込めてではあるが、周りの連中には念を押して言っておきたい部分だなここは。


 ギルドに顔出して双頭竜の解体と買取交渉をしてハイおしまいといかないだろう。願望としてはそれで終わって欲しいものだが。


 根拠無き直感というのは否定すべきものではある。けれどもこれまでの経験踏まえたら無事に終わる筈がないという予感がビンビンするんだ。


 出来ればせめて禍根が残らずその場で終わる様な程度のしか遭遇したくないものだな。


「なに私とクロエの顔見てるのよー。今更美少女二人に魅了されちゃったー?いやだわぁこんな所で節操のないことでー」


「んなわけあるか。お前らがどうしたら大人しくしてくれるかという難題について考えてただけだ」


「大丈夫大丈夫ー。喧嘩売られない限りは買わないわよー。私ら平和主義者よー。ラブ&ピース万歳よー」


「あからさまに熱の無い声で言う台詞じゃねぇだろ。つーか買って以降の事が怖いから悩んでるんだよド畜生どもが」


 俺がそう吐き捨てたと同時にやや離れた所にて兵士達の様子を見て回ってたターロンが手を大きく振ってきた。


「坊ちゃ……節令使様ー!全員休息及び準備終わっておりますぞー!いつでも移動再開可能です!!」


「……分かったこちらもすぐ準備する」


 ターロンにそう答えた俺は億劫そうに立ち上がる。それが説明タイムの終わりの合図となった。


 モモと平成も頷きつつ立ち上がり、マシロとクロエは欠伸を一つしてそそくさと自分らの荷馬車に上がり込んでいった。


 まぁひとまずはこんな所だろう。後は商都に到着してから追々語っていけばいい。


 軽視できぬ場所だから俺含めて油断ないように振る舞わないといけないだろうからな。それが出来るなら幾らでも説明してやるさ。


 けど今みたいに呑気に人様に説明してやる余裕が到着してからあるのかって?


 そんなもの俺が一番知りたいわ。

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