第106話ちょっとした冒険はいらない筈だが

 翌朝、俺達はヴェークさんら要塞工事現場の人々に見送られて関所を後にした。


 帰還したら改めて視察や意見交換、陳情があるならそれへの対応を行う約束はしている。まぁ余程でない限りしばらくは問題なかろうな。


 そもそもまず俺自身が何事もなく商都へ辿り着けるかへ目を向けるべきだ。


 ルートとしては王路は使わずに行くことになる。


 理由は単純なものでそこで行くと遠回りになるからだ。


 王路は道も広く大した遮蔽物もないから開けており、今の所は一応整備もされてる州と州を結ぶ国道。


 少し道外れれば村や町もあり、数日も歩けば州都に辿り着ける州だってある。とにかくも病的な方向音痴でない限り王路を歩いてれば何かしらに出会えて野垂れ死にする可能性は低い。


 だがしかし場所によっては必ずしも最短ルートに成りえない。


 ケーニヒ州から出発するなら四方八方どこに行くにしろ王路で進めばいい。しかし例えばヴァイト州などから出発となると隣接してる州以外はそうはならない。


 今回行くレーヴェ州は区域でいうならお隣になるが、大山脈に阻まれているので一度ヴァイト州外に出て山脈沿いの道を歩いていく。


 しばらく歩いていけば大陸に何個かある大山脈の端っこが見えてきて、その先からレーヴェ州の領域の端っこに入る事になるのだ。


 王路だとまずヴァッサーマン州やフィッシェ州を経由してケーニヒ州付近まで行き、そこから東南方面に方向転換してシュタインボック州を横断しなくてはならないからな。


 安全確実をとるなら王路で行くべきだろうが、今回のルートも別に獣道とか悪路というわけではない。正式に作成された地図に記されてる立派な公認様だ。


 大山脈に沿うようにあるこの細道は一月の視察の際にも見た道。先程も言ったがここを歩いていけばシュタインボック州最南端の端っこ経由してレーヴェ州の隅に到達する。


 とはいえ人の往来も差ほど少ない上に大山脈の向かい側は自然豊かな森が連なる森林地帯故に獣や魔物、それに賊の類の出現率は王路よりか跳ね上がる。


 おまけにこの一帯はほぼ無人なので村の一つもない。人が住み着いてたとしても賊か世捨て人ぐらいなものだろう。


 まずは森林地帯を脱してシュタインボック州最南端部に出るまでは気を引き締めていかないとな。そこまで出れば少なくともある程度開けた道中となろうし村か村未満の集落程度はある。。


 こうして俺達節令使一行は一応は整えられてる道を黙々と行進していた。


 道の広さは人が七、八人横並びで歩ける程度。狭いわけではないので小規模の団体が移動する分には問題ない。


 ただ大規模な集団が行動するには不自由するだろう。進むだけならまだしも反転したりなどそれ以外の行動とる際などは。


 あと横からの襲撃に備えて防御厚くするのも大変かもな。そうするには列を細くするなど少し考えないと駄目だろうし。


 俺にしたって二五〇名そこらとはいえ何割かは荷物持ちなど非戦闘員だからな。前と後ろに戦闘員配置したら守りは薄くなる。


 願わくば森からいきなり魔物や賊が飛び出してくるような不幸な事故が起こらないでもらいたいものだよ。


「あー、暇だわー。早速暇だわー。暇つぶしに雑魚でもいいから何か襲ってこないものかしらー」


「くくく、コンフューシェンの気まぐれなエネミー。不幸到来何するものぞなロンリネス」


「うるせー馬鹿!もういいからさっさと朝の二度寝でもしてろよ!?」


 糞不吉な事を言うなよお前ら。フラグにしか聞こえないしそんなフラグ御免被りたいよ俺は。


 特別製荷馬車に寝転がりながら適当に雑な事をのたもうド畜生どもにそう言いつつ俺は不安気に周囲を見渡す。早速トラブルとか起きてもおかしくないからなこの流れ。


 俺のそんな挙動に左右を固めるターロンとモモが呆れたような表情を浮かべてた。


 なお平成は短時間ならともかく長時間の騎乗に不慣れなので俺専用馬車に乗せている。


 幾らなんでも節令使用のに乗せるとはと思われるだろう。なにせマシロとクロエの荷馬車にと当初考えてたが当人らが乗車拒否りやがったからな。他の荷馬車も基本的に移動中の糧食その他諸々搭載してるし。


「節令使殿、幾らなんでも関所を出発して半時間も経過してないのに事が起きるわけがないと思うが」


「そうですぞ。早朝のこの時間帯なら賊も魔物も本格的に活動する前ですからな。今からそこまで警戒してると疲れるだけ」


「人や魔物相手の戦い慣れてるお前らはそう言うがな、素人なりに不安なんだよ俺だって」


 初夏の朝陽を浴びて森林の見える範囲では草木が鮮明に見える以外のものはない。耳に聞こえてくるのも鳥の囀りぐらいなものでのどかなものだ。


 けれども奥の方はまだまだ薄暗くて何か潜んでそうな雰囲気を漂わせており、それが俺を不安にさせる。


 まぁ資料どおりなら奥深くならともかく外縁部辺りに生息してる魔物は大して強くはないらしいからそれを信じるしかないか。


 気を取り直した俺は視線を前に戻して背筋を伸ばす。まだしばらくは周りの者の緊張感持続の為にも俺は馬に乗って上司顔してなきゃならん。


 最後にチラリと肩越しに後ろを振り向いてみるが、既に関所の端部分から遠ざかりつつあるのを確認するのみである。


 就任してからやれ西だやれ南だと移動してきたつもりだが、思えばヴァイト州外の遠出は初めてなんだよなと改めて実感。


 もしかしたら僅か一年ちょいとはいえ閉じこもってた場所から出ていく不安もあったかもしれん。


 中は中で何かと大変だったんだが行動範囲の広がりによってはてさてどんな事が生じることやら。





 結論から言えば出発から四日が経過してるが何事もなく淡々と移動するのみであった。


 この場合の何事もなくは大事に至らずな意味であって些事なら幾つかあったよ勿論。


 と言っても低ランクの魔物が森から飛び出してきてそれを撃退するぐらい。現代地球で森や山にある道路で野生動物が飛び出してくるようなものだった。


 マシロとクロエどころかターロンやモモの出番もない。一般兵の数人が剣や槍をぶつけたら死ぬか驚いて森へ引き返していくかなレベルな雑魚魔物が多くても二、三匹。


 魔物のカテゴリーに値しない野生動物の可能性すらあるぐらいに弱かったので精々出たら十数分前後行進止まる程度の影響しかなかった。


 何も起こらなすぎて初日は投げやり気味な声音で「退屈だ」と熱もなく呟いてたマシロとクロエは二日目からはコメントすらせず寝そべって持参してたゲームで遊んだりひたすら寝たりと静かなもの。


 うん俺にとっては実に良い。贅沢言わないから商都に辿り着くまではトラブルもなくド畜生どもも大人しいこのひと時維持させてもらいたいものだ。


 いやまぁ死ぬほど退屈だけどな。そこは少し気持ちわかるけどな。


 夜眠れなくなると分かってるけど馬車に入ってうたた寝するぐらいには道も単調で天候も晴れ続きで変化ない。


 しかし魔物はともかく野盗の類も根気強い奴でもないと人の往来ほぼ無いこんな所で張り込みなぞしないから襲撃の心配も低くなるわけで。


 安全な旅に越した事はないのだから俺らが退屈を感じるのは少しばかり罰当たりかもしれん。


 とまぁ退屈という見えない存在との戦いのみやり続けていき、道の脇にちょうど良い広場を見つけたので本日はここで野営を行う事とした。


 広場といっても物資や幾つかテントを張っていけば場所は埋まっていき、詰めたとしても三分の一ぐらいは広場でなく道の方にテントを張る羽目になる。


 それでも全てではなく道半分は残ってるので誰か通る分は問題なさそうだ。王路ではない過疎ってる所だからこそだな。


 準備を始めると黙々と移動してた兵士達は活気を取り戻したかのようにあちこち動き回り出す。


 トラブルもなく安全な旅路が良いとはいえ、俺達だって退屈と感じてたのだから随員は残らずそうだろう。野営準備というひと手間かかる作業すらも嬉々として皆が率先して行っていた。


 俺は真っ先に用意された自分のテント前に床几を開いて腰を下ろす。特にやる事もないので手荷物から地図を取り出してなんとなく眺める。


 地図と照らしわせれば明後日ぐらいには森林地帯が終わってシュタインボック州最南端へ到達する予定。


 そこだって端っこの更に端を通過するだけなのでここも小休止とりながらの移動でも一日もあれば横切れることだろう。


 単にレーヴェ州内に入るだけなら関所からスタートしても七、八日もあれば行ける。


 しかしそこから海沿いにある商都まで数日要するから余裕もって見積もると二週間前後はかかるわけで。


 これが遠いのか近いのかは個人の感覚次第だな。


 特に思案するわけでもなく単に地図を見てるだけの俺の傍にマシロとクロエがやってきて地図を覗き込んできた。


「バイクならあっという間だから普段なんとも思わないけどさー、やっぱりスローよねぇこの時代の移動ってー」


「お前一年前ぐらいに王都からヴァイトに来た時も似たようなもんだったろ。その時よりか短い分マシだろが」


「あんときはあれじゃないー、なんか色々暇つぶしの種湧いて出てきたからさー。久々だわー外出てるのに何も起きないとかー」


「くくく、持て余すタイムな虚ろ。ブレイクスリーすべきノットトラブル」


 見た目に変化はないが、そこそこ長い付き合い故になんとなく纏う空気を察せた。


 基本的に退屈すら楽しんでる二人も時折こうしてガチ目に退屈に対して不平を鳴らす事がある。


 いつもならその辺ふらついて何かやるか起きるかするんだが、生憎ここは周りは道と森しかない。付け加えるなら俺の安全面的な意味でこっからの遠出外出の類は許さんぞ。


 大体こいつらなりに自重してるのは分かるが俺にもどうすることなぞ出来んぞ。あとはもう喰う寝るぐらいじゃないのかねぇやれることなんて。


「たまにはいいだろこういう時間も。いつも無駄にうるせーんだから少しは大人しくしてな」


 分別ついた大人な言い草で俺は窘めた。というかそうとしか言いようがない。


 俺の発言にマシロとクロエは軽く柳眉を顰めてみせる。


 いやそんな顔されてもない袖は振れぬつーか、俺より暇つぶしの玩具とか持ってるからそれで遊んどけよ常識的に考えて。


 けれどもそんな俺の反応がお気に召さなかったらしい。


 しばし俺を見つめてた二人はやがていつもの気怠そうな笑みを浮かべて鼻を鳴らした。


「……まぁいいわー。今日もさっさと風呂と飯を済ませて寝るとしますかねー」


 話を切り上げたマシロとクロエはバイクを搭載させてる荷馬車へと向かう。


 用があるのは荷馬車そのものではなくバイクの方。クロエが自分の愛車であるサイドカーに手をかざすと同時に小さな空間の歪みが生じていき、そこから出てきたのは檜で作られた浴槽。


 そう浴槽だ。しかも二、三人は入れる余裕あるぐらいデカいやつだった。どこで調達したのか謎すぎるがツッコむだけ無駄なんだろうなこれも。つーか王都時代に見て以来放棄してるんだよ。


 だが取り出したのは浴槽のみ。


 こういうのは五右衛門風呂的なアレする場合ボイラーなど幾つかのパーツを組み立てて成り立つ筈だが。と思われるだろう。


 しかし回答は既にある。言うまでもなくマシロが魔法でお湯出すから水を焚く必要などないのだ。


 では焚くのはともかくこのままその場で入浴し出すかって?


 それもない。


 何故ならば。


「さーて壁作りましょうかねー」


 そう言ってマシロは手と手を音高く合わせた後に両手を地面につける。するとたちまち浴槽の周囲に数メートルの長さはある土の壁が出来あがった。


 いきなり現れた壁に野営準備してた兵士らが騒ぐ中で俺は見上げつつマシロに声かける。


「いつも思うんだがこういう時は適当な詠唱しないんだなお前」


「いやーほらこういうのってこうやるのが錬金術っていうかー」


「この世界の錬金術師がブチキレそうな雑認識やめろや。その動作の意味が通用するのは現代地球の極一部だわ」


「私も元ネタはちょっと知識あるだけよー。でも少し親近感あったりしてさー」


「どこら辺がだよ」


「特に呪文唱えなくても色々出来ちゃうとことかー、あとまぁ色々とー」


「答えが雑すぎてコメントに困りすぎるんだが……」


 額を抑えて呻く俺を尻目にマシロはクロエと共に大きく跳躍。数メートルの壁なぞ意味もないかのように軽やかに壁の上に着地していた。


 コレだから扉も何もないわけだが当たり前のように跳んでるんじゃねーよ。


 ツッコミたい気持ちを燻らす俺を無視して上からマシロが声かけてきた。


「とりあえず風呂入ってくるわー。私とクロエ終わったらモモっちと平成太郎呼んであげてー。特別に風呂でさっぱりさせてあげるからさー」


「ここ数日同じやりとりしてると思うんだが、あえて今日も言うぞ。なんでモモと平成はOKで俺は駄目なんだよ」


 俺の発言に二人は俺を嗤った。なんかこう「チャンス来た」と言わんばかりなやつ。


「アンタ馬鹿ぁ?モモっちは女の子なんだからさー、せめて風呂で汚れ落とすぐらいはさせてあげなよー。平成太郎も現代日本人だから何日も風呂入らないの気持ち悪いだろうしー」


「まぁあの二人の理由は分かるが」


「でもアンタはこの世界の人間で偉い男の人なんだから少しぐらい我慢しなよー。上だけイイ思いしてると下から恨まれるぞー。悪徳貴族の惨めな下克上お見せしてくれるのー?」


「くくく、このワールドのノーヴルの振る舞いは模範となりし自制とはこれもまた混ざりしオネストの体現」


「うるせー馬鹿!こういう時だけ現地人差別してんじゃねーよ!?一瞬納得しかけるようなもっともらしい言い分もだがお前らに言われるとムカつくんですけどぉ!?」


「ほら万が一入浴中に開けた天井部分から空飛ぶ魔物の襲撃受ける可能性心配してあげてるわけでー」


「心にもないそれっぽい事をよくもまぁ臆面もなく言えるよなおい」


「まぁあとは喰う寝るで〆でいいんじゃないのー?早寝早起き健康にいいわけだしーとか思ったり思わなかったりー」


「……」


 まさに暖簾に腕押しだ。というか後半から完全に俺の反応弄ってるだけだわこれ。


 もういいよ勝手にせいや。


 諦めた俺は肺が空になる程深い溜息を吐く事で最後の抗議を行う。また負けたよ。勝利を知りたいもんだなたまには。


 コイツラが風呂出す度に言い合いしてる気がするが、俺だって幾ら現地人感覚身に着けてるとはいえ風呂入れるなら入りたいぞ。


 根負けした俺の様子を確認した二人は気にした風もなく「じゃいってきまーす」と言い捨てて向こう側へ降り立っていく。


 高く厚い壁を舌打ちしたげに睨み続けて俺にいつの間にやら横に来ていたターロンが知った風な顔してしみじみと頷く。


「退屈だった分をここぞとばかり坊ちゃんで発散してますなぁ。あの二人だからこそ出来る荒行というか。普通伯爵で節令使な御方にあんな事したら死罪も視野に入るもの」


「……暇つぶしの埋め合わせに不毛なやりとりするのと、それを回避するには何かしら難事遭遇するしかないのの二つに一つとかどう転んでも俺に損しかないな」


「これもまた修行と思えば。あの二人相手と比べたら大概の相手なぞ坊ちゃんにとって敵ではなくなる筈ですぞ」


 ターロンの大した慰めになってない言葉に俺は応えず、日が暮れようとしてる空を無言で見上げた。


 退屈なら退屈で何かしら俺の頭痛の種があるのは最早運命的なものすら感じるな。


 頼むから俺が一喜一憂しない程度に旅の刺激になるようなものがあればいいんだがなぁ。


 こんな風にして今日も又一日が終わっていく。


 色んな意味で早く到着したいものだ。

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