第105話いざ商都へ向かう

 いよいよこの日を迎えた。


 今日から俺はレーヴェ州の州都で通称商都へ半官半民的な体裁で赴く。


 申し出受けたのは去年十月。そしてそれからあっという間に七か月も経過とは早いなぁおい。


 州都庁勤めの役人や残留組の方の私兵部隊や部族部隊に州都庁門前から見送られ、今は州都の出入口であり正門へ向かって街中を行進中。


 なおリヒトさんら地元有力者には事前に見送り不要でいつも通り仕事するようにと通達してるので誰もおらず。


 ただ見送るためだけにわざわざ州都庁まで駆けつけて見送りとか時間の無駄過ぎる。完全な公務ならまだしもそうでないなら猶更。


 二五〇名程とはいえ節令使が率いて遠くレーヴェ州の商都へ赴く集団とあって至る所に見物人が居てこちらを指さしてアレコレ話してる。中には声援送る者も居たので適当に手を振って応えてやったりする。


 ターロンやモモ達に護られて営業スマイルならぬ営業謹直フェイスを振りまきつつであるが、内心欠伸が出る衝動との戦いをしてたりする。外出るまでは我慢だ俺。


 なにせ出発は昼頃とはいえ出立ギリギリまで仕事する為に早起きした所為か割と眠い。


 それだけ不在の間が不安な証拠であるんだが、さて果たして今後そんな事が起こらないようになるかといえばまだ分からん。願望でいうなら少しぐらい俺が居なくても滞りなく業務出来るようになってもらいたいもんだが。


 などとこれから赴く場所への想いよりもそういったことの方へ意識が向いてしまう。それもまぁ旅程重ねていけば変化してくんだろうけどな。


「いやーこれからの長旅辛いわー。繊細でか弱い乙女には過酷だわー」


「くくく、トラベルのウォークは艱難辛苦を苛む嘆きのラン」


「おめーら早速くつろいだ姿勢で言うべきことじゃねーだろ。せめて此処出てから言えよその馬鹿みたいな寝言」


 バイク二台と人二人搭載させた特別性の荷馬車の上で寝そべりつつ馬鹿な事を言うド畜生二人。


 こっちがギリギリまで仕事に追われてる隣でキッチリいつものようにランチまで済ませてるので、恐らくしばらくしたら昼寝でもする気だろう。まったく呑気なもんだぜ。


 俺だって馬に騎乗せず自分専用の馬車の中で居眠りこきたいわこんな暑さも寒さも良い意味で半端な感じの午後とか。


 しかしこの地を治める者としてはせめて州から出るまでは姿晒して領民の慰撫に勤めにゃならんわけで。


 なので舌打ちも堪えて冷ややかな視線で一瞥して軽く毒を吐くぐらいしか出来なかったりもする。


 俺の心境や立場を知ってるマシロとクロエもそれ以上は言わずに適当に片手を左右に振って晴れ渡った青空へ視線を向け続けていた。


 粛々と歩を進めていき、州都庁出発から数十分後には俺達一行は正門を潜り外へ出ていたのだった。





 初日は州都と関所の中間にある町にて一泊をして、翌日はヴァイト回廊のヴァッサーマン州側関所まで移動。


 一月に来て以来だ。あっという間に四か月経過してるんだがはてさてどうなってることか。


 無論逐一ではないが月に一、二度の頻度で報告は貰ってる。ある意味今一番大事な事業だから可能な限り把握しておきたいしな。


 報告書見た限りだと現状問題はなさそうなわけだが、やはり百聞は一見に如かずとも言うからね。


 季節関係なく砂塵巻き上がる程度には風が吹く回廊内を移動していく。


 今はあちら側だけ大工事してるがある程度目途が立って余裕出来たら休憩所の増設か今あるとこの拡張やりたいものだな。


 時折頬や髪に付着する砂埃を煩わし気に払いつつ俺はそんな事を考えている。


 現在だと兵士や工事関係者以外だとたまに来る行商人や州内に身内が居る他州の者ぐらいしか通らないので簡易な小屋と安物ポーションがあれば問題はなかった。


 なにせこんなとこまで来るぐらいだからある程度自前で旅装整えてきてるわけで。


 移動だってもうひと踏ん張りと言わんばかりに早ければ五、六時間も歩き続けたら出られるわけだしな。


 いわば回廊の自然現象に慣れてるもしくは耐えられる奴が基本的に使用してる道。余程でない限り小屋も小休止用の腰掛椅子レベルに過ぎない。


 しかし今後はそうもいかないだろう。


 各地から安全の可能性が高そうなヴァイト州に押しかける人々も出てくる筈だ。そして着の身着のままなのだって居ることだろう。


 更には体力も余裕なさ気ともなれば、折角ここまで辿り着いたのに回廊内の距離やこんなちょっとした砂嵐に参ってしまい力尽きる奴も出てくるかもしれん。


 流石に見るからに危険な状態な奴居たら要塞のとこで回復まで待機させるけど、必死こいて逃げてきて視野狭窄になってる奴はヴァイト州入りするまで安心出来ずに無理矢理進もうとするだろうからなぁ面倒なことに。


 そういう面倒そうなのに野垂れ死にされても迷惑なんで休憩所の増強は必須なわけだ。


 維持管理に防犯の為に人も駐在させたいとこだなそうなると。交代制にするとしても半日前後はこの回廊内で過ごしてくれる良い意味で鈍い奴とか居るもんかねぇ。


 あーもう結局人、人、人!


 マンパワーありきなのは十分実感してるとはいえ人員不足の問題を解消出来る日あるんだろうか果たして。


 年単位で時間かければ不可能ではない。だが時間が俺を待ってくれないであろう現状なので悩んでしまう。


 少しでも破局が先延ばしされるようお祈りしか出来ないとはスキル持ち転生者が笑わせる。


 自嘲の溜息を小さく洩らしつつ俺は数分前に行った埃を払う動作を再び行うのであった。





 回廊を抜けた先には関所があった。


 ただもうあくまで表向きな名称であって実際は要塞や砦のような外観をした一拠点と化していたがな。


 木材積んでただけのものが切り出した石やコンクリートと思わしき塊なども混ざっており防御面が見るからに高くなっている。


 壁の高さも心なしか前より高くなっており、一部とはいえ城壁上に通行用の道もあってそこを作業員が材料抱えて往来している。


 広場に目を向けてみると宿舎や炊事上、簡易入浴場以外に見慣れぬ大きな機器が数台並べられている。


 十数人ぐらいのガタイの良い男らが機器に取り付いてあれこれ指示出し合いながら動いてるが、もしやあれセメント製造やコンクリート加工のやつか。


「レーワン伯!」


 声を掛けられ前方に視線を戻すと、手を振りながら駆け寄るヴェークさんの姿を捉えた。


 誰がどう見ても大工の棟梁にしか見えない恰好の男爵に俺も手を挙げて応える。


 馬に騎乗してる俺の傍まで寄ってきたヴェークさんは見上げつつ破顔した笑みを浮かべた。


「いやはや以前お会いしたのはこの間のように思えますな。あっという間に伯の商都行きをお見送りすることになるとは」


「こちらも僅か四か月で以前よりも格段にらしくなってる現場に驚きだ」


「セメントやコンクリートなるものを教えて貰ったお陰ですよ。あの後も書簡にて様々な助言お送りくださったのもあって捗りました」


「賞賛は受け取っておこう。だがまだまだこれからだから苦労をかけてしまいすまないな」


「構いませんよ。私の全てを込めた一世一代の大建造物のつもりで引き続き励んでいきますので」


「頼もしい限りだ。でだ、今日は日も暮れかけてるからその辺で野営させてもらうぞ。現場の邪魔にはならんようにするから」


 俺の言葉にヴェークさんが軽く狼狽の表情を浮かばせた。


「節令使様を野外で休ませるとはとんでもない。使用中の宿舎の一つを空けさせますのでそこでお泊りください」


「いや私だけの為に日々重労働してる者らの休息場所を奪う真似は忍びない。それにどうせしばらくは野宿する日も多かろうから今日から始めてもよかろうよ」


「はぁそうは仰っても……」


「私が良いと言ってるのだからそうして欲しい。それより休む前に少しだけ現状を見ておきたから案内を頼めるかな男爵」


 躊躇いをみせるヴェークさんの思考を切り替えさせようと俺はやや強引に話題を変える。彼も察してくれたようで渋々と俺の意見を受け入れてくれたようだ。


 建設資材集積所の一角がまだ空いてたのでそこに俺達は天幕を設営して今夜の寝床にすることとした。


 随員の人々に設営を任せ、俺はマシロとクロエ、ターロン、モモ、平成と私兵部隊から十名程護衛として引き連れて現場視察へ向かう。


 前回のように隅々まで視るわけでなく内側の一部を確認するだけなのだが、現場指揮で多忙であろうヴェークさんがわざわざ案内役を買って出てくれた。


「もう四か月とも言えますがまだ四か月とも言えますので、大きく変わる処なぞ壁の厚さや高さぐらいなものですが」


 そう前置きしてヴェークさんは歩きつつ最近の進み具合を話してくれた。


 魔物の襲撃どころか賊の襲撃も生じた事で現場の防衛意識が高まった。お陰である程度無茶してでも完成を急ぐ空気が出来上がったという。


 この辺りは自分達の身を護るというのにも繋がるから真剣さが増したのだろう。過労死出ないぐらいには引き続き緊張感持って励んでもらいたいものだ。


 セメントの登場とそれによって作られたコンクリートはひとまず優先的に強度を上げる箇所へ使用していった。


 まず門前とその周辺百mばかり。次に左右両端、壁と山の隙間部分に当たる箇所。


 ゆくゆくは全体に行き渡らせることとして現在それらを重点的に固めており、一部分だけならその辺の城より厚く高い壁を築ぎあげられたと自負出来るそうだ。


 確かに見せて貰った壁は切り出した石と合わせて前回の木材積み重ねただけのと比べたら頼もしくある。


 ただ厚ければ厚いほど、高ければ高いほどに越した事はないからこれからもどんどん強化していってもらいたいな。


 壁構築優先だが、せめて門の辺りは攻城戦に備えた機能も増やしたいとこだ。


 出城というし関城ともいう、攻め入る敵を門の左右から攻撃する小規模拠点。


 馬面という、直下にせまる敵を側面から攻撃する為に外壁に一定の間隔をあけた突出部。


 守城兵器を設置するスペース確保の為に厚み持たせた分の通路もしっかりとしたものにしないといけないな。


 あぁそれと警備面の強化で見張り台も多く設置して隅々まで監視出来るようにもしときたいな。


 普通ならこれだけでも十分なんだけどまだまだ欲が出てくるものだ。それだけ俺が不安なだけかもしれんが。


 作業員の方もあれから少し増えたようで、ヴェークさんの判断で採用して働いてもらってる。余程怪しい奴でない限り俺も許可出してのことなので問題もない。


 それと警備員増設の件だが、一応更に百名程派遣したとはいえまだ足りないと悩んでいた。


 しかしヴェークさんは当面は増派は不要と言う。何故かと訊けばとりあえず作業員らに剣や槍を持たせてにわか兵士をやらせて凌ぐというのだ。


 人数は数千居るしほぼ全員が力仕事日々こなしてるので武器振り回すだけならその辺のチンピラなぞには負けないだろう。いざとなれば現場に居る兵士を中核にしてそれなりの戦もやれないこともないな。


 懸念といえば万が一反乱起こされた場合だろうが、そこは今の所賃金も弾んでるし待遇も他所で下手な仕事やるより良いとなれば可能性は低いと思っていいか。


 大勢の人間が集まって日々顔を突き合わせてれば小さな諍いは日常茶飯事。拗れさせて深刻な大乱闘になる火種なぞいつでも生じるものだ。


 そこは幾つもの仕事を大勢引き連れてやってきたヴェークさんの現場監督っぷりで裁いてるらしいので、逆に言えば日常茶飯事範囲で収まってるだけ平和ということ。


 ただまぁこれからも人が増えるとなると兵隊だけでなく事務や法律関係の役人も駐在させていくべきかな。


 今の所現場で解決できない事案あっても一番近い役所がヴァイト側の関所からスタートしても数時間はかかる町。


 ヴァッサーマン州側、つまりここからだと最短半日で往復一日かかるときたら能率宜しくはない。トラブル少しでも減らしたいならすぐにでも手を打つべきだな。


 更には数千人が住み着いてるようなものなので常設の店も置くべきか。


 今は半月に一度ヴァイト州から輸送部隊を派遣して食料や日用品を一纏めに送りつけてる方法をしている。


 これはこれで問題はないのだが、衣食住最低限保証されてるといっても作業員も人間である以上嗜好品も欲しいし補給物資にある以外の飲食物を口にしたくもあるだろう。


 風紀を著しく乱すような要素を持ち込まないよう配慮するには当然としても、日々の楽しみになるような品や娯楽を提供すべきだろうな労働環境的に考えて。


 俺んとこのレーワン食料・雑貨店に請け負うべきか?いやここはリヒトさん達にも声かけて共同経営的な店にすべきかな。


 今は現場作業員向けだとしても完成後は兵士や来訪者向けの商売をやるとすれば継続的な利益の独占はなるべく避けときたい。


 とにかく地元経済と共存していかんとね今後考えたら。


 銭湯に関してぐらいかな独占するのは。こっちは利益と言うより兵士に対しては衛生面の徹底で来訪者にはウチと他所の違いを知らしめる象徴の一つとして。


「これから遠くへ赴かれるのによくまぁ考えが浮かんできますなぁ」


 案内をしてたヴェークさんは俺の考えを一しきり聞いた後に感心と呆れが混ざった困惑した笑みを浮かべて見せた。


「善は急げですというやつですな。とりあえず後で話した事を改めて文章にするので、お手数おかけするが誰ぞ信用出来る者に渡して州都へ送ってもらいたい」


「それは構わないのですが明日に備えて早めに休まれた方がよろしいのでは?もう日も落ちてきたことですし」


「やる事やったら休ませてもらう。とりあえずすまないがもう少し現場を見させてもらおうか……!?」


 そう言ったとこで俺は後ろから軽く蹴飛ばされて前のめりになった。


 踏みとどまって振り返ると、ちょっと足を上げてたマシロと横で見ているクロエの姿。


「いきなりなにしやがるんだド畜生めが」


 口と目でそう抗議する俺に二人は退屈そうな顔してわざとらしい溜息吐いた。


「あんたがよくても私らいい加減休みたいんですけどー、ワーカーホリックに巻き込まないでくれますー?」


「くくく、必要最低限のグラッチェなワークで一件コンプリート。ロンリーのフリーダムは自己満足の欺瞞」


「いや、休みてーなら先に戻ってればいいだろうが。俺は此処を出る前にやっておくべきことをだな」


「アンタやっぱ休みなよー。あのさーいつも自分の立場主張して文句言う割にこういうときは意識しないわねー」


「なんだよいきなり」


「上が休まないと下が休めないでしょうがー。私とクロエだけなら一々アンタに言われなくても休んでますー」


「……あっ」


 マシロに言われた俺は弾かれるようにターロン達の方を見た。


「あっ、いや、坊ち……節令使様、その、お気になさらずに」


「いやー、実は僕そろそろ休憩をって、痛ぁ!モモさんいきなり脛を蹴らないでくださいよ!?」


「五月蠅いぞヒラナリ。あの二人はともかく私も此処は空気読む所ぐらい知ってるんだぞ」


「……」


 俺に視線を向けられたターロンらは遠慮するかのように咳払いしたり目を合わせないようにして直接的な返答を回避する仕草をとる。


 やっべ、素で忘れてた。


 基本常に傍に居るのが体力含めて色々規格外ド畜生二人なのと、アレコレとアイディア浮かんでた軽い高揚感と、二か月近く帰らない不安を埋めようとする焦りとがあって、ガチで随行してくれてる面々への配慮忘れてしまってた。


 いやそうだよな。あの歩くだけでも疲れる回廊歩いてそのまま視察はじめてしまったからな。明日も早く出るの考えたらそりゃそろそろ一息いれたいわ。


 この場だけでなく野営準備してる面々も準備以降は俺の指示ないとしっかり休息していいかも分からないだろうし。


 うわっ、俺としたことがなんという凡ミス。こんな初歩的な配慮し損ねるとはどうやら自覚してる以上に浮ついてたな。


 口に手をあててしばし沈黙した後、俺はヴェークさんに向き直る。


「……すまないが男爵。文章の件はやるとして視察はここまでにしとこうと思う。また此方に戻ってきた際にでも頼む」


「いえいえお気になさらず。伯がお戻りになる頃には更に築き上げてみせますので楽しみにしておいてくださればと。ささっ、では戻りましょう。ささやかながら旅立ちの宴なぞ開きますので」


 安堵した表情をしつつヴェークさんが俺らを促すように歩き出す。周囲もなんとなくホッとしたような空気漂わせつつそれに続く。


 それとなくその空気を察した俺は内心自嘲した。


 これでどうこうなるわけではないとはいえ、コレで正解なのだから俺が空気読めなかったんだな本当に。


「……言ってくれたことは素直に感謝するわすまんな」


 バツ悪げにマシロとクロエにそう言うと、二人はいつものような笑みを浮かべて俺の肩を軽く小突く。


「出発そうそうこんなんじゃ先が思いやられるわー。美少女二人に支えられてないと駄目とか三流ラブコメ主人公かよー」


「くくく、愚かなるホリックマンの戯言は空虚なりしライト。支えなき虚像の先が思いやられるトゥモロー」


「……」


 うっせぇわド畜生共。


 今回は言われても仕方ない配慮の足りなさ見せてしまったので怒鳴るのを堪えて心の中で罵るに留まった。


 まったく不覚を取った。これは気を引き締めていかんとな色んな意味でな!


 こうしてヴァイト州での夜は過ぎていき、翌朝にはいよいよ州外から旅立つのだった。

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