第109話なんともベタな国の危うさってやつで
話を聞く前にまずはどういう集まりなのか確認せねばな。
俺は集団の所にすぐには向かわず、まず間近にあった一軒の屋台へと足を向ける。
鶏肉を使った串焼きを売る店らしく肉を焼くイイ匂いが鼻腔をくすぐってくる。少し前に朝飯終えたばかりだがそれはそれというやつだ。
店の主はいきなり顔出した身なり良さげな男を見て少し驚いた表情を見せたが、不特定多数の様々な客を相手にしてきているのかすぐにそれを打ち消して軽く笑みを浮かべて会釈してきた。
「すまんが、一本……いや四本買わせてもらおうか」
「毎度。塩とタレどちらにしやすか?」
言われて下に目を向ける。炭火で焼かれてる串焼きは確かに塩以外に何かタレがかけられてるのも焼かれてる。
訊ねてみるとこの辺りで獲れる果実をベースに幾つかの材料を混ぜ込んだものだという。完成度は現代地球産には及ばずともこの時代にしては塩や香辛料以外に選択肢あるクオリティはありがたい事だ。
物は試しと言う事でタレを選ぶことにした。と俺が告げると、店主は一つ頷いて焼いてる最中のタレのかかってる串をもう一度タレの入った壺に付け込んで再び網へと戻して焼き始める。
温め直しの短い時間に俺は視線を広場の一隅に屯する人々に向けつつ店主に話しかけてみた。
「あそこに座り込んでる集団はなんだね?この町の浮浪者にしては家族連れも大勢居るようだが、どこぞの店でも潰れて路頭に迷ってるのか?」
「いやぁあそこに座ってるのはこの町のもんじゃねぇですわ。数日前ぐらいに町にやってきた連中でして」
「ほう。旅の集団が金銭節約でもして野宿とかか?」
「いやいや旅ってもんでもなさそうらしいですわ。あそこに居るのも好き好んでなわけでなくそんな金ないからじゃないんですかね」
「なるほどな」
「あそこまで多いのは初めてですがね、最近はチラホラとそういう感じしたのが何度か居ましてね。此処経由で商都へ向かってる風なんですわ」
「ほほうそうなのか」
うん予想通りではあるな。
ちょうど串焼きも出来上がったので俺は代金を手渡してそれを貰い受ける。
物を訊ねるのに一々金払うのもなんだが、確証を得る代価としてはまぁいいだろうと思う。現代地球で言うならコンビニでトイレ借りるついでに何か買うのと似たようなものだ。
串焼きを手に戻ってきた俺は待たせてた三人に一本ずつ手渡しつつ手短に語った。
「まぁあれだ。ウチんとこも要塞工事現場に出稼ぎにわざわざ遠くから来てた奴が居るんだからそりゃここにも流れつくだろうなと」
個人的に言えば美味いんだがタレが大味過ぎて悪い意味で飲み物が欲しくなる系だなと思う串焼きを頬張りつつそう言うと、同じように肉を咀嚼してた三人も同意と言わんばかりに頷き返す。
あそこに居るのは十中八九他所の州から避難してきた人々。
先日通過したシュタインボック州の放棄されたであろう村の事を踏まえたら逃げ出した人らが行くのは州都かもしくは他州。いずれにせよ安全かつ豊かそうなとこへだ。
それが悪いわけではない。寧ろそれ以外の行動があるなら言ってみろレベルに当然の選択だ。すぐさま賊になるか既に賊になってるのに合流とかいう自棄を選ばない限りは。
とにかくも何かしら情報は得られそうだな。
例えそれが景気の悪い話だとしても、お役所仕事な報告書には上がらない話を得る事そのものは損ではないし。シュタインボック州辺りはまだ俺も情報収集の手をあまり伸ばしてない地域でもある。
さてその前に少し準備をせねばならんな。
串焼きを食べ終えた俺は何も刺さってない木製の串をなんとなく左右に振りつつ改めて周囲を見渡しながら、同じく食べ終えた三人に声をかけるのであった。
思い付きから十数分後、俺達は疲れ切ってる雰囲気を隠さず座り込んでる人々の前へと姿を見せていた。
「少しいいか?」
ちょうど立ってるとこの目の前に座り込んでる中年の男に話しかける。
男は身分の高そうな女連れの男に突然声を掛けられて緊張と警戒を混ぜたような顔して身構えた。
まぁそりゃそうだよな。現代の地球でも身分も身なりも違いすぎる奴に声掛けされたら「何事!?」ってなる。この時代なら猶更だつーか大概良くない事が起きるフラグになる。
相手の非好意的な反応に内心苦笑しつつも俺は表面的には無視してのけて話を続ける。
「お前達の様子が気になったものでな。話せる範囲でいいから話を聞かせてもらいたいと思い声をかけさせてもらった」
「は、はぁ……?」
男の理解しきれない反応が伝搬したのか周りの人々も訝しそうな視線を俺に投げつけてくる。
中には俺の恰好から身分高い奴がいちゃもんつけてきたのかと距離を取る為に腰を浮かしかけてる奴もいた。
「無論タダとは言わん。話してくれたのなら礼をさせてもらうつもりだ」
そう言って俺は後ろに控えてるマシロ達に合図を送る。
俺の合図を受け取った彼女らは更にその後ろに控えてた人らを呼びだす。
呼び出された人々は大袋や樽などを抱えており、それらを次々に避難民だと思われる人らの前へ積み上げていく。
最初はそれが何なのか分からず怪訝な顔をしてた彼らはやがて中身を悟って驚きと困惑と歓喜が混ざったなんとも表現し難い表情を浮かべて再び俺を凝視する。
予想通りの反応が来たことへ少しホッとしつつ俺は謹直そうな顔をして頷いてみせた。
「食料と水だ。見た所ロクに食事も摂ってないように見受けられたからな。事情を話してくれた者に礼として引き渡すつもりだが、どうだ?」
「あっ、その、話しします!話せることは話しますからお恵みください!!」
最初に話しかけた中年の男が必死そうにそう言うと、周りの者も口々に申し出をしだした。特に子連れの母親と思わしき女性らは男性陣を押しのけかねない勢いだ。
話しかける前に俺は近隣の露店で飲料水やパン、それに肉やチーズなど幾つかの食べ物を扱うとこを探し出して買い占めを行った。
運んで積み上げてくれてるのは買い占めされた側の店の人々。代金に更にちょいと色を付けたので愛想良くここまで手伝ってくれたのだ。
こういうときはシンプルにお金の力を使うのが手っ取り早いってわけよ。
さてと、放置しておくと興奮状態のままに取り囲まれた挙句に話もしてないのにドサクサまぎれに食料品持ち逃げする奴も出てきそうな空気だったので、俺はマシロ達にガードされつつ早速情報収集を開始する事にした。
「お前たちの言葉を信じよう。さぁいっぺんに話されても分からないから並んだ並んだ。大量に用意させたから全員に行き渡らない心配はしなくていいからな」
俺の言葉に人々が押し合いや言い合いをしつつもなんとか列を形成しようと四苦八苦する。
モラルとかそういうもんでなく揉めると早く食べ物手にできないと悟ってのことだろうが、こちらの要求聞くだけの冷静さは残ってるようで何よりだ。
ちょっとした騒ぎにはなったがそれから一時間もしないうちになんとか用件は済んだ。
俺は情報、あちらの団体さんは食料と水を得てと実にwinwinというやつだな。おまけに地元経済にもほんの少し貢献もしたときた。
でまぁ口々にアレコレ言ってくる人々から得た話と言うのが以下の如く。
まず彼らは思った通りシュタインボック州から逃げてきた人々であった。
シュタインボック州南部の村に住まう農民達。
南部といっても広い。証言を基に頭の中に記憶してる資料と照らしわせを行い彼らが南部のヴァッサーマン州沿い―俺らが目撃した廃村付近と思われる―に住んでた事を推察。
はてここ数年酷いと専らな評判な北部三州ならまだしも、シュタインボック州辺りはまだマシかと思われてたんだがな。
このマシという単語に関しては村人全員が生まれ育った地を捨てて逃げるレベルではないという意味であり、決して安定や余裕のある暮らしを営んでるという意味ではないとは言っておこう。
ともかくもこの場に居る人々含めてここ最近隣接するレーヴェ州へ流れ込んでくる程とは中々穏やかではない事態だ。
その辺りの話も訊ねていくと謎はすぐさま解けた。
確かに例年より農作物は不作にはなったが税が従来通りならギリギリ暮らしていける範囲。最悪男手が州都なり近くの町へ肉体労働の出稼ぎに行けばなんとかなってる筈。
しかしどうしたことか今年の税の取り立ては厳しくなっていた。
不作などと理由を訴えて税を減らして貰うのは期待はしてない。だが減るどころか増税ともなれば話は違う。
村長を始めとして村を治める立場にある人達が役人や取り立てに来る兵隊に幾ら抗議しても彼らは「節令使様のご命令だ」の一点張りで応じる気配はない。
取り立てる側も少しは気の毒に思ってはいるのか今回の取り立ては急遽発令されたもので、それも王都からのモノなので我らも従わないといけないのだ。と、事情を説明してくれる者も居たという。
けれども農民側としてはそんなものなんら慰めにもならない。寧ろ庇ってくれない地元の役人に対して怒りが増すばかり。
かといって暴力行使する踏ん切りは中々つかず、そうこうしてる内に税となる金や穀物は無情にも持っていかれてしまった。
ギリギリどころではなくなった。覚悟して木の根やその辺の草を食べたとしてもこのままでは来年の今頃はほぼ餓死してる惨状が定まってしまったのだ。
そこにトドメとばかりに賊が各地に徘徊しだしたという話すが村々に伝わってくる。
数人や十人前後規模の盗賊や野盗と言われるような犯罪集団は珍しくもなかったのでそれなら騒ぐ程でもない。精々一人歩きは軽々しくしないよう注意するぐらいだ平和な時なら。
しかし今度のは違った。
少なくとも二十や三十。多い時は百近くの賊があちこちに出現して近隣の村を襲ってるというのだ。
襲撃を受けた村は略奪できそうな物は略奪していき、逆らう者は殺すという容赦のなさ。仮に逆らわなくても気まぐれに殺された者も居た。
辛うじて生き残った者が必死に近くの町へ駆けつけて役場に訴えるのは当然の流れ。
けれども町の役人がやったのは町の出入口に当たる通りにバリケードを築いて地元の自警団や役場の守りに派遣されてた数少ない兵士を見張りに立てるのみ。
それでもこれはまだ許容範囲であろう。この時代のこの国の兵力は基本集中させての運用。
兵の大半は州都に駐留しており、あとは県の各所に拠点を設けてそこに兵を配置。そこから兵士らは戦や巡回などを行う為に出撃する。
襲われた村がどこにあるかは知らないが少なくとも近場の町とやらはその県に駐留する兵士の拠点ではなかったというわけだな。
そこから町の役人が早馬で拠点なり州都なりに知らせを飛ばして賊討伐に乗り出してればよかったんだが、どうにも州側の反応は鈍かったらしい。一兵たりとも増援は来ることはなかった。
助けにもこず、生き残った村人になんら支援の手を差し伸べるわけでなく、ただただ町の住民に注意喚起して防備を固めるだけであった。
役人どもは税を取るのには顔出すが助けには顔出さない。
この酷い話は瞬く間で周辺の村々に伝わった。嫌な噂とか悪い話というのはいつの時代も早く拡散するものだ良い話とは違って。
嫌な選択肢がこうして生まれる。このまま村に居たら賊に襲われて死ぬか飢えて死ぬかというやつだ。
どちらも拒否するとなれば村を捨てて逃げるしかない。
村や田畑を捨てる事は当然ながら罪となる。なのでシュタインボック州以外に逃げ込むことになった。
村長など財といえるものがある者は近場の町でそれらを金銭に替えた後に他州のどこかの町まで逃げる。
そうでない者らは残ってる蓄えを搔き集めて当面の逃亡費用として逃げれるとこまで逃げる。
ある者は北を目指しある者は西を目指しある者は東を目指し、そしてある者は南にあるレーヴェ州を目指す。
レーヴェ州を目指す者が多かったのは単純に豊かでまだ安全なのもあったが、大半が身内の誰かが商都に出稼ぎに行っており、その縁を頼ってということらしい。
賊や魔物の襲撃に怯えつつ、また季節の変わり目の天候の不安定さに悩まされながらも一か月以上かけてここまでやってきた。
今述べた要因に加えて半数が女子供と老人なのでどうしてもそれぐらいかかるらしい。健康な成人なら遅くても半月もあれば州入り出来るぐらいの距離に村があったとか。
多くもない蓄えを寄せ集めて工面したお金は主に護衛の冒険者を雇う為に使われた。まぁ雇えても数名でランクもEやFなど頼るには心もとない相手ばかりではあったが。
なので基本野宿だし食事も一日一度であった。二度摂る場合というのは道中で木の実や食べれそうな野草を見つけたときぐらい。
バッサンの町に到着して数日広場に座り込んでいるのも商都に向かう為の護衛の冒険者を見つける為だという。
レーヴェ州内なら治安も安定してるから賊に遭遇する可能性低くなるとはいえ、魔物の襲撃は如何ともし難いからな。ここまで逃げてきたのだから最後まで切り抜けたいと思うだろうよ。
これまでなんとか冒険者を雇うことが出来たから今度も待ってれば声かけて貰えるだろうが、日銭稼ぐために働く力も乏しくなるぐらいには食べ物も尽きかけていたという。
護衛がつくのが先が護衛無しで進むの覚悟して残りの財産を食料に出すのが先か。というとこまで追い込まれたとこに俺がやってきた。
「本当に、本当に助かりました!貴方様の施しがなければ飢えて死ぬ者が出てくるところでした……!」
最初に声掛けした中年の男が口一杯にパンを頬張りつつ涙目で俺に頭を下げる。
「まぁ助けになったのなら構わないのだが、この町の役人や教会に話はしたのか?何日もこの数を見過ごすような怠惰なとことは思えないが」
「あぁいやそれはですね」
男が言うには役人も教会も配慮して今の現状というのだ。
最初は広場に余所者が何十人も座り込んで過ごしてるのを役人が追い払う目的で注意しに来たのだが、事情を話すと「なら当面は見逃そう」ということで広場の滞在を黙認してくれた。
この町のアラスト教の教会には長旅で弱り切った老人と子供を何名か滞在中保護して貰っており、いよいよ全員危うい時は相談にも乗ると申し出てくれた。
なるほどまだまだ末端は健全かつ可能な限りやれることはやる気概はあるようだな。例え単に貧富の地域差によるものだとしてもだ。
それにしてもなんだかなぁ。
俺に感謝の言葉を述べつつ人目もはばからず飲食に勤しむ避難民の人々を見やりつつ俺は小さな溜息を吐いた。
シュタインボック州の節令使達が何故こんな馬鹿みたいな状況作り出してるのかなんとなく察しがついてしまうので腹が立つ。
王都に居る阿呆どもがロクでもない事を企んでいてそれに応えて忠勤に励んでいるのをアピールする為に金や物を集め出したのだろうよ。
当然ながらそのロクでもない事に関する正式な通達はまだ出てない。それなら俺のとこにもそういう類の命令がきて如何にして誤魔化すか躱すかで頭悩ましてるぞ絶対。
他の州も挟むとはいえケーニヒ州とレーヴェ州の合間にあるとこだからなぁ。物や人の往来も多いだろうから何かしら情報があそこの節令使の耳に入ったんだろうな多分。
なんにせよ媚びる前に自分とこの州も纏めきれなくなってるという問題どうにかすべきだろうが。多少の媚なぞ軽く吹き飛ぶぞ統治の失敗とか。
やれやれこの調子だと清廉潔白とかいいからせめてちゃんと仕事してる州は幾つあることやら不安しかねぇなおい。
別にな、俺は世の中が乱れればいいとは思ってないわけよ。
幾ら不遇な目にあったからって平和ならそれに越した事ないわけで。腐敗だ末期だと騒がれようとも爆発さえしなければただの不安要素で終わるもんだしそれならそれでだ。
自分が無双する為だけに自分以外が無茶苦茶な状況なざまぁ世界なんて俺は求めてはいない。
だが起これば起こったで「知ったことか」と吐き捨てる気持ちもまた消してはいないのだから我ながら複雑な心境にさせてくれる話であったな彼らの話は。
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