第99話王都での評判その4

Side:プフラオメ国王





 プフラオメ王国二十三代目国王バナーレ・フォン・ラント・プフラオメは目の前に置かれた名剣ティルフィングと宝石に彩られた幾つかの装飾品を眺めやっていた。


「あの訳の分からん事を宰相に言い建ててたとかいうレーワンの者がのう」


 珍獣でも見たかのような軽い驚きのつぶやき。それ以上もそれ以下もない感情の籠らない無関心。


 実際国王にとってはリュガの事は悪くもないが良くもないという印象しかない。精々一年前に節令使の一人として辺境へ赴いた変わり者貴族といったところである。


 宮廷にて働きだした途端に若輩の身で国事の改革にあれこれ口出したというのは宰相から報告を受けてはいる。


 だが具体的な内容も報告されず「訳の分からない事を言い建てて国政に口を出した」という事実しか聞かされてない以上は政治にあまり熱意の無い凡庸な男にとって「そうか」で終わってしまう程度。


 対応を宰相や大臣らに任せたその日には忘却してしまっており、ヴァイト州節令使任命時に周りの者に耳打ちされて思い出したぐらいだ。


 そんな若い貴族が遠路遥々勇者や自分に献上品を捧げてきた。


「この剣はいいの。この煌めきが実に良さそうだから余の寝室に飾りたいぐらいだが、勇者殿へということなら渡してやらねばなるまいか」


 相応しい持ち主に渡れば幾多の敵を斬り伏せるであろう名剣も国王にとっては部屋のインテリアに出来るかどうかの認識でしかない。


 彼は悪逆非道な暴君でも血に飢えた残忍な狂王でもない。


 単に父や祖父に似て暗君寄りの凡庸な男である。


 即位から三十年。幾つもの禍根を残すような出来事を後回しにしてきてたとはいえ、概ね何事もなく平和を維持してこれた。


 無論国王の手腕ではない。宰相をはじめとして有力貴族達が現状維持に腐心してきたのと、周囲の国ともここ何十年かは好意的に言えば親密、非好意的に言えば慣れあいによって少しばかり困った問題発生しても有耶無耶に出来ていたからだ。


 あと二、三年ぐらい玉座に座り続け、どちらかまだ決めてないが息子に王位を譲って余生は離宮でのんびり過ごす。


 王自身にとっても王以外にとってもそれが無難な流れだ。そうしてればまだ当面国として命脈を保てれたであろうことは、命脈の長さの議論はあれども後の歴史家らの共通認識であった。


 しかし全てにとって不幸な事に国王は最後の最後で凡庸なりに欲が出た。


 何事もなく治め続けた。というだけでは物足りなくなったのだ。


 自分が開祖を含む幾人かの名君と比較すれば大した国王ではないというぐらいの自覚はあった。即位直後ならまだしも三十年も玉座に座ってれば多少の自惚れなぞ萎むには十分だった。


 けれども王位を退く前に何か業績を残したい。自分も無為に王をしていたわけではないと誇りたくなった。隠居後に王妃や側室らへの自慢話の一つも持ちたくなった。


 かといって彼は改革や不正をただすといった内政を今更行う気もない。すぐに目に見える結果が出ない上に自分を支持する貴族達から反発を喰らうのが目に見えてる。


 反発だけならまだいい。最悪あれこれ言われて無理矢理退位を迫られて幽閉でもされたら堪ったものではない。


 国王からしたら想像するだけで気が滅入る様な方法は取る気は毛頭なかった。


 だから彼は内政よりかは反対されずにやれる目に見えて業績を作れる事を試みようとしていた。


 勇者召喚はその為の手段の一つ。勇者として呼ばれた少年をあれこれ世話してやってるのもその為だ。


 金と人を使った分ぐらいには勇者様には役立ってもらいたいものだ。


 名剣を見つめ続けながら国王は勇者に対して何十回目かの一方的な期待を膨らませるのであった。


 既に剣や宝石を献上したリュガの事は頭の片隅に追いやられていた。





Side:プフラオメ王国宰相






 プフラオメ王国宰相グルーミ・フォン・ボースハフト侯爵は自分の執務室にて眉根を寄せて腕を組んでいた。


「まったくあの訳の分からん事を言う小僧めが。大人しく金銭だけ我らに捧げておればよいものの」


 苦々しいつぶやきを洩らしつつも、彼はデスクに置かれている宝玉で飾られた数点の装飾品を凝視している。


 ヴァイト州節令使から宰相への贈り物。


 それだけなら貴族の間ではご機嫌取りなど様々な理由で贈り贈られをしているのでさして問題はない。


 彼が苦い顔をしてるのは贈り先が自分だけではなく国王や幾人かの有力者と目される貴族にもだという所だ。


 これを持ち込んできた冒険者ギルドのギルドマスターが述べた言葉が思い出される。


「双頭竜の件、ヴァイト州節令使様から了承を得られましたが、あくまで討伐の功を譲るようにとしか言われてない以上はそれ以外の事に関しては王都、商都、ヴァイトの三ギルドと共にヴァイト州節令使様が差配致す事をご了承願いたいのです」


 物腰は温和だが表情から漏れる横取りへの不快感や介入への不満そして貴族が総取りすることへの牽制の決意。


 普段なら貴族でもない者の不平不満や要求なぞ撥ね退けてしまいたいとこであるが、冒険者ギルドには勇者育成でかなり世話をしてもらってる手前強くは言えない。


 ヴァイト州のギルドはともかく商都のギルドは商人らとの繋がりも深いので下手な事を言って経済的な嫌がらせを受けるのは避けたい。


 なにより自分にそう要求した時点で国王らへの献上の際に似たような頼みごとをしているのだろう。


 長年宰相の地位にいて権勢を振るえども周囲の意見を無視するわけにもいかない。無駄に敵を作らない。政敵だろうが無駄に敵意を育ませないというのが彼の宮廷での長生きの秘訣と信じてる故に。


 幾つかの事柄が宰相の強気を縛り付けてしまい、結果としてギルドマスターの言い分を是とせざる得なくなった。


 Sランクのドラゴンという肉の一片血の一滴も大金に成り得る存在が、国や自分達貴族の財産となれば益々豊かになる。どうせなら功績のついでに貰い受けてもよかった筈だろうになんと狭量な者達だろうか。


 退室するギルドマスターの背中に自分達の言い分が全面的に正しいと信じてる故の怒りと未練の混じった視線を投げつける。


 しかし口に出せずに帰してしまった以上もうやり直せないだろう。


 王は自分の懐が少しでも満たされたらそれで満足してしまうだろう。国政にあまり意欲がないのもあって良くも悪くも淡白な気性。元から無いものだっただけの事であっさりと済ませてしまうのは明白。


 他に贈ったという貴族らは、自分の派閥の要の者であったり、政敵ないし仮想政敵と目してる者どもであったりするので宰相とはいえ意見を押し通そうとすれば止められるだろう。善意や悪意という区別があってもだ。


 恐らく単なる抗議より有効であるとギルドマスターにバラマキを吹き込んだのはレーワン伯であろう。


 証拠はないが長年政治と権力闘争に関わってきた人間の嗅覚が理性にそう訴えている。だからこそ彼は不快感が拭えないでいたのだ。


 思えば七、八年前に先代が死去して伯爵家を継ぎそのまま宮廷勤めをし出した頃からおかしい奴とは思ってた。


 今時の若造は大体が自宅と仲の良い貴族の家との往復か、己の所有する荘園で安楽な暮らしに浸ってる。これが国内の貴族ではありふれた生活スタイルとはいえ、王室と国を支える層の自覚を少しは持って欲しいと常々思っていた。


 そんな中で自ら進んで仕事を求めてくる事そのものは当初は侯爵も評価していたのだ。


 最近の若者も捨てたものではない。という評価はすぐさま捨てる羽目になった。


 税制がどうの軍事の見直しがどうの経済政策がああだのと貴族間の身分や立場など無視して「これこそがこの国を良くする策である」と放言するレーワン伯をボースハフト侯爵は危惧と嫌悪を抱いた。


 どれも見た事も聞いた事も前例も何もない案なので信じるに値せず。というのもあるが、そもそも前提として「自分にそれなりの権限を与えて政治を差配させろ」的な言い分なぞ実績もない十七の小僧の妄言としか思えなかったのだ。


 この事に関してリュガ自身が自省と自嘲と自己嫌悪を患うぐらいに迂闊過ぎたしこの世界と国を舐め過ぎたという自覚があった。チートスキル持ち転生者という慢心が敗因となったのだ。


 本人ですらそうであるのだからボースハフト侯爵ら現在も政治を司ってる現役の面々からしたら、どんなに大胆な改革案も一顧だにする価値もないと無視すべきものであろう。狂人として即処断しなかったのはせめてもの情けであった。


 露骨に排除や家潰しが行われなかったのは金払いの良さからだ。


 税は期限内に銅貨の一枚も不足なく納めてくる。それはヴァイト州節令使に赴任してからも変わらずだ。レーワン伯爵家としても節令使としてもどちらともキッチリ出すもは出していた。


 大半の貴族が様々な伝手や言い分を駆使して最低限納めるべき税も納めず己の私財を溜めこみをしており、宰相自らも幾らか秘密裏にそうしてるのもあって「訳の分からない事を言い立てる小僧」を唯一高く評価してる点でもあった。


 だからこそ大人しく金を差し出して自分らの顔色を窺ってればそこそこ利用できる駒として認めてやらんこともないというのに。


 国王と同年代の六十半ばの老齢からか視野の狭さと短気さが目立ってきているが、本人には差ほど自覚もなく、ただただ物分かりの悪い下々の者らへの苛立ちを燻らせる。


「……仕方あるまい。勇者殿の知名度を上げるという目的を果たせるだけで納得するしかな」


 ドラゴン討伐の功績に名剣と名高いティルフィングを国王から賜るという事実。


 この二つが加わる事でまた一つ異世界からやってきた若者は勇者としての自覚も芽生えて国の為、そして自分達の為に惜しみなく働いてくれることであろう。


 国王の発案にやや不安があるものの、自分が次期国王と推薦してる王の次男の継承権獲得を有利にする為にはご機嫌取りと実績造りも必要である。


 こんな事で一々悩んだり苛立ったりしてる余裕なぞない。


「まったく困ったものだ」


 舌打ち混じりにそうつぶやく。それは思考の切り替えの合図となる。


 政務を処理しつつ今年の終わりには公表する計画の準備を進めている宰相は多忙であるのだ。


 贈り物の宝石類をデスクの引き出しに仕舞い込むと同時に彼は頭の中を占めていた不愉快な若造の事も隅へ追いやって仕事を再開させるのであった。





Side:勇者を取り巻く女性陣





 元王宮騎士団第一部隊長であり現在は勇者護衛騎士団の第一団長を務めるレギーナ・フォン・エクエス。


 元王宮騎士団第二部隊長兼対魔人部隊長であり現在は勇者護衛騎士団第二団長を務めるトレラン・ティア・シーカーリウス。


 元アラスト教会公認聖女であり現在は勇者護衛騎士団第三団長を務めるグレイス・フォン・ホリネス。


 彼女らは数か月前に新設された勇者護衛騎士団に用意された上級士官室の一つにて顔を見合わせていた。


 普段は勇者である勇英雄をめぐって角を突き合わせる勢いで喧嘩するものだが、この日は珍しく理性や知性が主導権を握っている。


 原因はつい先日宰相に言われた件についてのこと。


 ヴァイト州節令使であるリュガ・フォン・レーワン伯爵が個人的に勇者へ名剣ティルフィングを贈りたいと申し出たという話に三人は驚いたものだった。


「あの訳の分からない事を周囲に言ってた御方がまさかこのような事を」


 心底不思議そうにレギーナがつぶやくとそれに応じてティアが重々しく頷く。


「遠い辺境の地に自ら赴いて己を見つめ直したのかもしれん。しかしそれにしても何故こんな真似をするのやら」


 素直に感心するよりも意図が分からず少しばかり気味が悪い。


 それが彼女らの非礼を承知で抱く共通認識であった。


「私は最近まで教会に身を置いてたので宮廷事情には疎いのですが、それほどまでにレーワン伯という御方は変じ……風変りだったのですか?」


 グレイスのもっともな質問に二人は同時に頷く。


 しばしの沈黙の後に口を開いたのは親が侯爵でありそれ故に社交界に顔を出す頻度も多いレギーナであった。


「私達も直に顔を会わせて言葉を交わした事はありません。けれど少し前までちょっとした話題のお人ではありましたわ」


「先程の言い方含めると決して良い意味ではなさそうですね」


「勿論。十七で爵位を継いですぐさま宮廷書記官の一員として出入りするようになりましたけど、訳の分からない事を言い立てて宰相閣下や他の大臣を困らせてたらしいです」


「訳の分からない事?」


「うむ。私もレギーナも詳しく耳にはしてないがどれもこれもこの辺りではやったことないような突飛な案ばかりだったらしい。しかも自分の意見を全面的に用いるの前提の」


 ティアの言葉にグレイスは軽く眉を顰めた。


「幾らなんでも無茶すぎますね。仮に名案だったにしろ実績も何もない人間の根拠のない自信だけをもって意見するなんて」


「意欲だけはあるお人だったかもしれませんわね。それも二、三年程で失って去年節令使に就任されるまでは街に出て市井の方々と混じって商売したり、どこからかやってきた冒険者と行動を共にしたりと、名のある貴族としては如何なものかな事に興じてたとか」


「悪事を働かないだけ他の貴族の子弟よりはマシとはいえ何をやりたいのかまったく読めないな。いやまぁ私らも剣の事を言われるまではすっかり忘れてはいたけど」


 リュガからすれば未来を見据えた行動とマシロとクロエに巻き込まれてただけである。けれども他者であり身分高めの者らから見れば奇行の数々にしか見えていなかった。


 彼女らは貴族の中ではマトモな部類に属する少数派。この世界のこの時代ではまだマシな思考と価値観の持ち主である。


 騎士として戦士として聖職者としてその辺の貴族達よりも世の中というものを見てきており、下々の者とも接する機会も多かったので頭ごなしに他者の見下しや軽んじるような真似をする浅慮はなかった。


 なんなら勇者を心から慕ってるだけあって正義感も強いので昨今の貴族らの怠惰や腐敗などといった負の方面への嫌悪や懸念も持ち合わせてるぐらいだった。


 しかし結局はこの時代の身分高き貴族やそれに準ずる血筋確かな家系にて生まれ育った身。


 限界は当然存在しておりリュガの言動は彼女らにとって理解し難いものでしかなかった。


 あくまで現状の悪化を憂うだけであり先々を見据えた革命じみた発想や価値観は資質の芽どまりでしかない。この国の貴族の腐りようからすれば芽があるだけマシではあるのだが。


 なのでそんな彼女らの出した結論。


「……最近ヒデオの成長ぶりが目覚ましいのをどこかで聞きつけて媚売る魂胆かもしれんな」


 ティアがそう言うとレギーナは苦々しい表情を浮かべつつ同意の頷きを返す。


「ありえますわね。他の貴族達も最初の頃と比べて露骨に擦り寄ろうする姿勢が目立ちだしましたわ。レーワン伯も剣を見つけたのを好機としてヒデオに後ろ盾を頼みたいのかもしれません」


「なんという破廉恥な御仁でしょうか。己の不遇さをヒデオ様の勇者としてのお立場を使って挽回しようとするだなんて。辺境の地で奇行を直すどころか益々拗らせたとみますねこれは」


 二人の発言にグレイスは勇英雄の為に憤慨する。


 彼女らの発言を聞いたらリュガは苦笑を浮かべて肩を竦めるだろうし、マシロとクロエは彼を指さして「いつの時代のベタな三下悪役だよお前」と腹を抱えて笑うことだろう。それほどまでに的外れな誤解であった。


 質の悪い事に三人は純粋に勇者である勇英雄を慕いその身を案じており、彼の負担になるような真似をする周囲の欲深さに少なからぬ苛立ちを抱えてもいたのだ。


「まぁ剣には罪はない。ヒデオには受け取るだけ受け取ってもらって後は何か言ってきても無視するように説得しよう」


「そうですわね。大事な勇者様であるヒデオもこれから忙しくなる中でこんな俗物と関わり合いになる暇なんてありませんわ」


「レーワン伯もですけど、こういう輩が日に日に増えるとなれば私達も今後益々ヒデオ様の身辺に気を配る必要性が出てきましたね。気を引き締めねば」


 グレイスの決意表明はレギーナ、ティア両名にとっても決意表明でもあった。


 勇英雄との親密さを競い合う間柄ではあるが彼を守りたい志だけは同じなのだ。


 あの心優しい少年を自分達が守り抜いてみせよう。


 それぞれの個性の出る微笑にて決意を新たにした三人は早速それを口実に彼に会いに行こうとして、すぐさまいつもの意地の張り合いに発展するのは僅か数分後であった。


 リュガの事は警戒すべき俗物という雑な誤解のまま意識の外へ追いやられていた。


 と同時に、彼女らは双頭竜の件に関しても結局失念したまま勇者の下へ赴くこととなる。


 双頭竜を討伐したという存在。


 討伐功績の横取りという無茶もさることながら、それほどの力ある者の存在を彼女らは「冒険者でも稀にいる強い奴」程度で流してしまっていたのだ。


 勇者など虫けらのように倒してみせる恐るべき存在とそんな者らを傍に置いて着々と未来を見据えた行動をとり続ける青年貴族。


 彼女らがそれらの存在の正しく見直すのはまだ先の話であった。

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