第98話王都での評判その3

Side:王都のとある教会の神父





 アラスト教寛容派に属する神父パオマはギルドマスターから伝え聞いた話を思い出しては感心気味に一人頷いたものであった。


「まぁ伯はそういう何か大きなモノを引き当てる縁があるということか」


 わざわざ職人ギルドに依頼して作ってもらった携帯用の鉄製の小瓶―リュガが居ればスキットルと言うだろう―の蓋を開け、そこに入れてた火酒を一口飲んで満足気な吐息を洩らす。


 自他ともに認める不良神父。敬虔な同僚の半数からは眉顰められ、残り半数からは諦め混じりの苦笑を向けられつつも昼間から酒を飲み情報屋や数字賭場で金稼ぎをする。


 神への信仰心は自分なりに厚いもののそれらが楽しいと思う性分。若い頃はそこそこ悩んだが今では開き直って「酒で活力をつけて金を儲ける。それを使って神と信徒に貢献しているから」と嘯く胆力も培われた。


 そんな不良神父は先日王都に帰還したギルドマスターから呼び出されて事の仔細を聞かされていた。


 レーワン伯爵経由で何かと縁が出来た間柄というのもある。片や冒険者片や教会関係者というあまり交わりの無い業界故にちょっとした情報交換も時に思わぬ収穫を得る事もあるのでこれ幸いにと話をする機会も増えた。


 というわけで帰還したという連絡を聞き出向いたパオマであったが、ギルドマスターであるシーカからヴァイト州の事を一しきり聞いた後、彼から一通の手紙を渡された。


 宛名はレーワン伯爵リュガではなく、去年末にヴァイト州へ派遣していた部下からのものであった。


 酒を飲んで気持ちを切り替えたパオマは今度は些か気が乗らない風の溜息を一つ吐きつつ意を決して封を開けた。


 内容は彼が概ね予想してたとおりのものだった。


 ヴァイト州におけるアラスト教の居心地はお世辞にも良いとは言い難い。


 簡潔かつ最大限好意的解釈をすればその一言に尽きた。


 そういうの抜きにしてぶっちゃけたら「不可能とは言わんがコレ無理ゲーじゃね?」となる。


 この大陸ではアラスト教は宗教界では三指に確実に数えられる程の勢力と影響力のある宗教だ。プフラオメ王国でも信徒の数も存在感も大手として健在である。


 しかし一強や独占ではないので必ずしもアラスト教というだけで何でも通用するわけではないというのも事実。だからこそ各地での布教活動は今もなお熱心だといえよう。


 王国内では王都など主要と目される地域では寛容派が地盤を固めている。だが地方となると遠ければ遠いほど雲行きが怪しくなる。


 なにせヴァイト州では原理派が数年前から去年の夏の初めにかけてまでアラスト教の教えを強引に説いて回ってた。


 布教前から住んでた寛容派も居ないわけではなかったが、教えの為なら暴力や違法も平然と行使する相手に対しては弱腰にならざるを得なかった。


 リュガ、というより客分として共に行動してるマシロとクロエによって司教をはじめとしてその地での活動の中心人物らが皆殺しにされ、更に節令使への反逆行為を理由に各県に居る原理派も大半が捕縛からの州からの追放を受けた。


 今は地元の穏健派が中心となってささやかながら立て直しが図られてるというが、やはり原理派の独善と非寛容的な横暴さが地元民の反感を買っていたという。


 王都から派遣されてきて節令使直々にお声かけしてもらってる者。という事でパオマ神父の付き人は露骨に邪険にされる事はなかったが、地元の寛容派は肩身の狭い思いをしている。


 今でもアラスト教徒というだけで官憲へ「怪しい奴が何かしてそう」という漠然とした言いがかりを基に突き出されそうになる時がある。という報告を目にしたときにはパオマ神父は思わず目に手を当てて天を仰いだものだった。


 彼としてはリュガから警告混じりに誘われてるとはいえ、そのような場所にすぐにでも赴いていいものかと悩んでしまう。


 戦乱の中心に成りかねない王都を出てヴァイト州を新たな活動拠点としていく。


 今の時勢を考えたら中央も必ずしも安全ではないだろう。


 神父としてそれなりに学もある上に副業で情報屋をしてれば乱世の匂いが日に日に強くなってる危惧はあるのだ。故にあながち被害妄想高い意見とは思わない。


 行くか行かないかで言うなら行くだろう。最終的な結論は既に心に決めているつもりだ。


 ただ少なくとも今は王都もその周辺も変わらず平和そのもの。乱とか飢饉とか不穏な話なぞ積極的に聞き込みでもしない限り耳にすることもないぐらいには。


 そんな中で王都を出て辺境のド田舎であるヴァイト州へ王国の活動拠点を移すと言い出したら周囲から酒の飲みすぎでついに乱心したかと思われるだろう。


 自分でも教会内ではそれなりに破天荒や型破りの自覚あるにしても、一応は常識人として人様の前に立つ身としては二の足を踏んでしまう。


「レーワン伯の先見性を信じるなら早ければ早いほど良いとは分かってるんだが」


 己のいざという時の決断力と行動力の直結し難さに苦笑を浮かべるパオマ。


 彼のリュガに対する信用は高かった。別の表現をするなら面白い御仁だと思ってると言うべきか。


 仕事柄様々な相手と対面して話をしてくると、会った人が大体どういった人物なのかというのが察せる程度にはなる。


 その人を見る目で照らしわせるとリュガ・フォン・レーワン伯爵という男は風変りの部類に分けられるのであった。


 初対面の際にまず浮かんだのは「この方は神をあまり信じるように見えない」だった。


 このぐらいなら時折存在する手合いだ。パオマも信仰心とは別に人が多くいれば全て同じなわけではないという弁える理性は持ち合わせてるので目くじら立てる事もない。


 貴族ともなれば自分の地位や富、付け足すなら権勢などを絶対視しており、悪さしても天罰が降り注ぐ訳でもないので神ですら自分をどうする事も出来ないしさせないだろう。という罰当たりな言動をとる者もザラに居るものだ。


 彼は幾つかの商売を行っており今回も新たな商いの為に自分を訊ねに来たということからもしかしたらそういう性格の者かもしれない。


 だがパオマはリュガと話し込むうちにそういう類の者ではなさそうだという感想を抱く事になった。


 試しに宗教関係の話題を振ってみると、彼は少なくとも神様は冒涜すべきものではないという良識は持ち合わせていたし、自発的な善意内では見えない何かへ敬意を示すための献身を頭から否定しなかった。


 どうも神そのものよりもパオマを含む宗教関係者に対して冷ややかな視点を持ち合わせてるらしく、彼が宗教団体の腐敗や独善による多文化との軋轢を語ったときにはには痛い所を突かれて逆に恐縮する羽目になったぐらいだ。


「清貧を旨として神に仕える者が生活や信仰の場の維持以外の必要以上に富を持つのも疑問というのに、権力や武力を保有する事態おかしいのではないか?卿らの信じる神々は権力闘争や人殺しを推奨する物騒なものなのか?」


 どこの国でもそういう意見は一定数の者が持ってると知りつつも、代々の貴族である若者から真顔で正面から突き付けられると返答に窮する。


 当たり前のことである筈のことを当たり前に言う。しかしそれが出来ずに居る者が多いからこそ、その当たり前の言葉が響く。


 商才に富み、神父という身であるのを承知でパオマという個人に新たな商売を持ち込む柔軟性や決断力があり、神を重んじるわけでなくかといって軽んじるわけでもない弁えを培ってる程の個と知性がある。


 加えて成り上がりでもない建国された頃から存在してるレーワン伯爵家の当主としてはやけに気さくで下々の目線に合わせやすくしてくれる接しやすい雰囲気を醸し出している。


 若いながらも中々底の深い御方。


 情報屋としても金払いの良い良客であり、美味い商売の相方である。これだけでも好感度は高めである。


 ただそれらを除いてもパオマにとって誼を持ち続けるには十分な素質のある男なのだリュガという者は。


 そんな彼の言葉だからこそ、一笑に付す話だと捨てられない。


「……年内までには結論を出して行動すべきかな」


 何ぞ契機になるような情報でも飛び込んできたならもう少し腰が軽くなるんだがな。


 そう思いつつ、パオマは再び小瓶に口をつけて酒を呑み下すのであった。





Side:王都のとある商店の人々





「毎度ありがとうございましたー!」


 大袋を腕に抱えて店を後にする客の背中にレーワン食料・雑貨店の店員アインは元気よく声をかける。


 レーワン伯爵が企画運営資金提供諸々行って開店してから四年半が経過したが、相変わらず客足が途切れることなく季節に関わりなく嬉しい悲鳴を上げるような混雑と盛況ぶりであった。


 彼が考案した品々を中心に売り出してるが、彼が店の近所に設営させた工場ではオリジナル商品以外にも直接仕入れから製造まで手掛けることでコスト削減を実行させ安売りさせてる商品も作られては店に卸されている。


 他にも季節限定で販売する品、定番商品棚の一角を潰してでも行ってる店舗ないし店員お勧め商品販売、更に一部商品はサンプルを出しあえて使用させるなど、この付近では見かけないような売り方をして注目を今も集め続けている。


 無論、サンプルもだが手に取って直に確かめる売り方をしてる故に窃盗騒ぎも起こるが、出入口にリュガが雇った護衛を発たせたり店内巡回をさせたり、王都の繁華街を見回る警備兵らの巡回ルートにしてもらおうとわざわざ警備関係者に掛け合ったりしている。


 そういった自衛努力のお陰か検挙率も高いので一年目と比べたら随分と平和になったものだ。と、アイン達は思ってる。


 アインは王都内にある兵士とその家族が多く住まう区画に住んでいるこの年十五歳になる少年であった。


 五年前、兵士であった父が病で急死して母と妹と共に途方に暮れてた時に店の店員募集の声を聴いて応募。年齢で弾かれる可能性も覚悟して面接に挑み、たまたま面接官役をしてたリュガ直々に採用のお声かけをもらった。


 そこから雑用係として採用されて今では最年少ながら古参店員の一人として売り場で接客係も兼任するようになっていた。


 開店当初でも月に銀貨十二枚と子供にしては大分貰ってたが、今では月に銀貨三十枚に加えて季節ごとに特別手当も支給されるのでその辺の大人よりも稼げるようになっていた。


 しかもこれで終わりではなく今後の働き次第では更なる賃金増もあり得るとなれば懸命に働く理由に十分なる。


「全て伯爵様のお陰だねぇ。だから日々感謝を忘れるんじゃないよ。何かあれば私らのことなんて気にせず伯爵様の御恩に報いなさい」


 父が生きてた頃より生活に余裕が出来て安堵する母親が機会があれば息子にそうお説教するものだった。


 母の言葉にアインも同意している。年齢から考えたら同年代でこれだけ稼いでる奴が居ないと思えば今の立場を維持する為に惜しみなく働く所存であった。


 それゆえにアインは今少し悩みも抱えてる。


 客足が一時的にピーク越えしたのを確認したアインは同僚らに一声かけて休憩に入る為に売り場を後にする。


 客に呼び止められないうちにと早足で会計スペース隣にある商品の出し入れを行う出入口へと入っていき、バックヤードを経由して事務所へと戻った。


 事務所に入り事務員の一人に休憩申告の手続きを行ってようやく一仕事終えた安堵の溜息をが漏れる。


「アイン休憩か?」


「あぁはい店長。これから一時間の休憩に入らせてもらいます」


 専用机で何やら書き物をしてた店長に声を掛けられたアインは軽く会釈しつつそう答える。


 どんなに忙しくても休憩時間は必ず確保するように。


 これも開店当初にリュガが定めた規則の一つであった。


 八、九時間働く場合は最低一時間。六、七時間なら四十五分、五時間なら三十分と、王都どころか商都でもここまで細かく且つ厳守させる労働場所もそうはなかった。


 しっかり休憩とらせるとこもないではないが、上の匙加減で時間の変動なぞよくあること。忙しい時なぞぶっ通しで働く場合もある。


 個人経営や労働者を使い捨てにするのに躊躇いないとこなぞは休憩なんて飯を掻きこむ短時間で十分と思う場所もあれば、そもそも休まず働かせるだけ働かせるような場所なぞある。


 時代を考えればブラック職場率が高い中でリュガは自分のとこぐらいは現代地球レベルに可能な限りしてみようと試みたのが今の店の職場環境。


 賃金の高さをはじめとして休憩時間や手当や有休制度など労働者に配慮した環境に応募者は絶えなかった。欲深い者の中には貴族との繋がりなど役得狙いが露骨なのもいた。


 だが、開店当初と比べてアルバイト面接の審査は厳しくなっており、しかも研修も他所より厳しく行ってる事もあって店員の急増には未だ至ってない。


 更に最近ではある話が出回っており応募に二の足を踏む者も居るのだ。


「店長どうなんですか新店舗の人集め」


「……分かるか?」


「えぇまぁ最近それで悩まれてますしね」


 仕事の為に働く合間に寝る間も惜しんで文字の勉強をさせてもらったお陰かアインはその辺に居る同年代の若者よりかは文字や数字を理解出来てる。


 なので店長が悩まし気に書いてた書類の内容も少しは分かるので察せられもした。


 店を始める前の研修時代からの付き合いである最年少の店員の言葉に店長は肩を竦めてみせた。


「一年以上前から言われてた事だから店の場所確保とか物資をどんだけ用意して送るかみたいなのはやれたが、人ばかりはなぁ」


「でも確か基本的に現地の人を雇われるんでしょう?王都から派遣といっても指で数えるぐらいじゃなかったんですか?」


「その数えるぐらいが集まらんのだよ」


 コリをほぐすように肩を揺らしつつ店長がアインの疑問に即答する。


「無理もないがな。幾ら新店舗で副店長や売り場の班長と高い地位に就けるからといってあんな遠くの辺境に行くともなると躊躇う」


「……」


「伯爵様の才覚のお陰で商都に出してる店も好調なようだし、俺達も益々待遇良くなってるから少しでも恩義に応えてやりたいもんだがねぇ。やはり距離が遠いだけ不安にもなるか王都で生まれ育てば」


「……」


「あぁすまんな休憩時間中に。まっ、まだ催促来てるわけでもないからもう少し腰据えて粘ってみるさ」


「あっ、はい。じゃあ俺休憩いきますね」


 アインは再び会釈して店長の下を離れて従業員用の休憩室へと向かう。


 彼の今の悩みはそれであった。


 ヴァイト州で近々開く予定の店に行くか否か。


 現地の人々の指導を行いつつ当面店を取り仕切る立場になるので経験者は副店長か班長として迎えるという。当然今以上に賃金も貰えるし待遇も上がることだろう。


 王都で生まれ育ったから幾らかは華やかな故郷を離れる躊躇いはある。しかし若さ故の冒険心と向上心が絶好の機会ではないかと囁いてくる。


 頑張ればその分報われるというならやってみたい。と、彼自身の心は定まってはいるのだ。


 しかし母と妹を残して遥か遠い地へ何年も旅立つという事が彼を縛る。


 母は「何かあれば私らのことなんて気にせず伯爵様の御恩に報いなさい」と常々言ってるが、いざ自分がヴァイトという辺境に行くと告げだら心配するだろう。


 強制ではないから「何もお前が行かなくても」と言われるかもしれない。


 今でさえ十分食べていけてる上に三人で暮らすには余裕あるのだから無理をしてまで行く理由は特にない。


 けれど。と、アインは思う。


 まだ十や十一そこらの子供だった自分を追い出しもせず話を聞いてくれて面接をしてくれ、そして採用してくれた。


 研修期間を経て本格的に働きだすまでの間で不足した生活費を「不安なく仕事に励んでもらう為だ」と言って無償で融通してくれた。


 母が病気になった時には「身内に万が一あったら困るだろう」と薬を渡した上で看病の為に早退許可を出してくれた。


 優しく、気さくで、身分関係なくこちらを思いやるお心を持つ人。


 自分の知る貴族と違って良い意味で貴族には見えないレーワン伯爵。


 そんな彼の助けに少しでも成りたいと思う気持ちが大きいからこそ、自分は行ってみたい。


「今度母さんにちゃんと話そうかな」


 母が持たせてくれたパンやチーズなどをカバンから取り出しつつアインは休憩室で密かに決意するのであった。

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