第100話勇 英雄の憂鬱(前編)

 なんで自分なのだろう。


 今もこれからも常に問い続ける。


 なんで自分なのだろう。


 当然の疑問。答えを出されても納得出来そうもないと分かっていても。


 なんで自分なのだろう。


 やるべきことをやれたら分かる保証もない。それでもそれしか選べない。


 なんで自分なのだろう。


 こんなに迷ってる自分がどんな事をやれるのか。


 なんで自分なのだろう。


 歩かされた先に何があるのだろうか。


 なんで自分なのだろう。


 自分のやった事だけの何かを手に入れられるのか。


 ナンデジブンナノダロウ。


 もう戻れなくなった自分には問い続けることしか出来ずにいるのに。





 俺の名前は勇 英雄。都立善正高校に通う今年で十六歳になる普通の男子高校生だ。


 その筈なんだけど、今の俺の周りは普通ではなかった。


「えっ、ここどこ?」


 実感が湧かずに口から無意識に漏れた一言。


 だってそうとしか言いようがないんだよ。


 俺はついさっき、それこそ一分とか二分前ぐらいにいつものように学校が終わって帰ってるとこだった。


 途中で友人達とも別れて一人家まで歩いてて、あと五分もすれば自宅のあるマンションの門を潜ってる筈だったのに。


 急に周りが光って凄く眩しくなって思わず目を閉じて。


 そして目を開けたらRPGで観たような王様とかお姫様とかその王様の住んでそうなお城の部屋に俺は立っていた。


 学ラン着てる自分が絶対場違いに思えるぐらいに周りにはヨーロッパの貴族みたいな服や髪型の人が大勢居た。


 いやマジでどこなのここ。


 夢でも見てるのか知らないうちに変なガスでも吸って幻覚でもみてるのか。


 あまりにもありえない周りの様子に俺はカメラか何か、大掛かりなドッキリの可能性を探すけどそれらしい物や人も見かけない。


 そうこうしてる内に俺の正面に居たいかにも王様みたいなおじさんがキラキラした椅子から立ち上がって感動したような顔で近寄ってきた。


「おお、よくぞ我らの呼びかけに応えてくださった勇者様!」


 ゆうしゃさま。


 派手な恰好して王冠被ったおじさんは俺の事を確かにそう呼んだ。


 勇者ってあれだよね。あの魔王とか倒すゲームの主人公的なやつの。


 いや待ってなんで俺なのそれ?


 子供の頃に一度はそういうヒーロー的なものに憧れて想像ぐらいはしたことあるよ?俺の友達にもゲームや漫画好きな奴居るから今でも話ぐらいは聞くよ?


 だからっていきなりそんな事言われたって困るんだけど。


 あまりにも当たり前な疑問だったので動揺しつつも俺はすぐに声が出せた。


「えっ、ちょっ、俺が勇者って。俺ただの高校生で……」


「いいやいいや、あなた様こそ、この国を救いに導いてくださる可能性を秘めた大英雄!全てを救う為に現れし伝説の勇者ですぞ!!」


 圧。圧が凄い。


 物凄く真面目な顔でおじさんは俺の言葉を最後まで言わせてくれなかった。


 あまりの勢いある返事に俺がすぐに反応出来ずにいると、周りの貴族っぽい恰好した人たちも嬉しそうな顔して叫び出したんだ。


「救世主!」


「我らと我らの国もこれで安泰だ!」


「勇者様万歳!」


 いやいやいや待って。本当に待ってよ。


 俺普通の高校生だよ?別に凄い力どころか何か自慢するような特技も持ってない普通の人なんだよ?


 なんでいきなり出てきた俺をそこまで信じようとするのさ。


 そもそも一体ここはどこで何なんだよ。


 誰も答えてくれず、自分を王様だというおじさんやおじさんの娘であるだろうお姫様、それに周りの人たちも俺を囲んで喜びの声を上げている。


 頭が混乱する中でそれとは別に取り囲まれた俺が思わず叫びそうになった。


 臭い。


 なんか匂いがちょっとキツイ。体臭キツそうな人が香りだけは強そうな安物フレグランスアイテム半端に使ったような匂いがする。


 誰かというか多分王様含めて全員かもしれないこれ。


 無理に口開こうとすると吐き気が込み上げてきそうになる。それもあって俺は意見を言い出すタイミングを逃したっぽい。


 しばらく笑顔で握手求められてされるがままにやってきだけど、そろそろ臭い我慢してでも言い出さないと。と俺は決意。


 けれど自分でも押しが弱いとこある自覚があって何を言おうか躊躇ってしまって結局王様がまた先に質問してきた。


「おお、ところで勇者様のお名前はなんと言いますかな?」


「あっ、えっ、い、勇 英雄って言いますけど……」


「ほうほうイサミ殿とな。なんといいますか、響きが勇ましい感じがしますなぁ!」


「いや、あ、あの俺、勇者とかそういうのなんかじゃないんですけど、あの」


「いやいやいや、ご心配召されるな!いきなりの事とは百も承知。なのでまずは我が国に慣れ親しんで頂くと共に鍛錬をやられればよろしかろうと。なぁに勇者様ならば短期間で王国随一の者となりましょうぞ!」


「はっ、えっ、えぇ!?」


 もう俺が勇者としてここに居る事前提で話が決まってるとか嘘でしょう?


 帰して欲しいんですけど。


 多分ここは異世界とかいうやつで俺は何かで呼ばれた系ってやつだとなんとなく察したけど。


 他に強そうな人を探して欲しい。俺には何か出来る訳じゃないんだ。


 抗議の声を上げようにもおかしいテンションの人々が俺の顔見てありがたがっている様子に上げ辛くなる。


 だって素直に「そうですか。なら縁が無かったということでさよなら」って元の世界に帰してくれるんなら幾らでもガッカリされた顔されたっていいよ。


 でもなんか、今の雰囲気はなんだか、こう、断った瞬間に殺されそうなの感じる。壁際に鎧着込んだ兵隊みたいなの何十人も並んでるの見えるし、俺なんかあっという間に殺される。


 それが怖くなって俺は黙り込むしかなかった。帰りたいけど死にたくないし何も悪くないのに怒られたくない。


 こういうの怖くて当たり前なんだけど、周りが勇者とか褒めてるから落差がちょっと情けなく思えて。


 こんな俺が勇者とか冗談にも程がある。


 どうしていいか分からず俺が握手に応じるついでに助け求めに周りを見た時だった。


 一人だけこの広い部屋から出ていく人を見かけた。


 殆どの人が俺の方に寄ってこようとしてるのに一人だけ背を向けて去っていく。


 遠くからでも分かるぐらいにイラついてる感じの歩き方と背筋を伸ばしてしっかりと前を向いてるだろう後ろ姿が何故か目に焼き付いた。


 だけどすぐさま立ち去ったのと周りが「宴だ」「いやその前にステータス確認だ」とか騒ぎ出して俺の手を引いて王様が座ってた席の近くまで移動させられたので本当にちょっとの事で終わった。


 でもなんとなく何か気になるんだよなぁ。


 あれは誰なんだろう。





 翌朝目が覚めたら自分の家の部屋で寝ていた。


 という願望虚しく凄い大きなベッドで俺は目を覚ます。


 いつもの癖で俺は枕元に置いてたスマホを手に取り電源を点けてとりあえず時間を見る。


 午前八時を表示するディスプレイを見つつ俺は溜息を吐いた。


 召喚された際に手に持ってた筈のカバンは消えていて、学ラン以外に俺に残ってたのはスマホを含めて身に付けてた数点の持ち物だけだった。それだって財布やハンドタオルとかなんだけど。


 当然充電器もカバンの中なので枕元に置いてたスマホのバッテリーもあと数時間もしたら無くなってしまい、手に持ってるコレはただの薄い板となってしまう。


 充電器どころか家電製品らしきものが何もない所。いやそれどころか電気で何かするとかもない大昔の時代なんだここは。


 その事実がそういうのがあって当たり前な俺の心を暗くする。


 ベッドに負けず劣らず大きい部屋。


 建物の奥にあるからか窓も見当たらない。灯りもないから朝なのに薄暗く思える。


 立派そうな家具が色々置いてあるけど、灯りもロクになさそうなだけで単に古そうな部屋にしか見えなくなるな。


 なんでも魔力だったか魔法だったかの力で灯りを点けられるらしいけど点け方分からないし俺。


 点け方だけでなく一晩経っても訳が分からないことだらけすぎる。


 昨日の夜は結局幾つかの話を聞けた以外何もなかった。


 人や物の鑑定が出来るという箱の前に立たされてステータスとかいうの表示されてそこでまた周りは盛り上がっていた。


 鑑定された俺はというと「なんかゲームみてーだな」という感想しか浮かばなかったけど、王様達にとって嬉しい結果だったらしい。


「流石は勇者様。レベル1でこれ程とは実に頼もしい!!これは今後が楽しみでございますな」


「はぁそうなんですか……」


 ご機嫌そうな王様やお姫様達にそう言われても基準がイマイチピンとこないから曖昧に返事するしかなかった。


 その後は歓迎の宴ということで王様の隣に座らされて食べ物色々並べられたんだけど、見た目はフランス料理みたいな感じだったけど味付けが大味というかなんか雑だったよな。


 不味くもないけど美味くもない。けど食べれないことはないやつって感じでそこまで食進まなかった。


 別にグルメじゃないけどさ、なんか塩とか砂糖とか調味料沢山使うのが偉いみたいな考えで大量に振りかけてるだけじゃないの?って疑いたくなる極端さなんだよ料理。なんというか早死にしそうな偏りというかさ。


 俺でも分かるぐらいなんだけど王様達は当然のようにそれを食べてお酒飲んで勝手に盛り上がっていた。


 まぁ味もあるけど代る代る色んな人と挨拶し続けて食べる暇そんなになかったというのもあるけどね。


 隣に王様居たから本当に挨拶だけとはいえ昨日だけで一生分の握手したんじゃないかな。握手会するアイドルの気分が少し分かった気もする。


 そんな中でなんとか勇気を出して質問して返ってきた答え。


 この世界は剣や魔法や魔物が当たり前の世界である。


 この国の名前はプフラオメ王国といって四百年以上続いてる平和な王国。


 最近平和を脅かしかねない事態が発生しようとしてるらしく勇者に救いを求めた。


 申し訳ないが召喚は選べるわけではなく引き寄せる素質がある者が呼ばれる仕組みである。


 勇者召喚は一方通行で送り返す事は少なくともこの国では不可能。


 以上が王様達から話してもらったことだった。


 特に最後のは堪えた。


 流石に驚きや疲れがあるのでと言って宴の途中で退室させてもらってこの部屋に案内され一人になった後少し泣いた。


 少なくともこの国では不可能。という事はこの国以外なら可能性はあるとも言えるんだろうけどさ、右も左も分からない異世界でどうやって探せっていうんだよ。


 この世界がどれほどのものかも分からない。地球と同じぐらいと考えたら生涯かけて探し回る可能性高い。


 悪い想像するなら散々探し回って「やっぱり帰れません」って万が一なったときの自分が怖くもある。


 実質お前は二度と帰れないと言われたに等しい。


 しかも申し訳なさそうなのは言葉だけで王様達の顔には同情とか可哀想とかいう感情が見えなかったのがムカつく。


 呼ぶならせめて帰る手段も用意しとけよ。無理矢理連れてきておいていい加減すぎじゃないのか?


 今更ながら腹が立ってしまう。


 けれども俺がここで怒ったところで現実が変わるわけがない。


 多分王様達も悪気はないんだろうし助けを求めての上だとしたらまず嬉しさが込み上げるもんかもしれないし。


 頭ん中じゃ分かってるんだけどそれでも俺は。


「……帰りたい」


 親や友人、他にも親しいわけではないけど顔と名前ぐらいは知ってる多くの人たち。


 物もそうだけど当たり前に居た人らが当たり前の存在でなくなるこの寂しいとか怖いとかをどう言ったらいいのか。


 そこにあって当然だったのに無くなったと同時に他愛ない会話や約束ですら鮮明に思い出しては頭を抱えてしまう。


 自分は被害者なのに、まったく悪くないというのに、自分が消えた事で心配させてしまってる現実に罪悪感が生まれていく。


 ベッドの上でしばらく頭の中グルグルさせて暗い気分に沈んでいた。


 こうしてても仕方がないのは分かってるけどさ。


 だけどあっさり納得できるわけねーじゃんこんなの。


 もう一度大きな溜息を吐いた俺はノロノロとベッドから降りて寝巻から学ランへ着替える。


「とりあえずやる事やってからにしようかな……」


 昨日の晩はそこまで食べてないから何か朝飯食べたいし、ついでに風呂入ってないからお風呂あればスッキリさせたいな。


 そんな事を考えつつ俺は色々大きい家具が置かれた部屋を抜け出す。


「おや勇者様おはようございます」


 扉を開けると、十人ぐらいの槍を持った兵隊さん達が背筋を伸ばして俺に挨拶してきた。多分俺のガード兼ねた見張りなんだろな。


「お、おはようございます……」


「どうかされましたかな?もうしばしお待ち頂けたら侍女らが支度整えに出迎えに参りますが」


「あっ、そうなんですか」


 うーん、それなら待った方がいいかもしれないけど、ちょっと今の気分で部屋に居たくはないんだよな俺。


「あー、そのーあー、ちょっと水飲みたくて。で、ついでに朝の散歩をしたいなぁーって……だ、駄目ですかやっぱり?」


 俺の言葉に兵士の皆さんは顔を見合わせるも、リーダーポジそうな口髭ついた兵士の人が少し困った顔しつつ「まぁよろしいかと」と頷いてくれた。


「そこの角を曲がった所に階段ありまして降ると小さいですが庭園があります。そこに井戸がありますので水はそちらで。ですがもうすぐ侍女らが来ますので散歩はお早めに切り上げてくださいませ」


「いいんですか?」


「本来はよろしくはないです。私らが護衛で付き従うべきではあります。けれども勇者様もまだお疲れのご様子ですし少し外の空気を吸って気分転換すべきかと」


「あ、ありがとうございます!」


 こういう古い時代の人って「成りませぬ!」とか頑固そうな人だらけとか思ってたけど融通効く人も居るもんだな!水呑むついでの短い時間だけど外出れるのは素直に感謝だ。


 頭を下げてそそくさと部屋を後にする。早く降りた分帰りはゆっくり歩いてこようかな。





「隊長よろしいのですか?万が一勇者様に何かありましたら私らの責任に」


「こんな王宮のど真ん中で賊なぞ出るわけなかろう。それに」


「それに?」


「上の方から警備始める前に聴いたんだが、勇者様は今の力でも我ら百人ぐらい相手に余裕で戦える力があるらしい。そんな方に護衛なぞいらないんだよそもそも」


「そうなのですか。見た感じ普通の少年でしたけどねぇ?」


「人は見かけによらないということさ。俺達はあくまで飾りだよ。勇者様をいかに大事な客人として遇してるというのを見せつける為のな」


「そんな見栄張る余裕あるんですかねウチに。北部のこととかで人手必要だろうに」


「こら。気持ちは分からんでもないが滅多なことを言うんじゃない」





 後ろからそんな会話が聞こえてきたけど、あの時の俺は差ほど気にも留めずに短い自由を得てほんの少し、爪先程度の質量とはいえ気分を良くしてた。


 直後の出会いなど微塵も想像出来なかったし出来る訳もなかった。

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