第90話じゃあひとまずその方針で


「……大変失礼致しました。まさかこれ程とは想像を絶しておりましたので」


「無理もないですな。これらを見て平然としてる者などそうはおりませんから」


 茫然自失からようやく立ち直ったヒュプシュさんの詫びに俺はさもありなんと言わんばかりに頷きつつフォローをいれる。


 目の前で軽く倒された光景見た俺でも非現実感あるんだからそりゃ脳みその処理追い付かないわな。


 二千近くに及ぶ死体の山が片付けられた事でようやくこの場に居る面々もショックから立ち直りつつあった。


 それでも時折「どれだけウチで買い取り出来るかな」「あのダンジョン本当に出入りしていいのか」などと実に正直な声が聴こえてくるのは当然である。


 翌日も時間確保してるとはいえ進められる事は進めておこうと、俺はすぐさまマシロとクロエに声をかけてアイテムボックスから宝箱を出してもらうことにした。


 こちらに関しても中身の報告だけはしている。ボスがドロップしたティルフィングと比べたら魅力に欠けるが財は財だ。


 鉄の箱が音を立てて幾つも地面に置かれていく。次いで無造作にオープンされたそれらに詰まった金銀財宝に周囲から率直な歎声が漏れた。


「ここにある宝箱一つとっても一財産ですね。冒険者によってはコレで満足して引き返す者も大勢出る事でしょう」


 一つ一つを凝視しつつヒュプシュさんは九割の感嘆と一割の懸念が混じり合った溜息を吐く。ギルド関係者がその発言を苦笑をもって肯定する。


 命あっての物種なので危険を冒す事推奨はしない。だがなるべくなら命の危機以外の理由でクエスト半端に諦めないで欲しいという冒険者ギルドの正直な思いなのであろう。


 所属してる当の冒険者達からすれば「知らんがな」と言いたくなるだろうがな。大半が一攫千金を夢見て危ない橋渡ってる日々過ごしてるのだから。


 とまぁそんな立場によって悲喜こもごもなお宝であるが、こちらに関してはギルドで買取は頼まずそっくりそのままこちらが貰い受けることにした。


 最初は王や宰相などの懐に潜り込ませる土産に幾つか宝石得ればいいと考えてた。


 しかしマシロとクロエが言い出したのだ。


「お金多くあればあるだけいいなら貰いなよー。どうせ持ち主不在のもんだし警察届ける必要ないしー」


「貰いなよ。ってお前らの働きでゲットしてるやつを俺が横から貰うわけにはいかんだろうが」


「頭硬いなー。あげるってんでしょうー。寄付よ寄付ー。どーせ私らこんなにいらないしー」


「くくく、施しな善意のギブアンドテイク。リサイクルの輪廻がもたらすエコなwinwin」


「クロエの言う通りよー。これから先もお金必要なんでしょうー?アンタさ自分の稼ぎを過信しない方がいいよー?」


「いやそりゃそうだけどさ……」


 確かに赴任前に確保したお金というのは様々な建築や政策への投資と数年程の維持費にはなるという計画で集めてきたものだ。


 枯渇する前に商売含めて投資してきた計画からリターンやってきてそれらを充てれば良いという考えをしてた。


 そしてそれがあくまで何事も順調に行けばという前提であることも。


 どこかで計画に齟齬や狂いが生じた場合というのは想定しなくてはならない。


 州一つ統治してそれを維持するだけなら最悪何かしら後回しにして時間と費用の不足分補うという算段もしてたが、実のところ見通し甘いのではという自覚もないわけではなかった。


 なのでお金はあればあるだけ良いに決まってる。


 やる事やって余るのなら新たにやる事への投資に充てるだけなのだ。州一つの発展や維持に国家予算規模費やしたっておかしくない事態が迫ろうとしてるのなら猶更だ。


 コイツラの申し出はありがたい正直。このド畜生共なりに俺を気遣ってるのが分かるのはこういう時だったりする。


「お金のやり繰りで首が回らなくなって右往左往してのたうち回るお回りさんなリュガの様子見物も考えたけどね実はー。最後は涙目でアタシらにお金無心する姿浮かぶわー」


「くくく、サムライソルジャーな情けの恵み。ジェントルなウォームに感涙すべき悪徳貴族の内弁慶の性」


「うるせー馬鹿!たまに良い事言ったと思ったらそれかよ!?普通にイイ話で終わらせたら死ぬ病気にでも罹患してのかよオメーらはよぉ!?」


 これさえなければなマジで。


 こうしたほのぼのとしたやりとりがあったので、今回ばかりはマシロとクロエの稼ぎに手をつけさせてもらうことにした。無論それはそれとして討伐報酬や素材の代金は引き渡すがな。


 貨幣類は年代感じさせるものが多量に混じってるとはいえ金は金だし銀は銀。ストレートに使用は出来ないだろうがいざとなれば一旦溶かして延棒にでもしてリサイクル出来る。


 その辺りはそういうこともあって総枚数把握後に引き渡される予定だ。全部は時間的に無理なのでとりあえず本日数えられた分だけ引き取るつもりだ。


 で、それ以外の物。宝石やアクセサリー類は鑑定が必要となるのでいますぐどうこうの話とはならない。


 仕分けされた後は貴金属系担当の職員らの手によって鑑定と査定が行われる。魔物の解体や査定と同じぐらい時間がかかると見るべきか。


 しかもその辺の宝石商が普通に取り扱ってるような代物でないのがゴロゴロ転がってるともなれば、場合によっては他所からの応援頼まないといけないだろうな。


 職員らが魔物のときとはまた違った緊張感に震えながら一枚ずつ一つずつ数を数えては紙に記していく。


 数を数えてるだけの地味な光景にリヒトさんら見物人は退屈ではなかろうかと思ったが、彼らは彼らで宝の山を感心しつつ見て回ってて退屈という風は見受けられなかった。


 商売に携わってる上に一応貴族だからね彼らも。こういったの触れたり考えたりする教養あるからこそか。


 警備担当の兵士らも金貨や宝石に度肝を抜かれたからか表情を引き締めなおして周囲を警戒してる。見るからに分かりやすいお宝故に価値も分かりやすく万が一を想像しやすいからだろうか


 王都時代から俺の護衛の一人として共に行動してるからそういうの見慣れてるターロンも「いやはや坊ちゃんの稼いできた額の何割になるんでしょうなぁ」と感嘆の声を思わず出してる。


 モモと平成は唖然としてるのか口を半開きにして無言だった。


 先程出された魔物の山共々総額如何ほどになるか分からないぐらいのやつだからそういう反応にはなるよね。


 俺はぼんやりと見物するわけにもいかず、職員らを監督してるヒュプシュさんに話しかけた。


「ギルドマスター。今のうちに剣の方も」


「あっ、えぇそうでしたわね。こちらは確か」


「あっはい。王都の勇者殿に献上する予定になりますので、なるべくなら早めにギルドのお墨付きが欲しいところで」


 鑑定スキルに関しては転移者や転生者特有スキルではないとはいえアイテムボックス同様希少なモノ扱い。


 俺やマシロとクロエが所持してるともなれば折角程よく凹んでるヒュプシュさんの欲が跳ねかねないから当面黙るしかない。


 先日ティルフィングと報告した際は「過去に王都の文献で目にした特徴と酷似してたので」と誤魔化してる。今回は俺の言い分が正しいか否かを確認してもらう。という体裁というわけだ。


 俺のそんな思惑など露知らずなヒュプシュさんは生真面目な顔して頷きつつ傍に控えていた職員の一人に声をかける。何か指示されたその職員は足早にその場を去っていった。


 しばらくして人数を四人にして戻ってきた職員らが何か大きな箱を抱えて戻ってくる。


 形状は三段本棚に分厚い硝子なのか石なのか判別し難いツルっとした感じの板状の物が嵌めこまれてるような箱である。


 確か王都に居た頃にギルドで見せて貰ったことがあった。そう、あれは物の鑑定が出来る魔導具だった筈だ。


 けれど鑑定スキル持ち程ではないとはいえ、鑑定や判別をその場ですぐに行えるアイテムは貴重品。王都や商都ならまだしもよくまぁここが所持してるもんだと意外に思うぐらいに。


「これはギルドの所有物ではなく男爵家の家宝として代々受け継がれてきたものなのです」


 俺がそんな事を考えてると察したのか、ヒュプシュさんがそう答えた。


 彼女曰く、ローザ男爵家初代当主は元々王都で冒険者稼業をしており、ランクBながらも要領よかったからかそれなりの財産を三十半ばで築き上げてこれたという。


 そんな彼が冒険者時代に潜ったあるダンジョンの隠し部屋にてコレを発見。当時のギルドや商人らが金貨の山を机に積んで売って欲しいと頼み込む程であったとか。


 しかしローザ氏は(ギルドや商人達からしたら)何を思ったのかそれらを丁重に断り、直後に開拓団の中心メンバーに名乗りをあげてさっさと王都を出て行った。


 以降それは開拓の際に大いに役立った。初代没後は一代に一、二度使うか否かの頻度で普段は蔵の奥で家宝として保管されているという。


 多分初代ローザ氏はロート氏と開拓団発足前から付き合いがあって、それを見つけたときには彼の役に立たせようと決意してたのではなかろうか。未知の土地でこのアイテムは必ず役に立つという確信があったとすれば。


 当然個人的な義侠心だけでなく打算はあっただろう。


 開拓で所持品諸共役立つところをアピールしていけば成功した時の見返りも大きくなるというもの。実際こうして男爵となりヴァイト州の人材関係の元締めみたいな立場を築き上げてるのだから。


 まぁ地元貴族の関係図や歴史への推測は置いとくとして。


 ローザ男爵家の家宝である鑑定道具であるがヒュプシュさんが言うには王宮が所持してるようなものと比べたら格段に劣る代物らしい。


 まず対象が物に限定される。初代の頃ならまだしも今となっては人が鑑定出来ないのはギルドマスターとしては残念無念という。


「マシロさんやクロエさんの事をもっと調べられたかと思うと本当に口惜しい限りでして」


「イヤハヤソレハザンネンデシタネー」


「……レーワン伯、何か熱の籠ってない応じ方だったような?」


「気のせいですよ」


「いえ絶対棒読みでしたよね節令使様」


「気のせいですよ。お疲れ気味ではないですか男爵夫人」


 胡乱気な目を向けてくるヒュプシュさんにポーカーフェイスでそう押し通した。


 内心少し安堵したよバレ回避的な意味で。アイツらどころか俺までついでのように鑑定されてアレコレバレたらマズイというか面倒な事になる。


 次に特徴的なのは魔石投入式であること。


 これだけなら魔力込め式と大差ないように思われるし別にファンタジー世界じゃ珍しくもなかろう。だが魔石投入式はそういう認識踏まえてもやはり特徴的と言える代物。


 現代の家電製品の類と違って定められた本数を入れれば良いわけではない。先日の転移魔法陣と同じく発動までに幾つも魔石を投入していくタイプなのだ。現代地球人からすれば悪い意味で特徴的ということ。


 なんでも鑑定品の質次第で投入数が変動するという使い勝手微妙な仕様。


 大体は低ランクの魔石の二、三十入れたら鑑定開始されて回答出されるらしいのだが、今回は本物のティルフィングともなると幾つとなるか未知だという。


 職員の一人が厚い革袋を重そうに降ろしつつ中を開く。取り出したのは大小様々な大きさの魔石であった。


「当ギルドが保有してる魔石を全て持ってきました。大きいのではBランクのも混じっております。多分これで足りると思うのですが」


「随分思い切りましたな」


「物が物ですしそれの贈り先ともなればこれぐらい。ただ魔石の代金は買取時で差し引かせて頂きたいのですが……」


「それは構わないですよ。こちらもそれぐらいしなければと思いますので」


 本当は既に判明してるから上辺取り繕いの為ですけどね。


 内心苦笑気味にそう考えつつ俺は理解ある風な顔して謹直に頷いてみせた。


 俺の反応を承認と解釈したヒュプシュさんが早速職員に命じて魔石投入を開始させた。


 指示された職員は箱の背後に回りその上部分から魔石を数個ずつ置いていく。置かれた魔石が水に沈むかのようにして箱の中へと入っていく。


 魔法関係の不思議さに軽く目を瞠りつつ、俺の方もマシロとクロエにティルフィングの準備を頼んだ。


 無造作に引っ張り出されて投げ出された鉄箱。開けて出てきたのは先日も拝んだ輝くような煌めきを発する刀身と純金に彩られた柄が特徴的な一振りの剣。


「こ、これが名剣と名高いティルフィング……」


 箱の中を覗き込むヒュプシュさんが興奮と緊張と恐れの混じった荒い呼吸混じりにそう呟く。周囲の人々も伝説に等しい名剣を一目見ようと熱い視線を向けている。


 放置してたら小一時間は剣の鑑賞会になりそうであったが、魔石投入してた職員から「そろそろご準備を」と声がかかったのでお開きとなる。


「とりあえずその箱の前に剣を置いておけばよろしいのか?」


「そうです。しばらくしたら箱から光が当てられていきまして剣の鑑定が始まりますわ」


 スキャンしてデータベースから情報検索。という感じに解釈すればいいのかな?リアルタイムにネットワーク繋がって情報共有云々とか高性能なわけではないからどうなるか知らんが。


 鉄箱に入った剣が魔道具の前に置かれしばし待つ。


 光とやらが出てきてないがまだ魔石が足りないのだろうな。箱の後ろに立つ職員がギルドマスターから許可取りつつ石を何度も投入していってる。


 しばし待つ事十数分。袋の三分の一が空になった時であった。


 箱の板部分が薄く点滅を始めたかと思うとほのかな光が剣を照射しだしたのだ。


「……よかった。ようやく作動してくれた」


 露骨に安堵した顔でヒュプシュさんがそう呟いてた。覚悟してたとはいえ思ったより消費したんだろうな石。


 ただまぁ作動しただけであって即結果が分かるわけでもない。この世界の魔道具は通信機器でも分かるようにその時代では高性能でも現代地球からすれば骨董品レベルの低性能なのだ。


 物が物だから念の為傍を離れるわけにはいかないので俺とマシロとクロエは持ち込ませた椅子に座ってその場で待つことに。


 なおヒュプシュさんらギルド職員は見張り係一人残して後は財貨のカウント応援へ。リヒトさんらもそちらへ見物へ赴いていた。ターロン達護衛もすぐに判明しないと分かるや暇つぶしにと周囲の見張りと称して席を外した。


「流石に年代物だとこうなるか」


「王都にあるとかいうのはどうなのー?王宮とかギルドにあるやつとかさー」


「これよかマシなんじゃね?つーか道具使う前にスキル使える奴の一人二人はお抱えでいる筈だわあそこ辺りになると」


「調べられた覚えないけどな私らー」


「幾ら将来有望な期待の新人だろうが一々冒険者鑑定するわきゃないだろう規模的に考えて」


 などと雑談したり考え事したりで時間を潰す事一時間後。


 古臭い電子音みたいなのが箱から鳴り響くと同時に光を出してた板から文字が浮かび上がってくる。


 それを見た見張り係の職員が慌ててヒュプシュさんらを呼びに駆け出していた。


 ギャラリーが戻るまでの短い時間に残された俺らは文字を見る。


 分かってはいたけ書かれてたのは鑑定スキルで判明したのと同じ内容。つまり本物であると念押しされたわけだ。


 これで勇少年に安心して贈れるというものだ。剣一本でどうこうなるわけではないが少しは手助けになればよいのだが。


 そして今回お披露目した品々が果たして今後どう状況動くことになるのやら。


 剣は贈るし金は懐に仕舞い込みそれ以外は各方面に売り払う。


 ひとまずの方針定まってるとはいえどんな波紋投げかけることになるかは分からないもんだなぁ。


 駆け寄ってくる面々を待ちながら俺はそんな事をぼんやりと考えるのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る