第91話王都のギルドマスターがやってきた
お披露目から早いもので一か月が経過した。
次の日にまで持ち込まれた貨幣のカウント及び宝石類の大まかな鑑定も一段落して残すは魔物の解体や査定。こちらは他所からの応援待ちなので即日対応とはいかず些か時間を要する。
でまぁ職員二、三十人が合計一日半かけて数えられた結果は以下の通り。
金貨が九万枚と銀貨が四万枚。大粒真珠三五〇個にダイヤなどの宝石類が合計四七〇個。アクセサリー類が大小含めて四一個となった。
そのうち金貨と銀貨あとアクセサリー類を数点はこちら側がそのまま受け取るとしても、真珠や宝石それに数十点の装飾品の数々だけでも如何ほどになるかギルド側は感情の複雑骨折状態となるだろう。
金貨と銀貨はマシロとクロエが節令使への寄付という名目で本人らは受け取る素振りもみせずそのまま俺に押し付けてきた。
今回ばかりは俺も神妙な面持ちで黙って受け取ることにした。世の中銭だ!とか思ってはないが多くあるに越したことがないのが現実であるわけで。
後々白金貨に換金するとしたら俺の稼いできた額の一割ちょいに匹敵するお金が入る事になり、今後の引きこもり事業への投資へと惜しみなく使われていくことだろう。
ひとまずその場でやれることをやり終えた後、ヒュプシュさんにあのダンジョンの今後に関する意見を訊ねられた。
彼女が万が一、いや億が一の奇跡ワンチャン期待してる筈なので俺は優しくも無慈悲に即答して差し上げた。
「全責任担う覚悟で大量の死人出したいならどうぞご勝手に。もっとも幾ら冒険者といえども詳細公表された後で踏み込むような者がこの地に居るとは思えませんな」
「……ですよね」
やっぱりな。と言いたげな引き攣った笑みを浮かべてギルドマスターは俺の見解を全面的に受け入れた。
これにより調査結果の詳細公表までは当面今までどおり封鎖。公表後は王都などの各支部や場合によっては総本部の意見次第での条件付き解放という事で落ち着くことになるだろう。
なにせ唯一気軽に出入り出来そうな二人が「雑魚いだけで面倒だからもうやーらないー」とか堂々と放言しちゃったからな。
少なくとも今は不可能だろうなあのダンジョンからこれ以上利益得るのは。欲張りすぎも程々にということで納得してもらうしかあるまいよ。
こうしてひとまずお披露目も終わり日常へと戻る区切りとなった。
それからしばらくは何事も起こらず淡々と仕事をこなすだけの平凡な日々を送っている。
日々の業務に加えて俺が主導してる事業の数々も何かしら耳に入ってくるのでそれの対応も行う。つくづくダンジョン潜ってた数日が惜しいと思えるぐらいに節令使というのは多忙なんだなこれが。
そんな中で些事といえば些事だが今回のダンジョンクエスト関係で余談が一つあった。
Bランク冒険者パーティートューハァトが解散及び引退すると表明してきたのだ。
お披露目から数日経過したある日、リーダーであるキィが州都庁を訪問してきて俺への面会を求めてきた。
半強制的とはいえ共にダンジョンに潜った相手。俺も少しばかりその後どうしたか気になっていたので許可して応接室へと案内させる。
俺がマシロとクロエを伴って入室してくると、キィが慌てて立ち上がって頭を下げてくる。
その表情は良く言えば悟ったような悪く言えば燃え尽きたような静かなものを感じさせた。
はて、俺の護衛というかご機嫌取りクエスト完遂とはいかずなので昇格は無かったとしてもだ、あの後多くの報酬と経験値貰えて嬉し気にしててもよそうなものだが。
恐縮しつつ挨拶をしてくるキィに応えつつ俺も椅子に座り早速用件を尋ねてみることに。
「どうしたのかね?何か報告あるならギルドマスター経由でもよかろうに直接とは」
「あぁいえ、実は……」
そう言って話し出した解散と引退の話。
懸念が当たった形となった。いや寧ろ人としてマトモな部類なメンタルだったということかもしれない。
自分らの遠く及ばない領域を嫌という程見せつけられ、大した役にも立たずオロオロするしかなかった挙句、双頭竜を目の前にしてすぐさま気絶してしまったという醜態を晒してしまった事で心が折れたらしい。
キィ自身はまだやる気あったのだが、他のメンバーはこの件で冒険者としての自分らに見切りをつけてしまったようだ。
ギルドから支払われた報酬と俺達が持ち帰ったお宝の中身幾らか分配されたもの合わせたら死ぬまで余裕ある暮らし出来そうということで、彼らは故郷に帰って隠棲するか州都かメイリデ・ポルトの港町で商売でもする決断をしたという。
辛うじて折れなかったキィも仲間達の気持ちは理解出来るので引き留める真似は出来ずに快く送り出すしかなかった。
そんな彼も当面は冒険者稼業を休業するというのだ。彼も彼で当面心身を休めつつ己を見つめなおしたい心境だとか。
既にギルドには諸々の届け出を出しており、ここに来る前に受理もされたと語った。
「それで節令使様に去る前に代表としてご挨拶をしておこうかと思いまして」
「まぁなんと……」
二の句が繋げず俺はしばし無言で顎を撫でるしか出来なかった。
言われてみればキィからはダンジョン潜る前にあった自己顕示欲的なギラギラが消え失せている。あんな悪夢みたいな場所で恐怖に苛まれた数日過ごして悪い意味で悟り開いたっぽい。
俺も被害者なんだがついつい罪悪感湧いてきてしまう。
ヴァイト州で二組しかいないBランク冒険者パーティーの片方が解散してメンバーほぼ引退ともなればギルド的にも損失だろうが、日数でいうなら思ったより早く受理されたことも驚きだった。
引き留めはされたらしいが、恐らく形式的に一度ぐらいだろうな。
普通高ランク冒険者は余程の事情でない限りはギルド側がしつこく翻意促すらしいからな。人が減ればそれだけ稼ぎの減りになるから当然とはいえ。
想像するにヒュプシュさんは近年稀にみる利益上がった事や現時点では辞めるとは言ってないウチんとこのド畜生どもの存在があるのであまり深刻な損失認識はしてないのだろう。
自分らの誠意と努力次第とはいえ、今後も生じる利益踏まえたらキィ達への熱意も差ほどではないから簡単に受理された。ということなら更になんか申し訳なくなる。
別に何も悪い事したわけでないのに散々軽んじられっぱなしとか普通はキレて暴れたって仕方がないとこだ。今回負の方向性が暴力に繋がらなかっただけの話で一歩間違えると刃傷沙汰もんだぞ。
ほんの短い間共に行動しただけな上に身分差もあって彼らにとやかく言う筋合いは俺にはない。ただ黙って彼らの選択に頷くしかなかろうな。
「あー、そのなんだ、先日も言ったが災難だと割り切りなさい。単に世の中広かったと思って深く考えず今は休むといい」
「……本当に私らのような者らに重ね重ねの厚意感謝致します。節令使様には何から何までご迷惑おかけして申し訳ありませんでした」
「いやこちらこそ申し訳なかった。うん、まぁとにかく今は休養とって今後の身の振り方考えなさいね?ねっ?」
申し訳なさと無念の混じった震えた声で頭下げるキィに内心少し狼狽しつつ俺は宥めるようにそう声をかけてやるしかなかった。
なお心へし折る原因の一つなド畜生コンビは他人事ですと言わんばかりに欠伸噛み殺しつつキィを眺めてるだけであった。
おうこら君らの血の色は何色かね?「何言ってるんだコイツ」みたいな反応やめてあげなさいよ。
あぁこうやって凡人が(言い方悪いが)勝手に潰れていくんだろうな。原因になる存在は露とも知らず知ろうともせず。
それが駄目とは言わないが、なんかこういつか一度ぐらいトラブルになりそうで怖いよ。主に巻き添え喰らう的な意味で。
にしても何故に被害者側の俺が同じ被害者を必死こいて慰めてるんだろうな。俺だって無条件に慰められたい気分だよ常時。
という軽い理不尽を物分かりの良い為政者顔しつつ抱くのであった。
そういう些事もありつつ更に幾日か経過する。
二月も終わり三月に突入。いよいよ長い冬が終わり春の季節。
とはいえまだ三月の一週目ともなれば暦の上でだけ春なだけでまだまだ冬の残滓が色濃く残ってる。
昼間でもまだ暖炉に火を灯すぐらいには肌寒い。王都に居た頃だと来月の今頃ぐらいには冬の物を片付けだしてたが、はてさてこの地では南にある分少しは早ければいいな。
とか思いつつ書類仕事に勤しんでるとドアの外から声が聴こえてきた。
十数秒後、外で見張りに立っていたターロンがドア越しに声をかけてくる。
「坊ち……でなく節令使様。受付係の者が来訪者を伝えにきました」
「来訪者?今日の面会予定は無い筈だが?」
「ギルドマスター殿ですよ。此処のだけでなく王都の方もご一緒らしいですぞ」
「……あー、来たか。わかった応接室にすぐお通ししてくれ」
そう命じた俺は大きく伸びをしつつ席から立ち上がった。
今年は去年に勝るとも劣らない忙しさが控えてるんだ。済ませられる事はさっさと済ませていかないと後が怖いよ。
さて先月の続きをやっていくとするか。
マシロとクロエを伴って応接室へ足を踏み入れると、そこには背後に十数人のギルド職人を従えたヒュプシュさんと王都から来たギルドマスターのシーカさんが並んで座っていた。
俺の来室に気づき二人のギルドマスターが立ち上がって恭しく礼を施す。
「去年の春以来ご無沙汰しておりますレーワン伯」
「そちらも元気そうでなによりだ。遠路遥々急な呼びつけに応えてもらい感謝する」
「いえいえ事が事ですので御呼びたても当然でございますのでお気になさらずに」
二言三言そんな挨拶を交わし合った後再度席につくことに。
約一年ぶりの再会なので近況語り合うのもやぶさかではないが、やはりまずは用件さっさと済ませていこう。
「早速ではありますが、報告したとおりヴァイト州の手のつけられてなかったダンジョンの一つが難易度の高い場所である事が判明した次第で」
「Aランクが多く居てボスはSランクでしかも双頭竜。確かにこれは王都にあるダンジョンの殆どに勝る程に難しいものですな」
俺の発言にシーカさんは灰色の頭髪を掻きむしって困惑気味な溜息を吐いてみせた。
単にハイリスクハイリターンなだけなら問題にすることではない。それ言い出したらある意味冒険者という職業否定モンだからね。
人権意識の低いこの時代に自己責任で飛び込む冒険者が犠牲になるのは騒ぐ程でもないし、冒険者側だって一攫千金夢見て危険承知で飛び込んでいく。そんな世界なのだから。
これがケーニヒ州などの国の中心にあるならさぞ新しい目玉として盛況待ったなしであろう。国内だけでなく国外からも挑戦者が来るの請け合いである。
ネックになるのがやはりヴァイト州という辺境地。
俺が将来的に大いに発展させるつもりでも今はまだまだド田舎。挑むどころかそこに行くまでが面倒だと思われる僻地。
地元冒険者向けにするにはあからさまに危険すぎる。かといって呼び込みも今はまだ難しい。
散々俺が脳内予想してたとおり、ダンジョンに関しては解放を見送ることになった。ヒュプシュさんも残念そうであるがすぐに同意の返事をするぐらいに厳しいわけだ地理的条件というのは。
まぁいつか冒険者がまた余裕もってダンジョン潜れる日が来たら売り出しはするさ。俺だって此処に来てくれる為の売りに成り得るとは思ってる。
だが今は駄目。仮にギルド側が是としても駄目。
そんな余裕なくなりそうな世相になりつつ昨今だからな。半端な解放は損でしかないだろうよ。
という風にダンジョンそのものは塩漬けになってしまったとはいえだ、それ以外に関しては景気の良い会話になるだろう。
次にダンジョンで得た物の数々に関してだ。
とりあえず先日のお披露目会の場ですぐに買取可能と判断されたのは階層一桁に出てきた魔物達。
Bランクなども遭遇率低めとはいえ出ないわけではないのでノウハウもある。故に比較的スムーズに話が進んでいくわけだ。
無論高級品あればあるだけ稼げるが、需要だけで見るなら低ランクのやつはソレはソレであればあるだけ困らない品なので疎かには出来ない。
確保は素早く尚且つ多くという方針にランクは関係ないといったところか。
例えば皮なんかは防具から日用品まで幅広く応用出来たりするからな。魔物の皮膚の丈夫さはそこらの牛馬以上なわけでどこの分野でも需要があるものだ。
なので翌々日には買取リストの記された書類が持ち込まれ、そこから更に一週間後には査定及び解体も済ませて買取のやり取りまで終えていた。
金貨にして一〇九〇枚。そこからギルドが消費した魔石代金差し引いても九〇〇枚程がこちらに渡される。
一体一体は部位によっては銅貨数枚などになってしまうものがあるとはいえ、あれだけの数ならばそれ程にはなるもんだなぁ。
そう考えたら一体でこれ以上のお金叩き出したクラーケンがいかに凄い存在なのか改めて実感してしまうな。
査定結果の一覧表と金貨の詰まった袋を渡し渡されな光景を交互に見つつ俺はそんな事を考えたものだった。
で、今回は十階層以降に出てきた魔物に関してだ。
双頭竜に関しては今度商都へ赴くのでそこにある支部で改めて諸々対処する旨をシーカさんに告げる。
ヒュプシュさん経由で俺が商都へ招待されて赴くという最低限の話は知ってるシーカさんは「もうそんな時期でしたな」と言いつつ頷いた。
「なので王都に在籍する竜種対応できる職員をその時期に合わせて派遣してもらいたいのだが」
「それは勿論構わないですがモノがモノですからな。職員も解体用の装備も派遣させますが、それならば王都のギルドもぜひ一枚噛ませて頂きたいものです」
「ヴァイト、ケーニヒ、レーヴェ三州合同での買取とは中々例を見ないですが、そうでもしないとプフラオメ王国で独占できませんからなそれでよろしいかと」
「そうですわね。他国のギルドや商人に取り分渡すぐらいなら国内の同業同士で山分けの方がマシですわ」
ドラゴンは物凄く貴重。ぐらいの認識しか出来ない俺からすればコレはそこまで話が大きくなるものか?という疑問もある。
だがまぁそこは専門に扱う人らの意見に従っておくかね。俺としても経済回すならまずは国内、更に踏み込むなら自分の管轄下にある州で回したいとこだし。
ダンジョンボスをひとまず後回しにして、あとはそれ以外の魔物に関してだった。
双頭竜よりハードル低いとはいえヴァイト州のギルドだけでは全て買取は不可能なので王都との合同となる。
これに関しては双頭竜と違ってヒュプシュさんが同業者への競争意識から頭数を増やしてリスク分散という安全策嫌ったのでこれ以上は増えない。
彼女的にはヴァイト州ギルド単独で行いたかっただろう。名声だけでなく実利としても他より一歩前へ出たい気持ちが強いだけに。
しかしボス抜きにしてもAランク魔物の数々は買取以前に査定や解体でのノウハウが無きに等しい。王都と違って高ランク相手にする機会もそうはなかったから仕方がない面もあるが。
クラーケンの時は一体だけだったからなんとかやれただけの話。海のある地域だから関連する知識や情報ぐらいはそれなりに必要だから把握されてたぐらいなもの。
こういうとこで地域格差って露骨に出てくるもんだね。
逆にその事を持ち出して優位に立ってる相手から手心加えて貰おうというしたたかさもありそうだけどなヒュプシュさんみたいな性格の人って。
それに王都のギルドマスターであるシーカさんと俺はそれなりに面識もあるし誼も浅くはない。という点でこちらの要望を可能な限り汲んでくれると期待してるのだろうな。
まずは話してみないとなんとも言えないもんだわ。
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