第88話お宝チェックの前にワンクッションを

「レーワン伯ご無事でなによりです」


「ご心配おかけしてしまい申し訳ありませんでしたね子爵」


 リヒトさんがほっとしたような表情で俺に頭を下げてきたので俺は鷹揚に応じる。


「いやいやお顔上げてください。どうされたのですか」


「いえ、ご無事を確認しましたら次にやるのは詫びのお言葉をと……この度は当地を治める責務を担っている節令使様を私どもの私利私欲に巻き込んでしまいましたことを深くお詫び申し上げます」


 リヒトさんの言葉に、彼の半歩後ろに控えていたヒュプシュさんと旦那さんであるローザ男爵が青ざめた表情で90℃の角度で深く頭を下げた。


 成功しての帰還だろうからさぞ興奮してるだろうと思ったのだがなんか感じが違ってやや肩透かし。


 入室時からややげっそりした雰囲気だったが、どうやらリヒトさんらに相当怒られたっぽいな。自業自得なので同情などせんけど。


 後ろ二人は残当としてなんでリヒトさんまで。と、思わないわけでもないがこの地の貴族の纏め役ポジに居る以上は仲間の失態に責任感じたわけか。


 王都に居る貴族どもでは中々お目にかかれない潔さと責任感である。だからこそロート子爵家が今もなおヴァイト州で一目置かれる家であるとも言えるか。


 俺はわざとらしく咳払いを一つしてデスクに片頬をついた。


「……ロート子爵。卿の上に立つ者としての責任感は得難いものであるのでその心意気は受け取ろう。それに私も今回の一件でローザ男爵夫妻に厳罰を与える気は毛頭ない故安心してください」


「いやしかし此度は」


「その件に関しては明後日辺り改めて席を設けて話し合いをしましょう。えぇえぇ今後の事も含めてじっくりと。ローザ男爵それに男爵夫人もそれでよろしいか?」


「……あっ、はい」


 後半の部分を殊更強めの語気で言った事で俺のお気持ちの一端を察してもらいたいもんだ。


 言葉と裏腹に疲れ気味な表情のまま陰気な俺の視線を向けられたヒュプシュさんは更に深くお辞儀をするしかなかった。


 俺も疲れてるから次の機会にアレコレ言わせてもらうとして、今はすぐに彼らにやってもらうことがあるからこの辺りで止めておく。


「それはそれとして、ギルドマスターには至急やってもらいたい事があります」


「至急ですか?」


 顔を上げて怪訝な表情を浮かべるリヒトさんらに俺はダンジョンボスであった双頭竜の事と初回ドロップアイテムがティルフィングという名剣であることを告げた。


 後ろで控えてるターロンらもこれには流石に驚きを隠せないのか息を呑む音が聞こえた。


 予想よりも大物が潜んでいたことに絶句する地元貴族組を無視し俺はすぐにでも王都のギルドマスターにこの件を伝えるよう依頼した。


 そして可能ならすぐにでもギルドマスター本人もしくは全権代理人。あと総本部案件の可能性もあるので王都に駐在してる総本部所属職員の派遣も要請してもらう。


 方法?使用頻度少ないので所有者すら忘れそうだけど、ギルドには早急な重要連絡伝えられる魔導具あるじゃないか。あのポケベルレベルな性能なやつが。


 今回の事はココでは早急且つ重要な連絡と思うんだよ。剣なんかそろそろ巷で話題になる予定の勇者様への献上品になりそうなんだから。


「残念ながらある程度のドロップ品はともかく全ての買取は不可能な以上、面子に拘ってる事態ではなくなりました。ここは広い視野を持っての御決断をして頂きたい」


「……確かに、Sランクでも上位に位置する双頭竜がボスに居るダンジョンとは慎重な扱いにならざる得ないですわね」


 口惜しさを隠さずに歯噛みするも流石に欲に溺れ切ってないのかヒュプシュさんはすぐさま賛同の言葉を発する。


 ギルドマスターである彼女が承知したのならこれ以上言う事はない。


「とりあえず今日はその件をお願いする以外は控えさせてもらいましょう。そちらも多忙な中で御足労かけてしまい申し訳ないが、それ以外の話はまた後日に」


 俺の締めの言葉にリヒトさんは「いやこちらこそ申し訳ありませんでした」と言いつつ頷き、ヒュプシュさんらも露骨に未練がましい表情しつつも無念そうに頷いた。


 これが一冒険者なら「疲れてるのは承知の上でそこをなんとか」と懇願とパワハラ混ざった粘り強い交渉されてるとこだろう。なんなら泊まり込みしてでも結果知ろうとするだろう。


 しかしマシロとクロエは不在な上に俺は冒険者でもないから無理だそれ。


 そもそもマジで言ってきたら紳士という単語を投げ捨ててヒュプシュさんを公衆面前で張り倒す自信あるわ。こちとらつい二、三時間前に双頭竜と対峙してメンタルブレイク寸前だったんだぞ。


 まぁ二、三時間前にSランクの魔物を眼前にしてるのに最低限とはいえこうして仕事やってる俺も大概頭おかしいかもしれん自覚はあるけど。


 とにかくもそろそろマシロとクロエも綺麗さっぱりした顔出す頃合いだろうしな。


 俺も風呂でリフレッシュして何の心配もなくベッドで眠りたいぞ。





 翌日、日常へ戻ってきた事を噛みしめつつ起床。


 こんな些細な事でも生きてるって感じが沸き上がるんだからダンジョンクエストというものが如何にも非日常でデンジャラスなものかと思い知らされるわ。


 昨日は用件伝えた後はリヒトさんらには帰ってもらい俺は予定どおり風呂でさっぱりした後はベッドへ直行であった。


 完全に緊張感解けてなかったからか途中で眼が覚めもしたが、それを予測してた俺はベッド脇に用意してあった葡萄酒を睡眠薬替わりに呑んで二度寝を決め込んだ。


 お陰で昼近くに目が覚めた時には疲れも眠気もほぼ無い状態で悪くない気分である。寝酒は健康的には勧められたもんではないがたまにはね。


 身支度を整え朝食兼昼食を済ませて執務室へ行く頃には正午を過ぎていた。


 気分的には今日一日オフで過ごしたいとこだが為政者としてはそうもいかない。本意ではないとはいえ数日も放置してたのだから早々と軌道修正せねばならん。


 というわけで俺は溜まってた仕事を黙々と片付けてる。


 マシロとクロエはしばらくしてから執務室に顔を出したものの「今日はオフねー」とか言いつつ来客用ソファーでダラダラしている。


 自室でやってろ。と言いたいとこだが俺へのなんとなくな嫌がらせ目的なの見え透いてるので反応するだけ負けなので無視。居るだけで護衛として成り立つからな腹立つが。


 二月上旬。現代の地球じゃ何かしらで二十四時間三百六十五日忙しいとこだが、この世界の今の時代だと冬の終わりが近づいてるとはいえまだ寒さで全体の動きが鈍い季節である。


 なので幸か不幸か目立った動きは何もない。俺の判断を急ぐとしても現代地球と中世文明の異世界では急ぐのテンポが違うからねぇ。お陰で余裕をもって後れを取り戻せるわけだが。


 しばし決済処理してるとターロン、モモ、平成がやってきた。


「昨日の朝まではダンジョンの奥深くに居たとは思えない様子ですな。活動的なのか何かしてないと落ち着かない難儀な性質なのか」


 俺がさっさと日常の姿へ戻ってることにターロンが感心したような呆れたような感想を漏らした。


 うんそれは俺も知りたいもんだ。


 まあ現状で強いて言うなら「他に任せられる奴が居ないから仕方がない」かもしれん。信用でなく能力の問題で。


 三人がやってきたので俺は仕事の手を一旦止めた。小休止がてらに報告を聞いておきたいと思ってな。


 マシロとクロエは占拠してた来客用のソファーから立ち上がりターロンらに譲った。


 それはいいんだが代わりに護衛らしく俺の背後に立つかと思いきや、俺が仕事してたデスクの上に腰かけやがった。


「あのここ一応偉い人がお仕事する机なんですよ。ご理解したなら降りやがれド畜生共」


「別にいいじゃない休憩中ぐらいー。それにほらー、こうして美少女二人侍らせてる感出て偉そうな奴っぽくなる演出よー」


「んなことしなくても俺は偉い人なの。伯爵様で節令使。ってこの言い草もう何度言わせるんだ」


「くくく、ハッタリ知ったりなノブレスの虚像。あえて誇示すべく無駄なグローリィ」


「頼むから小石程度でもいいから形式取り繕う意欲湧けよ……」


 溜息を吐きつつ首を横に振る俺の姿にターロンはいつものように豪快な笑い声を上げ、モモと平成は苦笑して肩を竦めてみせた。


「とてもじゃないが竜を打倒して帰還したばかりの様子ではないな」


「まぁらしいといえばらしいんですけどねリュガさん達も」


 などという会話を交わした後、俺はまずモモと平成から話を聞くことにした。


 俺の護衛部隊その2みたいな扱いしてるが、部族部隊も当地に駐留する国軍と同じ扱いしていく方針である以上はいつでも一戦力として稼働されることが望ましい。


 去年の格闘技大会で少しは歩み寄りは出来つつはあるんだろけどそれはそれ。上手く連携するには共同で訓練して互いの動きを勉強してもらわなければ。


 そんな思惑もあって送り出してみたわけなんだがどうやら無難に勤めあげてはきたらしい。


 部族部隊含めて一〇〇〇の兵士動員した、此処では規模の大きい部類になる演習を数日行ってきた。まぁ王都の主力がやってるのと比べたら訓練に毛が生えた程度のものだがね。


 それでもこういうのを何度かやっていけば互いの距離感は縮まるだろうし、なによりも部族部隊の強化へと繋がるからだ。


 こちら側とあちら側の連携ばかり気にしがちだけど部族部隊だって四十前後の部族から集った混成部隊だからねそもそも。


 三分の一がゲンブ族であるけど残りは近隣に住んでただけで各々独自の風習や考えを持ってるであろう面々。一纏めになって協力することで俺から利益得ようと団結してるに過ぎない今は。


 兵士達に混じって寒空の下で動き回ってれば部隊内でも連帯感育まれていくことだろう。部隊の意思統一が出来上がれば引いては軍の質の向上になるからな。


 とは言っても参じてからまだ日も浅い上に大小含めても軍事訓練は数える程の経験。まだまだ鍛える余地は大いにある。


 今後の事を考えれば軍の質量の充実は急務。その認識を抱きつつも同時に焦りは禁物という認識もあるからもどかしい限りだ。


 軍とか戦とかと無縁に生きてきた一般人の平成が付き合わされた事への愚痴を吐き出す以外に問題はなかったということでこの話はひとまず良しでいいか。


 次いで俺はターロンに話を向ける。今の所予定どおりなこちら側より外部の情報のが気にはなるな。


 一月下旬に頼んだヴァッサーマン州への報告がてらの偵察の結果だ。


「先に言っておきますが大きな出来事は特に生じておりませんでしたな」


 行き帰り共に予定通りであったことからもそれはなんとなく察せられた。


 日に日に治安悪化してるとはいえまだ王路にて白昼堂々襲う様な賊の集団はまだ出ぐわすこともなかったという。


 ただ去年の春に通ったときよりも所々の荒れ具合が増していた。恐らく国や各州が細々とした部分に目を向ける余裕がなくなってきてるかもしれない。


 動物に魔物に行き倒れなどの死体が放置されており、それらが食い散らかされて地に伏してる光景を幾度も見てきた。


 平和で安定した頃なら国の主要道路故に景観に気を使って通りの整備も定期的に行われていたがそれも疎かになっており、徒歩や騎馬はともかく馬車には少しばかり悪路になりつつある。


 その辺りの話を聞いたとき俺はなんとも言い難い顔をして顎を撫でた。


 輸送関係滞ったらただでさえ物資の余裕に陰り出てきてる事態を悪化させるだけじゃないか。行軍もそうだか移動全般の事を思えば国道のメインどころぐらい整備するべきだろうに。


 地元民を賦役に従事させてでもやる公共事業もマトモにやれそうになくなってるとは。そんな事態見越してたとはいえ些か早くないか。


 賊の討伐含む治安維持優先してるのか、はたまたまだ世の中の乱れに気づきもせずお山の大将してイイ気分で適当にしてるのか判断つかんもんだな。


 ヴァッサーマン州の節令使はフリーエンという壮年の将軍だったな。赴任前は一軍の将として無難に任を全うしてたという評判だったが。


 北部三州の節令使と同じく戦はともかく政治には向かないタイプなのだろうか。それにしても脇を固める役人らがなんとか出来るんじゃないのか普通。


 もしかして地元の文官共では手に余る事態に既になってるとかいう不吉な想像してしまったが強いて無視することにした。


 いやそんなまさかね。


「それで、あちらの節令使であるフリーエン殿に書状は渡せたんだろうがどうだった?」


 不安を振り払うように俺は別の質問を向けた。


「そうですなぁ……やる気がないわけではないですな見た目。しかしながら慣れぬ事態に振り回されてちとばかし気が短くなって感情的になりやすくなってる風には見受けられました」


「というと?」


「一つ例を挙げますと、書状渡して賊の説明をした際に『言われなくても分かってる。一々他所の事に口出しするなでしゃばり病の貴族の小僧めが』と顔に出てたし口にも出てましたな」


「今回の訪問の形式は節令使間でのやりとりの筈だがそう言ったか」


「周りに私ら以外にも配下の面々揃ってましたがいっそ清々しいぐらい言ってのけましたな。すぐに失言と気づいて誤魔化しはしましたが」


「ははぁ……」


 相手側の使者にそんな罵声じみた事を口走ってしまうぐらいにはストレス溜まって精神に変調きだしてるわけか。


 とりあえず罵声の内容に関しては陰口という形で散々聞いてきたから不愉快さは完全に拭えないにしても聞き流せる範囲だ。


 それよりもフリーエン将軍の不安定さが気になるな。


 書状渡して簡単に挨拶交わすだけで終わった節令使への訪問の内容はそこまでとして、数日滞在して見聞きしたであろうヴァッサーマン州の州都及び周辺に関してターロンに訊ねてみた。


「州都は流石に変わり映えはありませんでしたな。人の往来も賑やかなものでしたし、治安もそう悪くはなかったです。ただ州都の内外を歩く兵士らの様子に余裕はありませんでした」


「対応が刺々しいとか周囲への当たりが強すぎるとかそういう類のか」


「ですな。特に明らかに州都に住んでないであろう身なりの者には数人で囲んで詰問してる姿を三、四度見かけました」


「賊への警戒かな?探りを入れられてるかもしれないと疑心抱いてるといったとこか」


「酒場やギルドで聞き込みしてみたところヴァッサーマン州の北部で農民らが百か二百程が地元の役所を襲ったという噂がありまして。まだ噂の段階とはいえ余所者の出入り警戒してるところを見るとひょっとしますなこれ」


「北部三州と似たような状況になりそうというわけか……」


 ターロンの報告に俺は天井を仰いだ。


 比較的まだ大丈夫そうな地域と目してるとこでそんなことになってるとは、俺が想像してたよりも統治能力なさすぎではなかろうか?


 願望としてはまだ単なる噂であって欲しい。節令使の様子もたまたま虫の居所が悪かっただけだと思いたい。


 だがそうでなかったとしたら治安維持に関してどこまで信用していいのか不安になる。


 俺らを襲った賊が二〇〇そこらの規模とはいえ今後の政情次第では増加して手に負えなくなる可能性もある。今の国の体たらくだと避けられないとはいえもう少し持ち堪えてもらわなくては困る。


 人と時間が足りないなぁとなると。贅沢言わないからもう少しなんとかならんかねぇ。


 資金に関してはあればあるほど良いが今述べた二つよりかはまだ余裕あるからいいとしてだ。


 だって明日のお宝鑑定次第でまたまた地域経済に一石投じられそうなわけだから。当面のお金の心配だけはしなくていいのは現状の俺の強みだよ本当。


 明日は景気良さそうなイベント控えてるというのに中々心晴れやかに迎えられないもんだなおい。

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