第87話ダンジョンどうでしょう~一生ダンジョンどうでしょう宣言とかしねーよ!?~

 ドロップアイテムの処理の目途もついたことでようやくミッションコンプリートという気分だ。


 帰還まで一時的に他のドロップ品同様アイテムボックスへ放り投げ、未だ気絶しているキィ達を叩き起こしつつ俺は内心安堵の溜息を吐いた。


 だがそれも瞬く間に引っ込むことになる。


 嫌な事を思い出した。そうだよ帰り道のことだよ。


 また数日かけて高ランクの魔物が徘徊するとこを移動するのかと思うと憂鬱だ。例え俺が別に戦うわけではないとしてもだ。


 肉体的にはまったく動いてないが精神的にどっと疲れたので一休みしてからにしたいな。


 とまで思案してるとマシロとクロエが遠くを見る仕草をしつつ相槌を打ち合う姿が目に留まった。


「なにしてるんだお前ら?」


「えー、なんかちょっと奥に何かあるなーって思ってねー」


「何かって何だ」


「分かってればこんな真似してないわよー。どうするー?ついでに確認しとくー?」


「そうさなぁ……」


 もっともな反論と意見に俺は今の今まで考えてた憂鬱な事から思考を切り替えることにした。


 また別に宝があるなら回収しときたいし、万が一裏ボス的な何かが居るフラグともなれば調査はしとくべきではあるな。毒を食らわば皿までだなこりゃ。


 短い思案の後に確認するという結論に至る。無視して帰るという選択肢はないわな常識的に考えて。


 炎の勢いが弱まっていき少しずつ薄暗さに満たされていく部屋。


 確かによくよく遠くを見ると炎や魔力の光とは異なるぼんやりとした光が見えなくもない。常人の視力では言われてみれば見えない寄りのなんとなく程度なので双眼鏡で確認してのことだが。


 マシロとクロエだからこそ気が付いた事だ。そうでなければボス倒してアイテム回収した事で満足してさっさと部屋出ていってたとこだ。


 まだ半ば放心気味のトューハァトの面々を強めに促しつつ移動を開始する。


 精度そこまでではない双眼鏡でよく見たら何かある。というものなので体感六、七分ぐらい歩いただろうか。ついさっきまで双頭竜が居た所から少し後ろの方に位置する場所にソレはあった。


 円陣の中に見慣れぬ文字や記号が記されている。円の大きさは一、二mぐらいで、人一人が寝そべれるぐらいの広さ。


 ぼんやりと光っているが、ここ数日見慣れた光よりも明るめなのでダンジョン内にある光源とはまた違う魔力が使用されてるかもしれない。


 しばし凝視しつつ考えてたが、やがて俺は以前ターロンや王都のギルドマスターからレクチャー受けた際の事を思い出した。


 これは恐らく地上へ帰還する為の転移魔法の陣ではなかろうか。


 ダンジョンというのは基本的には行きと同じく帰りも自力である。


 初心者講習で初めに戒めとして覚えておくよう言われるのが「帰るまでがダンジョン攻略です」というぐらい初歩中の初歩。だからこそ踏破するというのはどんな理由であれ普通なら軽くやるものではない。


 ただ十階以上あるダンジョンには時折地上へ戻れる転移魔法陣が発生する場合もあるという。


 二桁台のダンジョンには必ず設置してあるものではないが、深ければ深いほど設置されてる率が高い。正確な統計があるわけはないが、確か二十以上三十未満での発生率は二割弱だったような。


 特にダンジョンボスの部屋にある事が多く、ダンジョン踏破の特典の一つという認識がなされてたりもする。


 キィ達に訊ねてみるとヴァイト州で出入り可能なダンジョンではこういうものは設置されてないらしく、彼らも講習や指南書みたいな書物での話で見聞きするだけであった。


 ちなみにケーニヒ州のダンジョン幾つも潜った経験あるマシロとクロエに訊ねてみると。


「えー、自分らでさっさと帰れるから使ったことないわー。どうせ暇だから急いで帰るとかもなかったしー。まぁあれば便利だろうけど興味薄いわー」


「くくく、戻りのロードを急がす焦らず。タイムな余裕はシュタルクなエンブレム」


「お前らなら普通に戻ってきても転移魔法使えてもどっちでも驚かないな今更」


 ほぼ何でもありっぽいので俺は訊ねておいてなんだか投げやり気味にそう応じた。


 後日のことであるがマシロはガチで転移魔法使えると判明して俺が頭抱える事になるのだが本当に後日の事である。


 今は目の前の魔法陣だ。


 転移魔法陣だとして、コレも幾つか種類があるらしい。


 乗ったらそのまま使えるタイプ、魔石使用してそれを燃料に動くタイプ、転移石という特殊な魔石でしか動かないタイプ。他に色々縛りがあるタイプもあるらしいけど大きく分けて三つ。


 三番目のタイプだと転移石所持してないから使えないが、二番目のならここに至るまでで魔石多くドロップされてるから問題はない筈だが。


 確認する必要性がある。けれど現地人は話に聞くレベルでしか知らないから当然判別無理。うちんとこのド畜生はどっちでもいい空気出しててやる気出してない。


 仕方がないので俺が確認する事となる。


 こういうときに知識スキル持ちで助かったわ。いやもうちょい本音言うならこんな個人レベルで軽々しく使うものかと考えてしまうんがだね。


「節令使様はこの魔法陣の判別が出来るのですか?」


「んっ、まぁな。伊達に王都のギルドマスターと懇意にしてたわけではないというとこだよ」


 キィが常識的な疑問を呈してきたが俺は言葉を濁してそれを回避。スキルのこととか軽々しくは言えたもんじゃないしねぇ。


 片膝をつき、魔法陣に触れて軽く目を閉じて集中。


 頭の中で魔法陣の判別方法をと念じていくとその情報が浮かんでいき脳みそにしみ込んでいくような感覚が駆け巡る。


 触れてから十数秒後、俺は立ち上がって同行者達へと振り返った。


「この魔法陣はどうやら魔石を埋め込んで発動する類のものらしい。そして使用量は純度が高ければ一つ二つで済むが、低いとなればその分多く必要な些か面倒な陣だな」


「少し触れられただけでそこまでお分かりになられるのですか!?」


「あー、いや、うん、王都のギルドにある資料で見覚えがあった術式だったものでな。運よく記憶に残ってたのだよ」


「ははぁなるほど。いやはや帰りの事を考えて気落ちしておりましたが、節令使様の御記憶のお陰で助かりました!」


「うんうん、そういうことなので初日で得たCランクの魔石を埋め込んでみようではない。光に変化起これば発動してる状態だというし」


 やや強引に建設的な提案をして話を逸らした。気にしすぎかもしれんが万が一そこから話を掘り下げられたらボロでかねないから仕方がないね!。


 俺は暇そうに天井見上げてたマシロとクロエに頼んでアイテムボックスから魔石を取り出してもらう。


 適当に投げ捨てられた魔石の小山をトューハァトの面々に拾わせて魔法陣に埋め込んでいかせた。


 爪先よりちょい大き目程度の、素人なら小石か骨の欠片かと誤認スルーしかねないサイズの魔石だからどんだけ埋めればいいかは流石にやってみないと分からない。


 なにせ知識スキルでもその辺は「適量を埋め込む」とか料理レシピでよくある曖昧表現でしか浮かんでこなかったからな。正確な数字だせよと思うわああいうの。


 しかし彼らが四十個目を埋め込んだとき、仄かな発光だった魔法陣が一際強く輝いた。思ったよりかは少なくて済んだな。


 ようやくこんなヤバイとこからオサラバ出来る。


 この数日を振り返ると恐怖で狂いそうにならなかったのが不思議なぐらいだ。座ってればいいだけの簡単なお仕事とか間違っても言いたくないぞ俺は。


 安堵なのか思い出し怒りなのか自分でも分からない溜息を一つ吐きつつ俺はマシロ達を促して魔法陣へと集った。


 確か入ると同時に瞬間移動みたいな風に入り口にワープする筈。後は実践してみねーとわからんか。


 可能性を論ずるなら不安や懸念は幾らでも湧いてくるが今の俺は一分でも早くオサラバしたい気分だったので無視することにした。


「よし、早速だが入っていくぞ」


 意を決して俺は魔法陣の中へと一歩を踏みしめた。





 一瞬だけ意識が遠のく感覚。例えるなら絶叫マシン系で急降下した直後の感覚ともいうべきか。


 それも本当に一瞬だった。薄暗い洞窟内から瞬間で森の緑と空の青さが目に飛び込んできた。


 次いで目に留まるのは驚愕した顔をしたギルド職員やその護衛であろう冒険者らの姿。


 どうやら無事地下二十三階から地上へと帰還出来たらしいな。


 ほぼ同じタイミングで背後から声や音がし出す。残りの連中も何事もなく転移出来たようでなにより。


「あ、あの節令使様?」


 外の新鮮な空気をしみじみと味わってると、前方に居た職員の一人が恐る恐る声をかけてきた。


「……見ての通りだ。ダンジョン踏破してボスも倒してドロップ品も回収してとやることやってきたのだよマシロとクロエの二人が」


 その言葉に場が一瞬静まり返った。


 だがそれもすぐに消え去り次いで出たのは驚きと困惑と喜びが入り混じったなんとも言い難さそうな様相。


「お、おぉそれは、そのおめでとうございます」


「貴方様達ならやってくださると信じておりました!」


「いやはや本当にご無事でなによりです」


 最悪な結末すら想像してたんだろうな。どいつもこいつも成果もさることながら俺が五体満足で出てこれた事への安堵が露骨だった。


 それが悪いとは言わないし常識的な反応なのでノーコメント。だが一々それに応えるのも億劫なので話を進める。


「それでだ。今から帰還するから君らはぼさっとしてないで撤収準備でもはじめたまえ。あぁいやその前に私の護衛を務めたトューハァトの面々を休ませてからで」


「いや、しかし今から帰還とは。せめて節令使様も一旦ご休息を取られてからの方が」


「私は今から彼女らの乗り物に乗って州都へ帰還する。ギルドマスターへの報告も私からしておくから君らは何も心配することはない」


 職員らにそう伝えた俺は今度は身体ごと後ろを振り向き、呆然と「本当に生きて出られた」とか呟いてるキィ達へ声をかけた。


「すまないが、私とマシロとクロエだけ先に州都へ帰還させてもらう。君らはここで身体を休ませてからゆっくり戻ってくるがいい。この数日本当にご苦労だった」


「あっいえ俺達は何も出来ずだったので……その大変申し訳ありませんでした役立たずで」


「言いたくなる気持ちは十分分かる。だがあれはもう仕方がないだろう。君ら以外が請け負ってたところで同じだ。災難だと思って割り切れ」


「…………」


 えらくメンタルやられ気味なのか反応が鈍いがそれでも最後には全員頷きつつ「ありがとうございました。お気をつけて」と言葉を返してくれた。


 そちらを確認した俺はすぐさまサイドカーへと再び乗り込み、俺が言い出した時点で既に乗り込んでたマシロとクロエに指示を出した。


「さっさと帰るぞ。もうやっとられんわこんなとこ」


「はいはーい。糞雑魚メンタル貴族様一名ご案内ー」


「くくく、家路への帰還の爆走激走。ホームの安寧求めるトラベラーもどき」


「うるせー馬鹿!さっさと走らせろ!」


 と同時に二台のバイクが爆音吹かしつつ急発進した。


 もう絶対こんなとこ来ないからな。


 遠ざかりつつ感覚と同時に数日間で味わった恐怖体験を思い出して忌々し気に舌打ちした。


 ダンジョンはもういいよ。いやそもそも冒険者稼業に同行すること自体がおかしいからね。


 ダンジョンどうでしょう?とかもういいわ!!あんまり懲りないようなら冒険者出入りする野外フィールドは登録された冒険者以外の立ち入り禁止の法律作るのも辞さないぞおうこら。


 一〇〇キロは出てるかもしれない加速に圧迫されつつも俺は最後にひと踏ん張りとばかりに歯を食いしばって耐えた。


 ただたださっさと帰って休みたいという一心が俺の気力を保させている。





 一時間後、俺は州都庁前でバイクの豪快な排気音を聞きつけた役人やその場に居た兵士たちに囲まれていた。


 当然ながらいきなり拉致られて数日不在にもなってたら血相変えて右往左往するわ。一応置手紙のお陰でどこにいるか把握してるとはいえだ。


 視線を彷徨わせると、人込みの輪から離れたところにてターロン、モモ、平成らが苦笑浮かべてこちらを見ていた。俺が不在の間に各々の役目終えて帰還していたのだろう。


「とにかくだ!まずすぐさま私の裁可必要なものを幾つか執務室へ運びたまえ!!だがそれ以外は明日から受け付ける。もうとにかく少し休ませてくれ!!」


 安否を気遣う役人連中にそう叫びつつ俺はサイドカーからよろめくように降りて自らの足で執務室へと向かった。


 仕事中毒なわけではないが最低限の事は確認しておかないと今後に何かしら影響出るのは嫌だしな。


 それにどうせ風呂入りたくてもまずマシロとクロエが使うだろうからその間だけだ。


 執務室の椅子にどっかりと腰を下ろして深い溜息を吐く。


 ようやく戻ってこれたと安堵するのもそこそこにターロン達が入室してきた。


「いやはや坊ちゃんも大変ですな」


 豪快に笑い飛ばさず珍しく苦笑浮かべるターロンの手には水と軽食とおしぼり。モモの手には書類の束があった。


 それらを俺のデスクに置きつつ各々が率直な感想を述べていく。モモも平成も苦笑寸前の曖昧な笑みを浮かべつつ。


「驚いたな。まさか節令使ともあろう方がダンジョン探索とは。腰が軽いのは良し悪しと思うが、まぁ今回は災難だったな」


「いやまぁでも僕ら巻き込まれず安心しましたよ。リュガさんの顔見たらロクでもなさそうなのはお察しというか」


「……」


 平成の言葉に俺は反論出来ずに沈黙保ったままで彼らから受け取るものを受け取った。


 報告もあるだろうがそれらは明日以降にしてもらうことにした。今のコンディションで訊くことでもなかろうしな。


 三人はそのまま俺の左右に立って俺が飲み食いしたり書類に目を通してサインする姿を見物している。


 まぁ今はマシロとクロエが席を外してるから護衛ということで俺も特に何も言わずにいた。予測通りならこの後お客がくるだろうしな。


 しばらく間は俺の行動する際に出る音以外は静かなひと時が過ぎる。


 やがて室外から複数の足音が聞こえてきた。


「節令使様。ロート子爵様とローザ男爵夫妻が節令使様に面会を求められてますが如何致しましょうか?」


「……入ってもらいなさい」


 ドアの外側で警護してた私兵部隊の一人の問いに俺はそう答えた。


 やっぱり来た。というかまぁ来るよね余程でない限りは。


 意外に早い訪問なのは、俺の帰還を目撃した誰かが気を利かして急報に駆け付けたのか、はたまた今回の事で自分の手の者を州都庁へ貼り込ませてたからか。


 どちらにせよありがたい。一休みする前に伝えるべきことは伝えておかんとな。


 水気を含んだおしぼりで顔や首筋を拭いながら俺は前を見据える。

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