第86話ダンジョンどうでしょう~どんどんおみまいしていって終わる~

 恐れる風もなくクロエは双頭竜とタイマンをおっぱじめようとしていた。


 去年クラーケンを一撃KOしたのは目撃してるとはいえ、今回のはランクもデカさも前回のより上なんだぞ。そりゃ不安にもなるわ。


 二人と違い転生者である俺はこの世界のこの時代を生きてる人間だ。


 現代の地球の知識やそれに基づいた人格形成されてるとはいえ、生まれ育ってきて直に覚えてきた感覚というものは確実にあるのだ。


 例を一つ上げれば魔物に対しての恐怖。物心ついたときから当たり前のように存在するが故に生じるものが確かにあるのだ。


 転移者が感じてる魔物へ対しての「怖い」というものも転生者と同じとは言い難い微妙な温度差がある。


 極端な話、野生動物をサファリパークで安全確保された状態で見るのと無防備な状態で見るぐらいの違いがあるかもしれない。


 だから俺はクロエを信じてるとはいえ双頭竜への恐怖を振り払えず不安がり、マシロとクロエが恐れを知らない所以。と思ってたりするんだがどうなんだろうな。


 思惟を馳せつつクロエへ視線を集中させる。双頭竜は怖いからなるべく見ないようにしとく。


 数瞬の睨み合い。そして動いたのはクロエであった。




「変身」




 静かにだが力強い言葉と共にクロエの周りを一瞬だけ炎の嵐が包み込む。


 晴れた後に姿を見せるのはフルフェイスの仮面を被った漆黒の異形。


 後ろ姿なので純度の高いルビーのような紅い瞳は双頭竜をどんな気持ちで見上げてるのか分からない。血を浸したような赤黒いグローブが静かに握りこぶしを作った以外何をしようとするのかも分からない。


 ただ分かるのは、数分後には決着がついてるであろうと思わせられる只ならぬ空気を感じるだけだった。


 あの姿を見ただけで、先程まで抱いていた勝てるのかという疑惑や不安や恐怖が半ば失せていく。


 理屈ではない、感覚や本能が強く語り掛けてくるような言い知れぬモノ。


 負けはしない。という深い決意の体現。


 クロエの姿に僅かに気圧されたのか、双頭竜はしばし唸り声を上げて睨むだけであったが、自失から覚めるや脅威を感じ取り先制攻撃を加えてきた。


 二つの口から煙と光が漏れ出すと同時に口が大きく開かれ、そこから熱線を吐き出す。


「うぉっ!?」


 この辺りを鮮明に照らせるほどの熱量を帯びてるであろう炎の塊がクロエが居た地点へ着弾。その余波も凄まじく周囲の地面へ炎が広がった。


 そこまで離れていなかった俺達は普通なら熱線の余波だけで焼け死んで炭の塊になってただろう。


 しかしそうはならず真夏の熱波のような暑さが全身に叩きつけられてるだけで済んでいた。


 反射的に腕で顔を庇ってた俺が恐る恐る降ろすと、前に居たマシロが魔力の結界を作って周囲を包んでいた。俺だけでなく傍に倒れてるトューハァトの面々も無事である。


「マジックバリアーって言うやつー?いやー、適当に念じてみたら出せるもんだわー」


 Sクラスのドラゴンの攻撃を容易く防いでみせたのに、さも当たり前みたいな感覚でそう言ってのけるマシロ。


 いつもならツッコミいれてるとこだが俺はそんな余裕はなく、慌ててクロエの行方を捜した。狙い打たれたわけだから安否は気になるところ。


「上よ上ー」


 言われて見上げると、双頭竜の目前で落下中のクロエの姿がそこにあった。ジャンプして回避してた上に滞空時間長めなのは結構高く跳んだのかアイツ。


 双頭竜は目の前で落ちていく相手を見逃す間抜けではなかった。


 弱い生き物ならそれだけで殺せるような咆哮を挙げつつ、オーガの牙よりも太い無数の刺がついた尻尾をクロエ目掛けて振りかぶった。


 振りかぶるだけで強風を巻き起こす勢いだ。それが殺意も隠さずに勢いよくクロエへ叩きつけられる。と、思われた。


 だがそうはならなかった。


 中華包丁で肉の塊を両断する音を百倍に増幅させたようなのがダンジョン内に木霊する。


 次いで轟いたのは双頭竜の絶叫。今までのような威嚇や殺意の表明ではない痛覚に苦しむような叫びがSランクのドラゴンの口から迸る。


 双頭竜の尻尾が根本部分から先が消失していた。


 絶叫に掻き消されていたが微かに聞き分けられた何かが落ちる音。すぐさま続いて軽い振動が身体を揺らす。


 震源先を見ると双頭竜の足元に切断された尻尾があった。


 根本より少し先の部分に当たる所と、尻尾中央部分と先端の中間辺りが鋭い刃物のようなもので綺麗に斬り捨てられている。


 危なげなく着地するクロエの両手は指先が伸びた状態。


 クロエが恐るべき速さと威力にある手刀で一閃して尻尾が当たるのを回避して返す刀で根元部分を攻撃したということか。


 最初の一撃は当たる寸前だったからわかるが、根本への攻撃は距離があるのにどうやったんだ。まさかバトル漫画とかみたいに振りかぶった衝撃派だけでやったのか?


 俺の考えが正しいのならコイツ飛び道具やら間合いやらの話が無意味な存在なんですが。なにそれ怖い。


 苦痛に身体を揺らす双頭竜に対してクロエは素早い追撃をせずしばし無言で見上げていた。


 が、首をやや下に向ける仕草をしだす。もしかして溜息でも吐いてるのかもしれない。


「………………死ねよ見掛け倒し糞雑魚トカゲ」


 んー?絶叫が五月蠅くてよく聞こえなかったと思いたい発言してないかな?幻聴でなくマジで言ってるのコイツ。


 お前にとってはそうかもしれんがソイツこの世界じゃ一国がどうこうな話になる歩く災害なんですけどー?Sクラスなんですけどー?ヤバイ意味で凄いんですけどー!?


 本当極々稀に普通に喋るときの発言物騒だな。去年の夏に俺に声かけた時ぐらいじゃないのか普通な内容なのは。


 凄まじい事態に声が上手く出ない俺が内心でぶつくさ呟く間にクロエは発言を実行しようとしてた。


 両足に軽く力を込めたと同時に再び高く飛び上がる。


 再び跳んだ相手を双頭竜は見失うことはなかった。圧倒的な巨体からは信じられないぐらいの速さで顔を上へ向けて熱線の再発射をしようと大きく口を開いていた。


 外しただけで当たれば勝てる。と、そう思ってるのかもしれない。


 実際直撃喰らったら只では済まない筈だ常識的に考えたら。


 しかし恐らく双頭竜も俺もその認識は間違ってるのだろう。


 今更クロエが熱線当たるだけで負ける気がしないのだ。


 双頭竜の頭上を越えたクロエを追う為に俺は慌てて腰に下げてた小型双眼鏡を手に取った。


 誠意の一環としてギルドから支給された貴重品であるが、現代のと比べたらお粗末な品。しかし周囲の燃え盛ってる炎のお陰で辛うじて姿を捉えることが出来た。


 構えをとっている。どうやらキックの体勢のようだが。


 なんか突き出してる左足が光ってるように見えるんだが、なんだあれ、ヒーロー作品でいうエフェクト的な解釈でいいのかあれは。


「――――ッ!!」


 と同時に何かしらの加速がかかりつつ急降下していき、まさにそう感知したときにはクロエの全身は双頭竜の左右の首の付け根に当たる真ん中へぶち当たっていた。


 双頭竜が尻尾を斬られた時の比ではない絶叫をあげる。


 マシロの結界のお陰で耳を手で塞ぐ程度で耐えられはするが無ければ手だろうとなんだろうと鼓膜破壊確実だろう。


 キックを受けた胴体が皮膚や肉や骨を引き裂く音を立てている。


 クロエが地面に着地した時、双頭竜の身体の半ばは左右に千切れかけていた。引き裂かれた箇所からはとめどなく血が溢れ出しており、損傷したであろう血肉や臓腑が時折落ちていく。


 顔部分は直撃はしなかった。だがあの謎エフェクト(と俺は解釈して現実逃避してる)の余波でどちらの顔も焼け爛れてしまっており、恐らくは致死レベルの火傷で仮に生きてたとしても最早何も出来ないであろう瀕死。


 ほぼ即死したであろう双頭竜はしばし痙攣しつつ前後左右に揺れ動いていたが、クロエが再び前へ回り込んだと同時に小石でも蹴り上げるような軽いキックを胴体前部分へおみまいしたのが決め手となり大きな地響き建てて後ろ向きに倒れ込んだのであった。


 ま、まぁもし前に倒られたりしたら俺達圧死するからね。死体蹴りでなく俺らに配慮してのことだからそこはとやかく言わないよ。


 にしてもお手軽そうに派手にやってくれたなアイツ。


 最後にして最大の脅威が去ったと同時に俺は頭を抱えてしまった。


 災害級だの小国なら存亡レベルに危険だのなSランクにも他のランク同様ピンキリがあったりする。そもそもどれ出てもヤバイ筈のSランクにピンキリつけれるものかと疑問に思うがそこは置いておこうひとまず。


 で、この双頭竜は回りくどい単語付与すると中の上なSランク。強さだけでなく希少さも込みでの評価だ。


 付け加えて言うと、確認されてる中で最大なのは上の中扱い。上の上とか最上級と目されるSランクは伝説的なのとか神々と繋がりが何かしらある神獣となる。冒険者でいうSSランクぐらいに設定だけは一応されてる扱いだな。


 基本的に竜種は希少だ。種族の中でランク低めのワイバーンですら同ランクの魔物よりも一つ上扱いされるぐらいには。


 多少例外はあれどもランク高くなればその分素材として捨てる部位は減っていく。ドラゴン系ともなれば血の一滴肉の一片ですら金貨で取引案件。


 それがSランクでも高めに位置する竜種ともなれば、新品完品状態ならここまで得てきた財宝全てを凌駕する財産を手にすることになる。冗談抜きで小さい国程度なら余裕で建国して御釣り出ることだろう。


 王都時代にこいつら小ぶりとはいえレッドドラゴン討伐した事がある。


 その時は損傷も激しかった上に散らばった血肉未回収もあったので報酬もランク査定もやや辛めだったと聞いてる。


 それでも評価はキッチリされてたので、しばし後にベヒーモス討伐したときはその場で即日Bへ昇格する措置はとられたし、報酬も大幅差し引きされたというのに白金貨で支払いが行われるぐらいの稼ぎにはなってた。


 とまぁこういった事があるのだからSでしかもドラゴンというのはトンデモナイ代物なのだ。


 なのにだ。


 俺は改めて双頭竜の惨状を見た。


 無事な部位が脚部分と頭よりかは余波回避出来てる羽根部分しかない。後はもう御覧の有様である。


 この世界の人々からしたら宝の山であろう血肉もとめとなく溢れては地面を濡らしている。流出した分だけでも俺が稼いできた金の何割に相当するのやら考えるだけで眩暈がしてくる。


 俺はそこでアイテムボックスの事を思い出して慌ててサイドカーへ話しかけていた。


「お、おい自立型AIなんだろ!?今すぐあのドラゴンへ接近してアイテムボックス発動させてくれ!」


『どのような状況であれマスター以外の命令は受付かねます。ご自分が非常識な発言をされてる事を認識なされてください』


「常識的だけど即答で正論言われるとこの場合妙に腹立つなぁ……おいマシロ」


「はいはーい。私ら想いの相棒だからゴメンしてねー?じゃあさっさと回収するわー」


 そう言ってマシロは自分の方のバイクへ話しかける。


 マシロのバイクが音もなく静かに操縦者不在で動き出し、ドラゴンへ最接近すると同時にボックスのゲートが開かれる。と同時に数十メートルはありそうな巨体が瞬く間に吸い込まれていき消えていった。


 残ったのは燻り続ける炎と、散らばり滴り落ちた血肉のみ。


 このダンジョンのボスはこうしてあっけなく倒された。


 いや、これでダンジョンクリアではない。もう一個確認すべきことがあるのだ。


 サイドカーから身を乗り出し俺は数秒前まで双頭竜が転がってた地点に向かって声を上げた。


「クロエ!そっちに宝箱あるか確認してくれ!あのドラゴンのドロップ品絶対ある筈だから!」


 既に変身を解いて元のゴスロリ姿に戻っていたクロエは俺の声が聴こえたのか片手を挙げて軽く振って見せた。


 お約束の一つ、ボスのドロップアイテム。


 ダンジョン踏破のご褒美的な存在であり、そのダンジョンの特徴として記されるべき大事な要素の一つ。必ず出てくるソレを無視する理由は俺たちには無いわけで。


 ちなみに、ダンジョンボスのドロップに関しては他の階層と違う点がある


 一つはドロップアイテムがランダムであること。他の魔物と同じくボスも倒されても一定期間空くと復活するが、所持するアイテムは変わっている。


 一つは最初に出たアイテムが複数パターンある中で必ず一番豪華な品であること。二回目三回目も貴重品だったり価値ある物であるが最初の品よりかは見劣りするという。


 この二点が全世界に点在する冒険者ギルドが結集して数百年かけて調査して導き出した特徴。


 特に後者はダンジョン最初の踏破者という称号の物的な証ともなるので慎重に慎重を重ねて確認されていることだ。


 さてダンジョン踏破とボス撃破した最初の人間に何をもたらすのやら双頭竜は。


 頼んでから一分程でクロエが宝箱片手にこちらへ戻ってきた。


 片手で持てるぐらいの大きさではなく、コイツの力があればこそだ。見た感じ大人二人がかりで運ぶぐらいに重そうな、長さで言うなら学習机ぐらいのデカさあるぞ。


「くくく、トレジャーなハンドで得られるグローリー。先にあるものは持て余しカラミティか否かの境界線」


 Sランクを一人でああも容易く葬ったというのに既に終わった事として切り替えてるクロエの様子に俺は何か言いたくなったが、結局何も言い出せずに溜息を吐くに留まった。


 無造作に地面に投げ捨てられた宝箱。


 サイドカーから降りた俺は二人と共に置かれたそれを見下ろす。


「さてまた金銀財宝なんかねぇこれ。これで今までと同じなら露骨にハイリスクハイリターンなダンジョンで分かりやすいとはいえなぁ」


「どっちでもいいじゃんー。私らやることやって後は知ったこっちゃないしー。さっさと開けよ開けよー」


「くくく、オープンザトレジャーなプライスの真偽見定める」


 一段落ついたからか今までの宝箱の中身が同じすぎて感覚麻痺してるからか、いずれにせよあまり気負うことなく最後の宝箱を開封することに。


 全て鉄製で頑丈に作られたという以外に特徴のない宝箱。


 罠を警戒して一歩後ずさる俺。なので差して気にも留めてないマシロとクロエが無造作に鍵部分を破壊して躊躇いなく開封。


 毒煙等の罠らしき反応が無かったのを確認した俺も二人の後ろから覗き込んでみる。


 箱の中にあったのは一振りの剣。


 過剰な装飾はされてはない。飾るための宝剣として見るなら地味な部類に入るだろう。


 しかし輝くような煌めきを発する刀身と全て黄金で作られてる柄が地味なところをフォローしており総じて見栄えの良い剣と誰しも思う一品になってるのだ。


 このテのモノに疎い俺でも一目で分かるような名剣であろう。早速俺は鑑定スキルを発動してみることにした。




 名前:栄光波乱螺旋剣 ティルフィング


 特徴:鋼鉄も薄布の如く容易く斬れる。姿なき魔性も容易く斬り捨てられる。決して錆びる事はない英雄の剣。所持者に栄光と波乱をもたらす剣。




 地球の北欧にある伝説の剣と同名か。特徴も似たようなものだが、地球産と違い明確に破滅もたらす不吉な剣でないだけマシではあるか。


 確かにこんなとこであんなのが所持してるに相応しい名品だ。俺としてもようやく貴金属以外のアイテムゲット出来て少し安堵したぞ。


 けどそれが必ずしも完全なハッピーラッキーなおめでたい気分に結びつくわけではない。


 何故かって、こんなもん抱え込んだって完全に宝の持ち腐れじゃんよ。


 俺が腰に下げるには不釣り合い。というか俺が剣を振り回して血戦する時点で駄目なんだよ戦略的にも戦術的にも。そんな事態回避の為に日々頭捻らせて激務してるつーのに。


 じゃあ形式上部下扱いなマシロとクロエにでもくれてやるか。というのもありえないな。


 だってこいつらそんな武器貰っても使わない。折角の伝説レベルな名刀を床下に転がすレベルに雑に扱う未来しか見えない。残当とはいえ流石にそれはあんまりすぎる。


 かと言ってギルドに買い取ってもらうのも出来ない。


 双頭竜含めて地方の一ギルドで処理できる事態ではもうない。ヒュプシュさんがギルドどころか嫁ぎ先の男爵家の財産叩いても無理なお金が動く。


 王都にあるギルドも怪しい。となれば遠方にある総本部が動く可能性もある。その段階まできたら国が何かしら動く事もありえる。


 こんな事で政治的な大事は正直困る。そこから遡ってあれこれ介入でもされたら計画が狂いかねないからな。


 とすれば道は一つだな。


 腕を組んでティルフィングを見下ろしつつ俺は歎息した。


 どうせ持て余すなら八割の気遣いと二割の媚売りでもしてみますかね。ついでに凡庸王様にも袖の下捻じ込んでおけば当面の言い逃れは通用することだろう。


 誰に?居るじゃないか俺が逃げた分の厄介な事を背負う予定の少年がさ。


 こうして満を持して出てきたであろう英雄の剣は俺が手にすることもなく王都に居る勇少年へのプレゼント品として贈られることが決定した。


 蓋を開けて僅か数分での出来事である。

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