第73話今年の終わり

 気を取り直して俺は手紙をテーブルに一旦置いて前を向いた。


「まず教会からの話を聞こうか。何かあるのだろう?この地にやってくるのだからなわざわざ」


 いきなり話を振られた教会の者は軽く狼狽の素振りを見せつつも先程の執事と同じように懐から手紙を出しつつ語り出した。


 用件というのは六月にあった原理派の件についてだった。


 教会総本部へ事の仔細を報告したのだが、予想通り寛容派が大多数を占めてる場なので形だけの抗議の手紙一通送るだけで済ませることになったという。しかも受け取るだけで返信不要ときた。


 当然ながら原理派がヒステリー起こしてたそうだ。詳細ぼかしてるとはいえ結果として十数人死んでるから当たり前の反応なんだけど。


 しかしそもそも頭のおかしい言いがかりをつけてきたのは原理派からである上に事を起こそうにも我が国とは六、七ヶ国は間に挟まれてるので報復なぞほぼ不可能。


 彼らの行動で同じアラスト教というだけで迫害されたり場合によっては命を落とす信徒も出してた寛容派としては天罰下って飯が美味い状態なので当然同調者などおらず、かくして原理派は総本部内で苦虫潰した顔をするしかなかったという。


 差し出された手紙は一枚。そこには一言で言えば「信徒が害された事に遺憾の意を表明する」というような事が書かれていた。それ以上でもそれ以下でもない形式的な簡素な文だ。


 俺は二度三度頷いた後その手紙を懐に仕舞い込んだ。


 弟の手紙と違ってこちらは話が終わればすぐに机の引き出しの奥に入れられて二度と読むことはないが一応保管しておく系のやつだからな。


 これで初夏に発生したトラブルは一応解決した。今後原理派との接触ない限りは話題どころか記憶の片隅にすら出てこないだろう。


 手紙を渡し終えた付き人に以降どうするのかと訊ねると、彼は春まではこの地に滞在すると告げた。


 パオマ神父の指示で移転予定の地がどのようなとこかの下調べと、地元信徒達にコンタクトをとってこの地におけるアラスト教の影響力を調査の上で不良神父へ報告するというのだ。


 なにせ原理派が入り込んで滞在してたのだからアラスト教そのものへの印象が他と同じとはいかないだろうから、この地で活動継続するなら改善点を洗い出したいとこなのだろう。


 説明を受けて納得した俺は政治干渉しない限りは可能な範囲で支援する旨を告げてやり、とりあえずは調査で困ったことあるなら都庁へ訪ねてくるよう言い渡した。


 恐縮して頭を下げる付き人の姿を見つつ、次に俺は冒険者ギルドの書記官の方へ声をかけた。


 そちらの来訪目的は夏のクラーケンの件であった。


 採取された魔石の査定が完了したので査定された金額と総本部からお墨付き書類を持参してやってきたのだ。


「魔石ですが、総本部へ提出して確認とれてすぐさま高額出品会場に出されました。その結果ですが、金貨二五〇枚で落札された次第で」


「それは中々大金なことだ」


 あんな野球ボールより少し大きめの玉と考えたらヘタな宝石より高値だから素直に驚くわ。狩った当人らは後ろで「へー」と興味の欠片もないけどな。


 金貨の詰まった革袋と書類が手渡される。夏場と同じく受け取る側は無感動のままにそのまま金貨と書類を俺の方へと押し付けてきた。


 お前らアイテムボックス持ちなんだからそれぐらい自分で保管せんかい。


 ツッコむ気も起きずに俺は口をへの字に曲げて無言の抗議をするに留めた。勿論後ろの二人は痛痒感じてもいなかったがな。


 それから最近の王都での話を聞く事となった。手紙の中に報告すべき事としてある程度書かれてはいるがまぁ一応な。


 書記官の人が言うには王都やその近辺での冒険者稼業そのものにはまだ大きな変化は起こってないという。


 重要地域外にあたる地方の方は日増しに深刻度合い深めておりヴァイト州の呑気さがおかしいらしい。


 では何もなかったということかとなればそれも少し違う。


 王都在籍の上位ランクは最低でも七日に一回はどこかのパーティーが勇者育成の手伝いに同行させられている。


 他のランクの面々は通常通りではあるのだが、交通規制や一部狩場の立ち入り規制を受けているらしい。噂が広まりつつあるとはいえまだ可能な限り勇少年の存在秘匿する気でいるらしいなお偉いさんらは。


 交通規制の中でもヴィッター州方面。特に隣国への出入りに関しては如何なる目的や事情があっても事前に役所へ申請して事前及び事後報告を義務付け出した。


 今の所はあちらの方面に行ったり戻ったりの数は殆ど居ないとはいえ今後の情勢次第ではトラブルの一つも発生するんじゃないかとギルド側は冷や冷やしてるというのだ。


 戦争に向けて少しずつ人や物の出入りを規制していく腹積もりだろうな。


 まず冒険者からなのはあちこち行ってはあれこれ話を不特定多数にする恐れがあるからか。些細な事でも国に関して情報漏らされたくない現れ。


 これは今後は行商人や旅人、更にはそれらに該当しない民間人全般に広がっていくんだろうな。警戒も結構だが相手に不穏さ感じてくださいアピールにならなきゃいいけど。


 少しずつ戦争の足音聞こえつつも今の所はギルドマスター共々早急にどうこうする話がないのは喜ばしいことだな。


 なお書記官の人は明日は当地のギルドを訪問して幾つかの事務的な事を済ませ、翌日にはレーワン家の馬車郡に同行して帰還するということだった。


 次に声をかけたのはレーワン食料・雑貨店本店で副店長を務めてる男。


 店の事に関しては手紙と共に添えられてた報告書に詳細書かれてるのでこの場では問わない。一応店の帳簿や資料とか機密扱いだからね。別ジャンルといえども関係者でない人ら同席してたら言えないよ。


 彼がやってきた目的は下見である。


 王都を発つ前に言っておいた移転の話を進めるために一度ヴァイト州を訪れて当地の様子を直に見聞きしにきたということだ。


 冬が終わる間の滞在ということでこれが終わったら宿を取りに行くという。


 滞在用に州都庁の空き室を一つ貸そうかと提案したが丁重に断れらた。


「なるべく栄えてる区域の近くに張り込んで色々と見てきたいと思ってます。それに地元の商人の話も聞きたいですので、その申し訳ないのですが……」


「なるほど。露骨に私が後ろにいるの意識されでもしたらありのままのものなぞ触れられないだろうな」


 肩書からして繋がり既にあると分かっていても視覚に入るか否かでも圧は変わるしな。ここは俺は余計な事せず黙って本職の好きなように行動させたほうがよさそうか。


 相手の言い分に納得しつつ俺は王都の繁華街を中心に人々の様子なども訊ねてみた。


 執事を除く三人から口々に出てくるのは、まず共通のものとしては現時点では王都とその周辺地域はいつもと変わらずという事だった。


 物価の変動も差ほど起こらず、治安も変わらず、魔物からの害もいつも通り冒険者や兵士らが退治して防いでいる。


 ただ特産品をはじめとして地方から来るべきものの量がいささか減少してるらしい。それも今はワインなどの嗜好品やお高い値のする装飾品の材料ぐらいなので庶民の生活にあまり影響はないというが。


 物流の停滞の兆しとは反対に地方からやってくる人間が増えてきてるという。


 様々な理由で逃げてきた難民流民といったのは現在はほぼ居ないらしく、やってくるのは馬車に詰めるだけ家財詰め込んできた人々。地元では比較的裕福な人達が危険を感じて逃げれるうちに逃げてきたといったところか。


 どこの州からにもよるけど王都まで逃げてくる余力はないだろうな貧困層は。途中で賊や魔物に襲われるのがオチだし、よしんばやってきても多分うちんとこの王様や貴族は追い払うだろうから。


 逆にここまでやってくるだけの余力ある人ぐらいなら当面生活にも困らないだろうと判断するから移住許可与えるだろう。役人の中には賄賂貰って私服肥やしたがる愚者も居るだろうから鴨が葱しょってきたと喜ぶんだろうよ。


 それ抜きにしても王都内はまだえり好みしなければ余裕あるし贅沢言わないなら王都周辺の町でもいいんだろうしな。


 今はまぁ理由はどうあれ受け入れる余裕持ってる。だがこれから増えていくとしたらどうしていくんだろうな。目先の利益しか見てない奴らが数年後顔面蒼白になってるの想像つくわ。


 現状で頭に留めておくべき事はそれぐらいか。やれやれ不穏さは拭いきれないがこれだけで済んでる現状に安堵するのが精神衛生上よかろうな。


 話を聞き終えた俺は彼らに改めて労いの言葉をかけた。これが面会の終わりとなる合図となった。


 うちんとこの執事は明後日には空になった馬車共々ここを発つと告げた。やや急ぎ足で何事もなくいけば今年が終わる直前には王都に戻れるというのだ。


「そうか。行きも無事辿り着けたとはいえ今のご時世だ。帰りも気を付けて無事帰って弟によろしく伝えてくれ」


「畏まりました。ご当主もお身体にはお気をつけくださいませ」


 深々と頭を下げつつ退出していく執事を見送った俺は続きを読もうと手紙を手に取るのであった。





 そんな出来事以外は平穏に時間が経過していき気が付けば今年も一週間残すのみに迫った。


 手紙と共にやってきた荷物は当面は倉庫で厳重に保管しており、情報と物を届けにきた執事らは各々去っていってる。


 こっちの世界にクリスマスとか大晦日みたいな日本的なイベント系ないから新年迎えるまでいつも通りの日常だ。精々今年最後の日に人が集まって今年無事過ごせた事と来年良い年であるようにと祈るぐらいか。


 労働基準法みたいな細々とした法律や制度もないから上の裁量次第で休みの有無が違う我が職場もギリギリまで通常営業だ。流石に年末年始の数日は休ませるがな。


 てなわけで俺も自分とこの執務室でお仕事中なわけで。


「どうせ前世でもロンリークリスマスしてたクチなんだから変わらないんじゃないの今もー」


「くくく、労働の義務を背負いし哀れなるドックよ。終わり迎えし月日のアニバーサリーへのナッスィング」


「うるせぇよ。いつも通り人の目の前でダラダラ遊んだり居眠りしてるお前らに言われたくねーわ」


 目の前でテーブルに足を乗せて寛いでる二人にボヤきつつ俺は一旦手を止めて窓の方へ視線を向けた。


 庭の方では相変わらず腕木通信が大きな音を立てて様々な動きをしているのは見えた。


 当面は州都のすぐ外にある増設されたやつも使っての訓練で酷使しか使い道ないからな。普及していく頃には手慣れた面子を漏れなく配置につかせられたらと思ってる。


 空の方をみると昼時だからか雲が多めとはいえ青空が広がっている。良い天気だがその分寒さも染みるというもの。


 暖炉による暖気を感じつつ外の風景を見ると、去年の今頃は王都にある実家で似たような眺め見てたんだなとしみじみ思い出す。


 勇者が召喚され、節令使に任命され、半ば逃げるように王都から進発して、ド田舎不人気州と呼ばれるこの地にやってきて、それからすぐさま改革や征伐やイベント運営などやっていき、時に別に顔出す必要ない事に関わる羽目になりつつ今に至る。


 我ながら生き急いでるかのような密度だ。こうして風景眺めて物思いに耽るひと時があるにはあったけど、やはりこの七か月で思い出すのは忙しない日々のことだった。


 けれど後々になって思い出せば「あの頃はまだマシだったんだなぁ」と歎息する日が来るだろう。予想ではなく確信だ。


 王都からの情報を考慮すれば予定を少し早める可能性が大きくなったのだ。今でさえ最低限必要なの優先させてるというのにだ。


 願わくばせめて来年は計画発動宣言で大体的な準備からの再来年の春先に開始ぐらいにして欲しいもんだ。というより秘密裏にある程度準備してたとしても急な動員と運用は戦略的敗北フラグだ。


 調子に乗って際限なくなるから勝って欲しくはないが、人命と物資と予算を浪費するから負けても欲しくはないから準備ぐらいはキッチリして欲しい。最小限の被害で撤退してくれよと願うわマジ。


 そもそもやるなよという話なんだけどさ。


 宮廷勤め時代の件で「俺の考え用いないんならもう勝手にしろやボケぇ!」な気分だが、それは王と貴族どもに対しててあって民衆に酷い目にあってもらいたいわけじゃなからね俺は。


 こんな遠くへ来て今更過ぎるがな。ひとまず俺が考えて実行に移すべきはヴァイト州四十五万の民を救うことだけ。シンプルに割り切ろうじゃないか。


 一人勝手に納得して頷いた俺は視線を窓の外から机の前に戻した。


 タイミングよくマシロとクロエと視線が合う。数瞬間を置いて黒髪の少女がいつもの気怠そうな笑み浮かべつつ口を開いた。


「何考えてたのー?どうせ自分の苦労を自画自賛して来年の苦労考えて自己憐憫してたとかでしょー?」


「……あぁそうだよ。まったく自分でやり出した事とはいえやれどもやれども悩みは尽きねぇもんだな」


 その通りなので俺は苦笑気味に珍しく素直に肯定した。


「今年やってる事継続しつつ更にお仕事追加ときたもんだ。さっさと引きこもり環境構築してこの世界の血生臭い馬鹿騒ぎ高みの見物したいよ」


「しばらくはやれそうだけどさー、それがどこまで許されるか分からないわよー?」


「くくく、有象無象のヒューマンな終わりなき願望。救い求めシャウトオブコールな集まりしエスポワールなエスプリ」


「逃げ込んできた人々中心になんとかしてくれと要求する声絶対出てくるぞ。ってクロエが言ってるわ」


「おい馬鹿やめてください。今の時点でそこまで考えたらマジやる気萎えるから」


「あら一応考えては居たんだその可能性ー?」


「当たり前だろ。引き籠って死ぬまでそれが続けられるとか思ってねぇわ流石に」


 憂鬱を隠すことなく俺は深い溜息を吐いた。


「そもそもまずは引きこもり環境完成させないと話にならんからな。来年の目標はまずそれなんとかすることからだ」


「商都とかってとこ行くのもー?」


「うんまぁ経済的な繋がり求めるのもだが、陸路でまだ出歩けるうちに行っておかないとな。状況危なくなれば海路でしか行けなくなるだろうから正直面倒」


 理想としては自己完結出来ればそれに越した事ないとはいえだ、他所の州と連携して安全圏拡大出来ればそれはそれで良い。それを足掛かりに誰かが統一勢力として働いてくれる可能性も出てくるだろうし。


 それにあそこの商人連中の動きも直に確かめておきたいところだ。あんまりにも王都に居る連中とベッタリなら話を無かった事にするのも視野に入れる。貴族共と距離置きたいからここに居るのにまた顔合わすとか勘弁だよ。


 これに限らずやる事が多いな来年。大丈夫?過労死しないよね?メンタルやられまくって鬱にならないよね?


 まっ来年の事は来年の俺に任せるとしてだ。今年の俺は今年の残りで済ませる仕事済ませてしまっとこう。


 来年はいい年になりますように。とかいう陳腐な台詞は言わない。どう足掻いても無理だと分かってるからな。


 だからせめて来年は俺や俺の周りは少しでもマシに生きられますようにと願おう。


 神なんぞには祈らない。けれども誰にとかではなく。


 それを成し得れるかもしれない自分の決意として。


「とにかく来年も忙しくなるんだからお前らもそれなりでいいから付き合えよ居候的に考えて」


「はいはーい了解しましたわ節令使様ー。ついでにその調子で冒険者ギルドとの付き合いもよーろーしーくーねー」


「くくく、一蓮托生。苦難のシェアはディスティニーな決定事項の檻」


「いやそっちはいい加減お前らでなんとかしなさいよ!?節令使だから忙しいのよ俺!?」


「はいはい来年もその調子で付き合ってくれて嬉しいなーそして美少女二人と来年もお付き合い出来るリュガさんも嬉しいよねー。ウィンウィンってやつねー」


「くくく、重畳重畳」


「うるせー馬鹿!暇なら今年終わる寸前まで言語学習してその戯言矯正してこいや!?」


 相変わらずな言い合いをしつつまた一日が終わっていくのであった。


 こんな他愛ない日々で終わっていければまだマシなんだろうな多分。





 王国歴四一九年は幾つもの騒乱の予兆を起こしつつも辛うじて平和な終わりを迎える事となった。


 後に多くの王国民が「あの頃はまだマシだったんだな」と懐かしさを込めて記憶と記録に残される年でもある。


 プフラオメ王国のみならず多くの国々が天災と人災と召喚された勇者達によって搔き乱される事になる「大厄災時代」を迎える直前の嵐の前の静けさであることをまだ誰も知らずに居た。











今年の更新はおしまいです。お付き合い頂きましてありがとうございました。次回更新に関しては24日の近況ノートをお読みくださいませ。

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