第74話今年の始まり~王国歴四二〇年一月初頭~

 王国歴四二〇年を迎えた。


 元旦と言いたくなるが、ここは日本ではないのでそんな言葉も風習もない。


 ただただ新年というだけであるが、前の一年が終わり新たな一年の始まりにはちがいないわけで。


 なんとなく0時に差し掛かった辺りで俺とマシロとクロエ、後はターロンら近場に居た護衛数名と葡萄酒で乾杯した後は早々と解散して就寝。


 そして起きて外の風景を見ても特に新年感じるようなものがあるわけでもない。この時代は割と大雑把なのでこんなものではあると分かっちゃいるけどさ。


 転生してから二十四年経過もすれば今更雑煮やらおせち料理やらで騒ぐこともないし、お年玉とかの単語で心はときめき湧かないとはいえ、実感ないものだなこの世界の新年初日は。


 しかしまぁ去年の暮にも思ったが高望みはせんから今年はまだマシと思える日々を過ごしたいもんだね。


 信じてないような事を信じるのも馬鹿馬鹿しいがそれぐらいのポジティブな気分持ってないとやっとられんわな正直。


 とかなんとかベッドの上でぼんやり考えてると。


「はいあけおめことよろー。早速だけどお年玉くれやがれよー」


「くくく、意味なけれども意義はあるゴールデンマネーの恩恵。様式美のガーディアンは時によりけり」


「いやお前ら新年朝一発目の言葉それかよ」


 新年早々相変わらず投げやりなテンションでどうでもいいと思ってる事を実行してくる二人に俺は溜息を吐いた。


 金なんて有り余ってるぐらい稼いでるし稼ごうと思えば稼げる癖にこういう時だけ未成年ぶるな。現代日本でも成人してもお年玉貰ってる奴珍しくはないとはいえ別にいらんだろお前ら。


 まぁ呆れはしたが怒る程ではない。なので俺はベッドから降りて寒さに震えつつ机の引き出しから銀貨を数枚取り出してマシロとクロエに投げつけた。


「ほらよ。屋台で買い食いするなり教会に賽銭代わりに寄付するなり使えばいいさ」


「あらまー日本円に換算すると微妙にリアルな額をお出しされるとは思わなかったわー。嫌だわー普通のリアクションすぎて今日は折角の新年初日に雨かしらー」


「くくく、リアクションへのリベリオン。らしからぬ事を行いし不吉へ誘うフラグの足音」


「くれてやっても結局何か言うんかいド畜生ども!?」


 我ながら沸点低いと自嘲しつつも結局新年初日の朝からキレツッコミだよこの野郎め。


 今年もこんな調子だと思うと頭抱えたくなるなおい。





 初日は官民共に最低限の人員が働く以外は概ねお休みだ。


 州都の至る所では新年の挨拶を交わし合う人らで賑わっており、それを狙った露店商らがかき入れ時と言わんばかりに初日から売り込みをしてたりする。この辺りは世界や時代は違えど万国共通の風景だ。


 地元貴族組も家族や親類縁者との集まりで家に居るしそれ以外の有力者も自分とこの挨拶回りをこなすのに忙しい。


 俺も流石に元旦(俺の感覚で評したらそう言いたくなるわけで)ぐらいは仕事休みにしてのんびりモードだ。ターロンら常日頃護衛してる面々にも休暇を与えてる。


 とは言うが節令使があちこちうろつくのも体裁と言うものがあるので基本的に自室で寝正月となってしまう。


 執務室には暖炉があるが元々物置みたいな部屋だった自室にはそんなものはない。火鉢を二つ持ち込んで換気に気をつけつつ部屋を暖めてる。


 この国より北にある国々ではオンドルのようなもので暖を取ってるというし、この世界も探せばそれなりの暖房技術存在するのは確実。数年後ぐらいに州都庁改築でもしてみる際に取り入れるのも悪くないかもない。


 火鉢のぬくもりが部屋を包む間は厚着で寒さを凌ぎつつ俺はそんなことを考えたりしてた。


 身近な未来予想図に思いを馳せつつ俺はいつものようにマシロとクロエとゲームをやったり他愛ない話をしたり、あらかじめ作り置きしてた料理と酒を飲み食いしつつダラダラと元旦を過ごした。


 寝る前に熱い風呂に浸かりつつ、来年以降も元旦ぐらいはこんな過ごし方したいなとささやかな願いを抱いたものだった。


 二日目からは新年気分はまだまだ続いてるとはいえ俺を含むそれなりの地位にいる奴の仕事はスタートする。


 と言っても節令使の俺は数日ほどは書類決済や指示出しよりも挨拶に出向く面子にただ頷くのが主な仕事となったりする。


 この地では一番偉いから避けられぬお仕事である。付き合いもまた働く社会人の義務みたいなものだ。


 新年のあいさつ応対の最初はリヒトさんら地元貴族組だった。


 正確にはヴァイゼさんとヴェークさんの二人は不在である。前者は生家のある港町にて地元民との付き合いの為で後者は新年早々要塞建設の方へ赴いてる為。


 後日改めて挨拶に赴いてくれるそうで個人としては御足労おかけして申し訳ない気分になるが、公人としては「うむまかせる」と頷くとこかな。


 応接室にて形式的な新年の挨拶を交わし合いした後は茶でも飲みつつ軽く雑談である。


 去年に引き続きリヒトさん達には何かと協力してもらうことにもなるし、今年は予定通りなら商都へ赴いたりと州外出る事もあるので留守を頼むこともある。


 なのでこうやって交流する機会は少しでも持っておきたいわけだ信頼関係築く的な意味で。


 とは言うものの他愛ない雑談とはならずどこかしらで仕事絡んでる話題になるのは如何ともし難い。


 この時代の冬場だから暇と思われがちなザオバーさんも例外ではない。というか農業だけなら貯蔵関係の話ぐらいだろうけど一次産業規模でともなればそれなりに話す事もある。


 ヒュプシュさんの方も職人や冒険者に四季など関係ないので割と二日目から通常業務中という。薬草採取や冬場で移動が制限されがちなので依頼少ない護衛クエストはともかく魔物はそんなの関係ないから討伐は絶え間なくだ。


 でまぁそれらの取り纏めや付き合いなどでリーダー格のリヒトさんも仕事の種には困らず。俺を除けばある意味ここで一番忙しい人かもしれん。


 苦労話を交えながらの報告など聴いてるだけで時間はあっという間に過ぎてしまった。


 リヒトさんらは新年早々自分らだけ長話も申し訳ないということでキリの良いとこで話を打ち切って退出してくれた。


 王都の貴族にありがちな自分本位ではないのは本当にありがたい。今後ともそういう節度ある配慮お願い致しますねな気分だ。


 ただまぁ帰り際にヒュプシュさんが。


「レーワン伯。急ぎではないのですがもう少し公務が落ち着かれましたがお話したいことがありますので。マシロさんとクロエさん共々よろしければで。出来れば今月中にでも今一度じっくりとお話したいと思っておりますわ」


「……」


 顔は笑ってたが目は獲物を狙うそれな感じのヒュプシュさんからの軽く圧のある発言に俺は曖昧に頷いて見送った。


 去年の格闘技大会以降は何だかんだでお互い忙しかったし、ヒュプシュさんも夏場のクラーケンの一件もあったから自制してたとはいえ、いよいよ逃げるのも苦しくなってきたなぁ。


 いやそもそも俺がどうやって追及交わすか頭悩ませる必要性ゼロだからな。俺の背後に居る存在自体が出鱈目なAランク冒険者二人が悩んで決断することだからなコレ。


「……ちなみに訊ねるが、お前ら去年の夏以降ギルドに顔出してる?」


「えっ、なんで顔出す必要あるのー?別に私ら用事ないんですけどー?」


「くくく、不要無用のロンリネス。塵芥に等しき空虚な地位に未練なきフリーダム」


「OKわかった。なんであんな催促してくるか今ので理解したわ畜生」


 不思議そうな顔して即答かましてくる二人に俺は額を抑えて呻いた。


 用件抜きにしてもAランク冒険者が数か月近く顔出さないとかギルドマスター的に注意喚起の一つもしたくなるわけだ。


 資格失効や剥奪しても痛痒感じないだろう性格なのはあちらもある程度把握してるだろうから俺に語り掛ける形で言ったわけだよ。こいつらというより俺に遠回しに催促してるわけだよこれ。


 気持ちは分かるけどもう俺経由せずにもう少しそこのド畜生二人とコンタクトしてくださいよギルドマスター。


 頼むから節令使という地位に居る俺を冒険者稼業に巻き込まんでくださいよ。


 心のどこかで叶わないであろうと諦めがありつつも切なる願いを胸中につぶやくのだった。





 少し休憩を挟んで次に対面したのはモモと平成の二人である。


 個人というより部族側の代表としての訪問であり俺もいつもの執務室の方ではなく応接室での対応をとった。


「今年もよろしく頼むぞ節令使殿」


「あけましておめでとうございますー。って日本人的な意味の言葉が通じる相手が居るだけでちょっとホッとしますね。いやー正月とか元旦とかがまったくないことで日本じゃないの改めて実感しましたわー」


 いつものように気難しい顔して頭を下げるモモと挨拶しつつ今更ながらなボヤきをする平成。相変わらずであり今年もこんな調子であろう二人である。


「聞くところによれば年終わり前に族長から手紙が来たそうだが、息災であるかなあちらは」


「あぁ皆元気にしてるそうだ。分配金の使い道を如何様にするかの話し合いで年を越してしまいそうだと書かれていた。あとは今年は機会あればまた一度会って話したいとも」


「去年言ってた新規加入部族の件や麓の交易所の件やで話し合うべきことはあるが確かに。しかしこちらも現状多忙だからな当面は治安維持に注力して欲しいと返事に添えてもらいたい」


「承知した。何分ゲンブ族はじめとする面々も新しくなろうとしてる現状に合わせるので低一杯だろうから恐らく納得はしてもらえるだろう」


 などと挨拶がてらの会話を受けてから初めに訊ねたのは年末年始の部族部隊の面々の事。


 何せ生まれて初めて自分の集落以外でしかも人の多い街とくれば不安なり浮足立つなりしてそうなのでちとばかし気にはなっていた。


「とりあえず私が見聞きした範囲内では大人しかった筈だ。滞在最初の年でもあるし今まで見てきた村や町とはかなり違う場所ということもあって様子見してる者ばかりだったぞ」


「そうですね。まぁ精々商店に酒や食べ物買いに出歩いたぐらいですし、そっちに騒ぎの話来てないなら多分大丈夫だったんじゃないんですか」


「去年の大会のお陰で出歩くぐらいなら問題ないがやはり羽目外すには躊躇い残るか。うんまぁこちらとしては最初ぐらいは騒ぎ起こさずに越した事ないわけだがね」


 今年からは更に距離感縮めていってもらいたいもんだな今後を踏まえたら。


 部族側も新年に差ほど奇をてらったような行事をするわけでもなく、ここと同じで祝いの言葉を言い合って酒宴開くぐらいだそうだ。


 平成は初詣代わりにここに来る途中アラスト教の教会寄ってお参りしてきたらしいが、やはり寺社でも日本の神社や寺でないと違和感はあるそうだ。


「新年早々神に頼る様な軟弱さがあるとは嘆かわしいことだ。ヒラナリは今年はもっと鍛えないといかんぞ」


「いや別に信心深いわけじゃなくて日本人的なお約束なだけですんで。あと僕ぁモモさんに同行させられてるだけでもお腹いっぱいなんで勘弁してくださいよ」


「今年以降どこに行くかも定かではなくなるかもしれんのだからつべこべ言わず鍛えろ。手始めに私らの訓練にお前も付き合え」


「拒否権ないとかもうやだこの脳筋さん」


「じゃあまずさー平成太郎ランニングから始めるー?私らがバイクで追い回すから轢かれないように逃げ回るのー」


「話聞いてました!?あとそれ遠回しに死ねって言ってるという解釈しますよ!?」


「くくく、修行とスパルタの紙一重。獅子の瞳に映りし車両の迫真のファントム」


「いやせめてそんな体罰じみた特訓だけはやめてくれません本当に!?」


「まぁまぁ人には向き不向きあるだろうから程々にな。それはそれとしてモモの前半部分の発言は賛成だ。せめて同行する体力ぐらいは作っておけよ」


「えっでもそんな遠出するようなイベントないですよねリュガさん。幾ら僕でもこんな糞寒い季節にあちこち行けるような世界でないぐらい知ってますよ」


「遠出の定義にもよるが、数日ぐらい出かける程度のイベントなら早速あるんだなこれが」


 俺がそう言うと全員の視線が集中する。


 無言の促しと解釈した俺は話を続けた。


「回廊要塞建設の進み具合を見に行くんだ。頼んでから半年ぐらい経過してるから一度状況確認をな。それに……」


「それに?」


「新年頭から不吉な事は言いたくはないが今年か来年あたりかで状況悪化する予感がするんで、完成度次第では発破かけにいく目的にもなり得るんでな」


 去年届いた手紙という名の報告書からしていよいよ地方と呼ばれる所が皺寄せから生じる混乱が益々顕在化してくるのは明白である。


 俺の計画だと五か年計画ぐらいの尺で取り組んでやろうかと考えてたのをやや巻きに入らせる必要が出てきたのだ。


 ヴェークさんの求めに応じて人や資材を優先的に回してるとはいえ、横幅だけでも1.5㎞もあるからそこをひとまず封鎖するだけでも手間というもの。そこから同じ幅の高い壁作るとなればデカい城一つ築城するようなものだしな。


 進みが遅くても仕方がないし理解するが、それでもあえてトップが視察することで無言の催促としていきたい。


 今日明日にでも役人を何名か先行させてヴェークさんら現場の人間に告知。俺は来週辺りに資材運搬する人らに同行して回廊へ向かう。


 で、一しきり見て回って責任者らから話を聞いた上で年内目標を提示して発破をかける。州都へ帰還する日数込みで一週間ぐらいは見るべきだろうから遠出にはなるなうん。


 俺の説明にモモが小首を傾げた。


「つまり節令使殿に私やヒラナリを同行させるわけか?直属の護衛は居るだろうに」


「何も全員連れていくわけではない。君や平成含めて十数人を俺の護衛部隊に組み込むだけだ。色々見聞していきたいのなら回廊行くのも悪い話ではあるまい」


「それもそうだ。大山脈近辺と州都とその近場ぐらいしか知らない身としては少しでもこの地の事を知っておきたいとこだな。わかった私とヒラナリ以外の希望者をすぐにでも募ってみる」


「どう足掻いてもモモさんとワンセット扱いなんですね僕……」


 新たな地へ足を踏み入れる好奇心を隠さないモモと面倒事な予感を嗅ぎつけて頭抱える平成。


 巻き添えの身としては余計な事してフラグ建てたくないという気持ちは分かるが諦めろ。それに視察するだけでトラブル起きてたまるか……多分な。


 大事になるようなことは無いだろうけどちょっとした事なら起こりそうなので歯切れが悪くなる俺。


 そんな現代人と元現代人の心境を嘲笑するかのように生暖かい笑み浮かべて肩を叩くマシロとクロエ。


 節令使の公共事業の視察発表と同行要請のやりとりの筈なのなんだがなコレ。


 相変わらずという程でもないがブレないこの雰囲気をいつかは頼もしく思える日が来るのだろうかね。


 という事を反発込めて邪険に手を払いのけつつ俺は考えるのであった。


 とまぁこのようにして新年初の通常業務以外のお仕事を始めることとなったのである。


 王国歴四二〇年初頭はこのようにして過ぎていく。

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