第72話王都からの手紙二回目
先行してきた兵からの報告で数時間以内には州都へ到達予定ということで、俺は声の掛けれる範囲で人を呼び集めて迎え入れの準備を執り行った。
とは言うものの御大層なものではなく守備兵に来たら無条件で通すように伝達や州都庁内で迎え入れる為に軽い交通規制を設けただけである。
それでも数百人の人間が一度に押し寄せ更に伯爵家の紋章掲げてるとはいえ州都庁へ招き入れるとあって建物内には軽い緊張が走ってる。
当の俺はと言うとそれには感応せずに執務室にて冷めきった茶を飲みながら首を傾げていた。
時期的にも相手的にも何かしら王都から来るとしたら弟のヒリューからのものだろう。だが手紙だけではないとは何を持ち込んだのやら。
本人や家族が同行してるなら事前に連絡よこしてる。少なくとも出迎える準備の日数念頭にいれるぐらいはする。
何故かといえば、俺達兄弟の数少ない共通点の中にサプライズ行為に関して厳しめなとこがあるからだ。
世の中サプライズと言い張れば何をしてもいいし黙って何でもやっていいと思う馬鹿は一定数居る。サプライズそのものは否定しないが事前に言って貰いたいこととの区別は点けて欲しいものだよ。
俺と考えを同じくしてるヒリューなればこそ黙ってここまで来ましたという真似はすまい。しかしそれはそれでじゃあ一体実家から何を送ってきたのかという問題に戻る。
ここで考えても仕方がないがな。どうせ数時間後には答え判明してることだし。
念のために兵士を呼ぶか。と、役人の一人に尋ねられたがそれを即拒否しつつ俺はなんとなく片手で頭髪を掻くのであった。
報告を受けてから三時間後。
間もなく一団が州都庁に到達すると報告を受けた俺は庭の方へ案内しろと命じつつ席を立った。
半歩後ろからマシロとクロエ、更にその後ろからターロンら私兵部隊数名が俺の護衛として付き従った。
他の者らには気にせず通常業務続けるように言っているが、道行く人らは好奇と怪訝の混じった視線をこちらに向けつつ出入りしている。
そんな視線を受けて待つ事しばしして州都庁の門を潜る一団が俺らの視界に入ってきた。
報告にあった通り、荷物を多く乗せてるであろう十数台の馬車にはそれぞれ我がレーワン伯爵家の紋章がドアに掘られてたり後輩部に旗が靡いてたりして存在感を示していた。
人に関しては半分は護衛として来た我が家の私兵も居れば、傭兵や恐らく王都やその周辺で活動してる冒険者などの混成である。もう半分は荷物の積み下ろし要員の者達か。
共通してるのは皆の表情。「こんなド田舎に来る日がこようとは」「思ってたより街とかマトモでビックリしたわ」という割と失礼だけど強くも否定出来ないような感想言いたげな顔をしてる。
人や物をそんな風に見物してる最中だった。一台の馬車から転がり出るように数名の男達が降りてきてこちらへ駆け寄ってきた。
「ご当主様ご無沙汰しております。お元気そうで大変嬉しゅうこざいます」
そう言って深々と頭を下げてきたのは実家に居た頃は毎日顔合わせていた執事の一人であった。どうやらコイツがヒリューの代理らしい。
左右に居る男らも俺が王都に居た頃に面識ある者達であった。
俺が経営者してる店の副店長、不良神父の付き人、王都の冒険者ギルドの書記官。出向けば必ず同席ないし面識を得ていた面々であり、人選があからさまに俺への用事向けである。
一しきり挨拶を交わし合った後、とにかく俺は話を聞こうと執事らを応接室へ招き入れることにした。荷物に関してはひとまずターロンらに監督してもらいつつ都庁地下の倉庫へ運ぶことに。
最初は同席に恐れ多いと遠慮してたが俺が再三言い含めてようやく執事たちは椅子へ腰を下ろした。
「で、運び込ませておいてなんだが、あの荷物の山は何なんだ?」
従者が俺と客人らに茶を提供して下がったタイミングで俺はストレートな質問を発した。
直球勝負な発言に対して執事は即答はせず懐から手紙を出して無言で差し出してきた。
受け取って署名を見ると我が弟の筆跡で書かれた名前がある。これだけなら報告書がてらのお手紙ではあるな。
「今から手紙を読むからお前らは私に気にせず茶でも飲んで待ってろ」
目の前の面々にそう言って俺は早速手紙に目を通し始めることにした。
背後からマシロとクロエが興味あり気に覗き込んでくるのを無視しつつ読み進めると以下の通り。
最初の一枚目は時候の挨拶含めてお約束の事が書かれてたので前回同様スルー。無論後で一人の時にゆっくり読ませてもらうさ。
本題となるのが二枚目であった。
荷物の中身はレーワン家が所持してる美術品や骨董品の類。実家の倉庫に置かれてたうちのほぼ半分がやってきていた。
絵、机やタンスに置ける大きさの彫刻、壺、先祖伝来の宝飾品など運びやすいものが中心だった。どれもこれもちょっとした額の金貨積む価値がある一品ばかりなのは流石貴族といったところか。
それはいいんだが、俺はそもそも当主権限でそれらは全てヒリューに譲るとした筈だ。俺は今のところ軍資金に成り得るお金にしか興味なかったから。
王都を発つ前に再三言い含めていたしアイツも承知したものと思ってたのだが。
疑念は文面を追ううちに晴れていった。
最初は俺の言う通り自分の所有物と心得て管理していこうとしたらしい。現に最初送られてきた手紙にはその件に関して触れてはいなかった。
しかし夏が終わる頃に改めて在庫管理を行ってる際の事だった。我が家の薄暗い倉庫部屋に積まれてる美術品の数々を眺めてるうちに弟は昔の事を思い出したというのだ。
遡る事十数年前。先代は健在で俺も十歳をようやく超えた頃。
俺とヒリューが探検と称して倉庫へ共に入り込んだ時だった。特に興味なさげに美術品を見回った後に俺は腕を組みつつ弟にこう言ってたのだという。
「父上はこれらは先祖から代々伝わってきた価値ある品々だと他所の貴族連中に自慢してたが、価値があるなら拝観料でも徴取してもっと多くの人様に見せればいいのにな。こんなとこに所有者がたまに来る程度とは物も部屋も勿体ないもんだ。俺ならもう少し有効活用してやれるものを」
前世の記憶や知識あるからといって我ながら十や十一で放言することじゃないな。信頼すべき弟以外の身内に言ってたら説教案件だよマジ。
とまぁ今となっては小生意気な発言で赤面したくなるが、我が弟はそんな兄の発言が頭の片隅に残ってたらしい。
今のままだと自分も活用しようがない。考えが浮かばないのもあるがあったとしても振るう機会がない。
たまに親戚が自尊心満たす目的で陳列されてるものを見に来る程度だから確かに勿体ないだろう。
だから自分よりも活用出来そうな兄へ譲渡することにした。なにせこれらの所有権は自分にあるのだからどう扱おうが当主である兄ですら口挟めないから問題はない。
一気に全て運び出すのは不可能なのでまずは比較的持ち運びやすいものを中心に送り付けていく。将来的に全て兄の所へ持っていこうではないか。
親類縁者や付き合いある貴族が何か言い出す心配?譲渡先が当主とはいえ敬遠されてる我が兄リュガともなれば騒ぎ出す恐れある?
いやいや陳列されたお宝でお家自慢して自尊心満足させたいだけだから目に見えるぐらいのが残ってればいいのです。何があるとかどれほどあるとか細かいことなぞ把握もしてなければする気もない方々ですからね。
もし誰かが疑念に思われて問い詰められても「当主の指示です」で押し通してみます。
それ以上ともなれば当主の御意向と所持者の権利を侵害してるという理由で王宮へ訴えるのをチラつかせてみようかと。ここに至るまでの度胸が私らの身内に居ればの話ですけどね。
地元住民から拝観料徴取しつつも惜しみなく美術品の数々見せる事で何か良い変化があれば品々も喜ぶことでしょうから存分に利用してください。
確か「美術館」でしたか?昔兄上が仰ってたものがどのような形で彼の地で成り立ってるのかいつの日かこの目にするの楽しみです。
……文章の内容を意訳込みで表すと以上のような事が書かれていた。
おっとりとした風な温和の擬人化みたいな男だが流石俺の弟だけあって変なとこで思い切りがあるな。
あと軽い毒籠ってるの見ると俺が去った後の親類縁者らの調子乗りっぷりが察せられる。アイツらホント着飾った屑だなおい。
しかし美術館か。
弟からの言葉に俺は内心唸った。忘れていた事を指摘された気分だった。
構造としては考えはあったのだ昔から。経済的でなく文化面での発展も必要要素だからな。心の豊かさもなければ余裕なぞ生まれないわけで。
ただ俺の場合は書物による知識取得を重視していた。
図書館建設する為に前々から各地からあらゆる本を可能な限り収集させたり、この地でも数年以内に小規模でもいいから図書館開設をと計画もしていた。
最初は盗難を考えて持ち出し禁止など制限つけるがゆくゆくは俺らが知る図書館みたいなのが目標だ。誰もが自由に文字を読み文字に親しみ知識を得ていく。それはとても素敵な事だと思ってる。
けれども美術館は割と後回しに考えていたのだ。実用性重視といえば聞こえはいいけど、文化発展考えてるなら芸術の芽も育む下地は用意しないと駄目なわけで。
余裕出来てから地元で絵を描いてる奴の展示したり近隣の州から適当な美術品買い取って展示すればいいぐらいの適当な心掛けだったのを白状すると共に芸術の神様が存在するなら謝罪したい。いや本当に雑ですみませんでした。
ヒリューの行動によって半ば強制的に目が覚めた気分になった。ここまで背中推されるような真似されたらやるしかなかろう。
今すぐには無理だが、図書館建設開始と並行して行わせよう。なんなら併設という形でもいいかもしれない。五感全てをもって学ぶという場を作るならな。
ともかく手紙を読んで弟の意図を理解した俺は手紙から顔を挙げて執事の方を見る。
「返信の手紙をしたためはするが、お前からも私が深く感謝していたことを弟に伝えてもらいたい」
「畏まりました」
一礼する執事に頷き返しつつ俺は再び手紙の方へ視線を戻した。
三枚目からはお待ちかねの情報収集の結果だ。
まずは異世界召喚されてきた勇者である勇少年の近況からだ。
相変わらず王都を拠点として騎士団や上級冒険者らの援護を受けつつ魔物退治で経験値稼ぎの日々を送ってるらしい。
幾度もやってれば厄介案件、少し前ならマシロとクロエが暇つぶしに適当に退治してた類の高ランクの魔物にも遭遇するがそれもなんとか倒せてる。
そしてそういうのを退治してれば魔物の跋扈に悩まされてた人らから感謝されるようになり噂が波及していく。手紙と品を携えた一団が発つ頃には勇者の存在が噂段階とはいえ王都中に出回り始めていたというのだ。
勇者としては着々と外堀埋められていってるが、少年個人は相変わらず素直に喜ぶよりか困惑と些かホームシック的な気落ちの影が遠目からでも見受けられたという。
転生や召喚でありがちな「俺強ぇぇぇ!」な有頂天になってるよりかは健全であるがあまり後ろ向きすぎて鬱になられたら大変だな。しかしその辺りは傍に侍ってる姫騎士と対魔人がケアしてると思いたいとこだが。
で、どうやら人間関係で動きもあったらしい。といっても進展ではなく新たなラブコメ要員の加入だ。
今度来たのは幼少は悪徳令嬢として悪名あったが改心して今や教会から聖女の称号を貰ったという子爵家の御令嬢だとか。
また設定盛ってる奴きたよ。うちの国の貴族令嬢はベタなギャルゲー育成場通いでもしてるんかと言いたくなるわ。
この一文見た瞬間に思わず手紙をゴミ箱へ叩きつけたくなる衝動に駆られたが我慢して続きを読むことにした。
グレイス・フォン・ホリネス。ホリネス子爵家の令嬢でありアラスト教会公認の聖女の一人である。
この世界の聖女は世界にただ一人のなんか凄い能力持ちの女性。というわけではなく、法力に長けており心身や振る舞いなどが神の使徒として相応しいと見なされた者に与えられてる称号だ。
バーゲンセールの如くワラワラ居るわけではないが一国に一人は最低限存在している。無論我が国にも彼女を含めて五名居る。
年齢は確か十代後半。年齢考えたら優秀な女性には違いない。修道院にぶち込まれる前は貴族社会で横暴かつ不遜な振る舞いのある悪徳令嬢として悪い意味でちょっとした有名人なのも踏まえれば短期間で改心からの聖女昇格だからな。
そんな彼女がまぁ色々あったのか知らないが勇少年に惚れ込んで押しかけてきてベタなハーレムラブコメ時空が発生してるわけだな。
モテ期だねぇとからかうには勇少年の境遇は重過ぎる。こんな事してる余裕があるのか怪しいものだ。ただでさえ現代人(一部除く)には中世文明は適応厳しいだろうに。
願わくば修羅場ってもいいから少年支えるのだけは疎かにしないと欲しいものだね。
被害者である勇者の前途を憂いつつ俺は次の情報に目を移した。
日々追う事に深刻さを増してる北部に関しての情報である。
王都とそれを支える州が無事ならまだ大丈夫だろうとか思ってそうな王宮の面々も流石に看過出来なくなったのか対策に乗り出すことを決めたというのだ。
王都や近隣の駐屯所にある備蓄食料の何割かを放出すると共に軍を派遣して現地の節令使指揮下の兵達と連携して賊討伐を厳しく行う。
古典的かつベタであるが現時点で手堅い対策ではある。根本的解決ではないがひとまず沈静化させない事には手の打ちようもない。
判断そのものは正しい。しかし文章読んでいくうちに俺は小さく舌打ちをすることになる。
北部三州に均等にやるのではなく振り分け的に一州に多く与えて残り二州には焼け石に水程度しか持ち込まないというのだ。
しかも一番被害が深刻なクレープス州にではなく比較的持ち堪えてるヴィッター州へ多めに配分するというのだ。
一番厄介なとこ以外をひとまず先に沈静化させてその後に集中して対処するという方針ではない。ならユングフラオ州も同様に早々と救済させるべきなのだ。
そもそも北部は今年含めてここ二、三年冷害に喘いでるのだからまだ余力あるうちに優先して救済にあたるべきなのに何故こんな愚策をやるんだよ。
まず疑ったのは人間関係だった。よくある縁故的なあれそれで優先順位決めるってやつですわ。
けれど俺はしばし考えてそれではないと判断した。
ヴィッター州の節令使はスターベン将軍という老年の男であった。他はともかく国境接する州は基本的に軍隊側から出してるしな防衛的な意味でも。
歴戦の宿将といえば聞こえはいいが、俺の耳に入ってくるのは有能ではあるけど長所が相殺されるぐらいに融通の利かない頑固親父という評判だ。
野戦指揮官としてはそこそこ信用出来るが政治や統治には向かないタイプ。それでも平穏な世の中なら配下に属してる文官らに一任してれば無難にこなせていただろう節令使の職務も。
だが今の世の中で尚且つ不穏な現況では柔軟性の無さは致命的だ。なまじっか経験豊かな年寄だから人様の話なぞ国王の命令とかでなければ聞く耳持たないだろう。
そんな男の取り巻く関係。頑固な性格が良くも悪くもに作用してるので政治的派閥に組み込まれた話もなければ貴族との遠戚関係もない。
ただ政治的な繋がりが直接なくとも間接的にはあり得る。軍隊内で付き合いある奴がどこかの派閥に属してるとなれば一応属してると解釈はされよう。
しかしまぁそんな心もとない繋がりだけで贔屓するとは思えない。なので俺としてはもう一つの可能性の方が納得出来そうだった。
ヴィッター州と国境接してる国はパクレット王国である。別にここ何十年は互いに戦争とかせずに普通に交流あるお国だ。
あそこも前々からきな臭い話は聞き及んでいる。密偵らからの報告待ちではあるが下手したら駄目な意味で我が国より状況が一歩先んじてる可能性がある処だ。
うんまぁつまりだ。
ぶっちゃけた結論だけど狙ってるよねうちんとこの馬鹿野郎連中。自分とこ棚に上げて「付き合いあるけどさ、あそこ駄目駄目だから今から攻めたら楽に勝てるんじゃね?」とか考えてるよね絶対。
外征するならヴィッター州が出撃拠点であり一時的に王侯貴族共が大本営構える予定地になる。そこで民衆蜂起や賊の跋扈や社会的不安定から生じる様々な難事とか対応したくもないよね。
あとついでに勇者様連れていくんだからその際に自国の都合の悪いとこ見られたくないという見栄張りたいに決まってるんですよ
今のうちに無理矢理にでも安定させて進軍に影響でないよう地ならししようとしてるわけですよ。
なんかこめかみ付近から軽い頭痛してきたぞ。
前々から予感していた事態がついに目に見える形で姿を見せてきた。
そんな事をしてる場合じゃないだろうに。
所詮庶民共が一時的な感情を爆発させてるだけで自分らが少し脅せば大人しくなる。とか傲慢な考え根付いてるからこんな愚行やろうとしてるんだ。
いつ手遅れになってもおかしくない問題を無視してやるのが単に隙がありそうなとこに押し入り強盗まがいな事。人としても国としても良識や常識が寝込むやつだぞおい。
流石に数か月後にはやるとかな真似はせんだろう色んな準備考えたら。しかし二年三年と待つわけではないだろうから来年の今頃どうなってることか。
国の将来憂える気持ちもないわけではないが、それ以上に最低限の備えを急がせるには来年も多忙が約束されたことに俺は暗澹たる気持ちになった。
眼前の客人らから怪訝な顔をされるの承知で俺は肺の中の空気が空になる勢いで盛大な溜息を吐き出したのだった。
今年も終わりそうな時期ぐらいは心穏やかに過ごさせてくださいよホント。
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