第58話交流x格闘技大会(開催前日)

格闘技大会を直前に控えて州都はそこかしこでいつもより賑わいを見せていた。


 入場券は発売日当日に完売。立見席用の予備券も次の日には売り切れてしまった。


 なお購入に際しては名前及び住所を記入させ幾つかの注意事項が書かれた同意書にサインしてもらってる。


 当然転売対策だ。転売屋死すべし慈悲はない。


 比喩や冗談でなく俺は真面目に「転売行為禁止。行った者は即日死罪」と同意書に記している。なにもそこまでせずともと多くの者が訝しんだものだが無言の圧力で押し通した。


 転売で金稼ぐ奴らへの嫌悪感は現代日本人組は理解してくれたものの「即日死罪って嫌な思い出とかあったんか」とツッコミいれられはした。


 俺が直接被害あった経験はないんだが、前世で転売の話題聞く度にハイエナのようだと言ったらハイエナに失礼なぐらいにけしからんという気分が燻ってたなんとなく。


 どんな言い分しようが一円でも利益得てるならその時点で自己弁護の詭弁だろうし、そもそも定価で行き渡るような物を買い占めて不当に値を釣り上げてる奴らなぞ痛い目見るべきだろ常識的に考えて。


 などと前世でイラッとした事柄をここぞとばかりスカッとさせようとする俺のやり方はともかくとして、物騒な警告をしたというのに完売は幸先が良い事だ。


 野外会場の方も無事完成している。ベタだが連日共に作業していたからか部族側とこちらの兵士らも始めた直後よりかは歩み寄ってる気がする。


 あくまで目に見えた範囲で判断してるので錯覚かもしれんし、まだ兵士全てと誼持ったわけでもないので油断はしないよう自制はするけどな。寧ろこっからようやくスタートだわこれ。


 会場周辺にも屋台村や小規模とはいえ屋外劇場らしい舞台も完成間近であり、前日からは権利獲得した商人や料理人らが資材搬入開始する予定である。


 利用規約を守り尚且つ使用料払えば素人だろうが誰にでも。という方針で行きたかったが、何分今回初めてなのでリヒトさんらの紹介で参加要請した経験者のみで固めた。


 基本的に自分の店を切り盛りしてる面々なので露店での商売を珍しがってくれて乗り気なのがありがたい。そして俺がスポンサーしてるレーワン食料・雑貨店も出店する。


 とはいうものの売り出す品はどれも既に州都でも広まりつつあるものばかりであり、新商品開発もまだ少し先の話なのでそのまま出すには地味である。


 というわけで今回看板に偽りありとなってしまうが雑貨のみの販売だ。


 幸いというか節令使という特権活用というか、売れそうな物を揃えてるつもりだ。なにせ山岳部族の皆さんに送ってもらった地元物産の数々なのだから。


 何が売れるか分からないのでとにかく「ここでしか入手できなさそうなの片っ端から送ってくれ」と、支援金増額了承の手紙と共にリクエストしてたのだ。


 ターオ族長らもコレが交流の一環となることや増額に恩義感じて気前よくあれこれ送ってきてくれたよ。


 この件に関してリヒトさんらに「それは少しズルいですな。というより民間で売る前に私らが一通り買い取りたいんですが」と軽く苦情言われたが、幾つかの品を譲渡することで今回は落ち着いてもらった。


 一応今後お付き合いしていく人らのお披露目と交流も兼ねてるので一人でも多くの州都民に物産手に取って貰いたいからね。物欲からでもいいからまず興味持ってもらわんと。


 多分大丈夫と思うが念の為に点数制限はつけるつもりだ。これも前世の転売の話題になるが、開始早々先頭の奴が制限つけてないことをいいことに買い占めたというちょいと胸糞悪い実例があるからこちらの世界でも警戒はしてしまう。


 何度かやってれば、悪知恵付けた奴があの手この手でやらかしてくるかもしれんがひとまず様子見しかあるまいよ。


 まぁ自分の想像で勝手に不機嫌になってても精神衛生上よろしくはないのでこの件は流れにまかせるとして。


 州の各県からチラホラと人がやってくるようになってたのでそれの対策にも追われてる。


 初めての事とはいえ大きい祭りを催すという認識は持ってるからか、金銭的事情が許す範囲で早めに来ようという考えの持ち主はこの世界のこの時代にも相応に居た。


 普段は近場の町や村から来た者や流れの旅人の類しか利用しない宿はここ最近はどこも満室で嬉しい悲鳴を挙げているとか。


 商魂逞しい奴だと自宅の空部屋に寝床一式だけを置いて臨時宿屋やってると聞いてる。名称や系統建てるとかされてないだけで民泊の概念はどの世界どの時代でもあるもんだねぇ。


 トラブルや法律違反犯さない限りはこちら側はスルーする。正直州都外からの来訪者数が未知数なのでどこまで準備していいか分からなかったからこういうのでカバーしてくれるならありがたいぐらいだ。


 一時的に人口が一割二割ぐらい増えるとその分治安維持も大変となる。当日など盛り上がる民衆が勢いでなにかしでかすこともあるだろう。


 自警団だけでなく軍からも幾らか兵を向かわせるし、冒険者ギルドには通常より割り増し報酬提示して治安維持活動への参加を依頼してる。


 これでひとまず大丈夫だろうけどそこも後日の課題になるだろう。まったく初めてとはいえ後日に宿題増やすような真似して自分を苦しめてる現状に苦笑いしてしまうわ。


 治安といえば風紀乱しかねない賭博に関して。


 お上、つまり節令使である俺が低レードで取り仕切る以外は違法行為という布告を既に出してるので、見えないとこでコソコソやってる少数を除けば大体の賭け事好きは此方でやってる賭場に殺到してるのが現状である。


 個人戦の出場選手は既に告知されており、情報屋の類なぞはここぞとばかり些細なのでもいいからと出場者の情報を集めては売買してる。それらを基に予想屋が会場付近に建てられた臨時の賭場前で客らのギャンブル魂を煽り立ててる。


 モモらの宿舎にも確認出来るだけでもこれまでに三、四回はそういう仕事してそうな奴が周辺を徘徊してた。


 害があったとか不法があったわけではないので無視してるが痛くもない腹を探られてるようで落ち着かないとモモが嘆息していたのを覚えてる。


 本戦出場するからには好成績を残すし可能ならば優勝だと意気込みはあれども、それ以外では特に変わりなく宿舎内のグラウンドで鍛錬に励むモモ達。まぁ格闘家や拳法家じゃないから独自色強い特訓とかやるわけでないしな。


 州都内の至る所で選手らが何かしら鍛錬と思わしき行為をしてるのが目撃されていた。


 一応手狭ながらも専用練習所じみた小屋を用意してみたんだがあまり活用されてない。やはり少しでも手の内を見せるの嫌ってるのだろうか。

 

 利用してるのは主に相棒戦出場者。彼らの大半が急造コンビなので少しでも共に鍛錬しなくてはという焦りがあるからかもしれんな。技を極めるというより基礎的な組手を延々としている。


 個人戦の付属物みたいな扱いとはいえ賞金が出る以上は真面目にやろうとしてる。これなら当日は個人戦に勝るとも劣らない盛り上げ期待したいとこだ。


 メインである格闘技大会まわりは着実に用意が整えられていってるが、会場外を盛り上げてくれる催し物の数々はといえば。


 とある日に様子見しようとバンらが詰めてる仮設練習場へ足を運んでみたところ。


「駄目だ駄目だ!そんな腰のキレじゃあヴァイト州じゃ二番目だ!」


「じゃあ誰が一番なんですか!」


「チッチッチッ(口笛を吹きつつ自分を指さすバン)」


「じゃあ見せてみてくださいよ!一番の踊りってやつを!」


「なら見るがいい!!」


 なんか異常なテンションで盛り上がるバンとダンサー達。それを諦めと疲労の混じった虚無の表情で見守るゴウロウらサポート係。


 水を差さないよう忍び込むように室内へ入って小声でゴウロウらに声をかけてみると、俺の姿を見た彼らは安堵したのかやや生気を取り戻した。


「申し訳ありません。最後の追い込みとかでここ一週間朝から晩まであの調子でして……」


「素人目からだとよくわからないが当日に間に合いそうな完成度なのかな?」


「いや常にいる私らもそこはなんとも。理解出来るのは当人らだけじゃないんですかねこれ」


「間に合うなら文句はないんだが、熱くなりすぎて拘り出して間に合いませんでしたになりそうなら殴り倒してでも止めてもらいたいんだが」


「……いや勿論でございます。いざというときは仲間だろうと厳しく対処は致しますので。踊りに支障が出ない範囲で処します。足と顔は狙わないように気を付けます」


「お、おう」


 笑みを浮かべつつ目は笑ってないゴウロウ達。一か月近く理解の及ばない事に間近で携わりすぎてやや精神のバランス崩しかけてる事を悟り俺はそれ以上は何も言わずに頷くのであった。


 終わったら無理やりにでも休暇与えて何もさせない日々過ごさせた方がいいなお互いの為に。


 好きなものに打ち込む者と特に興味ない者の温度差を実感しつつ俺は練習場を後にしたのであった。





 このようにして各方面が着々と準備を整えつつ日々が過ぎていきついに大会前日となった。


 もうじき日が暮れかけようとしてるのに州都の至る所はいつもより賑わいを見せていた。州都庁からでも門前を往来する人の数がいつもより多いのがわかる。


 いつもならこの時間帯になってくると外を出歩くのは飲兵衛やこの時間まで仕事やってるような人がメイン。しかし今はそれ以外の職種の男どころか女子供も出歩いてる。


 一時的にとはいえ人も増えてる分商いも活発になっており、あまり州都に来ない人達も大会前に見物に外へ繰り出してるからだろう。見物すべきものがそこまであるか分からないが。


 用心の為に通常より巡回要員を大幅に増やし、大通りには篝火を盛大に燃え上がらせて夜道を照らしてるのも出歩きやすさを押してる。治安維持も大事だから費用惜しんではいけないしね。


 ただ現代日本と違い夜も更ければ危険度上がるのは変わらないので巡回がてらに早めの帰宅を促してはいる。


 特に会場近辺で一番乗りしようとする徹夜組みたいなのは首に縄かけてでも帰らせてる。会場内はチケット持ちしか入れないが外でやる屋台や野外舞台はそうじゃないからそれ関連でな。


 可能な限りトラブルになるものは潰さないといけない為政者的にも主催者的にもな。


 都庁内も通常業務に加えて大会関連の業務が追加されてここ最近はこの時間でも騒がしい限りだったが、それも事故処理含めたら数日後には終わる。


 アイディア思いついてから約一か月半があっという間に感じられる。大会終わるまでは気を抜けないとはいえそれなりの達成感覚えてるのは否めない。


 工事や大会出場で山岳部族という存在は州都で少しは知れ渡ったと思う。あとは大会でどれだけ更に広められるかだな。


 全部ひっくるめて地域振興事業としてやってるわけだが成功して欲しいものだ。そして今後とも慣例行事として民衆の楽しみとして継続していきたい。


 娯楽を求めて働きお金を稼いでそれを散ずる。そうすればお金も動く。お金が動けば経済も動く。動いていけば景気も振るって少しずつ民に余裕が出てくる。こういった循環を続けていけばゆくゆくは発展へと至るのだ。


 スポンサーとしての願いだけではない。俺としては少し深刻な気分でそう願ってたりもする。


 早めに灯りを点けたとはいえ薄暗くなりつつある執務室内で俺は一人静かに手に持ってる手紙を読んでいた。


 送り主は複数いる。ヒリューやパオマ神父以外にも俺が前々から個人的に雇って各地に送り出してる密偵らからの報告書だ。


 俺が一日一刻を争う事態と判断しない限りはある程度溜まったら纏めて送るように。と指示してるので人によっては数か月分から一年分と幅が大きい。この時代の水準だと動きがスローテンポなのはどうしようもないからな。


 国内は王都のギルドマスターや不良神父の情報どおりだ。ヴァイト州がやれ減税だやれ地域振興行事やるだと景気良さげでも他は相変わらず状況はよろしくない。


 北部三州は相変わらずなので省略。冷害対策で今年の大半費やしてる中で冬迎えようとするとか来年更にマズイことになるの確定だわあそこ。


 要地扱いの州以外のとこも以前貰った情報どおりだ。根本的な対策講じないと危険ならまだ救いがあるが、根本的な対策講じても駄目な段階になる雲行きの怪しさ。


 全国的な不作な訳でないから大丈夫なとこは大丈夫な筈なんだけど、やはり大丈夫じゃないとこの崩れっぷりが他所へ伝搬してしまってるのがマズイ。不満分子がここぞとばかり煽り立てて事態悪化させてる。


 おまけに各地の節令使が危機管理能力低すぎて対応が後手に回るかそもそも高を括ってなにもしてないかの二つなのが頭痛くなる。尻に火がついて消せるわけでないのに頼むよマジで。


 レーヴェ州では商人連中が自国含めて周辺の不穏さを察してか何かしらの買い占めを始め出してるという。


 今はまだ目立った動きはなく一部の大商人が貴金属類の買取を積極的に行ってるぐらいというが、今後の情勢次第では食料関係を反感買うの承知で手を出す可能性があるというのは見過ごせないな。


 ある程度高く売りつける為とかならまだしも、王家や大貴族と繋がりあるところが相手側に求められて買い占め行いだすのは駄目だ。商都にはなるべく長生きして欲しいから攻め込まれる大義名分はあまり作って欲しくはない。


 かといって新任の節令使が出来ることなぞ領内の商人や農家に「こちらでなるべく高値で買い取るから他州に売るな」と言うぐらい。それも強制力はそうないからお願いに近い。


 今年はまだそれでいいが来年以降は手を打つべきだな。今後に備えて備蓄あって当たり前という環境作っていかんと。


 王都や副都、それにツヴァイリング州辺りは今度来るヒリューの手紙待ちなのもあるが、書かれてるのは概ねまだ平穏ということだ。


 ただし最近は軍隊の演習頻度が多くなってるという。軍が訓練すること自体は珍しくもないが、千や二千ぐらいの数が連日激しくやり合ってるともなれば考えてしまう。


 国内に増加しつつある賊討伐の為にやってるならいいんだけど、どうしても良からぬ事を企んでると邪推してしまうんだよなぁ。偏見とかあるの考慮してるけど。


 流石に年内はやらないだろう。収穫期に入りそのまま冬に備える支度をして年を越すのがウチの国というよりこの時代の一般的な流れだ。現代地球のように季節関係なく動けるような環境や文明には達してないんでな。


 何か動きがあるなら春か。あくまで動きがあるだけで本格的な始動は先になるとはいえ。


 不穏な国内に負けず国外も明るい話題はそうもなかった。


 蝗害の発生である。それも小規模とはいえ複数の国で同時多発ときたものだ。


 現代地球でも毎年大規模なやつ発生してるが、こちらは流石ファンタジー世界と言うべきか蝗は蝗でも魔物的なものだ。


 トゥビーバルッタ。見た目はバッタを成人男性ぐらいのサイズにさせたぐらいのやつで生態もほぼバッタである。


 ランクとしてはDないしD+ランク扱い(地域によってはC)とされ、脚力を駆使した体当たりやキックは無防備に受けると死ぬ恐れがある大怪我するがちゃんとした盾などで防御をしっかりしてれば防げる程度とか。


 その上一度繰り出したら次の動作行うまで十秒前後無防備になる習性故に反撃しやすい。とにかく最初の一撃防げるか否かで難易度変わってくるのでコツさえ掴めば良い獲物と目される。


 だが攻撃よりも怖いのは繁殖力だ。


 繁殖力強い魔物は多く居るが、トゥビーバルッタは産卵から孵化そして成長が短期間で行われる上に草が生えてるとこなら所構わずというので厄介扱いされてる。


 どれだけかというとDランクでありながら討伐優先度はBに相当しており報酬金額もそこら辺のCランク魔物よりも高めに設定されてる。なんなら農場経営してる個人からの依頼も絶えることないので専門的に狩る冒険者も居るぐらいだ。


 植物なら大概のものは食料とする魔物なので各国では農作物防衛の為に退治をマメにしてる筈だが、最近それも精彩を欠くありさま。


 我が国と同じく国が乱れてきておりその皺寄せがこういった地道な仕事にきてるのだ。人も金も足りないのに数だけは増えていくので追い付かない。


 不幸中の幸いは人間ぐらいの大きさ故に現代地球の蝗と違って風に乗って飛んでいくという芸当はやれないことぐらいか。


 しかし発生した国だけの災厄ならまだしも他国にまで流れ込むぐらいの大量発生となったらどうなることか。風に乗って飛んでこないだけで移動力はバッタまんまなら結構動くぞあいつら。


 分かってるのは、今現在王様や宰相の肩書ぶら下げてる奴らは飢饉なぞ戦の一つでも勝てば好転するんだから気にせず戦争やろうとか考えてる連中だということだ。


 つまり蝗害起こったぐらいは想定内として対処しないといけないわけですよ俺。


 国外で起こった不幸がどれだけこの国に影響及ぼすのか考えないといけない。それも悪い流れだけが積まれていくこの追い込まれ感ときたら!


 明日は陽気な催し物控えてるというのだから気持ち切り替えていきたいとこだが、来年以降の事を考えると何一つご機嫌な事が浮かばないというのは中々メンタルにくるものあるなぁ。


 大会とお祭りの前夜というのに俺は為政者らしい悩み抱えて一人溜息を吐くのであった。

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