第57話交流x格闘技大会(予選)

 こうして開催される格闘技大会予選。


 個人戦、相棒戦(タッグマッチという言葉が通じないので)のなかでまず個人戦ベスト三二を決めることに。相棒戦は翌日個人戦参加者除いた面子で希望者かつコンビ組めた面々で行う。


 こちらも今後規模大きくなって数日かけてやる行事にするなら「~の部」で細分化させていくが、今回は二つのみだ。相棒戦も今回は予選の敗者復活戦要素あるが次回からはこれはこれで募集かける予定だ。


 始める前に主催者である俺が挨拶の言葉と共に改めて幾つかのルールを述べていく。


 前日ないし当日に大会ルールを記した用紙を参加者に配布してるとはいえ、識字率の低さ考慮したら読めないから読んでない奴も確実に居るわけで。


 参加受付時に予めある程度聞かされており承知の上でここに集ってるから無用の心配では?と思われるかもしれないが参加したいあまり適当に聞き流して頷いてた可能性もある。


 現代の地球でも再三注意されてるのにやらかす阿呆が存在してる以上、俺はこの世界の人間の規則厳守っぷりはそこまで信用してない。耳にタコが出来るレベルでしつこく言って回るぐらいで丁度いい。


 相手が戦意を失い行動不能となる、失神する、ギブアップ宣言するかで勝敗を決する。


 武器無し魔法も使用不可。手足を防護する物に関しては布か皮製品のみ許す。


 上記の使用を含めた反則行為は一回目は警告の上に罰金。二回目で失格だが一回目でも看過し得ない場合は一発退場もあり得る。


 殺人は当然だが不可。ただし不慮の事故と運営側で見なされた場合は不問とする。線引きとしては頭部や心臓部分など「あっ、ここやりすぎたら死ぬな」という箇所はなるべく避けるか故意に力入れすぎないよう各自自重を促す。


 治癒魔法やポーションで治療可能な範囲でならどの箇所にどのように攻撃してもよい。例えば目突きは百歩譲っていいとしてそのまま目に指突っ込んで抉るのはNGな。一般に普及してるレベルのやつじゃ目玉再生無理だから流石に。


 レフリーの指示には必ず従う事。レフリーを脅迫や攻撃した場合は失格とする。


 リングアウトしたら即失格ではないが、一定時間までにリング内に戻れない場合は失格とする。リング内でのダウンには十数えるまでに立ち上がれば試合続行である。


 他に二、三あるが今回は大まかにこれぐらいだ。この大会後に出てくる反省点や課題が生じたら増えてはいくだろうけど。


 俺の説明に参加者らはややざわついたものの既に見聞きしてるからか大きいものではなかった。


 特に質問や問題も起きなかったので参加者へ健闘を祈る言葉を述べて俺は場を後にする。


 ここからはリング周辺に臨時に作られた予選リングでの戦いである。


 臨時なのでそこそこの広さを確保したら周囲に線を引いただけの簡単なもの。それが四つ作られた。


 中央リングは四方の監視の為の即席運営スペースとなり、運営スタッフらが目を光らせている。俺達もそこに置かれた椅子に座って周りを見物中だ。


 くじ引きによって振り分けられた参加者らはレフリーの呼びかけに一人また一人臨時リングへと飛び出していく。


「試合はじめぇ!!」


 レフリーの掛け声と共に怒号が各所で響き渡った。


 とにかく相手を倒すことに逸りたつ面々が顔色替えて相手に殴りかかる光景はちょいと尋常ではないわけで。


 参加者の何割かはロクに戦い経験ない素人混じってる分お互い手加減出来ないから無駄に必死に殴る蹴るの応酬が激しいこと。


 しかし日頃武器使って魔物や人と殺し合ってる世界だからまだ惨くない部類として観れる光景というのも感覚麻痺してるよねきっと。


 現代人感覚残りつつも確実にこちらの世界の人間感覚に染まってる俺やもうなんか色々規格外なマシロとクロエはともかく、一般人枠の平成は直視出来ないのか細目を更に細めて「うわー」とか言いながら見物していた。


 基本的に力任せに殴ったり蹴ったりし合う中でも、幾人かは違った動きをみせていた。


 変わったポーズをとりつつも着実に相手へ攻撃を当てて倒す奴、俊敏な動きで翻弄させてそれによって生じた隙を狙い倒す奴、力任せながらも冷静に相手の攻撃を裁いた上で吹き飛ばす奴。


 などなど格闘技大会出場者らしさのある選手らが勝ちを手にしていく。


 田舎だ辺境だと言われてるけど、やっぱり人材というのは探せばどこかで何かしら見つかるもんだよな。キッカケさえあればだけど。


 個人戦技だけでもこういった並みの兵隊より強い奴なんてちょいちょい出てくるんだからね。政治系でもこれぐらい集まって欲しいものだ今後も。


 とか考えてるうちにモモの試合となっていた。相手は州軍兵士で見た感じだとガタイ良さげな奴そうだ。


 本人やる気あるし武勇もあるんだろうが、果たして素手でどこまでやれることか。


 常識的な範囲内で不安を感じつつ俺はリングの方を注視する。


 試合開始の合図と共に相手が怒声を上げて掴みかかろうと走り出す。恐らくは捕まえて場外へ投げ飛ばしでもするのだろう。


 対してモモは相手の突進に臆することもなくやや腰を落として走り出した。


 正面衝突かと思いきや、捕まる寸前に素早く相手の側面へ回り込んで無防備になってる脛側面に強烈な蹴りを入れ込んだ。


 相手は苦痛の声を上げて動きを止めるも、流石は鍛えてる兵士なのか反射的に蹴られた箇所を抑えることもせず踏みとどまる。


 だが隙が生じたのも確かだ。モモはそれを見逃さず更に背後に回り込み、相手が向き直ろうとする数瞬の合間にハイキックを後頭部に叩き込んでいた。


 猛烈な蹴りを脛と頭に喰らった兵士は耐え切れずに崩れ落ちた。


 戦闘不能と判断したレフリーが試合終了を告げると周囲からどよめきが起きた。


 なるほど、言うだけはあって素手でもやるもんだ。


 蹴り二発で決めてくるとは戦闘向きの部族というのも伊達ではないな。この調子で勝ち上がってもらいたいもんだよ。


 小さく歎声を発してると別のリングから大音声が轟き渡った。


 ついさっき聞いた声だったので確認するまでもないが一応振り向くと、視線の先ではフージが大振りのパンチを相手に当ててる光景が入ってくる。


 相手はガードしてるというのにそのまま場外にまで吹き飛ばすだけでなく、レフリーが相手選手に駆け寄り医療班呼ぶ声から察するにガードした腕が骨が折れたかヒビ入ったかで戦闘不能となったのか。


「いよっしゃぁぁっぁ!まずはぁ!一勝ぉぉぉぉ!」


 まだ予選一回戦なのにこのテンションの高さ。陽気なのは結構だが五月蠅すぎだろ。


 リング外に視線移すと、フージの仲間らが周囲の目を気にしつつ小さく拍手してる。多分仲間として称えたいのもあるんだろうがヤンキーのはしゃぎっぷりが恥ずかしいんだろうなぁ。


 ワンパンで決めてる奴も出てきたので予選は益々白熱してきた。


 節令使の俺が居るのもあるだろう。ここで目覚ましい働きしてれば目に留まって取り立てて貰えるかもしれないという思惑持つ奴だって居る事は居るだろうから。


 モモやフージみたいに秒殺という試合はそうもなかったので休憩挟みつつともなれば終わる頃には日が暮れかけようとしていた。


 ベスト三二に進出した三二人が俺の前に現れた時には篝火が幾つも灯されてた。


 その中にはモモの姿もあり内心安堵した。今回の懸念の最低限のものは払拭されたようでなによりだ。


 顔ぶれは山岳部族二名を含めて人間種が一八名、獣人種が四名、エルフが三名、ドワーフが三名、魔族が二名、ドラゴニュートとハーフエルフが各一名ずつ。


 勝ち抜いてきただけあって誰もがその辺りの奴なぞ敵ではない雰囲気を漂わせてる。実に頼もしい限り。


 部族からはゲンブ族のモモとフェーン、それ以外では州軍兵士が五名、冒険者がフージ含めて八名。他は土木作業員やたまたま州都に来てたという漁師や同じくたまたま流れ着いてきた傭兵という顔ぶれ。


 ドワーフとハーフエルフは職人ギルド所属で州都住まいの人だとか。獣人種とエルフは州都暮らしと近隣の町や村に住んでる者と別れてるが、この辺りの人種は見慣れたとはまでは言わないが珍しくもない。


 珍しいといえば魔族とドラゴニュートであろう。


 ドラゴニュートは名前通り見た目は小型ドラゴンが人間サイズで直立歩行してるような種族だ。無論服も着るし人と同じように装飾品つけたりして文明人として振る舞う。


 少数種族ということで彼らだけの国というものはないが、各地にコミュニティはありドラゴニュートだけが住んでる町がある国もある。


 しばしば魔物として区分されてるリザードマンと混同されることもあるが、彼らからすれば乱暴に一括りにされるのは不本意だという。正直俺もパっとみ分からないが、人間と猿みたいなものかねぇ関係性。


 王都でもギルドなど商人や鍛冶職人として見かけたときもあるが、まさかこんなとこで暮らしてる奴も居たとは驚きだ。予選見る限りだと人間程度の拳では硬い鱗で弾かれたから防御は随一かもしれんな。


 そして魔族だ。


 以前にも述べたが彼らだけの国もあり魔王も存在するが、それは魔族の王というだけのことでありよくある世界を滅ぼす厄災の代名詞ではないこの世界においては。


 なので魔族もあくまでそういう種族なだけであり、悪魔という言葉もあるにはあるが悪さをする魔族への罵声という意味程度でしかない。ここ豆知識な。


 見た目はドラゴニュートと同じく服着てないと魔物と誤認されても仕方がない人間離れした容姿である。聴くところによれば限りなく人間種に近い容姿の魔族も居るらしいが。


 この大会に参加してる二人も一人はガゼルみたいな角生やして昆虫みたいな大きな目玉をした身長二mぐらいある巨漢で、もう一人は全身の皮膚が石と鱗で出来ており顔もバイザーみたいな形をした単眼が特徴的な中肉中背の奴だ。


 彼らも予選で手の打ち全て見せたわけではなさそうで、各々人間離れした怪力で相手をKOさせてるぐらいしか見てない。


 こういう連中は生まれた時から備わってる特殊能力持ってるのがお約束なので大会ルールに一応「亜人種族は殺傷能力のあるものの使用禁止」とは明記してる。


 してるんだがどんな能力あるか申請はさせてない。参加者の常識を信じてのことだがお披露目内容次第では今後申請を義務にするつもりだ。


 以上の面々が大会を盛り上がてくれる事を願う事切である。などと考えながら俺は控えてた役人らに指示を出す。


 彼らには参加選手の証明として鉄製のカードが渡される。カードには「出場選手」という単語と節令府の印が既に捺されてる。


 三週間後の大会まで彼らは州都庁でこれを提示すれば一日銀貨三枚が支給されることになっている。浪費しない限りは宿と食事代の心配はしないで済む分、大会に備えて欲しいとこだ。


 全員にカードが行き渡ったことを確認した俺は本日の予選大会の閉幕と共に労いの言葉を参加者にかけた。


 明日は明日で相棒戦の予選が開催されるので、今回敗退した参加者は早速周囲を見渡しつつ相手探しに奔走していた。明日は今日より開始時間遅いのも探す時間確保もあるからだ。


 俺は明日は不参加である。今日一日呑気に見物してた分明日はデスクワークやらんといかんとですよ。





 翌日からは大会運営に関する事務的なものを処理しつつも日常業務だ。


 なにせ季節は秋真っ盛りなので大会前後から収穫期に入る。それと同時に税金関係の収め時期ともなり、徴収に携わる役人は涼しくなったというのに汗掻きながらあちこち移動して忙しいこととなる。


 なので彼らのボスである俺も当たり前だが忙しい。


 というか俺の場合自分の計画の事もあって節令使の中でも三指を争う多忙さだと自負してたりする。自惚れるなら王都に居る役人どもの八割ぐらいよりも忙しくしてるかもな。


 まぁ変な言葉になるが忙しさの前借りだよ。今から忙しければ後々楽になるんだよ多分きっと。いや本当そうなって欲しいんですよ。


 それに来年以降は各地の節令使も余裕こいてる暇なんぞ無くなるだろうよ。


 特に北部なんて今でさえ大変な時期なんだからそれと比べたら執務室に籠ってられるだけマシかもね俺。


 とか落とし穴目線してても駄目だな。下を見ればキリないんだから自己憐憫も程々にせんと。


 俺と同じかある意味俺より忙しい日々を送ってるヴェークさんから報告書が送られてきたのはそんなときだった。


 こちらに来て報告する暇もないぐらい忙しいというのもなんかごめんなさいな気分だ。


 心の中で平謝りしつつ報告書に目を通すと、銭湯及び要塞建設の経過と仮設宿泊所の件に関してであった。


 短期間で大規模な土木建築を並行して行うというのは現代の地球でも中々難しいものだが、人海戦術の効果が少しずつ出てきてるのか今の所破綻を起こしていないのは奇跡的とも言える。


 ただ簡易でいいとはいえ宿泊施設建設を飛び込みで発注したお陰で一時的に銭湯建設の速度が鈍ってしまった。


 要塞の方は人も物資も優先的に送らなきゃいけないので何かを犠牲にしなければというなら必然ともいえる。


 だが鈍ってるだけで事業そのものは進んではいる。


 十月入ってすぐに四軒目が完成しており今は五軒目建設中。まぁその五軒目への人手を宿泊施設にまわしてるのだが。


 今月に入って二基目がようやく着手される手筈になった腕木通信施設よりかはマシではあるがな。地理的条件や思わぬ仕事発生もあるとはいえ俺の思惑よりも大分難産な案件になりつつあるなこれ。


 いざ実行に移したらこうも予定から外れていくとは俺もまだまだ見通し甘いな。


 不幸中の幸いなのは今の時点で通信施設が必須な緊急を要する事態が起きてないことだな。こうなったからには願わくばもうしばらくそうであってもらいたい。


 でまぁ銭湯の方だが現在稼働中の三軒はありがたいことに連日列が途切れる事のない盛況っぷりだという。


 熱い湯を浴びた後の酒が美味いとか、お喋りする場所増えたとか、朝から酒場とかで暇つぶしするよりかマシと思ったとか、まぁ今は単に娯楽施設増えたみたいな感覚で受け止められてるので身体を綺麗にする事そのものを目的にしてる人は少数派だ。


 受け入れられてるならそれでいい。拒否されるよりかはいい。


 公衆衛生教育はまだまだ浸透してはいない。開始して半年経過するかしてないかなのだからこの辺りは仕方がないと割り切れる。焦らず根気強くやっていこうじゃないか。


 なので今の所は州都民には銭湯がいかに自分らの得になるかを強調した宣伝やサービスを行って従わせる。入浴行為が日常の流れに組み込まれていき常識として認識されてから理屈で補強すればいい。


 時間にして朝の九時から夜の九時まで営業してるが一日の来場者数は一五〇〇前後。


 半日は営業してる割にはやや少ないだろうが、一度に入れる人数が男湯女湯合わせて大体二〇〇人。しかも一回終わったらお湯を入れ替えたり浴場掃除で三十分ぐらい準備に割いてる。


 で、着替え含めて一時間までの制限時間設けてるので合計約一時間半で二〇〇人ずつ入れ替えで裁いてるともなればトータルはそうなってしまうのだ。


 天然の温泉があればかけ流しでやれるんだろうが、そうでない上に技術的な問題(これは俺に知識があれども材料や再現する為の工作機械がない事も含む)から今は難しいので一度中身を空にして予め用意してたお湯を注ぐやり方でやり繰りするしかない。


 営業始めたばかりの四軒目含めても入浴者が人口の三分の一にも満たないのだからまだまだ先が長いときたものだ。


 増やすのを優先してはいるが安定してきたら今の何倍ものお客さん入れる、それこそ健康ランドやスーパー銭湯みたいなのをやってみたいんだがそれもまだ先の話だなぁ。


 今月だけでいうなら州都以外から来る人らにも可能な限り体験してもらいたいもんだけど、どれだけ来るか未知数だから無理があるか現状。


 順調なようでいて先々の事まで考えた上だとまだ問題が山積みなことに溜息が出そうになる。


 今年はもういい。今年はやり始めたという事実があればそれでいいとしよう。


 だが来年の今頃はもっと充実させてやるからな。来年の俺ならきっとやれてると思うから見てろよこんにゃろう。


 などとまだ今年も二か月以上残ってるのに来年の今頃の事に決意漲らせてるとか鬼が笑いそうだな。


 自分の思考にセルフツッコミを入れつつ、俺は黙々とまた一つ案件を処理するのであった。


 大会開催までの三週間、平穏とはいえ多忙極まる日々はこうして過ぎていく。

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