第56話交流x格闘技大会(応募者)

 悩んだところで動き出してるものが止まるわけもなく。


 あれから二週間ちょっと経過して九月も下旬となった。心なしか朝方ぐらいは涼しくなったような気がしないでもない。


 設営の方も少しずつ形作られていっており、この調子なら十月末の開催までには出来上がるようで何よりだ。


 宣伝と募集も始めている。


 既に州内各地へビラ配布を行っており、州都内では建設状況を逐一知らせに回ってるので徐々に関心が高まってきてるとか。


 特に地方ではこれから秋の収穫や冬備えにと忙しくなることもあり、休んで娯楽に興じる今年最後の機会ということで話題に上る事が多くなってるという報告も受けていた。


 そうだ、初めのうちは州内での知名度上げる事に専念するのだ。地元で定番のものとして根付かせてから外へのアプローチ考えたらいい。


 各県からお祭りに参加する為来るであろう人々を想定して、俺はリヒトさんとヴェークさんに依頼して空き家の修繕や簡素でもいいので造りの確かな小屋の建築を行っている。


 格安宿泊ないし無料簡易宿泊施設を用意することは治安維持にもなる。ほんの数日とはいえ路上で寝る人とか大勢出てきたら不埒な奴に狙われるの目に見えてるからな。


 治安維持部隊の編成はまだ着手出来てないので今回は自警団や夜警係の兵士らに特別手当支給することで奮起してもらうことに。


 州都外からの来訪者も多く見込めるならばその分格闘技大会会場の周囲で行われる祭りや催し物もしっかり用意せねば。


 バン達からの報告だと、人数だけなら三十人前後集められたというが、やはりというか即席踊り子集団を短時間で一糸乱れぬダンサー集団へ至るには課題が多い。


 当面は基礎訓練をしつつ連携をとっていき、その間にバンが祭り用の踊りを考案していく方針だとか。


 一か月あるかないかなこの時期にそれで大丈夫なのかと危惧したが、バンが言うには全員下地は出来てるし息合わせが上手くいけば目的の半分は達したも当然。


 あとは自分が無茶な振り付けしないよう気を付けた踊りを作り上げていき、残り日数集中してやれば恐らくイケる筈だと語ったので、とりあえずそれを信じることにした。


 条件いささか無茶なの自覚あるから基本的に信じるしかない。バンが疲労とプレッシャーで倒れないようゴウロウらに頼んで俺は以降丸投げ状態。


 会場設営も余程問題ない限りは現場の判断に任せっきりにしてるし宣伝なんかも一度指示した以上の事はやってない。まずやってみてから改善点洗い出すしかないのだから初めてやるものというのは。


 それに俺にはやる事が多々あるのだからこの際ぶん投げは是非もなし。


 そんな中で格闘技大会の応募者の一件が報告された。


 内容は悪い話ではない。寧ろ良し悪しでいうなら良いというべきか。


 意外に応募者がやってきたというのだ。しかも民間どころか場合によっては命令で差し出させる予定だった軍内からも。


 喰いつきいいのは幸先良いが単純に喜んでもいられない。ざっと見ただけでも二百人以上の物好きが集まったのだ。


 二日間開催するとはいえ、俺の構造だと部門別に分けて尚且つベスト16からのスタートと決めている。夜間照明が篝火しかないから夜更けまでやるわけにはいかないのだ。


 強行してもいいんだが、その場合会場入りする人の半数、いや八割近くは暗くて何が起きてるか分からない状態覚悟してもらうことになる。何かしらの不満やクレーム避けられないにしてもあからさまにその種になる要素捻じ込むわけにはいかんな。


 かといって書類選考なんぞ手間もかかるし戦いというのは文字だけで推し量れない要素あるからなぁ。強いのに書面アピール弱くて落とすというのも双方困るだろう。


 となるとてっとりばやくアレするしかないか。


 俺は会場設営担当の役人と現場監督してる兵士の長らを至急呼び寄せる事にした。





 十日後。十月に入り気分的にも秋である。


 現代日本なら地域によってはまだ残暑に辟易してるとこもあるだろうが、こちらだと寝苦しさも激減して実に過ごしやすい。


 夜や朝方の涼しさ程ではないが、昼間も日陰に入って風受けると十分涼気を感じ取れる。


 とまぁそんな涼やかさな季節に入ってるのに俺の眼前には暑苦しい光景が広がっていた。


 今月末には格闘技大会会場になる広場。そこは部族の皆や兵士達の共同作業により中央にはリングという名の四角いジャングルが出来ており、周辺の来客用の席も半分以上完成されていた。


 あとは最低でも席の残りと会場を囲う壁が出来上がれば形にはなる。野外会場としてはまずまずのものになるであろう。


 そんなとこに俺は立っており、目の前には二百人前後の腕に覚えある者どもが互いを値踏みし合ってる一触即発な光景があった。


 別に俺の趣味嗜好なわけではなく、先日報告された大勢の応募者を捌く為のイベントを行おうとしてるのだ。


 ぶっちゃけて言えば予選ですよ予選。


 格闘技大会らしいといえばらしいし、今後の盛り上がり次第で日数延長するなら予選から見せてもいいと思ってるが、今回は何分初めての事なので純粋に振るいにかけるのが目的だ。


 老若男女身分人種問わずに、この州で自分が一番強いもしくは強いかもしれないからお上のお墨付き貰いたいという願望持ってるという共通点が彼らにはあった。


 事前に素手での試合であることを告知してるにも関わらずこれほど集まるとは、武器や魔法もありだとどうなってたことかねぇ。


 人間種、エルフ、ハーフエルフ、ドワーフという割とどこにでも居そうな人種からドラゴンニュートや魔族など居るには居るけど特定の仕事や場所でないと見かけないような珍しい種族なども混じってた。


 それらの中には部族部隊に所属する若者らが何名か居た。


 それはいいんだ。今回の趣旨としてが当然なのだから。


 でもその何名かの中にモモが混じってるのはどうなんだろうか。立場的に隊長であり身分も族長の娘ということでこんなとこに混じって殴り合いさせるのマズイのでは。


 いやつーか駄目だろ常識的に考えて。


 万が一あったら俺は君のお父さん、あのいかにもおっかない親父さんに頭下げるんですよ?君らんとこの気風考えたら怒鳴られるだけで済まないの確実なんですよ?


 で、そこで俺が何かあったら折角の和約ぶち壊し待ったなしなんですよ?


 俺の悩ましさ全開で微妙な顔をしてるのお構いなしにモモは自信と決意を漲らせた表情を浮かべて腕を組んで佇んでいた。


 最初俺は一人二人はシード枠として予選させず本戦参加させようと考えていた。


 目的が山岳部族らのアピールと交流なのに肝心の大会に彼らが居ないのは些か困る。保険としてはおかしくはない筈だ。


 だがこの事を伝えたときモモらから反発を受けてしまった。


「考えは分かるし厚意は感謝する。しかし我らはそのような情けをかけられないと舞台に立つことも出来ない軟弱者と思われるのは我慢ならないぞ」


「いやしかしだな万が一ということもあるだろう。幾ら君らが武芸に自信あったとしても参加者には思わぬ手練れがいるかもしれないし、君らが確実に勝つ保証などどこにもないだろう?」


「そうだとしても我らの矜持が配慮に基づいた贔屓を是としない。やるからには自らの手で出場枠は勝ち取るべきだろう」


「意気込みは買うけど流石になぁ……」


「我らを知ってもらう機会というなら、力を示すのもまた大事であろう。ここの者らに軽んじられるような事をすべきではない」


「……」


「書状に書かれた程度の形ばかりといえどもだ、一応は節令使殿と我らは対等であるからには猶更甘い態度は見せない方がいいぞ」


「……そこまで言うからには一人ぐらい勝ち残って本戦出場してもらわないと駄目だからな?」


 正直かなり渋ったが結局俺の方が折れた。配慮も度を超すと不公平感招くから駄目なことぐらい俺だって承知してる。


 言ったからには成果を見せてもらうことになる。俺はモモらの底力を信じるしかない。


 一抹の不安を抱えつつ俺は集った者らを見渡す。


 人種も多種なら職業も多種である。


 兵士もいれば鍛冶屋や大工など力自慢そうなのもいる。冒険者だけでも武闘家をはじめとして素手にも自信あり気な剣士や斧使いやシーフ等が居た。


 やはり賞金金貨百枚は大きいな。


 普段銀貨や銅貨、それより下の貨幣しか触らない人らが多いだろう。冒険者でもCぐらいになればたまに金貨手にすることもあるけど、それでも百枚所持はそうもいない。


 地域によって生活格差はあるが、例えば都市や中規模の街レベルのとこだと大体月に銀貨十枚ぐらい稼げれば三人家族がなんとか衣食住整った生活営める。一人暮らしなら最低でも月に銀貨三、四枚あればこちらもなんとか同様の暮らしが出来る。


 小さい町や村などではもう少し安い数字となるが、とにかく銀貨数枚あれば一か月は最低限凌げるわけだ大体の所では。


 冒険者みたいな職業によっては収入不安定で銀貨どころか銅貨などの稼ぎが主な存在も当然ながらいる。誰でもうやれそうな底辺クエストでは報酬銅貨十枚とか当たり前のようにあるのだ。


 最底辺のGクラスなんかは把握されてるだけでも七、八割は現在進行形で路上生活者ないし最短数日は路上生活経験をした者と、その日の安宿にも泊まれなかったりする。


 そういう人らからすれば金貨百枚は多少の無茶してでも挑みたくなるものだろう。


 下からすればどん底生活脱出、上からすれば装備の新調だったり、これを機会に足を洗って新生活の資金にする奴もいるかもしれない。


 しかも武器使わない殺し厳禁だから魔物と戦うよりリスク低いというのも応募へのハードルが下がったんだろうな。


 少ない少ないという割にはこういうのに集まるの多いもんだなぁとか考えてると。


「姐さんがたーー!伯爵の旦那ぁーー!!」


 なんか聞き覚えのある叫び声が聞こえたのでマシロとクロエ共々声のした方を振り向いてみると、視線の先に居たのはリーゼント頭がトレードマークの俺命名異世界ヤンキーのフージが両手を振っていた。


「ご無沙汰してやすー!元気そうでなによりです姐さんがたーー!」


 うるせぇよ大声出さなくても聞こえてるよ。


 公的身分考えて怒鳴り返す訳にもいかないので、せめてもの意思表示に両耳を塞ぎつつしかめっ面で彼の方へ歩み寄った。


 マシロとクロエは平気そうどころか「誰だっけ?」と既に忘却の彼方へ押しやってる風である。


 俺らが近寄るとフージも喜色浮かべて近寄ってくる。


「まずは姐さんがたAランクになったそうでおめでとうございやす!いやーあのクラーケンをノしてしまうたぁ恐れ入りやした!!流石は姐さんらは格がちげぇや」


「あー、うんー、どうもーありがとねー」


「くくく、謝謝謝謝」


「いやいや当然ですわ!姐さん方ぐらいにはまだまだ言い足りないぐれぇですよ!」


「へー、はーそうなのー」


 フージの熱い言葉と比べてこいつらの低温どころかマイナスそうな低い適当さよ。気持ちは分かるが少しぐらい褒めてる相手気遣ってやれーや。


 異世界ヤンキーもこの集団に居たと言う事は出場者か。


 マジマジと見てると視線に気づいたフージが俺の方へ向き直った。


「見ての通り俺も参加者ですわ。元々俺ぁ魔物にも素手で戦ってたんでこういうのはおあつらえ向きといいますかね、出ない方がおかしいだろ!って感じでさぁ」


「ほう君の職業は武闘家かね」


「いやいやいや!んな上等なもんじゃねぇんですわ。どこぞで習ったわけでなく餓鬼の頃から自分の拳一つで魔物どもとガチンコやって鍛えてきたんですわ俺」


「……よくBランクになるまで生きてこれたな」


「そこはまぁ俺の数少ない自慢でごぜーやすわ!」


 飾り気のない鉄製のナックルを見せつつ笑うフージに俺は素直に感心した。


 喧嘩屋的なもんか。益々ヤンキー気質というか、いやヤンキーも俺の偏見なだけで普通に武器使ってそうな分コイツのステゴロ殺法は割とスゲーのかもな。


 魔物も人間並みの皮膚の硬さな奴とかそれ以下の柔い奴もいるけど、大体下位に分類される奴ですら半分ぐらいは人間よりかは皮膚硬い。その辺の包丁程度ならかすり傷つけれるかどうか怪しいぐらいだ。


 武闘家だって素手だったり目の前のフージみたく手を保護する武装付けて戦うときがあるとはいえ、それは長年の知識の蓄積のお陰でどこにどれだけ当てればダメージになるというのを知ってるからこそ戦える。


 それでも無手での戦いは基本的に対人クエストのときぐらいだ。魔物相手は流石に剣や槍を駆使して戦うのが大半。うちんとこのシン達ですら三人とも長物持ちで近接も最低限の備えとして厚い刃の短剣を忍ばせてるのだから。


 ナックル装備してるとはいえガチで殴る蹴るだけでここまでやってこれてBランクまで上がってるとか、このヤンキーって馬鹿だけど地味に凄い奴だよねそう考えたら。


 思わぬ珍しさに感心してると、フージの背後から彼を呼ぶ声が聴こえてきた。


 彼と同年代と思わしき三人の冒険者らは俺の姿を目にして驚愕の表情を浮かべて歩みを止めてしまう。


「ふ、ふ、ふ、ふフージまたアンタは節令使様に喧嘩売ってるの!?この間の傷治ったばっかりで馬鹿じゃないの!?いや馬鹿だって前から知ってたけど!?」


「やめてー今回こそ絶対降格か剥奪かの処分されそうだからやめてー。折角罰金とペナルティの討伐クエスト終えたのにさ」


「そこの馬鹿と僕ら無関係です他人です知らない人ですとにかくごめんなさいごめんなさい!」


 誤解してるのか三者三様に青ざめたりパニック起こして慌てふためきだした。あまりの半狂乱っぷりに周りの参加者が「おや?」っと珍奇なものでも見るような視線を集中させている。


 仲間のあんまりな動揺っぷりにフージが口をへの字に曲げて乱暴に頭髪を搔き乱した。


「だー!ちっげぇし!!普通に姐さん方と話してただけだしよぉ!おめーら俺をなんだと思ってやがんでぇ!」


「なんだ。って、アンタ馬鹿以外に何があるのよ馬鹿!公衆面前で指一本で倒されたんだから下手な真似して無茶やらないでよね馬鹿!」


「降格や剥奪どころか追放?いや節令使様に害をなそうとしたらから死罪もある?こんな巻き添えで死ぬなんて嫌だ嫌だ……」


「あなた誰ですか?僕らに話しかけないでください、本当にこの人知らないんで許してくださいお願いします!」


「だーかーらー俺は今回何もしてねぇーっての!」


「あー待ちなさい君ら。落ち着きなさい君ら」


 なんだか段々ヒートアップしていってるようなので流石に止めに入った。予選開始前から盛り上がりすぎだろ君ら。


 面倒くさ気に彼らの間に割って入ってくると、フージらも言い合いを止めて口をモゴモゴさせつつ拳を下ろした。


「節令使様、私どものリーダーがまたご無礼をしたのなら全身全霊持って一同謝罪致します。いえ、謝って済む話ではないのでしょうが……」


 自分より一回りデカいフージと言い合いしてた時とは違い、しおらしく申し訳なさそうに頭を下げてくる軽装の鎧を着込み細身の剣を腰に下げてる女性。彼女はパーティの一員で剣士のミーオと名乗った。


 あとの二人は僧侶のユーイナ、レンジャーのノーゾといい、彼ら四人は幼馴染で立ち上げからこのメンバーでここまでやってきた仲だという。道理でリーダーの割には扱いがちょい雑だと思ったよヤンキーの奴。


 土下座せんばかりに平身低頭してる三人を俺は根気強く宥めてまわったので、しばし経過してようやく誤解が解けた。


「それはそれでとんだお恥ずかしいところをお見せしてしまいました」


「ほら見ろい!いつも俺の喧嘩っ速さ叱るから反射的にそうなっちまうんだろうが」


「アンタは日頃の行いの所為でしょうが。黙って準備運動でもしときなさいよ喧嘩馬鹿」


 冤罪が晴れて胸を反らすフージにミーオは冷ややかに言った。他二人は否定も肯定もせず無表情に曖昧に頷くのみである。


「まっ、それもそうだな!じゃま予選開始までちょいと拳振るってくらぁ!姐さんがた、伯爵の旦那また後で会いましょうや!!」


 メンバーの反応など気にした風もなくフージは気を取り直してリーゼント整えつつ立ち去っていく。近くにまだ空いてるスペースあるからそこで準備運動なぞやるのだろう。


「なんだか凄いな色々」


 立ち去るヤンキーの後ろ姿を互いに見送りながら俺がそう呟くと、それが聴こえたミーオらが恐縮しつつ再び頭を下げた。


「悪い奴じゃないんですけど、本当に基本的に馬鹿なんでアイツ……」


「拳一つで魔物倒せる力凄いけど、その分頭の出来が少し」


「長い付き合いの僕らでも未だにハラハラしますねうん」


「……まぁ法に触れるような真似さえしなければいいから私からしたら。とりあえず頑張ってくれたまえ」


「ちょっとリュガー。なんでその流れで私ら見てるかなー?」


「くくく、冤罪断罪のコッペリア。不法に無法な理不尽なる言いがかりのセレモニー」


 スケールの桁が違うが何仕出かすか分からない奴が身近に居る心労は理解できるので実感籠ったコメントである。


 あとお前ら少し人の振り見て我が振り直せよ。

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