第52話秋とアマゾネスと転移者と

  九月となり、地球の暦でいうなら初秋にでもなるから気持ち的に涼しくなってきた。


 いやごめん嘘、普通に残暑厳しいわまだ。でももうしばらくしたら朝と夜は過ごしやすくなる気候になることだろう。


 暑い中であちこち行き過ぎたから秋ぐらいは腰を据えたお仕事したいものだが果たしてどうなることか。


 そんな事を考えつつ俺は今日も執務室のデスクに張り付いて淡々と仕事に励むのである。


 内政に関してはまだまだ現状把握しつつ目についた事を解決していくという地道スタンス。一刻を争うとはいえ焦りは禁物だから手堅くこの地を掌握していきたいとこ。


 税とか収入とかお金関係は良し悪しなんぞ年末ぐらいまで待たないとなんとも言えないから手の付けようがない。俺がやってたのはあくまで投資だしな。


 建設方面だと上旬にも銭湯三件目が完成する予定という報告を受けている。この時代の建築環境考えたらほぼ月に一軒出来上がるのは素直に賞賛に値する。


 無理を承知で建設続けて貰ってるのでこれなら年内にあと二、三軒は建つかもしれない。赴任一年目終わる頃には州都には行き渡って他所へ打って出れるかもしれないな。


 要塞の方もスタートはまずまず順調というのも併せて、やはりマンパワーというのは馬鹿に出来ないものだと実感する。とにかく人が居ればある程度無茶やれるのだから。


 無論、無茶をやる為の環境を整えてやれてるからというのも大きい。資金惜しまず人や物を集めて即投入なぞこの辺りだと俺ぐらいしかやってなかろう。


 だが喜んでばかりもいられない為政者的に考えて。


 何故かって、人が容易く集まるというのはつまるところ重労働でもいいから糧を得たい奴が続出してる不景気ということなのだから。


 どんだけお給金出したって待遇良くしたってさ、この時代の土木作業だよ?建設用の機械や車両もないんだよ?この時代なりの技術があるからって現代人目線でみたら逃げたくなるわ。


 しかも要塞建設はまだこれからが本当の地獄だ的なやつだよ。関所付近に木を積み上げてればいいと思ってる奴らが居るなら最終的に何するか教えた上で去就選ばせたいよ。


 それぐらいしんどいやつに人が集まるって普通強制とか義務とかでないとあり得ないからね。


 まぁ諸々承知の上でそれでもやってもらわないといけない。民の為にも俺自身の為にもな。


 上二つはとりあえず順調だけどその分通信施設建設の速度は鈍ってる。


 州都の正門すぐ近くに二基目を建設中ではあるが、建てた後に距離の再確認を兼ねた調整も行う必要がある。おまけに次の建てる先次第では周辺の整備やらないと行えないかもしれん。


 こんなコンセプトのものは初めての事なので工事する側が手探りしつつになるのは仕方がないとこか。


 募集すれば集まってきてるし生産や建築に人手を優先的に向けてるとはいえ他も疎かには出来ないのが悩みどころ。年内と来年ぐらいまではそれでいいとして以降はなんとかしないとなぁ。


 文官に関しては州都に布告文を掲げて身分問わず募集をかけてみた。


 ただ集まれと言われてもお上がいきなり言ったところで職欲しさにガツガツしてる奴以外おっかなびっくりな反応だろうから、俺はそこで一計を案じてみた。


 独創的な手段ではない地球じゃありふれたやり方だが、ここ最近草案した幾つかの法律関係の文章に「一文字でも削れた者及び書き加える事が出来た者には金貨二十枚、一文でも加筆出来た者は官に登用する」と添えて州各地に貼り出す。


 学がなくても金貨二十枚貰えるならと熱心に読もうとしたり文をどこぞで学ぼうと躍起になったりして少しでも識字率向上への一石投じにはなるだろう。一文字でもやれたら報酬本当に与えて俺が庶民にもちゃんと見るべきものは見るとアピール出来る。


 何かしら一文加える事が出来たらならそれなりに学と意欲ある奴から登用していくだけだ。四十五万人もいれば二、三人はそんなの居るだろうからこれで少しはデスクワーク系補充出来ればいいんだけど。


 今はいいにしても今後考えたら今のうちに確保して育成していかんとなこういうのは。

 で、あとは軍事なんだが。


 生産と建築優先してるから後回しにしがちだし、今の人口で急激に増やすみたいな末期の軍事国家みたいな事するのは愚かとは思ってるけど、せめて回廊要塞分に人を当てたいんだよなー。


 今までは一応道全てに柵を置いてたとはいえ、こんな所まで押し入る野盗集団もそうは居ないから関所とその周辺見回れるだけでよかったから百名弱程度でも十分だった。


 しかしこれからは幅1.5㎞にも及ぶ厚く高い壁を有すこととなり、そこへ攻めてくるかもしれない賊徒らへの対処をすることになる二倍三倍どころか今の十倍は最低でも配置する必要性が増す場所なのだ。


 更に言うなら用心の為にヴァイト州側出入口と休憩所が置かれてる中間地点も今以上の防衛力強化するからそこへの人手も欲しくなる。


 今進めてる治安維持要員を別で編成するの終われば少しは浮くとはいえ、ご時世的に一兵でも多いに越したことはない。


 流民難民が来ればそこから募集かけるという手もあるけど今のとこ正直来てほしくはない治安的な意味で。


 さてどうしたものか。と、頭の片隅で思いつつ俺は執務室で淡々と且つ黙々と書類仕事に励むのであった。






 ここしばらくの慌ただしさと比較すれば州都の外に出ないだけ穏やかな日々が過ぎていったある日の事。


 一騎の早馬が州都庁へ急行してきた。知らせを受けて応対した者の話ではアンゴロ・エッゲ県から来た騎兵だという。


 報告を聞いた俺は内容をなんとなく察しつつもとりあえず話を聞こうと急報持ち込んだ兵と対面することにする。


 ターロンらに伴われてやってきた知らせの兵はやや緊張した面持ちしつつ床に片膝立てて礼を採りつつ報告をし出した。


「大山脈に住まう部族ら百余名が節令使様にお会いする為に州都へ赴いております。某はそれを知らせるために先行してきまして、彼らは早ければ明後日には到着するかと思われます」


「そうか、思ったより早かったな」


 予想していたことなので報告に大した驚きもみせずに軽く頷くに留まった。


 ゲンブ族族長の娘であるモモと現代日本から召喚されてお抱え魔術師として遇されてる平成の顔を思い出しつつ詳細を訊ねてみたが、特に問題なく州内を通過してきているとのことだった。


 以前の和約の席にて取り決めていた旗下に加わる件にて、もし話は纏まってこちらへ来る際には一報いれるように言い伝えてはいた。兵士や町の責任者には和約の話と共に年内に部族の者らが往来していく事になるので手出し無用と告知もしてある。


 どうやらそれのお陰で特にトラブルもなくここまで来れたようで何よりだ。まっ来たら来たらでしばらくは気を使わなきゃならないがな。


 報告へ駆けつけた兵士の労をねぎらい休暇を命じて下がらせた俺は一階に居る役人らの中で軍務と民生と財務の各担当を呼び出すことにした。


 戻ってきてから準備の方は始めてたので今更慌てて何するわけでもない。それはそれとしてちょっとした新たな動きには成るので当日を迎える前に最終確認はしとかんとな。


 先日思案していた兵力増強の件。今回の事で一時凌ぎは出来そうなのだから疎かにも出来ないからな気を緩めないよう気を付けておくか。


 しかし七月半ばに別れて以来だから約二か月ぶりか。つい先日の事のようだがあっという間ではあるな。


 俺が南へ行ってる間にあちらの様子はどうなってるのか聞くのが楽しみなもんだな。変化らしい変化がなければそれはそれで構わないんだが。






 急報を受けた二日後、州都郊外を巡回してた兵士らから連絡を受けた俺はマシロとクロエ、ターロンら私兵部隊数十名を引き連れて州都西門付近にまで赴いた。


 兵士らには引き続き任務継続を命じ官吏らには事前に伝達してた迎える用意を急がせた。念の為州都の住民にはこれより数時間は西門及び内外含む周辺の往来を自粛するよう命じている。


 なので西門前には俺ら以外は誰も居ない。精々見張り櫓に門番係の兵士らが居るぐらいだった。


 待つ事二、三十分ぐらいか、俺のとこの兵士に先導されて百人前後の集団が左右を見渡しつつこちらへ向かってくるのが見えてきた。


 先頭には馬に乗った久方ぶりに見る顔がある。不機嫌そうと誤解されかねない硬い表情の赤毛の女性とその隣で気弱そうな表情した黒髪の青年。


 ゲンブ族族長の娘であるモモと召喚されし日本人平成もこちらに気づいてか片手を上げて大きくこちらに振ってきた。


 ターロンらがどう返すべきかやや戸惑う中でマシロとクロエは「うえーい」と適当な声をあげつつやる気なさげにいい加減に手を振り返している。俺は立場的に軽々しいことはやれないので黙って馬上にて黙って前を見据えるのみである。


 更に待つ事数分。互いの声が届く範囲にまで距離が迫ったところで俺はマシロとクロエを左右に従えつつ彼女らの前へ進み出た。


「遠路遥々よく来てくれたなモモ殿に平成」


「こちらこそ節令使殿自らの出迎え大変感謝致す」


「あっ、どもリュガさんお久しぶりっす。元気そうでなにより」


「お前もどうやらこの世界の夏を切り抜けたようでなによりだな」


「いやまぁ暑かったですけど高いとこにあったお陰で夜とか朝方は割と涼しく過ごせましたよ」


「それは羨ましいことで……まぁ今後は精々夏の暑さに喘ぐといいさ」


「いやホント山下りた途端にこの暑さとか。それ思うと勘弁して欲しいなぁそれは」


「まったくヒラナリは軟弱で困ったものだ。マシロ殿とクロエ殿を見習ったらどうだ少しは」


「「アレを比較対象に持ち込むのは公平じゃないと思う(います)」」


 とまぁこのような手短な挨拶を交わし合い、俺はモモと軽く握手をした。彼女らの背後に居た部族の人々は節令使自らが出迎えた事に驚きを隠せずざわついている。


 ここに来る前に様々な人らが「何も節令使様が迎えに行かなくても都庁まで来させればいいじゃないですか」と、ある者はそう言いたげな顔を浮かべてまたある者は控えめながらも発言してと俺のフットワークの軽さに異議を唱えたものだった。


 この時代の身分や立場で論じるなら周囲のが正論なので俺は怒らないしなんなら思わず謝りたくなってたかもしれん。


 しかしあえてやるのはそんな周囲に目に見えたアピールをしたいが為だ。


 和睦結んだとはいえつい数か月前までこの地を荒らす蛮族的な扱いしてた連中をスナック感覚で仲間として受け入れるなんて無茶もいいとこだ。あくまで俺という偉い人が決めたからだんまり決め込んでるだけなのだ。


 となれば来た所で公然非公然とモモらに対して風当りは厳しくなり居心地も悪くなるというもの。下手したら部族側から耐えかねて暴発する奴も出てきてそこから諍いが拡大することだってありえる。


 なので俺がわざわざ出迎えて、しかも最初だけとはいえ親切丁寧に案内などもして内外に「節令使がこれほど気を遣う程に扱い慎重にしないと駄目な案件」ということを周知させる。


 それでも反発して突っかかってくる奴は出てくるだろう。頭じゃ理解してても感情というのは中々扱い難いものだから。


 ではそれを処断するかって?それはない。


 余程の事態にでもならない限りそこは当事者同士ぶつかってある程度自己完結してもらいたい。そこまで俺が頭から押さえつける真似したら贔屓になりすぎてしまう。


 このような考えを秘めつつも外面はただただ威厳を漂わせて謹直な顔して彼女らを州都内へと案内する俺であった。


 目的があったのであまり目もくれずとはいえ以前やってきた時に一応見てるモモと平成と違って、部族の者らは初めての大きな街並みにベタな田舎者のように左右を見ては小さく歎声を発してる。


 基本的に大山脈とその周辺地域で生涯過ごすのが大半であろうし、付近の町や村へ行ったとしても略奪目的なのでゆっくり見る事もない。ましてや俺からすれば小さいとはいえあちらさんからみたら人口三万越えの町は十分大きな所だろう。


 告知もあってか普段よりかは人の往来も露店も控えめとはいえ今出てるだけでも彼らからすれば賑やかなものなのだろう。州都の住民の方も話でしか聞いたことない西方の山岳部族の集団に興味の色を隠せずチラチラ見てくる。


 互いに見て見られをしつつも町の大通りを通過して州都庁すらも通り過ぎてやってきたのは、住宅密集地からやや外れにある、建物よりもまだ原っぱのが面積占めてる区域であった。


 そこの一角に、三階建ての建物がある。見た目的に言うなら田舎の小中学校みたいな感じの木製の建物というべきか。


 建物そのものもだが、モモらが驚いたのはそれらが新築というとこであった。門や周囲を囲む柵ですら真新しいものであることに彼女らは瞠目している。


「てっきり兵士の宿舎のどこかに寝泊りか、最悪当面は天幕張って暮らすのも覚悟してたのだが」


「ここは兵士の宿舎として使う予定の建物だ。君らも今日から私の軍勢に加わるのだから使ってもおかしくはあるまい?」


「それはそうだが私らのような新参者に新築を見繕ってもらえるとは、本当によいのか節令使殿?」


「構わないよ。その分働いてくれるんなら他の者らもとやかくは言うまい」


 剛腹ともいうべき処置であるが、嘘を言ったわけではないけど本音を全部言ったわけではない。


 元々今後の兵士の増加を見越して余裕あるうちに建てておくか程度で依頼したやつの一つだ。別に彼女らの為にわざわざ設えたものではないから、解釈は御勝手にということで。


 今は少し減った分も取り戻しきってないから空き家のままであるし、どうせなら部族側に恩を売りつける為に利用させてもらうさ。


 もう一度言うけど解釈は御勝手にだ。俺は嘘は言ってないんだから思い込むのは自由だしね!


 私兵部隊の面々も俺の気前の良さに率直に感心してるが、俺がどういう奴か知ってるマシロとクロエ、そしてターロンは人の悪い笑みを浮かべて俺を見つめてる。


 チクチクと小針みたいな視線を受け流しつつ俺はモモらを宿舎内へと招き入れた。


 三階建ての宿舎であるが、一階は集会所を兼ねた応接室、食料などの生活物資倉庫、洗濯や炊事場、食堂や小さいながらも事務室なども設置している。一部は兵士らの部屋として使用するが概ね生活関係はここに集めている。


 二階は兵士達の部屋となる。


 一人一部屋とはいかず二人一部屋で使用してもらうこととなり、俺がモモと話してる間に各自部屋割りを決めて貰う事にした。


 三階はモモ、平成、それとモモを補佐する副隊長数名が一人一部屋与えられた。空いた部屋は当面資金や武器の保管庫として使うことにする。


 建物の外は学校のグラウンドのように整備はされてても何も置いてない更地である。ここは部隊内での訓練所として使ったり全員集めて何か行うときのスペースとして使ったりしてもらうつもりだ。


 建物から少し離れた所には共同浴場を建てた。これに関しては俺が口を出してる。


 ここに限らず兵舎には必ず浴場を設置させていき、出陣や日数跨ぐ演習以外では入浴行うよう厳命している。まっ、これも公衆衛生計画の一端だな。


 一通りの説明を終え、部族の面々は新築住まいに目を輝かせつつ一旦解散した。部屋割りを決めて荷物降ろしたら再度集合することになっており、俺の所へ残ったのはモモと平成含めて数名程だ。


「まっ、立ち話もなんだ。私らも席についてから話をしようではないか」


 そう言って俺らは一階の応接室へと赴き腰を下ろすこととなった。


 ターロンらは念の為扉前や外側からの警護を行うことにしたので、俺をガードしてんのはマシロとクロエのみといういつもの組み合わせ。


 なんだかんだ言ってお前もその二人気に入ってて侍らせてるとちゃうか?とか邪推されそうなぐらい定番になってるけど違うからな。


 いやだってしゃーねーじゃん。多分この世界で最強のセコムなんだからさムカつくけど。節令使の身分で少数で動き回れる軽さはこいつらのお陰なんだからよー。


 口にすれば弄られるの分かってるのでそこはあえて言わず、俺は持参した水筒に口を付けつつモモと平成から近況を伺ってみることにした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る