第51話お金の使い道

「それではランクアップの通達及びカード交換はこれにて終了です。あとは査定や買取の立ち合いとなりますが、時間を要するものですので本日はここまでになります」


「わかりました。ではまた明日以降改めてということで」


「本日はお暑い中御足労頂きまして誠にありがとうございました。そちらもご多忙だというのに恐縮でございます」


「あぁ気になさりますな。そちらにとっては大事な仕事と心得てるので」


 何故か俺が職員に対して返事をしてしまっている。Aランク冒険者お二人様は興味の欠片すらなくして今にも帰るために立ち上がろうとしているし。


 俺はお前らの保護者か。いやある意味保護者だけどさ、自分らのことなんだから露骨にめんどくさそうにしないの。


 まぁでも実際ここでの用事はもう終わったからな。これからギルドの面々は大物解体と買取査定で忙しくするだろうから居座ったところで邪魔にしかならん。


 後は終わり次第俺のとこに顔出して貰えればいいんだし、さっさとお暇するかね。


 ヒュプシュさんもまだ少し上の空気味とはいえ、俺らが帰る旨を告げると「大したおもてなしも出来ず申し訳ありませんでした」と頭を下げつつ見送ってくれた。


 幾らの値がつくか分からないが大金投じて買いたがる人ら多く居るだろうから、それらの対応含めて仕事大変そうだけど本人は嬉しい悲鳴的な感じだからあまり気にしないでおくか。


 必要以上の見送りは無用と伝えたので他の職員らも二階での見送りとなり、大ホールに下りたのは俺達三人だけであった。


「あー、面倒なこと終わったから午後はお昼寝でもして過ごすわー」


「くくく、眠りへと誘う空虚な俗事。安易な逃避のモーメントタイム」


「お前らにとって良い事なのに面倒扱いとかどんだけやる気ないんだよ……」


 本人らの言い分も分からんでもないが、傍から見れば舐めた事を言ってのける二人に俺は額を抑えて呻いた。


 周囲の冒険者が興味も露わにこちらを遠巻きに見ているのを感じ取れる。節令使という存在がなければマシロとクロエに話しかけにいきたくて堪らないのだろう。


 クラーケン退治の報は既に州都にも届いており、更にちょっとした情報通は王都のギルド職員が突然この地へ来たことでランクアップの噂も掴んでいたかもしれない。


 悟られぬように何気なく目線を向けてみると、彼らの表情には地元からAランク第一号出せなかった悔しさは殆どなく、見た目だけなら十代半ばの少女がどのようにここまで上り詰めたのかという好奇心を見受けられた。


 しかし仮に訊ねる機会設けたところでマトモに答えそうにないし答えたところで真似出来ないからなコイツラのやり方って。


 納得してくれるならいいけど、参考にしようと思ってハードル高すぎてモチベ下がる人とか出そうだよ絶対さ。


 あしらうにしても穏便にやってもらいたいもんだよね場の空気読む的な意味では。


 そんな心配してしまったが、冒険者の事にまで心砕いてる余裕なぞないだろうに俺は何を考えてるんだか。


 戻ったらコイツらまた非生産的な時間の浪費するんだろうが俺はこっからまた仕事だぞ。溜まってた仕事片付けて早いとこ業務量日常レベルに戻さないといけないんだぞ。


 そもそも俺がここに居る事自体がおかしいからね?まったくもうなんだって俺が。


 外面は節令使として貴族として節度あり気な所を崩すことなく、しかし内心では頭抱えて延々とぼやきつつ俺はギルドを後にするのであった。






 ヒュプシュさんが本部ギルド職員らと共に州都庁へ来訪したのはそれから三日後だった。


 あの日戻ってきてからずっと書類決済や応対や指示やと行ってきて彼女らが来る頃には九割ぐらいは片付いてたので、休憩も兼ねて同席することにした。


 話す場所は応接室。面倒くさそうに席に座るマシロとクロエの向かい側の席にヒュプシュさんらが座った。


 今回はあくまで冒険者とギルドが行うお金のやりとりなので、俺はマシロとクロエの座る席のすぐ後ろから覗き込む形で立ち会うことに。


 周囲が椅子を持ってこようとしたがそれを止めて立ったままだ。ここ二日ぐらい座ってる時間の方が長かったからこういう時ぐらい立たないと健康によろしくないだろ。


「しかしまぁ随分と早かったですね。あれだけのものだからもう少し時間かかるものかと」


 挨拶を済ませた後に俺は率直な疑問をを述べてみた。


 全ての業務停止してクラーケンのみに取り掛かってるならまだしも、そうでもないなら幾ら優先してるとはいえかなりの負担であろうに。


 もっともな疑問に対してヒュプシュさんは疲労を隠せぬ顔色しつつ苦笑を浮かべた。


「実はここ二日ほど殆ど寝ずに監督したり資料や問い合わせを基に買取価格検討してました。今日はこれを終わらせたらそのまま帰宅して休ませてもらうつもりですわ」


「私もこれが終わりましたら明日明後日は休ませてもらいまして明々後日にここを発つ予定にしてます。流石に休みを貰わないと持たないです」


「高ランクの魔物にどれだけ価値見出してるんですがあなた方は」


 俺も仕事優先してる身だから人の事言えたもんじゃないがそこまで急いでやらなずともいいのに無茶してんなぁ。


 まぁこの辺だと存在すれども討伐や捕獲される高ランクは滅多にいない事情もあるから仕方ない面もあるとはいえ。


 ある意味祭り状態であったろう面々の心境を想像しつつすぐさま本題へと取り掛かる事に。


「そうですね。ではまずクラーケン討伐の報酬に関してですが、金貨四五〇枚が支払われます。これを読んで貰って問題なければ署名お願い致しますわ」


 ヒュプシュさんはそう言って差し出したのは討伐完了証明書であり幾つかの注意事項の書かれた同意書も兼ねているものだった。


 普段は受付で手続き終わるのでやらないらしく難易度Bランク以上の依頼から作成される。その辺りになれば案件や動くお金も高めになるのでいわば万が一トラブルあった場合の物件証拠にもなるし、その地のギルドの実績調査の大事な資料ともなる。


 二枚あって一枚はギルドで保管されもう一枚は可能な限り冒険者が所持もしくは身元確かな関係者へ預かってもらう。


 王都に居た頃何度かお目にかかったことがあるので見てる俺も署名する二人も特に驚くことはなくであった。


 続けて説明されたのは解体されたクラーケンの各部位の価格だった。


 討伐成功の報が噂段階で出回った時点で既に地元や他所から来て行商してる商人らから問い合わせが来ており、更に俺らが帰還したぐらいからは一部の富裕層や冒険者も加わったとか。


 まだ受付も始まってないのにこれだけ注目集めてるのである程度値を釣り上げても即日完売の可能性も高いだろうと、嬉し気にヒュプシュさんが語ってくれた。


 吸盤は質の良い衝撃吸収材量になるので盾や鎧の材料に、骨部分は削ってナイフや槍の穂先或いは美術品の材料にもなるとか。


 皮は耐水は勿論のこと意外にも熱にも強いので貴重品入れる箱や家の壁や屋根への材料として重宝される。ヒュプシュさんが言うにはあれだけのデカさでも需要の多さに供給追い付かないとか。


 目玉や内臓や血液は魔術関係や薬学関係の人間が買い求めるということで中々良い値がつく。墨はインクや絵の具として知識人層に買い手がつくという。


 身の部分は大半のとこは食用として適してるということでややお高めの料理店や富裕層向けに訪問販売してる商人が買っていくらしい。デカいからダイオウイカみたく食せないと思ってたので意外ではあるし無駄なとこ無さすぎて感心するわ。


 あとは魔石と呼ばれる魔物の体内でたまに生成されるという不思議な石も取り出されたということで、こちらは一旦本部或いは総本部に報告の為に持ち帰った後にオークションにかけることになると言われた。


 なので魔石に関しては後日改めてお話ということになり、それ以外の値段が提示された。以下全て金貨でのものである。


 吸盤は一五〇、骨一二〇、皮二二〇、目玉等の内臓系一六〇、墨七〇、身二〇〇で合計九二〇枚。解体料や手数料などで一割ちょっと差し引かれても八二〇枚の金貨が渡される。


 討伐報酬含めたら金貨一二七〇枚だ。これだけでも浪費さえしなければほぼ一生働かずに済みそうな額になるな。それに後日魔石のも加わるんだからちょっとした一財産だ。


 あくまで一例ではあるがこのようにリスクも高いがリターンも高い。だからどんな世の中どんな政治形態だろうが魔物ある限り冒険者という職業への門を叩く奴が後を絶たない。ファンタジー系異世界あるあるだなこの辺は。


 こんなド田舎にあるとこなのにギルドも思い切って出したものだと思わんわけでもない。分割渡しも想像してたので一括払いは少し驚きだ。


 しかしヒュプシュさんが述べたとおり大金出してでも買いたいという奴らがわんさかすぐにやってくるからすぐ取り戻せるからこその思い切りなのだろう。


 一通り説明を終えたヒュプシュさんは目の前に座ってる少女らの前に金貨の詰まった袋を積んでいっていた。


「二人とも確認の為に数えるのに立ち会ってね?品物ごとに袋詰めしてるからそこまでかからないとは思うけど」


「あー、はいはいー」


「くくく、了承了承」


 やる気なさげにそう言って、職員らが数えながら金貨を机に積み上げていく光景を眺めてるマシロとクロエ。大金目の前にして相変わらずな態度に小さく溜息が出た。


 従者が持ってきた水をちびちび飲みながら待ち始めてしばらく経った。千枚以上あるとはいえお金を普段から扱ってるだけあって手慣れてるのか確かに確認は早めに終わった。


「……っと、これで数え終わったわ。双方共に確認したということで金貨一二七〇枚をマシロ、クロエ両名に引き渡しますね」


「あー、そのお金ですけどー、私らの後ろにいる人に渡しといてもらいますー?別にお金の重みに喜ぶような性癖持ち合わせてないんでー正直持ってて邪魔なんですよー」


「くくく、金銭の量の裁定すべき管理者の適正。ゴールドに相応しき身の程へのノーブル」


 そう言って二人は親指を立てて俺に突き付けてきた。


 ヒュプシュさんが指さされた先に居る俺に困惑気味な目線を向けてくる。それに対して俺は肩を竦めつつ頷き返した。


「男爵夫人、そういう訳ですのでこちらの金貨の山は私がお預かりしますのでここに置いていって貰って構わないです」


「よろしいので?確かに立場的にお二人の金銭を管理されてても不思議ではないですが」


「大丈夫です。王都の時からそんな感じでしたのでご安心を」


 俺が断言するとヒュプシュさんは納得したのか一つ頷いて了解の意を示してきた。


「ではこれで査定の報告と買取金額の受け渡しを終わらせて頂きますわね。魔石の方はまた後日にでもお話出来たらと」


「わかりました。話されたい事まだおありでしょうけど、まずは一仕事終えられたことですしゆっくり休息をお取りください」


 このままなし崩しに勢いのまま追加依頼の事なんか持ち出しかねない雰囲気を感じた俺は気遣いを装いつつひとまず彼女らに帰ってもらうことにした。


 冒険者に追加依頼そのものは立場的におかしいわけではないが、俺同席してるとまた巻き添え喰らいそうだから嫌なんだよ。俺が居ないときに頑張って交渉してくださいギルドマスターさん。


 俺に促されてヒュプシュさんらは仕事を果たした安堵感に包まれつつ素直に応接室から出ていった。王都の職員に関してはあそこのギルドマスターに後日書簡を送る旨の伝言を頼んだ上で帰した。


 彼女らが立ち去って応接室に残ったのは俺とマシロとクロエの三人のみ。


「……で、俺がまた預かるのはいいけどよ、お前ら自分の金預けすぎじゃね?」


 金貨の詰まった袋を見つつ俺は席に座ってる二人に声をかけた。


 王都で冒険者やってるときからそうだった。大物ばかり狩ってきており、損傷激しくて結構買取価格値引かれてるとはいえ大層な額を一年弱で稼いでいるのだ。


 けれども二人とも報酬詰まった袋から金貨数枚取り出したら後は俺に丸投げ。しかも渡して以降一度も確認すらしてねぇときた。


 基本的に買い食いとクエストする際に遠出してる時の出費以外は俺のとこで衣食住事足りてるから使い道がほぼ無いんだろうけど、ちと極端すぎやせんかね?


 横領する気はないので俺の稼いだやつとは別に保管してるので金貨一枚たりとも欠けてはない。しかしこうも無頓着だと一声かけたくもなるわけで。


 俺の質問にマシロとクロエはいつものような気怠そうな笑みを張り付かせつつ肩越しに振り返ってきた。


「えー、まーだ律義にお預かりしてたわけー?別に私らいらないから好きに使えばいいのにー。別に買いたいのとか特にないしさー」


「んなわけいくか。まかりなりにもお前らが自分の力で稼いだお金を人様が勝手に使うべきじゃないだろうが」


「くくく、低き志のモラルの陽炎。ディザイアなジャスティスを記すべき理のオブラード」


「変なことに使わないって分かってるから遠慮せず軍資金にしなよ。って、クロエは言ってるわ」


「確かに軍資金は多ければ多いほどいいだろうよ。だけどな、それとこれとは話は別だってーの」


 頬を伝う汗を指で拭いつつ俺は語を続ける。


「俺はもうこのままいけば余生の半ば以上は引きこもり維持に追われるだろうから自由なんてロクに無くなるだろうけど、お前らは違う。その力に金があれば自由気ままにやっていけるんだ。この世界で誰もお前ら縛るもんなんてないんだから」


「……」


「……」


「別に冒険者辞めようが俺んとこの居候辞めようが好きにすればいい。好きな時に好きなようにどこでも行けばいいさ。だが先立つものは多いに越したことはなかろうよ。その時の為に、自分の為に貯金しとけよそんぐらい」


 自分の思うがままに赴くがままに生きていきたい。自分が望むままに歩き続けたい。他者なぞ知ったことではない自分の願うがままに振る舞いたい。


 無茶苦茶やるし正直何考えてるか分からない事が多いコンビだが、常々それが根っこにあることぐらい察せれる。俺への興味とか好奇心とかそういうので自分を縛ってるだけなのだ今は。


 それを貫く力はある。無法無軌道無作法色んな無をまかり通すことも出来るだろう。だが金銭が物を言う世界である以上財布が重いことは悪い事ではない筈だ。


 金貨の一枚でも投げつければ解決する事も多くある。無駄なトラブル避ける短絡的ながらも手っ取り早い手段になり得るのだ。


 金で買えないものもあるどうにもできないことも多くある。しかし買えるものやどうにかできることも同じぐらいある。そんな現実がある以上金銭を必要以上に侮ってはいけない。


 現代日本人だからお金の価値を軽んじてはいなかろうが無頓着さが心配になってしまう。


 だから俺はお節介を承知でこんなありきたりすぎる小言も言うし、なんと言おうがこいつらの金に手を付ける気は当面ない。


 通じたのか知らないがマシロとクロエは口を半開きにして俺をポカーンとしたような顔して凝視していた。


「……なーに保護者みたいなこと言ってるのー。あんた私らのお母さんかよー」


「くくく、不釣り合いなマザーの偶像。慣れぬジェントルなプライムの小さき演説」


 やや間を置いて二人が呆れ気味に言い返してきた。その言い草に俺はガクッと首を垂れてしまった。


 人がちったぁ真面目に言ってやってるのにブレねぇなおい。


「いいから俺に全投げしてんなよ。とりあえず今日の含めて預かるけど、俺は使わないからな今の所」


「りょーかいりょーかーいー」


「くくく、承知承知」


 本当に伝わったのかおい。一ミリも信用出来ないんですがそれは。


 まっ、少しは思い留まったと判断してヨシとするかね。


 二人の反応をそう無理矢理解釈した俺は金貨を片付けるべく部屋の外に控えてる従者らを呼びつける為に呼び鈴を大きく鳴らすのだった。

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