第53話近況と当面の問題と提案

 まずは俺達との和約を成立させて帰還してからの話だ。


 自分らの集落へ戻ってまずやったのはこちら側に敵対した部族、特にコッワ、フエールサへの処遇であった。


 これより前、辛うじて逃げ戻る事が出来た両部族の生き残りから族長と子息らの死亡と男衆らの大半が戦死したのを聞かされていた居残り組は大いに動揺したという。生き残って戻ってきた奴らの殆どが負傷してる姿も追い打ちになった。


 ターオ族長らが配下を率いて集落へ赴いたとき、彼らの半ばは青ざめた顔を並べて地に蹲りだしたといい、一部の者が自宅へ立て籠もり意固地になって抗戦を喚いたとか。


 それも周囲の説得でしばらくして止んだので双方に死傷者が出てないのは幸いな事である。


 ひとまず落ち着きを取り戻したのを確認した族長らは、死んだ両族長の奥方や母親を引っ張り出して臨時の族長になるよう要請……多分強要したのだろうがそこはツッコミせんでおこうか。


 臨時族長らに対してターオ族長らは今までの周辺部族への居丈高な振る舞いとヴァイト州節令使に対する武力行使の非を鳴らし、謝罪を行うと共にこちらが提示した条件を無条件で呑むよう伝えた。


 条件といっても国同士が行う条約とかみたいではなく、三つの約束事を上げたというのだ。それを守る限りはこれ以上介入はしないけど、破った場合はゲンブ族をはじめとして各部族が結集して集落へ攻め入ると。


 一つは今までの無法な振る舞いに対しての賠償を部族の所有する財で贖うこと。


 一つは今後狩りを含めて集落外で集団行動する際に五人以上で行う場合は必ず周囲に通達すること。


 一つは今後いかなる理由があっても州の村や町へ狼藉を働かないこと。


 今後やるべき事が多いので彼らとしては最低限これだけ守れば後は好きにしろとしたいらしい。何かあれば追って沙汰を下せばいいぐらいに思ってるそうで。


 力なく頷く両部族の面々の姿を見届けたターオ族長らは再度破った場合の報復を覚悟するよう脅しをかけて戻っていった。


 監視は一応つけるらしいけど、大丈夫かねぇ?一つ目はともかく残り二つはあんな広い山々で互いに距離あるとこに住んでるんだから目を盗んでやりそうなんだけど。


 俺はその辺り懸念したが、それに対してモモは「なに、そのときは見つけ次第バッサリやればいいだけだ。責任を問うてついでに諸共攻め入るだけの話」と蛮族的脳筋発言で即返してくれました。


 いやうんまぁ君らがそれでいいならもうこれ以上言わないよ俺は。


 残りのとこにも脅しかけてからしばらくは日常へ戻ろうとする日々を過ごしていたけど、八月入ってから俺が送った今年の分の文化発展支援金が届いたことでまた騒がしくなった。


 ゲンブ族の集会場に集まった面々は樽に詰まった金貨や銀貨に言葉も発せれずにしばし凝視していたという。前もって言われてたとはいえいざ大金目の前で積まれたら呆然とするだろうね。


 そこからはいかに分配していかにして使っていくかで彼らなりに激論が交わされたという。八月はほぼそれだけに費やされたとかでモモや平成は苦笑して肩を竦めてみせた。


 今後いつまでやり続けるか不明とはいえ当面は毎年入ってくる大金。下の者らは素朴に喜びあってたものの、族長達ぐらいになれば金持ちになったと浮かれてばかりもいられないわけだ。


 特に分配はこの場で決めた額が以降の手にするお金となるなら熱も入るもの。自分らのとこに一銭でも多くと思うのは人として当たり前の欲望ではあるしな。


 白熱した議論は三日三晩続き、山岳地帯ともなれば平地と比べたら涼しい筈なのに大汗掻きつつ唾を飛ばして意見を言い合い、時には乱闘寸前の睨み合いが起こって中断を挟みつつという。


 部族の古老ら曰く、このように幾つもの部族らが集まって大騒ぎしたのは百年近く前に初めて王国の人間と接触したとき以来ではなかろうかとか。


 それをモモから聞いた俺は複雑な表情をして無言で顎を撫でた。そこまで久方ぶりの騒ぎがお金絡みというのはなんか申し訳ないというか、俗すぎて情緒もへったくれもないというかね。


 とにもかくにも数日かけては休息をとりを幾度か繰り返してようやく分配が成立した。


 今回の件を主導して今後も俺とのパイプが繋がり続けるであろうゲンブ族が一番多く得ることに大して異論は出なかったが、それ以外が銀貨一枚でも慎重にならざる得ないので時間が結構かかってしまったらしい。


 話し合いが無事に終わったことを祝して盛大な宴を行ったのでそれも済ませてみれば八月が終わる寸前。


 ようやく部族の人らが俺のとこへ送る人員の選抜と編成を行うことになった。


 これに関しては僅か一日で終わった。お金分けると比べてかなり雑に終わったのではと疑念が一瞬湧いたが一応理由もあるという。


 基本的にこの間の戦に参加した面々がほぼ州都行きを希望したので殊更選抜する必要がなかった。そこに今後を見据えて新たな希望者を幾人か加える程度だったというのだ。


 部族側がそうして寄こしてきたのは一二〇名。三分の一はゲンブ族の者で残りは各部族から最低一名は送り出してきている。


 隊長はモモで平成は彼女を補佐する立場であるというが、二人は本人の希望もあって俺と行動を共にすることが多くなるだろうから代わりに指揮を執る副隊長が三名。


 ゲンブ族のフェーン、ミネロル族のザンナ、オリクト族のコ・ルヌ。彼ら三名が実質部族部隊を率いる事になる。


 モモの後ろに控えていた三名が名前を呼ばれて一歩前に進み出て深く頭を下げてきた。いずれも二十代半ばの精悍そうな顔つきの、いかにも部族の青年戦士という感じだ。


「私や族長らが戦前から選抜したから余程でない限り血の気にはやった真似はしないと思ってはいるぞ」


「そう願いたいものだ。不慣れな所で不慣れな事をしていくのだから忍耐強さがないとやっていけない」


 モモの発言を最低限の保証と受け取ってとりあえず軽挙妄動しないだろうという前提で受け入れることとしよう。


 更に話を聞くと、部族部隊の中に和約以前に態度を保留して日和見していた部族や更に奥地に居て一連の事を終わった後に知った部族からも何名か参加しているという。


 日和見してた部族は自分らの煮え切らなかった態度を詫びた上で統一連合の参加を希望し、モモらが住むとこから更に奥の方に存在してる幾つかのとこは噂を聞きつけ遥々ゲンブ族の集落へ赴いて話を聞いて一枚噛ませろと頼んできたという。


 戦列に加わるのは構わないが、当初よりも参加部族が増えたことで分配金の話が再燃しかけておりこの件に関して節令使である俺に増額を頼めないものか。と、モモは親であり族長でもあるターオ氏から命令を受けてきていた。


「再会して早々に金の無心は恥ずべきことだと分かってはいるが、彼らも貰えるもの貰えるなら大人しく言う事を聞くと言ってる以上は無下には出来ないのだ」


「いやまぁバラバラになってるよりか一纏めに少しでもなっててくれたほうがこちらとしても都合がいいから増額の件は引き受けてもいいが……」


 将来はともかく今はキリがなくなるのは些か困るといえば困る正直。


 うちで把握してるのが大体四〇。奥地の事は現地民すら縄張りや狩場以上は積極的に把握してないというから未知数だから実際まだまだ居そうだな部族。


 あんまり多すぎてもなぁ。今の文明水準、特に通信技術が御粗末だとあまり足踏み入れないとこの事は迂闊に手を出していいものか迷う。やるものやって後から反乱起こされたら堪らないしなぁ。


 普段交流薄いのに遥々やってきたというのが四部族。それぐらいなら今年に限り追加で金は出そう。来年以降は改めて配分の話し合いはやってもらいたい。


 ついでに言えば現時点での受け入れで一旦締め切らせてもらい、これ以降やってきた場合は州側と協議した上でと言う事でひとまず対応しよう。


 この事に関しては明日にでも書面にして使者に持たせてターオ族長の所へ届けさせることとし、モモ達側の話はほぼ終える事となった。


「軍の編成の詳細は後日改めて知らせるから、君らはまずここでの生活に順応することを考えてくれ。場合によっては末永く生活する者も居るだろうしな」


「心得た。皆にはそう伝えよう。それで、節令使殿らは相変わらず仕事三昧だったのか?」


「……休暇もちゃんととったんだが仕事は相変わらずだったな」


 モモの問いかけに俺はやや遠い目をしつつ答えた。


 そこから俺は冒険者ギルドでマシロとクロエが依頼を受けてクラーケン退治に出かけたこと、何故か俺がそれに立ち会う羽目になったこと、ついでに港町へ仕事と休暇をしに行ったこと、クラーケンを瞬殺したこと、結果として二人がAランクになったことなどを語って聞かせた。


 最初は礼儀的に頷いていたモモらであったが、話を聞いていくうちに口を半開きにして絶句してしまい、最後辺りは俺の半歩後ろで控えてるマシロとクロエを凝視していた。山育ちとはいえおとぎ話レベルぐらいでは海の魔物の事も聞き及んでたいたらしい。


「あのクラーケンを一撃で倒すとは……」


「いやいやいや幾らなんでも強すぎじゃないですか。ていうか王都に居た頃から大物倒してたとか初耳っすよ……」


 ようやくそれだけを口にしてモモと平成は再び沈黙してしまう。後ろに居たフェーンら副隊長らは信じられないと言わんばかりに眉間に皺寄せて俯いていた。


 目の前で見てた俺だって信じ難い思いあるよ。これでまだまったく本気出してないんだから恐ろしいというか。


 軽く引かれた反応を受けた当人らは「いやぁそれほどでも」と言わんばかりにドヤ顔してモモらを鼻で笑ってる。この神経の太さ含めて強すぎるだろお前ら。


 話に花を咲かせて盛り上がるどころか妙に重めな空気になったのを察した俺は咳ばらいを二度三度して無理矢理話題を変えてみることにした。


「まぁとにかく私らの近況はこのようなものだ。それなりに忙しい日々を送ったがしっかり休息もとったから当面は職務に精励出来る。また疲れることも休むこともあるだろうが、今は遠慮なく困った事があれば言ってくえたまえよ」


「……んっ、あぁそうだな。節令使殿のご配慮感謝する。では、現時点で懸念すべき事があるのだがよろしいか?」


「想像はつくが言ってみなさい」


「ではお言葉に甘えて。我ら山岳部族は知っての通りつい最近までそちらとはあまり良好な関係ではなかった。それは互いに言い分はあるだろうから掘り下げはしない。しかし」


「それはそれとしてここで暮らして尚且つ共に行動するからには溝を少しでも埋めたい。というところかな?」


「そうだ。相変わらず察しが良くて助かる」


 俺が言葉を引き取って内容を述べるとモモが我が意を得たりと大きく頷く。


「遜るわけではないが、あまり気にしなさすぎるのもそれはそれで今後の我らの行動に支障が出るからな。彼らを預かる責任を持つ身になった以上は何か対策があればと考えたいところ」


 モモの言葉に今度は俺の方が大きく頷くこととなった。


 都合よく仲良しになれるようなものじゃないからね民族規模のことというのは。しかも邂逅からつい最近に至るまでの根深いものときたものだ。


 かと言って放置するわけにもいかない問題なのも確かなのだ。


 今後の兵力増強には山岳地帯に住まう部族らも頭数に加えるの前提だからだ。ウチにえり好みする余裕なぞまったくないからな。使えるものは人であれ物であれ活用していかんと。


 てっとり速く大量の酒用意して兵士らに宴会でも開かせるか?いや駄目か流石に。


 浮かんだものの俺は即打ち消すように頭を振った。


 お酒の力を借りて酔った勢いで距離を縮めるというのが必ずしも駄目な策とは言わない。しかし宴会の類というのはよくよく見れば自分らだけで固まって盛り上がってることとか多いものだ。


 コミュ力凄く高めの奴が良くも悪くも相手側に絡んでいくというラッキーな出来事ない限りそのまま身内で騒いで終わる。


 かといってそれが発生するまで何度も宴会させるのは駄目だろ風紀的にも予算的にも。


 切欠としては悪くないんだよお酒でも飲んでワイワイするのは。でもそれだけじゃパンチ弱いからもう少し何か盛りたい。


 祭りの雰囲気があればもしかして。いや、この土地の事調べた際に地元の催し物に関しても手をつけたが、ここで大規模な祭りはなかった。


 村規模や小さな町で収穫祭とかで催し物やりはする。メイリデ・ポルト辺りならそういうの特にやってはいそうだ。


 しかし州都では精々どこかの区画で数百人ぐらい集まった地域イベントやってるぐらいだ。節令使とか役人連中が就任何周年記念とかふざけた式典今までやってないだけマシだろうけど。


 兵士だけでなく州都の住民とも距離を縮めてもらわないと困る。後々部族らも州内を往来するようになるの見据えると少しでも忌避すべき空気を薄めときたいしな。


 宴会、祭り、距離縮める為の触れ合い……更に官で主導するとなると強制の影がちらついて額面通りに受け止める奴がどれぐらい居るかも問題になる。


 こちらが推し進めても気にせず盛り上がれるようなもの。うーん、現代の地球ならやれそうなもの幾つかあるけどこの時代の文明水準だと何がやれるかなぁ。


 考え込む俺越しにマシロとクロエがモモらと話し出していた。


「もう面倒だから何人か代表選んで喧嘩でもさせとけばー?喚いたり殴ったりしてれば少しはスッキリするんじゃないのー?」


「くくく、血沸き肉躍るランデブー。暴力蔓延りし文明のジャングル」


「マシロ殿クロエ殿それは幾ら私らでも直接的すぎではと思うぞ」


「それ絶対ヒートアップして大騒動になる未来しか見えないっすお二人とも」


「でもこういうのってぶつかりあってなんちゃらーな奴じゃないのー?」


「俺ら現代日本人の感覚でこの時代の血の気の多さ語っていいんですかそれ?」


「…………いや、ちょっと待て」


 四人の会話が耳に流れ込んできた瞬間、俺は閃いた。


「それだよ。ここでも出来そうなシンプルなのあるじゃないか」


「えっ、リュガさんマジで大乱闘させる気なんですか。収集つかなくなってヤバくないっすかねそれ」


「いや違う違う。違わないけど少し違うからな」


 マシロとクロエを傍に置きすぎて思考染まったのかと言いたげな顔をしてそう言う平成に手を仰ぐ仕草して否定しつつ俺はモモを見据えた。


「モモ殿、たった今、私に良い案が浮かびました。恐らくこれで問題は解決しますぞ」


「おぉ、それは助かるのだが、節令使殿それでどのような策を浮かばれたのだ?」


 マシロとクロエは興味深げな、モモらは期待と不安を入り混じらせた顔をして俺へ視線を集中させる。


 必勝の策とまではいかんが、てっとりばやくある程度距離を埋める機会になりうるイベントで効果は期待できると俺は思う。


 俺が企画して行うイベントとは何ぞや?それは……。


「格闘技大会を開催する」


「…………えっ?」


 誰が発したのか分からない戸惑いの声が静かな室内に木霊する。


 俺のキラッと閃いたアイディアに関して、その場に居た面々は目を丸くしたのであった。

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