第47話ステイホームは現状整理と共に(後編)
「まず基本的な事を言うなら、うちんとこは始まったばかりで何もない何もしてないに等しいわけだ」
俺はそう述べるとこからはじめた。
フルマラソンで言うならようやく1㎞や2㎞到達したばかり。最終目標が現時点ではフワッとしてるだけにゴールまで果てしないものだ。
そもそも色々やってて自分でも忘れがちになるけどこの地に来てまだ半年も経過してねえ。
五月に赴任してから州都中心に飴と鞭駆使して綱紀粛正やって、地元有力者に協力仰いで、公衆衛生普及への第一歩記して、西方の不穏分子を沈めに戦やってと全部三か月でやってるとかおかしいわ自分。
精力的に働き尚且つ金に糸目を付けずにあれこれしてるとはいえだ、ここは現代日本でもなければシ〇シティの世界でもないからすぐに結果が出てくるわきゃない。
来年の今頃ようやく蒔いた種がどう芽吹いてるか分かってくる。その成果を持続させて盤石にするには更に数年かかるかもしれない。
今の所は順調なのでこの調子なら十年以内には概ね俺の描いてた予定図どおりになりそうではある。
なのだが、あくまで理想である。
現実的には今年含めて三、四年以内には回廊の要塞化と食料自給率大幅アップだけでも達成しときたい。
これは生き残るための最低限の条件だ。軍事や外交などは固めた後に腰を据えてやればいい。
どうしてそこまで焦ってるのかといえば前々から既に述べてるとおりこの国は長くはないだろうという認識があるからだ。
俺の見立てでは今後何が起きなくても二十年以内には少なくとも今の王家が王都に居座ってるような事にはなってない。
今の国王含めてここ数代暗愚寄りの凡庸な奴が玉座に居た所為で遅効性の毒みたく国が徐々に疲弊していた。
一見平和そうに見えるが宮廷内の暗闘や見えないところでの疲弊や適切な処理を怠ってきたツケは根深いものがあった。
こちらも前々から述べてるがデカい切欠一つで崩壊へ雪崩れ込むぐらいに危なっかしい末期状態。
建国から四百年以上経過してればさもありなん。国としての寿命考えたら持ち堪えた方だ。
今の国王は即位して三十年。六十手前のこの時代からしたら老人と評しても差し支えない。
なのに後継者を第一王子と第二王子どちらにするか明確に決めてないのだ。健康に自信あるというより、長子相続という認識で居るから一々言わずともいいだろうと考えてると専らの噂だ。
何を寝ぼけた事を言ってるんだこの国王。
市井の家庭(しかも法律そこまで細かくない中世で)ならそれでいいかもしれないが一国の権力者の後継なのだからしっかり宣言すべきことだろうが。
こんなんだからまだ勝ち目があると踏んだ第二王子や孫や甥を国王にして後見人として権勢振るいたい有力貴族どもらが蠢動して権力闘争する羽目になってるだろうに。
しかも王子二人も悪い意味で父親のコピーみたいな奴らときたもんだ。王や国は相続出来て当たり前というのを信じて疑わないボンクラが周りに担ぎ上げられて騒いでる。
国としての末期症状がテンプレレベルにお約束な流れ。何もせずとも内側から崩れるの不可避だわこんなの。
それでも二十年以内、言い方前向きに表現すれば最大二十年までは国の命脈持つだろうと思う。
デカい切欠がぶち込まれない限りは。
繰り返し強調されてる言葉であるが、ではぶち込まれたらどうなるかって?そんなもん十年どころか五、六年以内にこの国終わるわ。
日本で言うなら黒船来てから江戸幕府が政治権力明け渡すまで十六年ぐらい。中国なら例えば隋が絶好調なときに高句麗遠征という無茶やらかして滅亡まで七、八年。強大さ誇ろうとも大きな躓きから瞬く間に転落する例は古今東西よくある話。
今ですら各地で火種は巻かれててなんなら小さくとも発火してるのだから。
電子機器によるネットワーク的なものなぞないからリアルタイムで変わりつつある各地の状況は把握できない。なのでどうしてもその時点での情報を基にした推論となってしまうのが面倒だ。
それを踏まえて今の王国各地に関して語ると以下の通りになる。
まず我が国は王都のあるケーニヒ州を含めて十四州一三七県で構成されている。
王都があり地理的にも政治的にも国の中央に位置するケーニヒ州。
建国者兼初代国王の生誕地であり国家統一の為の挙兵を行った記念すべき地として副都が設置されてるシュティーア州。
巨大な港を有して海外交易を始めとする商業の中心地として商都という別名で有名な港町があるレーヴェ州。
大穀倉地帯を有しており国(特に王都)の食料事情に重きを成してる故に領土の規模の割には何かと優遇措置が取られてるツヴァイリング州。
他国との国境に接してる故に兵力を多めに貰ってるクレープス、ヴィッダー、ユングフラオの北部各州。
で、ヴァーグ、スコルピオーン、シェッツエ、シュタインボック、ヴァッサーマン、フィッシェと続いて最後に俺が統治中のヴァイト州となる。
他に貴族の荘園が固まってる地域など州として含まれてない所もあるからもう少し国としての数字は大きいだろうがそこまで今は言及せずだ。
この中で最初に挙げた四つは兵も富も食料もまだ余裕あるから当面大丈夫だろう。連携が完全に分断されない限りは王都に駐留する軍の主力が賊軍撃退してのける筈。
ただしいざ群雄割拠になれば地獄見やすい地域になるの確定ではあるから関わりたくない個人的に。
特にケーニヒ州は駄目。外より内側で崩壊する可能性高いから正規軍同士の殺し合いが延々と続くのが目に見えてる。
ヴァイト州も辺境のド田舎という短所がこの場合救いどころになっている。
天然の城壁ともいえる大山脈もあって政治的物理的混乱の波及が伝わり難くなっている。そこに俺が来たからには大いに活用させてもらうつもりだ。
問題は残る九つの州だ。
まず真っ先に上がるのは天災人災による民衆蜂起が問題になって不穏さが広がってるクレープス州。
北方地域一帯が春はじまる辺りまで冷害被ってたので他の州もクレープスよりマシ程度と見るべきだろうな。
六つの州も州都近辺はまだ平穏だとしてもそこ以外では似たり寄ったりな事態が発生している。
おまけに遠ければ遠いほど、重要度が低ければ低いほどに官側の腐敗や不正の度合いが酷い。目の行き届かないのをいいことにというやつだなまさに。
赴任途中に遭遇した似非関所の件もだが、節令使やその側近らも末端や更にその下に属する民間兵の統御が出来なくなりつつあるのだろう。
自分らも何かしら不正働いており、その中には兵士の給料や食料を中抜きして私服肥やすということもある。それを後ろめたく思う故にある程度ガス抜きに兵士らに好き勝手させてるという辺りだろうか。
治安回復や賊出現防止の為の施策を試みる役人や兵士らも存在するだろうがほんの一部。悪戦苦闘するうちに駄目職場の巻き添え喰って損する未来しかない。
このままいけば俗にいう「気骨ある者は賊になる」コースまっしぐらだろうモチベ低下的な意味で。悪化していけば官の方が悪になるのも末期症状の一つだ。
環境悪化していき、人は流出して残留者もロクデナシばかりで命落とすのも視野にいれた立ち往生を余儀なくされる。頼れる者もおらず日ごと増えていく難民の群れと賊の集団。
やがては抑えきれなくなる一大勢力となっていき大小問わず独立乱立雨あられとなるであろう。
いやはや異世界転生異世界召喚にありがちな都合のイイ乱れ具合ですね。無双し甲斐あって楽しそうですよね。
と嫌味交じりに思われるだろうがちょっと待ってもらいたい。
確かに駄目な君主に駄目な貴族、国も駄目駄目になりつつあるというのはいかにもな舞台ではあるが、先で述べたとおり国としての寿命迎えたらどこだってこんな感じになるものだ。
亡国の兆しから滅亡までというのは、細かいとこは違っていても内部から腐って内輪もめの挙句倒れるか圧倒的な外部勢力に蹂躙されるのに大きく分かれる。
近代における人民による革命なんぞフランス革命みたく後世で美化されてるだけで結局権力闘争の結果にすぎないのだ。
王が代々名君ばかりとか名臣名将が多く仕えていて全員好きに裁量振るえるとか王も臣下も手を取り合って仲良く政治してるとか、それこそご都合的な事でもない限り末期はくるし滅亡も迎えて新たな国が興る。
そもそもこの国の王朝だって初代国王は前の王朝に仕えていた一地方貴族だった。
王や側近らが政治を顧みず享楽に耽り各地で貧困と暴力が蔓延る世の中となり、最初は自衛の為に私財投じて軍を起こし、成果を上げていくうちに周囲に推されて平和のために挙兵した。というありがちな流れで今の王国を建国したのだ。
回りに回って今度は自分の子孫が嘆かれて背かれる側になりつつある事に初代国王はあの世とやらで不動明王みてーな顔してることだろうな。
でもまぁ今からでも真面目にやってくれれば少なくとももう二十年ぐらいは持ち堪えられるんだからしっかりして欲しいよ。
今更勇者の一人二人召喚したところで腐り出してる国をどうこう出来る訳ねーじゃんよー。チートやスキルあっても反映されなきゃ無いに等しいんだよ。経験者だから凄く分かるんだよ。
なにしでかすか幾つか予想出来るとはいえどれも当たって欲しくない。けど何かが当たるんだろうよ。
こんな考えしてるからこそ、俺は立て籠もりの為に日々活動してるのだ。
隣接してる州のみで見ると、暴動はまだ辛うじて騒乱や反乱レベルに至らずにいるとはいえ、数百人規模の、現代日本風な言い回しするなら無敵な人らが日々の食料求めて武器片手に徘徊してるのは間違いない。
見つけ次第討伐してるだろうとはいえ人手少ない割に土地はあるものだから隠れようと思えばどこでも隠れられる。
州境付近の森林地帯なぞ魔物の襲撃というリスク覚悟あるなら隠れるのには適している。
俺としてはそこを拠点にされて数千数万の賊軍が入り乱れるような事態は勘弁して欲しいのだ。
なので一日でも早く一坪でも多く森を消していき、木材積み上げて守りを固めていきたい。
森全部は不可能だろうが減少していけばそういう連中は魔物や動物と命懸けの場所取りしていきやがて消えていくだろう。となれば有難いのだが。
かといって閉じこもってだんまり決め込む程俺も身勝手な振る舞いは出来ない。自分で言うのもなんだがエゴイスト気取るには良心やモラルがありすぎる。
打って出ることは多分なかろうが、こんな辺境まで逃げてきた人らは救ってはやりたいし、食うためにだけに賊になったというなら許して迎えてやりたいところ。
そこで食料自給率の向上となる。
今は四十五万程の人口を食わせるのは出来てるとはいえ、今後その三分の一ぐらいの難民が押し寄せてくると想定。更に軍事用の糧食は別に確保ともなれば余裕を見て百万の人間食わせられる生産量を叩き出したい。
人口の倍以上ともなればさぞや困難と思われるだろうが、土地は有り余ってるのだから耕作地の問題はない。農民の数だって今から増やしていけば辛うじて間に合うだろう。
その為の減税措置でもあったのだ。農民やるのがハードル高いってんならそれを下げて呼び込むのが俺の仕事な筈だ。
いますぐには無理でも年内には目途を立てておきたいところだ。点在してるがその中でも東部の県が農地多いらしいので一度は視察しておくべきかそうなると。
まったく西南ときて東か。まぁ自分の統治してる土地は一通り把握しておくという点でならいつかは全て見ておくべきだろうけど腰定まらなすぎだろう俺。
ともかく最初の年でまずやることは埋まってる感じだな。
夏の残りは州都で内政に勤しむ。秋ぐらいには軍の再編もやっていきたいし、要塞建設優先とはいえ銭湯はせめて年内には州都には定着させときたいな。
だからこそ今ぐらいは何も考えず休みたいのにこいつらときたら……!
喋り疲れたので一旦口を閉ざして忌々し気に二人の方へ顔を向けた。
マシロもクロエも寝てはいなかったが相変わらず空か海かのどちらかに視線を向けて気のない相槌を打ってるだけ。
だろうとは思ってたけどもうちょい聞く側としての態度しなさいよ君ら。
「……ここまで喋ったわけだが、何か言いたいことはあるか?」
「んー、つまりー。①この国ヤベーイ②でも赴任してきたばっかだからまだ成果お披露目出来ねー③それでも数年以内に最低限のことは達成したい④今年の残りもやる事沢山あるから頑張るぞい。ってことでしょ?」
「簡潔かつぶっちゃけたまとめありがとうよ……!」
俺が長々と国の現状と自分らの置かれた現状を語ったのにざっくり纏められてしまった。しかも腹立つことに概ね間違いではないという点な。
ここまでの俺の語りなんだったんだよおい。マジで暇つぶしだったのかよ。
無礼な物言いに対してどう言い返してやろうかと思案してると、マシロとクロエが椅子から立ち上がって大きな伸びをしだした。
「いやーリュガさんの時事問題解説聞いてたらもうお昼ご飯の時間だわー。てなわけでなんか作ってよー」
「くくく、飢えし獣は細やかなる糧を求めて食を生みし者へ願いを乞うたり」
「人をBGM代わりにした挙句に料理を作れとな。お前らの神経の太さは大山脈の幅並みかよ」
「いやあのね、私ら作ってもいいけどレシピも何もなければ焼き加減とか調味料の分量雑なやつできるわよ?食べれないってこたないけどクオリティ低いよー?」
「…………わかったわかった俺が作ればいいんだろ」
大きな溜息を吐きつつ俺も椅子から億劫そうに立ち上がった。
そうだった。こいつらが料理してるとこ見た事なければ出来ると明言されたこともなかった。
無論本人が言うように出来ない事はないのだろう。漫画とかでよくある毒物になったり形容しがたい汚物になったりというのは現実だと馬鹿がわざとやらない限り発生しないのだから、材料に火を通したり適当に塩とか振るぐらい出来るだろう。
ただし食べる側が口に出来ればなんでもいいという同じぐらい雑な感性の持ち主なのが前提なわけで。
俺はそうではないから食べるからには可能な限りちゃんとしたものが食べたい。ということで俺がやらざるえないわけで。
もしレシピ仮に手元にあったとしてもなんだかんだ言ってやらねえだろうなきっと。
休暇というのに少女二人の世話せにゃならんといかないとか何かおかしくね?俺一応伯爵様でこの土地で一番偉い人だよね?
にしても優先順位的にかなり後回しにするけど、真面目にデリバリーサービスの普及も考えるか。飯屋が善意で近所に食事運ぶようなやつでなく本格的なものを。
俺みたいな立場に立たされる奴とか主婦層に支持されそうだよな。汁物は難しいだろうがそれ以外のは馬飛ばして運ばせるとかやれそうな感じするし。
忘れないうちにメモに書き留めておくか。とまで考えて俺はいつの間にか愚痴から仕事モードに移行してる事に気づいて我に返った。
いかんいかん休暇のときぐらいは仕事なるべく忘れてダラダラせねば。
結局思考が仕事関連に帰結することに内心苦笑しつつ俺は二人に倣って大きく伸びをしつつ家の中へ向かっていった。
休暇はまだ始まったばかりである。
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