第46話ステイホームは現状整理と共に(前編)

  海が一面に広がっていた。


 船で既に見ているとはいえ、四方全てが海という光景とはまた違う景色に思えるのは陸地から眺めてるからなのか。


 こういうとき果てなく続く大海原を眺めてれば詩の一つでも編んでみせてもいいとこだが、どうも俺の知識スキルは語彙、特にこういう詩的なものに関しては働いてくれないようだ。無理に捻りだしたとこで三流以下なものしか生み出せないことだろう。


 なので俺はありふれた一般人のようにただただ晴天と蒼い海とを何をするわけもなくボーっとして眺めていた。


 家から運び出した椅子に日傘括り付けて即席プールサイドチェアに仕立て上げたやつに深く腰を下ろして、傍から見れば阿呆のように口を半開きにしながらぼんやりとただただ自然の風景を眺めている。


 相変わらず日差しはキツイが海風が強く吹きつけてきてるので日陰にさえ入ればちょうどいい感じなのはありがたい。熱中症対策に水と塩を傍に置いてはいるが念の為に。


 赴任してから休みは何度か取ったことあるけど、こうして如何にも何も考えず何もやらずな無駄な時間を過ごすというのは久しくしてなかったなぁ。王都に居た時もなんだかんだで色々やっててそんな事やってなかったし。


 顔を横に向けると、同じような椅子に座って同じように半身寝そべらせてるマシロとクロエの姿があった。


 俺はともかくこいつらからしたら退屈で死にそうとか喚きそうと思った。しかし予想に反して無為なひと時を過ごすのも吝かではない方らしいと知って内心少し驚いたもんだ。


 時折欠伸をしつつも寝るまでとはいかずに空と海の蒼さを眺めてるっぽい。毒舌や軽口の類も飛んでこないとこをみると割とこの暇っぷりを堪能してるということか。


 視線を風景に戻して軽く伸びをする。


 二人に倣って夏を五感で感じつつ俺は昨日の事を思い出していた。






 クラーケンの事が一段落した俺らはその日の〆の仕事として貝殻採集及び加工現場の視察を行うことにした。


 付近の食堂で昼食を手早く済ませた後、ヴァイゼさんに案内されて俺達は海岸から差ほど離れてない所に建設された作業所へと赴いた。


 急遽建てられたからか柱と壁はしっかりとしたものであるが、扉どころか出入口部分にあたるところは吹き抜けとなっており、屋根も日よけ代わりに大きな板が数枚乗せられてる程度だ。


 中では女子供らが回収されてきた貝殻を棒や金づちで砕いたり擦り潰している。外で貝殻の仕分けをしてる者を含めたらざっと数十人がお喋りしながら仕事に精を出していた。


 来訪者に気づきしかも地元ではよく見かける有力者なヴァイゼさんだと知るとほぼ全員が作業の手を止めて挨拶の声掛けをしてくる。


 声に応えつつヴァイゼさんがすぐ後ろにいる俺を肩越しに振り向きつつ周囲に大声で素性を知らせた。


「この方がこの仕事を提供してくださった節令使であるリュガ・フォン・レーワン伯爵様だ。分かってると思うがくれぐれも粗相のないようにな」


 節令使と聞いた周囲は驚いて俺をながめやった。赴任以来何度かそういうリアクションに遭遇してるので俺は落ち着き払って視線の集中に向き合う。


「皆の者ご苦労である。今の仕事は今後ともこの地において意義のあるものとなるだろうからその認識を念頭に置いて励んでもらいたい」


 俺が労いの言葉をかけると、それが切欠となって周りの人々が一斉にこちらに向かってきた。シンらが慌てて壁を作って押し止める。


 それに構わず人々は涙浮かべつつも笑みを浮かべて熱っぽく俺に語り掛けてきた。


「ありがとうございます!ありがとうございます!節令使様のお陰で日々の糧を得ることができました!」


「こんな簡単な仕事に釣り合わないような高いお給金をくださって感謝します!!」


「どうかこれからもこの仕事続けさせてください。頑張って働きますから!」


 熱烈な反応にやや戸惑ってるとヴァイゼさんが小声で耳打ちしてくれた。


 ここ最近の漁禁止によるプチ不況の影響も当然あるが、海の事故で旦那を亡くして子供抱えてた未亡人や生きてはいるが怪我や病気で働きにいけない故にあまり動かず出来る働き口を求めてる者など、以前から様々な事情持ちが多く居るという。


 ヴァイゼさんも何かしら仕事の斡旋や援助はしていたとはいえそれにも限界がある。しかも俺が赴任してくる前の役人連中は節令使含めて対応がおざなりなものだったとか。


 悪意あってなわけでなく単に怠慢だと思われるとはいえ、確かに社会的弱者に最低限の支援すらもやってないのはけしからんことだ。そりゃ俺のバラマキ計画に対してこんな反応くるのも無理はない。


 つーか人口少ないんだから働く気のあるやつは積極的に使っていって経済回していけよ。そんなんだから中央からの評価が百年前からあんまり変動ないんだろうが。


 既に王都で静かな余生過ごし始めてる前任者は捨ておくとして、州都に勤めてる役人連中は今後も俸給に見合った働きするよう教育していかんと駄目だな。


 などと改めて決意したのであった。


 それはそれとして領民から好意的な反応を貰うのは悪い気はしないので愛想良い笑顔浮かべて握手に応じましたよ。


 アイドルみてーな感じだけど実際政治家とアイドルは人気が大事なの同じだから基本やる事に差異はないか。


 視察というより半ば地元住民との触れ合いタイムのようなひと時となってしまったものの、さっと見た感じ職場環境含めてこんなものだろう。具体的な数字は後日の報告でチェックということで。


 暑いのに暑苦しい状態の中でのお仕事。人の輪から抜けきって帰路に就こうとしたときには乾いてた筈の服が汗で再び濡れていて気持ち悪いことになってた。


 ささやかながら祝宴でも。と提案してくれたヴァイゼさんに謝意を示しつつもやんわりとお断りした俺はマシロとクロエらと共に早々と宿へ戻っていった。








 迎えた次の日。つまり今日の朝になるわけだが。


 仕事もないのに早々と目を覚ましてテキパキと朝の支度を終える。


 この時点で昨晩まで護衛として付き従っていたウルトラコルポの面々には他の者らと同様特別手当を手渡した上で休暇を言い渡している。最終日当日の集合場所と時間を改めて告げて彼らを送り出していた。


 なので俺の傍に居るのはマシロとクロエのみ。この二人もとっくに目を覚まして支度も終えてたので宿を引き払ってヴァイゼさんの家へと向かう事とした。


 早朝なので万が一まだ休んでたらちょっと申し訳ないなと危惧したけど、海の男は朝が早いのか俺が来訪したときには寧ろ出発準備を整えて待ち構えていた。


「勘が当たってよかった。外れてたらそちらに伺おうかとしてましたよ」


 大笑いしながらそう言うヴァイゼさん。今日は俺らを別荘へ案内したらすぐさま網元としての対応に追われることになるので割と忙しいとかなのに元気なことだ。


 ひとしきり挨拶を終えて早速俺達は町の外へと繰り出す。


 馬とバイクは海岸沿いを移動しつつやがて緩やかな坂を登り始める。


 当たり前だがこんな時代のこんなド田舎にガードレールなんて上等なものが置いてるわけでもない。柵らしいものもなく、僅かばかりの草木が道と崖とを頼りなげに分け隔ててるのみだ。


 幸いにも道幅は狭くはなかったので端にさえ寄らなければ横の景色は悪いものではない。高低も思うよりもなかったのもあるのだろうが。


 黙々と進んでいき、やがて分岐点ともいうべき場所へ到着した。ヴァイゼさんが説明するには右側がこの近辺で唯一ある集落へ続く道で左側が目的地へ続く道だと。


 一つ頷き俺は左側の道へと馬を向けた。


 そこから更にしばらく移動するとやがて開かれた場所へと出た。


 目に映ったのは一軒の家。文字通りポツンとそこにだけある唯一の建物。


 説明された段階で把握してたが、別荘とか山荘というより町にある平屋建てのをそのまま持ち込んだかのようなものだった。普通すぎて逆に何も言う事がないわー。


 変な感心をしつつ俺は馬を進める。他の面々も半歩遅れて付いてきた。


 上半身を少し超えるぐらいの高さの柵のある門を潜ると、裏側にあるという庭とは別に門から玄関までの間に空白地帯があった。


 右側を向くと物置小屋があり、家の壁に沿って花壇のスペースと思わしき煉瓦積みあがった部分がある。花は無く代わりに雑草が生い茂っている。


「こちらの物置は何も入ってません。そちらの二人の乗り物を泊める用に使って頂けたらと」


「だそうだが、どうだ駐車出来そうか?」


「んー?ちょっと入れてみるわー」


 そう言ってマシロとクロエはバイクをゆっくりと移動させながら慎重に物置小屋へと入れ込もうと試みた。


 二人が駐車してる間に俺は左側の奥の方にある馬小屋へ自分の馬を繋いだ。本来三、四頭は収容出来る造りをしてるだけあって小屋は中々広そうだ。


 ヴァイゼさんらの馬は馬小屋には入れずに門の前に各自繋いで待たせる事に。


「昨日のうちに簡単な清掃と整理は済ませております。食料品や飲料用の水を詰めた樽も室内に運び込ませておりますのでご安心を」


 更に彼が言うには万が一飲料水が尽きた場合は来る途中にあった分かれ道の集落ある山の方へ進めば湧き水が出てる池があるからそこから汲めばよいという。


 この家付近は井戸掘ろうとしても海に近いからかやや塩っ気があるので飲むのはお勧めしないというのならそれぐらいの労働は仕方がない。


 他の使用に関してはマシロの魔法でなんとか賄えるし、数日の滞在ならなんとかなるだろうと思うが一応覚えておこう。


 説明を受けながら俺はヴァイゼさんらに伴われて室内に足を踏み入れた。


 家具も日用雑貨もひと通り揃えられている。殆どありふれたもので固められてるのは元の持ち主が質素や慎みあったというより、金になりそうな物はある程度差し押さえられて回収されてるだけか。


 いやなにせその証拠に各部屋に不自然な空白部分幾つかあったし。急なことだったから手直しする余裕はなかったのだろう。


 風呂場になる予定の小部屋もリクエストどおりになっていた。


 人一人難なく入り込める大きな樽と洗面器代わりの桶、それに小さな椅子も置かれており満足すべき揃え方である。


 石鹸等の身体洗う用の道具は持参してるしお湯の心配もない。滞在中の清潔面はこれでどうにかなるだろう。


 周囲が言うように高位の役人や伯爵という身分が滞在するにはちと地味かもしれんがまぁこんなもんでいいんだよ俺は。またそういうの泊める時は家具運び込めばいいだけなんだし。


 最後に庭を一望した。


 たまに手入れがされてるからか想像よりかは草も生い茂ってるわけでなかったし虫が至る所に飛び回ってる環境でもなかった。


 庭の外側は遮るものがほぼない平原だからか風が強く吹くとここからでも磯の香が鼻腔をくすぐる。


 昨日の説明どおり歩いて一、二分もすれば下は海の断崖絶壁という場所なので嵐のときなどは風雨の強さを露骨に感じることにはなるが、そうでなければ風の強さが暑気を和らげてくれるのがありがたい。


 見て回って最終確認的な意味で満足な意を伝えるとヴァイゼさんは根負けしたように苦笑して頷いた。


「それではこちらは家の鍵です。四日後の昼に迎えの者らが来ますので退去時にそちらに返却してください。で、費用に関しては」


「あぁ大丈夫です。昨日部下らに言われたと思いますが、州都の方に請求書お送りしてくだされば一か月以内には節令使の決済承認印付きの書状を添えてお支払いしますので」


「かしこまりました。もし火急の用が発生しましたら来訪する場合もありますがそうでなければ期間中誰一人立ち寄らせないようにしますのでご安心を」


「ご協力感謝しますぞブラオ男爵」


「では良き休暇をお過ごしくだされ」


 鉄製の鍵が数本ついた鍵束を受け取った俺はこれから仕事があるので慌ただしく立ち去っていくヴァイゼさんを見送った。


 彼らの姿が完全に見えなくなったのを確認して俺は肩の力を抜いて解放感に満ちた溜息を吐いたのだった。






 で、そこから荷物や装備を部屋に降ろしてまずやったのが外でのごろ寝である。昼食までまだ時間もあるのでまずは解放感を味わおうとしたわけだ。


 自分のやりたいことをやってるとはいえ仕事の事を放りだして意味もないひと時を過ごすこの瞬間は悪くないもんだな。


 町の喧騒からも離れて聞こえてくるのは海と風と草木の奏でる自然の音のみ。時折遠くから鳥の鳴き声も聞こえてはくるがそれも長くはなかった。


 現代日本ならこんなとこでもスマホはじめとして娯楽に事欠かないだろうけど、異世界で中世文明水準だとマジやることないわー。


 カードとか自前の娯楽グッズはあるけど今はそんな気分でもないわけで。ただただ寝そべってるだけである。


「平和なことねー」


 マシロがそんなつぶやきをした。とてもではないが昨日の今頃クラーケン倒して帰路につこうとしてたとは思えないぐらいに呑気な発言だ。


「なんだよイイことじゃないか。お前ら毎日血沸き肉躍るようなカーニバルでもしないと気が済まないんか」


 別に何か考えてつぶやいたわけでもなさそうなので俺は顔どころか視線も動かさず気怠げに応じた。


「そういうわけじゃないけどねー。それはそれで嫌いじゃないけどこういうのも悪くないって思ってさー」


「くくく、静寂と平穏の織り成すひと時のミラージュ。遠き理想郷を示し半歩なりや」


「このぐらいの平和が当たり前でありたいもんだなぁ今もこれからも」


 しみじみと述べた何気ない感想である。だがそれが会話を継続させる引き金となってしまった。


「んーじゃあリュガ的に今の状況からその当たり前がどれぐらい続くと思うのー?」


 このまま本当に寝てしまおうかと考えだしたときマシロが再び口を開いた。


 思わぬ返しに俺は空を見上げていた顔を相手の方に向けた。


「……どういうことですかね」


「いや、どうせしばらく景色眺めてボーっとしてるんなら横でBGM代わりに今の状況のおさらい説明でもして欲しいなと思いついたのだー」


「思いついたのだー。じゃねぇよ。BGM欲しいならお前音楽プレーヤーかなんかあるならそれでも聴いて寝とけよ」


「嫌ですー。今の気分は起き上がって物取りに行くの面倒な気分ですー。だから四の五の言わず喋くりしやがれー」


「仕事を忘れて休むためにこんなとこに来たのに仕事の話をしろとか軽く惨いんではないんですかねド畜生」


「くくく、横たわりし身体に流れ込む世の常を知らせる生きた情報源の囀りを我は求めし也や」


「お前もかよ!?人をラジオのニュースか何かと勘違いしてんじゃないのかおい」


 視線を合わせようともせず相変わらず景色眺めながら熱の無い口調で要求してくる二人に俺は呆れかえった。


「俺も何もせず昼飯までぼんやりしたいんですけどねぇお二人さん」


「いやほらここで戦略とか政略とか語ったらあれじゃん、後世の歴史家とやらが『彼はこの地でこう語った』的な書き込みしてくれるかもしんないじゃん。機会よ機会ー」


「後世なんざ今は考えたくもないわい。てか聞くのはお前らだけじゃんか。ああいうのは不特定多数の人か記録係が侍ってそうな偉い奴の前でぶち上げてこそ記録に残るんであってこの場で駄弁ったとこで意味ねーよ」


「ほら、あれよあれ。いつか出世したらこう言う事言ってましたよーとか宣伝してあげるからさー。いいから話しなさいよー節令使様ー」


「頼み方が投げやりすぎる……」


 しゃねーやつらだなマジで。もう少し人の立場に敬意持って欲しいもんだよまったく。


 内心溜息を吐きたくなったが結局は本格的に休む前に頭の中整理しとこうという、無理矢理な理由を自分に言い聞かせて語ることにした。


 軽く舌打ちしつつ俺は考えを纏める為に腕を組んでしばし目を閉じた。

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