第48話ステイホーム休暇中の喋り

「ビストロリュガのお味はまぁまぁといったとこかしらねー。シェフ・リュガの今後に期待」


「くくく、原始の欲を満たしされども人の育みし完成未だ満足に足らず。精進をすべきフランぺシェフ」


「わははは、ありがとう。この手に握る包丁で貴様らのドタマかち割ってやりてぇー」


 料理どころか給仕みてーなことさせた挙句の感想に俺は誠意を込めた殺意を表明したのであった。


 メニューは現代日本風で言うなら鳥肉とじゃがいもと玉ねぎぶち込んだクリームシチュー、白身魚のソテー、牛と馬の挽肉で作ったハンバーグ、それにサラダとパン。


 男料理だから幾分大味かもしれんが、レシピいらずの知識スキルを元にして手順通り作ったから悪くはない筈だぞ。


 つーか何度も言うが料理する方じゃなくさせる方だからね俺って。どっちかというと君らが気を遣う側だからね?


 やれやれ残り日数もこんなやりとり込みで炊事することになると気が重いなぁ。


 先に昼食終えた二人は俺が淹れた茶を飲んでつくろいでる。それを横目にして俺はようやく自分の飯にありつくことが出来た。


 料理はやや冷めてしまったが夏の暑さのお陰で差ほど気にならないのが救いか。冬場なら手間かけて温まめ直しもんだわ。


「そういえばさー。この国がヤバイ寸前なのは改めて分かったけどさー。他どうなの?」


 しばらく黙々と食べていると、カップの中身を飲み終えたマシロがそれを意味もなくブラブラさせつつ口を開いた。


「あん?よそ様に構ってる余裕は俺にはねぇよ。引き籠りは自分の世界に閉じこもるのがお仕事なんだよ。世間様なぞ知ったことか」


「メンドクサイからってらしくない事言わないの。私らだから下手くそな逃げ口上って分かるけど他の人聞いたら誤解されるわよー?」


「くくく、偽りのエクソダス。三流以下の道化は逃げをしくじり侮蔑を乗せりしなり」


「……飯ぐらい静かに食わせろってーの」


 溜息一つ吐きつつ俺は大きく切り分けたハンバーグを大口あけて頬張った。デミグラスソースとかな上等なもの存在しないので香辛料を中心に肉に合いそうな汁を複数混ぜ込んだなんちゃってソースだが、まぁ食えなくはないな。


 咀嚼しつつフォークで皿の隅を軽く突く。飲み込み終わるまでそれは続き、口内に残る肉を葡萄酒で洗い流した。


「まぁ他国も似たり寄ったりになるだろうな」


 先程と同じようにやや勿体つけたような前振りをして俺は二人に語り出す。


 我が国は南と東の半分程は海で西は大山脈だ。なので陸地続きで隣り合う国はほぼ北に固まっている。


 北西部方面にはフィーコ王国、北部中央方面にはパクレット王国、北東部方面にはガル・デーニア諸公連合という三国があり、どれらも我が国と同じぐらい年季の入ったお国である。


 確かフィーコ王国が二九〇年、パクレット王国は二一五年で、連合の方は盟主が世襲制になってからのカウントだと一三〇年。どこもかしこもご長寿なことだ。


 この場合のそれは悪い意味でという解釈に傾きがちにはなるのだが。


 俺がここ数年調べたことであるが、どこもうちと同じで起爆装置の壊れた爆弾みたいな危うい状況だ。


 長い平和と安定が緩やかな腐敗を招きそれが致死性を帯びだしたとしか言いようがないが、それを肯定すると平和そのものに対しての冒涜になりかねんのでその辺の論評は控えよう。


 分かってるのは他国ももれなく勇者を召喚しており何か企んでるであろうことだ。


 既得権益害すことになりかねない内政改革よりも適当に喧嘩売って何かしら分捕る方が楽に支持得られるというのは、古今東西変わらぬ悪しき政治行動だ。


 しかも何かと理屈捏ね繰り回す現代よりもすぐに口より手が出る中世なら猶更安易に手を出しやすい。


 今にお互い自分の事でいっぱいいっぱいになるだろうから侵略とかはそこまで深刻に考えてない。精々戦乱のどさくさで国境付近が拡大か縮小するのが関の山だろう。


 そういうのは俺でなく誰か内乱(予定)を収めてくれるような英雄様が自発的にでもやってくれ。俺はここから声援だけしとくからさ。


 隣接してる国以外で一応情報集めて今後の事を考えるとすれば、海上交易行ってる国となる。


 大体は陸路でも行ける国ではあるが、数か国ほどそうではない国とも交易がある。名前と何を売ってるかは耳にしてるけどそれ以上は知らない。


 正直船を使って一か月以上揺られなきゃいけないような所のとこまで考えるのは流石にやりすぎだと思ってる。神様じゃねーんだから世界情勢把握も程々にな。


 なのでこの場合陸路でも行ける範囲になるわけだが、特に問題なくとも勇者召喚や各国の負の連鎖反応に巻き添え喰らってただでは済まない。


 カミカリ様曰く最低でも百は居るという。俺が把握してるだけでも十三、四件だぞ召喚情報。


 仮に平成みたいな外れ引いたとしても召喚した事実利用して謀略の一つもやりかねんわ。


 大陸制覇して統一国家建設とかいう中二病の極みみたいな事を考えない限りはそれらも一々把握はしない方針だ。


 交易が滞らない、或いは滞り出してもこちら側が必要なものが入手可能な間は他所は他所ウチはウチなスタンス。


 ただそれだと前提としてはレーヴェ州が安定を保ってる事と俺と連携してくれるかどうな事の二点が必要だな。孤立主義気取るには此処はまだまだ心もとない。


 引きこもりだって通販したり近所のスーパーやコンビニ行ったりして食料や日用品購入するのだからおかしい話ではない。


 というわけで今の時点で外交と言える課題はレーヴェ州、というより商都に居る商人連中との交渉となる。


 つまりまぁこの世界がどうかではなく俺はただこの国の一部地域に心砕いてりゃいいわけよ。


 さっきも述べたがそういうのはどっかの英雄様がやればいいんだ。


 世界を救いたいとか人々を全て救いたいとかいう救世主か神様気取りな考えなぞ真っ平御免だ。目に見える範囲手の届く範囲では可能な限り助けてやるがそれ以上はやる気はない。


 正義に酔うだなんて俺は嫌だね。


「うわー露悪的ー。数年後の行動次第で完璧黒歴史になる発言だわー。思い出したらベッドでジタバタしながら叫んでるやつだわー」


「くくく、癒せぬ卑しき偽りの悪口。返りしは己が心の波紋のファントム」


「……」


 軽く外国事情話した後に思わず心境吐露してしまった俺が馬鹿だった。そういう自覚も全くないわけではないから反論し辛い。


 ニヤけ顔で酷評してくる二人に俺は言い返すことも出来ずに誤魔化すように黙って食事を再開させるのであった。






 時事問題も一通り語り食事も終えた後は特にやることもないので、俺は自分へ割り当てられた寝室へと足を向けた。


 腹も満たしたのでもうしばししたら程よい眠気も来るかもしれんが、とりあえずまだその気配もない。なので本当に特に目的もなくである。


 部屋は熱気が籠らないようにこの家に来てすぐ窓を開けてある。強めの風が吹き込んできてくれるので想像してたよりかは暑くないとはいえ、沈殿する熱気の淀みは如何ともし難い。


 吹き出る汗を袖で拭いつつ俺は窓際に立った。


 持ち込んだ虫よけの香を数個も使ってるお陰かなのか庭の一角が見えるところに位置する割には虫は寄ってきていない。風の音と共に時折どこかで羽根の音が聞こえてくるぐらいだ。


 しばしぼんやりと外の風景を眺めているとドアをノックする音が聞こえた。


 別に閉めてないのにわざとらしいと思いながら振り返るとマシロが立っている。


「どうした?」


「んー?ボドゲやろうと思って誘いにきただけよー。クロエが今チョイスしてるとこー」


「そんなん別にいつも家ん中でしてるだろうが。何もしない時間というのちったぁ楽しめよおめーら」


 呆れたように俺がそう言うとマシロは「かもね」と喉を鳴らして笑った。


「三泊四日のうち今日ぐらいはいつもどおりでいいんじゃないのー。さっきのチョイ仕事モード含めてさー」


「そりゃな、どうせ後は夕飯食べて風呂入って寝るだけで初日終わるだろうよ。にしたって変わり映えしねー過ごし方だなおい」


「何もせずアホみたいにボーっとしてるだけの一日過ごそうとする人に言われたくないわー」


「景色を愛でながら無心となって穏やかに過ごしてると言ってくれ」


 苦しい言い訳しつつ肩を竦めてみせた。


 あんまり言ってくれるなよ。この休暇そのものの存在問われるんだからよ。


「それにしてもお前らが時事問題に欠片でも興味持つとはな」


 昼飯前の事と先程の事をふと思い出した俺は疑問を口にした。


「この世界がどうなろうと自分達がハッピーなら別にどうでもな考えしてると思ってたわ」


「否定はしないわよー。実際のとこ現在進行形で九割ぐらいはそんな気分だしー」


「じゃあなんだ本当に気まぐれだったのか?」


「……世界というよりリュガに興味ってとこかなー」


「はぁ?」


 数瞬程間を置いてからのやけにしおらしい言い草に怪訝さを感じた俺は軽く目を瞠った。


 長い黒髪を風に靡かせつつマシロが笑みを浮かべていた。いつものような笑顔とは違う、柔和さが多めの微笑だ。


 正直少し驚いた。見た目に似つかわしい表情も出来るんだなこいつ。


「こんなバカみたいな世界で足掻こうとしてる半端な偽善者様の生き様を見物したいと思ったから。だからそれに関連することにも興味少しは湧くものよ」


「なんのことだ。俺は自分をエゴイストだと思ってるんだがね。俺を適切に用いないような世の中に嫌気が差してるっていつも言ってるだろ」


「勝手にやってろと突き放してる癖に目の届く範囲手の届く範囲では救おうとしてる半端野郎がエゴイストなわけないでしょうが」


「……」


 即切り捨てられてしまった。そう言われても仕方がないとはいえもうちょいニヒルっぽく気取らせてくれてもいいじゃんか。


 眉を顰める俺を気にする風もなく、マシロは言葉を続ける。


「カミカリ様っていうのに頼まれたのもあるわよ勿論。でもリュガと会って以降は私らが居てやってもいいかな気分が強めかな」


「なんだ明日いきなり台風直撃コースか?お前にしてはやけに可愛げのある発言してんじゃん」


「こんな世界の糞みたいな状況で悪戦苦闘しながら一喜一憂してるアンタのリアクションを傍で見てて飽きないしね」


「前言撤回。やっぱりド畜生だわおめーらはよぉ」


 だから人をリアクション芸人扱いするな。好きでやってるわけじゃねーよ。


「これでも褒めてるつもりよ。無責任な綺麗事言わずに、でも現実でやれる範囲でマシなことやるっていう微妙なやる気のなさ加減含めて」


「お前それで褒めてるってんなら言語学習幼稚園からやり直せよ」


 いよいよ不機嫌さを露骨に出した俺を見てマシロは柔らかな微笑からいつもの人を小馬鹿にしたような笑みに切り替えた。


「まぁまぁ落ち着いてー。楽しませてる間はリュガの指示に従うしちゃーんと守ってあげるからさー。休暇の後もセルフブラック労働頑張ってねー」


 言うだけ言ってマシロは立ち去っていった。ゲームに参加するの当然と言わんばかりに確認もとらずにだ。


 黙ってれば結構な美少女の癖して奔放なことだ。なんでそういう奴があちこちブラブラせず俺に同行してるか少し分かったとはいえ、まだまだ計り知れないとこ多いな。


 下手にベタな正義の味方とか皆を救いたい系理想主義者ムーブかましてたら即見捨てられる。と思わせられるぐらいにはそういうのお気に召さないらしい。


 今後のお付き合い次第でもうちょいその辺話してくれたらいいんだがさてそこに至るまでどこまで信用持続出来るか俺自身分からんからな。


 今回のやりとりは本当にただのきまぐれなんだろう。


「まったく」


 忌々し気に呟きつつ俺はゲームに参加すべく部屋を出ていくのであった。






 それからゲームをして夕食の準備からの実食となり気がつけば夜の帳が落ちていた。


 夏なので割と遅くまで外の明るさは保たれていたけど、二十時とかになれば流石に夜が完全制圧完了させてしまう。


 空を見上げたら星々が輝いてるとはいえ、灯りとしては心もとない。地上に目を転じたら数メートル先もロクに見えないときたもんだ。


 街中ですら歩き難いのにこんな場所で夜道を散歩とか怖くて出来ないな。ロクに見えない数メートル先は海へ真っ逆さまな崖だぞ。


 なので庭先から夜風を感じつつ星を見上げるぐらいしかやることはない。風呂入って寝るだけだしな。


 その風呂も今はマシロが入ってる最中なので手持ち無沙汰中なのではあるが。


 時折虫よけの香を潜ってやってくる虫を追い払いながら夜闇を見ていると隣に気配を感じた。


 いつの間に来てたのかクロエが隣に立っていた。いやマジでいつの間にだよ。


「ステルス機能でも搭載してんのかお前」


「くくく、空想妄想切除すべき案件。獣のヘヴィなステータスへの過剰な希望を断つべきストッパー」


「……いや、それ『あるわけない』の一言で済むよね?」


 ゴスロリ少女の過剰な単語の羅列へのツッコミは出会ってから数えたら三桁は行ってるのではなかろうか。


 そういうのに疎い俺でもコイツの中二病言語のインチキだとなんとなく分かる。言ってる本人はどう思ってることやら。


 元々口数も多くはなかった。大体マシロが言いたい事を言ってから便乗するスタイルもあるから猶更だ。


 つい最近になってこいつがマトモに喋れるのを知ったぐらいなのだから察して欲しい。


 今もそれ以上は語ることなく黙って俺の隣で夜空を見上げてる。


 別に長い沈黙が苦痛になるタイプではないから気にはならないんだけど、ここは一応話を振ってみるか。


「何か用か?」


「くくく、片割れのひと時のホットウォーター。待機と時間のプレスとリッパ―の小さき掛け合い」


「風呂待ちで暇ってことね」


「くくく、然り然り」


 気怠そうな笑みを張り付かせてクロエは頷く。昼間といい俺と違ってぼんやりする気分ではないらしいな。


「……」


「……」


 いかん、また会話が止まってしまった。


 続けようと思えば出来る。しかし休暇中は脳みそ使いたくないから一々インチキ中二病解読試みつつの会話とか勘弁して欲しい。


 更に言うならマシロ以上に存在が規格外な所為で下手な話題は地雷になりかねん。だから当たり障りのない話題しか出てこないとくれば軽く難易度高いわ。


 昨日の船でのやりとりで今はまだ詮索しないようやんわり釘差されたようなもんだしなどうしたもんか。


 腕を組んで思案してると、夜空を見上げていたクロエがこちらを向いた。


 カラコンでもしてんのか真紅と黒の入り混じった不思議な色をした瞳が俺を見つめている。


「なんだよ」


「くくく、我がバディとの日の高きしときの囁きし言葉の戯れ。同意すべきヴォイスの決意の讃美歌」


「えーと、つまり、あれか、昼間のマシロが言ってたのと同じような事を伝えたいわけか?」


 眉間に人差し指当てて考え込みつつ俺がそう問うとクロエは小さく頷いた。


「わざわざそんな事言わなくても、お前ら見てればどちらか一方が反対意見述べるとか思ってねーから」


 答えが合ってたことに内心安堵しつつ俺は一応その辺り告げておいた。


 基本的に二人で常に行動してるのだからこうして意見述べる際は事前に話し合ってるに違いない。余程じゃない限り相違は生じないとは思ってる。


 いざというときに意見が分かれて喧嘩別れして、それが引いては俺にとって不利益になる懸念。

 というのを俺が想像してたかもしれないとでも考えたのであろう。


 昼間の会話が聞こえてた事はもう「まぁこいつらだし」ということで無視するとして、こうして言い出すのはクロエなりに考えてのことだろう多分。


 一応俺への気遣いと解釈して受け取っておこう。


 それはそれとしてマシロと同意見ということはコイツも俺の一喜一憂の足掻きを見物して愉悦したいんかこら。


「お前もマシロも人を面白玩具扱いしやがってよぉ。俺はある程度やったら嵐が過ぎ去るのを引き籠って待ち続ける人生送りたいだけだってーのに」


 口を尖らせてボヤいでみせるが眼前のゴスロリ少女には馬耳東風。


 反応分かってたので俺はそれ以上何も言わずに再び視線を暗闇の方へと向きなおした。


 再び沈黙の空気が下りる。今度はもう話するのもされるのもやらない疲れたわなんか。


 そうして夜の海風に嬲られつつだんまり決め込みつつあるときだった。


「………………アンタなりに足掻く限りはアタシら居てやるからまぁ頑張りなよ」


 辛うじて聞こえるぐらい小さな声。


 しかしハッキリと意思を示す強さを伴った声。


 声の主がクロエだと知覚するまでやや間が生じた。脳が認識して思わず振り返ったときには、既にクロエは鼻歌歌いながら風呂場へ向かおうとしていた。どうやらマシロが上がるのを察したらしい。


 やっぱり喋ろうと思えば喋れるじゃんかお前。


 なんでそうしないんだろうな。


 いつかはマシロ共々話してくれるのかねそこんとこ。


 そもそもだ、そんな機会が訪れる時に俺や俺を取り巻く状況はどうなってるんだろうな。


 消えていく後ろ姿に向かって俺は心の中で問いかけるしか出来ずにいた。


 休暇の初日は幾分謎めいたものを俺の心に残しつつ終わるのであった。

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