第44話海でのお仕事終わりまして
秒殺で終わったクラーケン退治。ここまでに至る道のりや時間を考えたらあまりにもあっけない幕切れである。
Sランク冒険者でも一撃で仕留められるやつもおるまい。伝説と言われるSSでも居るかどうか怪しいものだ。それほどまでの事を事も無げにやりやがりましたよアイツ。
気が付くと変身解除していつものゴスロリ姿に戻ったクロエは自分のバイクの方へと歩み寄っていた。
あぁそうか回収するんだったなあれ使って。
見ただけで軽く十数mはありそうな巨体だ。傷は一か所とはいえ魔物の嗅覚を侮ってはいけない。今この瞬間にでもクラーケンの死肉を漁ろうと近寄ってるかもしれないのだ。
呆然自失気味だった俺は同じ状態気味な船長らに声をかける。回収作業と聞いた彼らは不思議そうに首を傾げた。
「男爵様からアテがあるから何もしなくていいとは言われてますがね、一体こんなデカブツどうするんですかい?」
「……まぁ見れば分かる」
クロエが自分のバイクに再び跨り狭い場所ながら器用に方向転換させる。前面をクラーケンが浮かんでる海の方へ向けたクロエがマシロに合図送るように手を上げた。
「はいはーい。じゃっ、エロイムエッサイムエロイムエッサイムー」
唱えなくてもいい適当な呪文をマシロが紡いだ途端、クラーケンの触手の一本が目に見えぬ何かに引っ張られるかのように浮かんでこちらに先端を突き出してきた。
船長らが本日何度目かのどよめきを上げる中、クロエはやや顔を下に向けてバイクのモニター部分に向かって口を開いた。
「……ボックスゲートオープン」
『了解。ゲートヲ展開シマス』
二人よりももう少し年下な雰囲気の少女の声がスピーカー部分から流れた瞬間、前面に一m程の丸い穴が音もなく現れる。
触手の先端部分が穴に少し触れたと同時に大きな力でも働いたかのようにクラーケンがみるみるうちに穴の中へ吸い込まれていき、僅か十秒ぐらいで完全に飲み込まれた。
「なんだぁー!?変な乗り物から声がしたと思ったら急に穴が出てきてあれだけ大きいクラーケン飲み込みよったぞー!?」
「ぬう、あれが世に聞くアイテムボックス……!」
「知っているのかシン!?」
「うむ。かなり珍しいとはいえこの大陸に存在してるスキルの一種ではある。私も昔二、三度目にしたことはあるが、無から空間を生み出してそこに物や人を入れて持ち歩ける希少なスキルと聞き及んでるものだ」
「そ、そうなのか。じゃああれも凄く珍しいがまったく居ないわけじゃねぇのか」
「だが私が見聞きした範囲で言うなら精々が大の男が五、六人も入ればたちまち身動きがとれないぐらいの広さ。いや、それだけでも大したものなのだが、あれほどの巨大なものを容易く入れらるものではない筈。しかも人やエルフではなく乗り物となると」
「本人どころか乗り物すら俺達の想像を超えるとは、末恐ろしい同業者を持ってしまったものだなおい」
などと冒険者組が真剣な面持ちで騒ぎ立てております。船長らに至っては理解が追い付かないのか口をアホみたいにあげてクラーケンの居た海を凝視しております。
まぁ驚くよね。俺も一年半前に初見で驚いたもんだよ。
アイテムボックスのスキルというのは、シンが言うとおり見ないわけではないが大変珍しいスキルだ。何十万に一人とか百万に一人居るか居ないかぐらいの希少なもので余程じゃないと目にすることもない。
持ってれば便利なので商人としてある程度成功約束されたようなものだし、そうでなくても様々なとこから好待遇の荷物持ちとしてお声がかかって一財産築けるのである種天性の才能として羨まれる。
人間は強運頼みだがエルフの中で魔導を極めた奴が人工的に編み出したという話を聞くが、結局貴重なことには変わりない。おまけに積載量はシンの語ったとおりだ。
それがうちではバイクが持ってる。当然マシロのバイクも備えてるので、たまにどこから取り出してるか怪しい物の数々はアイテムボックスから小物入れ感覚で取り出してるわけ。
ちなみに容量は本人ら曰くほぼ無制限らしい。しかもぶち込んだらその時点で入れた物の時間は止まって取り出すまで劣化とは無縁となるとか。漫画や小説でそういうのザラにあるがこうして直に遭遇すると出鱈目すぎるよねコレと実感する。
にしてもこれが知れ渡った日には各方面が騒がしくなりそうだからその辺り黙秘貫くことになりそうだ。
特に俺のとこの女ギルドマスターは益々この二人を手放したくなくなるだろうな。靴舐めるのも厭わず躊躇わずにやる勢いで在籍継続望んでくるだろうな。
或いはバイクという、人どころか生き物でもない乗り物に備わってるということで盗み出そうと試みる奴も現れるかもしれないな。
ただその点に関しては持ち主本人及び俺は心配はしてない。
なにせバイクには人工知能が搭載されており、いざとなれば自分の身を護るぐらいの芸当は造作もなく出来るのだから。
喋ったことからも分かるのだが、カーナビとかそういう俺の常識の範囲内でのクオリティでなく、特撮やSFにでも出てきそうなレベルに自我持ってる疑惑ぐらいに桁外れときたものだ。
普段は無口な方だから声かけない限り話し出すことはないが、二人が言うには喋れというならそこら辺の口下手人間よりも流暢かつ延々とお喋り可能だとか。
それ程なものなのでいざというときは自分の判断で電流流すどころか搭載されてる全兵装のセーフティ解除して攻撃を開始することも出来る。
何が搭載されてるかまだ全部教えて貰ってないけど確実に頭抱えそうなブツを仕込んでるのだけは容易に想像できる。
願わくばそんな事態が起こらないよう祈るのみ。起きたとしても人気のないとこでやってもらいたいものである。俺は切実に願うのであった。
というかなんでそんな物騒なトンデモ乗り物を女子高生が当たり前のように乗り回してるんだよ。という根本的な疑問が湧き出る。過去に訳アリだとしてもどれだけ盛り増ししてくんだコイツラ。
毎度毎度湧き出ては打ち消してる疑問。今回もムクムクと湧いてきたがすぐさま無理矢理頭の隅へ追いやった。考えたとこで回答なぞないのだから。
海水で濡れて張り付いた衣服をうっとおしそうに指先で引っ張りつつ、俺は船長らに移動を指示した。
用は済んだ。後はさっさと帰るだけだ。
波に揺られながら優雅に海を眺めるとかいう呑気な事をやる気分でも空気でもねぇしな。そういうのはいつかやるにしても今は早く陸地の安定感が欲しい気分だ。
長年仕事をこなしてきただけあって上からの指示が出ればすぐに対応に動けているのは流石だ。海風に揺れてるだけであった漁船は進路を変える為にゆっくりと動き出した。
こうして俺のこの世界では初めての海での活動は終わったのだった。
数時間後、正午を少し過ぎた辺りには港が目と鼻の先までの距離に至り船長から下船準備を促された。
付近で小魚を採ったり個人的に食す為に釣りをしたりする小舟がチラホラと視界に入り出してる。表情はこの距離ではよく見えないが、恐らく意外に早めに戻ってきた事に驚いてることだろう。
暑さのお陰で到着間際には服はほぼ乾いていた。海水被ってるからやや生地の感触に違和感はあるものの至急着替えを要する事態ではなさそうなので何よりだ。
港の方角へ目をやると、波止場付近に一分ごとに人が増えていってるのが確認できた。どうやらこちらの姿を目撃した誰かが周囲に触れ回ったらしいな。
塩水浴びてややガビガビした感じの髪を軽く掻きつつ陸地の様子を眺めていた俺の隣にマシロとクロエが立った。
「いやー暑いわー。戻ったらお風呂入って汗流したいわー」
「その前にやる事あるんだがな。まぁそれが終わればお前らの好きにすればいいんじゃないか」
「リュガどうするの?その言い方だとそっちはまだお仕事ー?」
「俺も正直日が高いうちながら風呂入って寝たいとこだが、公的身分高いとそれだけ外面に相応しい小さな仕事もあるんだよ」
「くくく、オールウェイズな仕事と言う名の穢れし楔に撃ち抜かれし者の悲哀なる讃美歌」
「意味は分からんがいつものように馬鹿にしてることだけはわかったぞこの野郎」
軽く睨みつけてやったがそれ以上の事はせずにすぐさま波止場の方へ視線を向きなおした。
ゆっくりとだが確実に船は港へと近づいていき、下船準備の知らせを受けてから十数分後には桟橋に到達しようとしていた。
船長以下船員ら全てが船を止める為にドタバタと走り回る中、俺を含めたそれ以外の面々は手を振ってこちらを迎えようとしてる人々に向けて礼儀として軽く手を振り返す。
一般人以外にも役人も居れば海軍の者と思われる軍装をした兵士も居る。やや後ろの方にはギルド職員と思わしき者も混じってるな。
集まってくる人々を一々見定めてると背後から船長に声をかけられた。今から階段を下ろすのでもうしばしお待ちをということだ。
鷹揚に頷きつつ俺は軽く背伸びをして縁から離れた。もう一仕事待ってるがもうひと頑張りでもあるのだからな。
バイクを下ろすのに少々手間がかかるのでマシロとクロエを残して俺はシンらを連れて先に下船した。
シン達や出迎えに来た兵士らが無言の連携で俺の周囲に小さな壁を即座に形成したので、下りた瞬間に民衆に群がられるという事態は起こらなかった。
それでもやや遠巻きに見つつも結果の是非を聞こうとその場から離れない人々。陸で出来る仕事してたり遊んでたり雑談に興じてたりとしていた老若男女がそれらを放り出して興味も露わにしていた。
その中から二、三名がもみくちゃにされながらも群れから出てきて護衛らに通せんぼされながらも俺に声をかけてきた。
「せ、節令使様!ワタクシどもはギルドの者です。この町の分署に勤務しておりまして、その、あの、ギルドマスターから結果確認と報告を命じられてきましたので……!」
暑さと人込みで大汗掻きながらも必死に用件を伝えようとする職員らに俺は軽く苦笑を浮かべる。仕事熱心なのはいいけどもう少し落ち着いても良かろうに。
でも無理もないか。朝出て行ったのがまだ日が高い内に戻ってきたのだから何があったのかと駆けつけたくもなるだろう。
しかも船に目的の物が見受けられないとなればトラブル発生を危惧でもしたのだろう。彼らにとってクラーケンはそれほど脅威ともいえるわけだが。
期待と不安の入り混じった顔を護衛越しに突き付けてくる職員らを片手で制しつつ、俺は軽く後ろを振り返る。
木材の軋みと共に軽いエンジン音の唸りをあげつつ、二人の少女がバイクに跨りつつ下船してきた。船には鉄の板を並べたり撤去したりして一汗掻いたであろう船員らが汗を拭う姿が見える。
噂の対象が姿を見せた事で周囲が更にざわめいた。
小鳥の囀り程度にも感応しない二人は俺のすぐ後ろまで来てバイクを止めた。
「どうしたのリュガ。そこの人らに『散れ散れ見せもんじゃねーぞ』とか言ってどかさないのー?」
「そんな糞テンプレチンピラみてーな真似するか馬鹿。お前らに用のある連中が来てるんだよ」
俺が顎で眼前の職員らを指し示す。それをみて二人は「はぁそれは暑い中ご苦労様で」と言いたげに軽く頷いた。
「あのー、それでお二人はクラーケン討伐どうなされたのでしょうか」
二人の姿を目にした職員の一人が遠慮がちに声をかけてきた。
逸る気持ちは理解するけど流石にここで見せる訳にもいかないよ。早い所場所替えないといかんよねこれ。
などと俺がちょっとした思案をしてたというのに。
「うん?どうもうこうもやってきたから帰ってきたんだけど?疑うなら見せてあげるわよー」
「くくく、開眼せし現実の扉を晴天白日に晒すべき怪異の象徴」
そう言いながらバイクのハンドル部分に小さな空間形成させたかと思うとそこに手を突っ込んで中から触手の先端出してきおったよ。俺が止める暇もなく知っててやらかしやがりましたよ。
アイテムボックス持ちとかそこにクラーケンいれてるとか情報量がこの時代の狭い知識や世界の住民相手にはいささかキャパオーバーすぎるというのに何やってるんだお前ら!?
案の定クラーケンの先端が出てきた途端に地元住民らはざわめきを強め、話を振った側の筈の職員らは驚愕にしばし沈黙してしまった。
「あれー?私達なんかしちゃいましたー?」
「それが言いたいだけだろ!?しかも棒読みで言うぐらいなら口にするなうっとおしい!」
面白がってあえて空気読まずにやらかしたであろう性悪二人に軽く舌打ちしつつ俺は前で壁を作ってるシンらに指示して茫然自失してる職員らを引き戻しにかかった。
肩を叩かれつつ声をかけられた職員らは触手の先端を凝視し続けながらも咳ばらいを一つしてなんとか気を取り直した。
「た、確かに資料に書かれてる特徴的な皮膚の色と大きさ。後で改めて全身見せてもらうとして、あの、と、とにかくも討伐成功おめでとうございます」
「男爵にも直に確認してもらうつもりだからそれは承知している。とりあえず結果のみでも州都のギルドマスターに報告をしてくれたまえ」
討伐成功と額部分に損傷ある以外は無傷で仕留められてることの二点だけ伝えていればひとまず安堵して喜んでくれるだろうヒュプシュさんも。詳細は帰ってからでも遅くはないそれだけ分かってれば。
俺の言葉に大きく首を縦に振った職員らは小声で相談し合った後に一人が小走りに駆け出して再び群衆を掻き分けて消えていった。おそらく報告書作成と早馬の準備に分署へ戻ったのだろう。
一休みしてからヴァイゼさんに立ち会ってもらいつつ獲物見て貰おうと思ってたがこうなると予定変更だな。さっさと水揚げ場に行って改めて確認とってもらうことにするか。
昨日の話し合いの折に帰還した後に顔合わす場所に関しては決めている。この集まりと騒ぎなら誰かが男爵邸へ知らせに走ってるだろう。来なければ使いだせばいいだけな話だし。
目前のやる事定まった俺は大股に歩きだした。シンらが数瞬遅れて追従する。護衛の壁はそのままなので周囲の現地人らは互いに話をしつつ俺の方に視線を向けるのが関の山であった。
しかしまぁ詰め込み無制限はバレてはないとはいえ、少なくとも世間で認識されてる以上の広さを持つアイテムボックス持ちが存在するのが四方八方に広まるのは時間の問題になったなぁ。
船上で危惧せんでもなかった事が速攻で現実味を帯びてしまったことに俺は内心頭を抱えた。
歩いたほうが速いんじゃないかレベルの速度で運転してるにも関わらず気にする素振りも見せず会話してる二人をチラリと見やる。
バレたときの面倒さを想像出来ない奴らではないだろうし、こんな事して噂が広まる事態も承知してるだろうに。
悉く返り討ちするという非合法手段だけでなく俺の客分だからある程度合法的手段による庇護も期待してのことと推測してみたり。
そうすれば俺個人が面倒な仕事微妙に増えるだけで済むからな。俺としてはどついてやりたいけど。
この世界でこの二人どうこう出来る奴もそうはいないだろうから、精々暇つぶしの玩具がやってくるぐらいにしか思わないのだろう。
金持ちだろうと有名人だろうと権力者だろうと、このフリーダムな塊の出鱈目コンビにとってその程度でしかないとすれば客観的に見れば遠路はるばるご苦労様にしかならんか。
それとも動機はともあれ名の知れた或いは金持った奴がこんな辺境の田舎に来る切欠になる事を見越してわざとやったのか?
何十人何百人もくれば一人二人はマトモそうな奴が居てそいつが此処を喧伝してくれるとかならありがたい話ではある。イメージアップ図れたら儲けものだしな。
しかし、いやそんなまさか。
ふとそんな考えが浮かんだ俺は思わず二人の方を振り返った。突然の行動にシンらが目を瞠るのも無視して俺はマシロとクロエを見据えた
「なにー?どしたのー?」
「くくく、奇行子の奇妙なアクションの謎めいた衝動」
「…………いや、なんでもない」
衝動的に動いたものの結局俺は二人の不思議そうにしてる顔見てその場で問い詰めるような事は出来ずに終わった。
仮にだ、仮にそういう意図があって良かれと思った行動にしても今後生じるかもしれないトラブルに対処するという苦労が消えるわけでもない。
マクロな視点で見れば益あれどもミクロな視点で見れば俺が経験する心身の労苦を考えたら差し引きゼロじゃねこれ?と思い至った。
つくづく俺は何かを得る度に仕事が増えていく星回りにでも生まれたのかねぇ。
一仕事終えて休暇目前というのに、俺の心は夏の日差し程に陽気にはイマイチなれなかった。
再び歩き出したものの、つい先程よりかはやや歩調弱めに俺は皆を引き連れて陸揚げ場へと向かうのであった。
次回更新日6月4日(木)
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