第41話メイリデ・ポルト

 数日後、俺はギラつくような日差しを受けながら南の街道を黙々と進んでいた。


 鍔付き帽子の後ろに風通しの良い麻の布を垂らして顔や首を日光からガードしているが、四方八方から襲い掛かる自然の熱波は避けきれず汗がとめどなく流れている。


 現代の地球のように温暖化による殺人的な気温上昇はないとはいえ、夏は暑いものは暑いのだとつくづく実感する。


 冬も単語変えただけで同じ事言ってそうだがそこは置いておく。


 温い通り越してお湯寸前な水を不味そうに飲み干しつつ俺はちらりと左右を見る。


 俺に同行してるのはマシロとクロエ。私兵部隊から冒険者組三〇名、正規兵から騎兵一〇名、馬が引いてる荷車に搭乗してる歩兵四〇名、そして文官が一〇名の合計九二名の小集団。


 正直役人はともかく兵隊は私兵部隊だけでもいいと俺は考えていた。なにせ目的の半分は休暇なので護衛としてはそこそこでも良いだろうから。


 けれども今の俺の立場及び目的のもう半分が公務である以上はそれなりの形式とか体裁が大事になるわけで。


 これでも随分減らした方だ。普通節令使ともなれば少なくても千人前後のお供が大名行列よろしくぞろぞろ歩き回るのだから。


 文官除けば一〇〇名にも満たないので戦力としては微々たるものだけど、集団としてはそれなりだと思ってる。


 少なくとも田舎の街道に飛び出してくるような魔物や野盗の類程度への示威としては成立する。こんな辺境の田舎道で西方部族ら以外で一〇〇超える武装した集団とかそう存在するわけでない。


 マシロとクロエは自分のバイクに歩兵は馬の引いてる荷車に搭乗しており、それ以外は全員馬に乗ってる。普通に歩くよりは早いとはいえ常時疾走してるわけではないから州都から目的地まで余裕をみて二日程といったとこだ。


 バイク乗りの二人は日傘さして携帯扇風機当てながら平然とした風であるが、二人以外は全員俺のように暑さに辟易した様子を隠さず無言で移動に集中している。


 馬のコンディションも考慮して休憩を挟んでの行軍。しかしそれも可能な限り回数を減らしての事なので順調ではあった。


「魔物も盗賊も出てこない退屈な旅なことでなによりねー」


「おう平和が何よりトラブルノーサンキューなんだから別にいいだろうが」


 マシロの何となくなつぶやきに俺は真面目くさって返答した。


 何も見るべきと来ない辺鄙なとこならまだしも、辺境とはいえ港と州都を結ぶ道が治安的に良いに越したことはない。でなければ商業なぞ成り立たない。


 今のご時世を思えばたまに脇から飛び出してくる魔物の心配以外はしないで済むのはありがたいことなのだ。


 更に言わせてもらえば今後は通信施設を建設していくのだから益々の安全を心がけてることになる。少なくとも俺の領内で盗賊がお天道様の下堂々と歩けるような真似は絶対しねぇわ。


 何気なく歩いてる道が当たり前である事が、この世界では当たり前ではないからこそ俺は不安を抱かず歩けて当たり前を目指したいとこなのだ。







 そんなこんなで何事もなく二日目の正午前には俺ら一行は港町を一望できる丘のてっぺんに到達していた。


 メイリデ・ボルド。


 ヴァイト州の南に位置する第二県メイリデ・ボルト県の名を冠する港町であり、プフラオメ王国に公認されている港の一つでもある。


 ヴァイト州にある町としての大きさは州都に次ぐとはいえ、王都どころか副都や商都と比較すれば背伸びして拡張した田舎の町に毛が生えた程度のもの。


 基本的には漁港や商船が嵐や海賊の追撃を避けて逃げ込んでくる避難所としての面が強い。軍船の常在や時折商船が立ち寄ることからそれなりの体裁を整える為に幾らか拡張と整備が行われてはいる。


 という事もあって現地人からすれば辺境の割には盛況そうに見えても、元現代日本人の俺や現役日本人のマシロとクロエからしたら漁船の数の割には規模が大きい漁港ぐらいにしか見えないのは仕方がない。


 シンら冒険者や生まれ育ちが内陸部の兵士らは海や港に小さな歎声を上げているのを横目に俺は久方ぶりに目にする海を無言で眺めていた。


 この世界に来てから海は一度だけ見た事がある。幼いころに先代に連れられて商都へ赴いた時になのでかれこれ十七、八年ぶりになる。


 スキルのお陰で幼少時の記憶も思い出そうと思えば鮮明に思い出せる。あそこは確かにイメージどおりに海がもたらす富で栄えてる所だった。


 あそこと違って華やかさに欠ける、本当に軍船商船がなければ漁港と勘違いしてしまうぐらいにここは地味である。


 普通こういう海に面した港とか町とかって海風と共に流れ込んでくるのは南で育つ花や植物の香りだろうが、ここは水揚げされた魚介類の生臭さが僅かに漂ってくるのみ。


 町も良く言えば堅実的かつ生活に根差したしっかりした造りがなされているが、別に南方のイメージにありがちな至る所が花々で飾られてるとかや白亜の材料で作られた家が立ち並んでるわけでもない。


 いや別にディスるわけでなくてね。仕事しに来たわけだからそういう華やかさとかいらないし。休暇も落ち着いて休めそうなとこあるなら文句ないからね。


 人工物はそこまでであるが、自然の風景は悪くはなかった。


 晴天の青と海の青さ、それに雲の白さが添えられてる風景はありふれてはいるけど美しいものがある。やや生臭さも入り込んできてるとはいえ海風の涼やかさは木陰で休んでるときに吹いてくる風に勝るとも劣らない気持ちよさがある。


 流石にこの距離からでは聞こえてこないが、これに波の音が加われば気分的な涼しさが増すやもしれんな。


 っといかんいかん。久方ぶりに見る大海原を感慨持って眺めるのもいいが、そういうのは仕事終えてからにしようか。


 気を取り直して俺は周囲の面々を促して丘を降りて行った。


 移動再開してから十数分後には、俺達はメイリデ・ボルトの入り口にあたる付近に到着した。


 通常の町以上州都以下の質量な門前には数名の兵士が門番として立っていた。暇そうな顔していたが俺達の姿を確認するやあからさまに緊張した表情で直立不動となる。


 俺が声をかける前に役人の一人が素早く前へ進み出て門番らに節令使の来訪と明日の視察の告知を行った。


 うん、そういえば俺がわざわざ声かける必要なかったわ。こういう些事ぐらい部下にやらせるのが普通だよね。つい自分で声かけて用件伝えようとしてたわ。


 役人からの伝達事項を聞いた門番の一人が役所へ知らせようと足早に大通りの中に消えていくのを見届けながら俺は内心苦笑した。


 そういう事もありながら俺達節令使一行も大通りへと馬を進めていく。


 門をくぐると剥き出しの土の道から石畳みの敷かれた道へと変わっていく。真ん中部分だけとはいえ、現地の人なりに移動に配慮してのことだろう。


 行きかう人々の大半はこの町か周辺地域に住む人々であるが、時折この辺りでは見慣れない髪型や服装をしたり肌や髪の色をした人も数名見かけた。


 現代日本では外国人は珍しくもないものだけど、この世界この時代としては海の向こうからやってきた者の存在は珍しく思える。こういうのも海の町ならではといったところか。


 左右には民家と共に露店が立ち並んでいる。他の町というより土地と違うのは扱ってる食料が野菜や果実やパンよりも魚介類が多いということ。


 生で売るとこもある。焼いたり煮たりスープの具にしたりと様々な調理をされたものを売るとこもある。珍しいとこでは鱗や皮で作った防具や装飾品を売るとこもあった。


 塩や魚醤を使って調理された魚のいい匂いが食欲を刺激するがもう少し我慢。まずはヴァイゼさんの家を訪問だ。


 俺や左右でバイクを動かしてるマシロとクロエに奇異と興味の視線が集まってるのを肌で感じながら以前教えられたブラオ男爵の邸宅へと馬首を向けるのであった。






 ブラオ男爵邸はこの一帯を取り仕切る立場だけあってこの辺ではすぐに目が付く大きな邸宅であった。


 とは言うものの、大理石や白亜の壁だけで作られたとか、数百m規模の広さを誇るとか、貴族に相応しい装飾や彩りが添えられた建築がされてるというわけではない。


 大きいといえば大きいが自宅に集会所や作業所などを併設させた風の、地元の小金持ちが何にでも使えるようにとりあえず大きく建てましたみたいな家だ。州都に構えてるブラオ邸のがまだ爵位持ち意識した家造りしてるように思える。


 家がそうなので庭も彫刻や石像どころか花々も植えられてなく、あちこちに漁業で使われる道具や修理中と思わしき小舟が置かれてる。それに干物でも作ってるのか解体された魚の切り身が干されてる。


 言われないとここが男爵家であるとは誰も思うまいな。そう考えつつ進んでいくと、玄関付近にヴァイゼさんが家族と思われる人々と並んでこちらを待っている姿が見えた。


 気づいた俺は数歩手前まで来て馬から降りた。マシロとクロエ以外の奴らも慌ててそれに倣う。


「ようこそお越しくださいましたレーワン伯。お暑い中のご来訪誠にありがとうございます」


「いやこちらこそ暑い中で出迎え感謝致します男爵」


 ヴァイゼさんの姿は州都でよく見てる余所行き用の服ではなく、麻で織られた袖の短い薄手の夏衣と股引みたいな丈の短いズボンを纏っており首にはタオルをかけている。多分直前まで外仕事でもしてたのだろうかそのタオルも目に見えて湿り気帯びていた。


 ただでさえ漁師が無理矢理貴族の服着てるようなイメージだったが完全に漁師か田舎に居そうな夏スタイルのおっちゃんである。片手に団扇か缶ビール持たせたら完璧なぐらいの。


 俺の視線が服に向けられてる事に気づいたヴァイゼさんが気恥ずかしそうな笑みを浮かべた。


「いやはや伯爵の前でお恥ずかしい。夏場のここでは普段こういう恰好な上に先程まで若い衆らに仕事の指示してたもので着替える暇もなく」


「あっいや気になされるな。こうも暑い中で仕事するとなると気取った格好なぞしたくない気持ちも分かるので」


「そう仰ってくださるとありがたい。あぁ申し遅れましたが、こちら私の妻と息子夫婦、それとちょうど家に居た親族らです」


 ヴァイゼさんに促されて十名程の男女が次々と俺に挨拶をしてくる。


 奥さんはヴァイゼさんと同年齢で地元でも漁船数隻所有する腕の良い漁師の娘さんだったと紹介された。


 息子夫婦は共に今年で二十歳で去年結婚したばかりだとか。何事もなければヴァイゼさんは四十後半でおじいちゃんになるとか、現代人感覚で言うなら早いなぁという感想浮かぶな。


 その他の親族も上は五十代で下は十代後半。全員が漁師をやっておりこの町で生まれ育っている生粋の地元民だ。


 全員もれなく地元の漁師さんという感じで男爵家の親族には見えない。無論良い意味でだ。


 王都に居る貴族連中は血縁あるだけで威張ってるような奴らも普通に居るからこういう人らは新鮮だな。


 一通りの挨拶を終え、俺とマシロとクロエはヴァイゼさんに案内されつつ邸宅へ足を踏み入れた。


 他の同行者らは親族の人らに簡易休憩室に案内されてひとまず待機することに。役人らは俺と共に邸宅に入ったものの一階にてヴァイゼさんの部下と事務的な話し合いを行うということで一旦別れた。


 彼らが兵士らの滞在する宿の手配や町の様子を含めた情報を受け取る手筈なので任せるとして、俺は俺の仕事に取り掛かることとした。


 二階の客室に通された俺らは勧められるままに椅子に腰を下ろす。


 奥方自らがわざわざ蜂蜜水を差し出してくれたので感謝しつつ一気に飲み干した。汲み上げたばかりの地下水で蜂蜜を割ってるのか思ったよりも冷たく五臓六腑に染み渡る。


 俺が満足気に陶器のコップをテーブルに置いたのを見計らってヴァイゼさんが声をかけてきた。


「それでレーワン伯。今回のご来訪の件に関してなのですが」


「あぁええと、順番的にはやはりあれですか、クラーケンの」


「そうですな。こちらとしてはまずこの件をどうにかしたいと思ってまして。移動でお疲れの所申し訳ありませぬが何卒」


「分かってます分かってます。節令使としても軽視出来ませぬからな港の治安は」


 恐縮そうに頭を下げてくるヴァイゼさんにそう言って俺は現況確認を始めた。


 討伐の件をヒュプシュさんに依頼して以降どうなってるのか。


 クラーケンは目立った動きはしてないが、十中八九まだ湾内ないし出入口付近のどこかに潜んでいると見るべきだという。


 あれから漁船の一、二隻が被害にあった以上のことは起こってないが、漁師らは迂闊に漁に出られず困り果ててるらしい。


 あまり遠出せずの漁でなんとか凌いでるが、これが数か月も続くとなると出港の制限を出すか当面全面的に漁業停止するかの判断を下さねばならない。


 海軍も巡視の回数を増やしてくれてるとはいえいざ討伐ともなるとどこまで頼りになるかも不明だ。


 プフラオメ海軍は俺が抱え込んでる兵隊らとは指揮系統が別なので五〇〇〇の数には含まれていない。当然ながら他の節令使らも同様であり、王室直属の軍隊である。


 主力は商都に居るのでこの港町に駐留してるのは一部となる。そして数も練度も駄目なわけではないが主力と比べたらやや劣ってしまう。


 人数は一〇〇〇名。船は全長八〇m、排水量三五〇tのものが七隻。一回り小さい緊急用の予備船が二隻。戦闘や航海訓練用の練習艦が二隻の合計十一隻を保有している。


 船の種類はいわゆるガレオン船。これで銃や大砲積んでればこの時代にしては出来の良い船になるんだが、そういうものがあるわけもなく。


 飛び道具が火矢か樽とかの入れ物に油詰め込んだやつぐらいしかないとクラーケンは厳しいだろうな。


 それに今回はあくまで冒険者が討伐依頼を受けた形をとってるので軍用船を借りることは出来ない。節令使お抱えという立場なら猶更である職業モラル的な意味で。


 なので移動は漁船となる。そこで俺がヴァイゼさんに差し出したのは先日冒険者ギルドにて作成してもらった接取命令及びそれに伴う補償に責任所在に関して書かれた書類である。


 これには既に俺、ヒュプシュさん、ローザ男爵のサインが記されており一行だけ不自然に空白なとこにヴァイゼさんの名前をいれてもらうつもりだ。


 強制ともいえる強権さと報酬、万が一船が損傷した場合の損害賠償、同じく命を落とした場合に遺族へ支払う賠償金の高額提示というお金の御力とを合わせて使えば多少欲のある奴なら危険承知で提供申し出る奴も出てくるだろう。


 ただ漁船といっても近場で魚釣りするぐらいの小舟では話にならない。条件として第一に優先すべきことは搭載能力。言ってしまえばマシロとクロエのバイク乗せれるか否かだ。


 クラーケン倒した後にそいつを新鮮なまま回収するアテというのがあいつらの乗り回してるアレにあるのだから仕方がない。なんでもいいなら俺含めて数名乗せれるぐらいの船でもいいぐらいなんだし。


 説明を受けたヴァイゼさんは「あのお嬢さんらの乗ってる変な乗り物がねぇ」と怪訝さを隠さず呟いたものの、それさえクリアすれば勝ったも当然になるならばと承諾してくれた。


「では私が署名したこいつを早速港に居る奴らに触れ回ってみます。今日中に何人か名乗り出てきたらすぐにでも面談してみましょう」


「そうして頂きたい。足さえ調達出来ればこちらもすぐ取り掛かれますからね」


「それは頼もしいですな。流石ヒュプシュ女史が熱を上げつつある有望株といったとこですかな?」


「…………そうですね」


「何故一瞬間があられたのか伯爵」


「気のせいですよ男爵」


 不思議そうに問うヴァイゼさんに俺は優雅さたっぷりの笑みを浮かべてはぐらかした。


 内心ではぶちまけたいのを堪えて歯ぎしりしつつ。


 だって頼もしいけどさ、有望だけどさ、巻き込まれる俺からしたら何の罰ゲームだよって気分しか湧かないんですよ。俺への賛辞でもねぇんだし余計に思うわ。


 淡々と進めてきたけど冷静に考えたら早ければ明日の今頃中世水準の頼りない木造漁船で海の上じゃんよ。どこから出てくるか分からない巨大海洋生物にビクついてる時じゃんかよ。


 ここまで来といて今更何をと言われても俺はやっぱり釈然とせんぞおい。


 書類に署名をする為下を向いてるヴァイゼさんの姿を確認した俺は素早く隣に居る少女二人を睨みつけた。


 だが黒髪の少女と亜麻色の髪の少女は席にはおらず、客室のバルコニーから町と海の風景を見物しつつ駄弁っていた。


 その姿は本性知っててもなお絵になる光景ではある。あるけれどもそれはそれで「何他人事してんねん」的になんかムカつくのが今の俺の心境なわけですよ。


 よそ様の家で家主の前で怒鳴るわけにもいかず、頬を軽く引きつらせつつ俺はなんとなく片手を上げて側頭部を掻きむしるのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る