第40話土下座とか愚痴とか
「あ、ありがとうございます!この御恩は忘れません!!」
涙目になって取り縋らんばかりに悲壮感漂わせてた顔してた夫妻が俺の返答にたちまち満面の笑みを浮かべた。
うん、あれだね。俺含めてこの時点でクラーケンの運命が決まった事に誰も疑問思ってないよね。これ完全に退治した後の事を考えようとする空気だよね。
あなた方や俺の隣に居る人間の形したド畜生どもは概ね納得してるようだけど、俺一人だけ甚だ不本意かつ理不尽なんですがね。
大きく長い目で見れば節令使としてはお得だよ。
ほら、ギルドマスターに今後もある程度無茶言えるわけだし、海にて得られる富に関しての不安定要素排除されるわけだし、扱い軽いけどまかりなりにもA以上と目される魔物討伐された実績が積まれるわけだしで。
けど小さく短い目で見れば損だよ?
俺という個人としては何が楽しくてヤバイ魔物を間近で拝みにいかなければならんのかと。倒される事確定だとしても進んで寿命縮まるような真似するドMじゃねーぞ俺は。
公人としての自制心が働いてるけど、それがなきゃ今頃露骨に渋面作って黙りこくってるからね?大人げないの承知でそういうことしちゃうからね?涙目になりたいの俺ですからね!?
俺の内心を知らない半分は今度は感謝の為に頭を下げて、内心を知っててあえてやらかした半分は遊び気分隠さずで海の話をしてる。
怒るに怒れずに居る俺が出来る事といえば、精々内心を出さない程度に腕組みして真顔で黙るしかなかった。
「……しかしそうなりますと、ギルドマスターとしてはいささか欲が出てしまうものでして。その、出来れば綺麗な状態で倒す事というのは」
この際だから駄目元で言える事は言っておこうとばかりにヒュプシュさんが俺にというかマシロとクロエにお伺いたててくる。
彼女の言葉に俺は軽く首を傾げた。
正直どうだろうな。
ただ殺すだけならワンパンで決めそうだけど俺が今まで拝んできた範囲でいうと少し難しい要求ではなかろうか。
王都のギルドマスターも「上位の魔物を立て続けに倒してきてくれるのはありがたいが、そのですな、もう少し手加減してくれたら助かるんですがな」と俺に苦笑気味にボヤいてたな。
頭や心臓部分だけ抉れてればマシなほうで酷いときはいつぞやのグラスワームみたく半分肉片になってぶちまけられてる状態。しかも本人らが特に気にせずバラバラになった部分放置して帰ってきたりする。
しかし肉片だろうが残骸だろうが上位の魔物には違いないので換金すればそれなりの金にはなる。
なので一時期はハイエナみたいな連中が命懸けで二人を尾行してきては狩場漁りをして小金稼ぎをしてたこともあったとか。
そいつらもある程度調子乗ってきた段階で冒険者ギルドから取り締まり受けたという話も聞いている。しかし危険な目にあって尚且つギルドの介入の危険も犯してまで実入りが良かったのだろうなと想像もできる。
当の本人らはこれに関しても無関心。ただただ暇つぶしと小遣い稼ぎ感覚でケーニヒ州に点在してるであろう手強そうな魔物を狩りまくっていた。
そんな二人が今更そういう要求呑むものだろうか。倒してきてくれてある程度原型留めてるので満足すべきではなかろうか男爵夫人。
そもそもだ。海の上で仕留める獲物。しかも小さく見積もっても軽く十数メートルはあるであろうデカいやつの持ち運びどうするのかと。
漁船では無理だろう多分。軍船はいけなくもないけど、魔物退治とはいえ民間の冒険者の為に国の船をホイホイ使えるわけない常識的に考えて。幾らギルドマスターの頼みでも流石にファウルライン超えるか否かの境目案件になる。
死体を網か縄で縛りあげて陸地につくまで海の中に付け込んで引っ張る。というのも駄目だ。死体の血肉目当てに他の魔物が寄ってくるオチしか見えない。
これはどうしたものか。やはり無茶言うなとやんわりと言うべきか。
俺がこういう事を考えつつ隣の二人に視線を向ける。
こちらの無言の質問を察したのかマシロとクロエは面倒そうに欠伸を一つしてからこう言った。
「面倒だけどやれないことないわよー。運ぶのもまぁアテあるから大丈夫でしょー」
「くくく、用意周到のパラノイア。アブソリュートな勝利への布石の妙よ」
「アテってなんだよおい」
「忘れたの?私らそれぞれあるじゃんあれがさー」
「……あー、そうか。お前ら本当になんでもアリだなおい」
短時間で感情と思考の振りが激しかったので抜けてたけどようやく思い出した。そういえばあったわ方法。俺も過去に二、三度見てたわ確かに。
この日何度目かの嘆息をしつつ俺は二人から言質とったことを確認して夫妻へ向き直った。
「というわけで多分いけそうです。なので港町へ行くのはもう少し先ではありますが、到着次第取り掛からせますので」
「そう言って頂けるとありがたいですわ。本当に重ね重ね感謝致します」
「それと軍船手配は節令使としてはお引き受け致しかねるので、私とローゼ男爵、それとギルドマスターである男爵夫人に港に居るブラオ男爵の四人の連名で命令及び保証書作成します。報酬と共にこれを提示すれば漁船の一隻ぐらい誰か提供してくれるでしょう」
「わかりました。依頼したのは私どもですしそれぐらいお安い御用ですわ」
「では書類作成はお任せします。完成次第私の方へ提出するように」
「はい。今日中にでも使いの者へ届けさせますので何卒よろしくお願い致します」
頷く夫妻に俺は更にクエストへ出ている私兵部隊所属の冒険者らの事を訊ねる。
彼らの討伐成功報告を昨日分署から受けたらしく、今はこちらへ帰還する途上とのこと。距離も徒歩で一日かそこらというので今日明日にでも戻ってくるという。
現状を聞いた俺は一つ頷き、彼らに対して帰還したら速やかに州都庁へ戻るように伝えて欲しい旨を告げる。ヒュプシュさんらは無論快諾した。
やれやれこれで用件は済んだな。何故か俺が寿命縮まりそうなもんに巻き添えくらうという点を除けばこんな流れだろ。
討伐同行の件は了承したとはいえマシロとクロエには後で一言言わないと気が済まない。馬耳東風だろうと分かっててもだよ。
なのでもう用が済んだらさっさと戻ろうそうしよう。
夫妻からの昼食の誘いを丁重に断り俺はマシロとクロエを連れて執務室を後にした。
部屋の外で待っていたシンらに出迎えられつつ俺は歩きつつ先程成立した話に関して手短に伝える。
冒険者だけあって海での戦い、しかもクラーケンが相手ということで軽くどよめきが起こったものの、マシロとクロエが狩るということですぐさま一様に納得の顔を浮かべていた。
「なので君たちは冒険者と言うより私の護衛が主な任務になる。それも確保できる漁船次第では陸地に居る間の仕事になるだろうがな」
「承知致しました。それにしても節令使様もえらい目に合われますな」
「そうですよ。海の上でただの漁船からクラーケンと対峙する目にあう貴族様も少なくとも国では伯爵様ぐらいですよ」
「高貴な者や地位の高い者は相応の義務を引き受けてこそ敬意得られるだろう故に私は引き受けた。という考えでもしないとやってられないがね」
「なるほど。いやしかし流石は伯爵様ですな。そうであってもお引き受けになられるのですから。貴族が皆あなた様みたいなお方ですと世の中助かるものですが」
「やっぱ他の偉そうな奴とは違うなぁ」
「貴族なんかにしとくには勿体ない勇敢さだぜ」
シンらが感心したように頷き合う。
俺としてはノブレス・オブリージュ精神など知ったことかと叫びたいところだけど一々そう叫んでまわるのも面倒なのでこれ以上は言わなかった。この程度のカッコつけでもせんとやっとれんよ。
やや不機嫌気味な心境抱えて階段を降りて再びホールへ戻ってくると、あちこちに屯ってた冒険者らが再度ざわつき始めた。
ああいう悶着あった後なら仕方がないか。と思いつつ出入口へ向かおうとしたときであった。
「おうおうおう待ちな!」
ついさっき聞いた覚えのある怒声が耳に流れてきた。
声のする方を見ると、視線の先に立っていたのは先程マシロにデコピン一発でノックアウトされたフージであった。
ダメージ加工したようなシャツから僅かに見えてる胸の中央付近が小さく凹んでる以外は目立った外傷もなく、青ざめ気味な顔で仲間の一人に肩貸して貰って支えられてはいるものの自分の足で立っている。
どうやら治療が速やかに行われたらしくて何よりだ。しかしこんな目にあった直後にまだ何かあるのか異世界ヤンキー。
俺から勝手にヤンキー認定されてるとも知らずフージは俺を軽く一瞥した後にマシロとクロエに視線を定めた。
しばし沈黙していたがやがて何か決心したのか支えてくれてる仲間から腕を離してただ一人大股に二人の前に歩み寄ってくる。
性懲りもなく絡んでまたぶちのめされる未来しか見えないんですが。
と俺は考えたのだけどそれはすぐさま打ち消された。
あと数歩のところまで接近したフージが大仰な動作で土下座してきたからだ。
「すいやせんでした姐さん方!イキってる感じがする風な俺が馬鹿でございやしたぁ!」
額を床に擦り付けつつもフージは大声で叫ぶ。俺や周りの護衛ら含めてこの場の全員が突然のことに目を丸くしており、マシロとクロエだけは特に表情変えず異世界ヤンキーを見下ろしている。
「俺ぁこの辺りで自分が強ぇと思ってましたが、姐さんらの強さを身をもって知った今は恥ずかしい限りでぇございやす。世の中広ぇなぁと思い知りやした!」
仲間と思われる冒険者らが「何もそこまでせんでも」とおろおろしながら起こそうとするもそれを振り払ってフージは再び土下座しだした。
「調子こいて絡んだことが許されねぇことぁ分かってまさぁ!けど、けど俺の正直な気持ちってぇもんを示したいんでございます!!本当に申し訳ありゃしませんでしたぁ!」
一回痛い目合ってから認めるとストレートに上下関係アピール構築しがちなのヤンキー系あるあるなのかね?多分ドラマや漫画の影響で俺がそう思ってるだけかもしれんが。
つい数十分前とは正反対な態度をとるヤンキーに軽く引きつつ俺は相手の反応にどう出るのか気になってマシロとクロエの方を見た。
予想通りと言うべきか、二人は関心の薄い表情で足元で土下座してる相手を見下ろしてるだけである。下手したらほんの少し前のことすら忘却という名のゴミ箱に叩き込んでそうな。
それでもこのまま放置するわけにもいくまいと思ったのか、マシロがフージに声をかける。
「あーまぁいいよいいよ気にしてないからー。これを機会に人との接し方を覚えなおすとよいよー」
「ありがとうございますです」
「くくく、生兵法と蛮勇のカラミティマッチ。注意と細心のタップダンスを踊り飽かさんとする」
「あ、ありがとうございますです?」
「それに私ら別にここに入り浸る気はないから今までどおりでいいよ別にー。地元のBランクなんだし頑張れいいんじゃないー」
こいつら露骨に熱の無い適当な言葉並べ立ててるが、フージには通じてないらしく感激に打ち震えてるように見えた。
「姐さん方の心の広さに俺ぁ感激だ!何かあれば俺や俺のダチがアンタらの舎弟として馳せ参じるから遠慮なく言ってくれや!姐さんらに立ちはだかる奴ぁぶちのめしてやるぜ!」
フージの心からの発言に周りの仲間らは驚愕して俺は乾いた笑みを浮かべることになった。
前者はリーダーとはいえ勝手な宣言をしたことに対する驚き。
後者はあの程度の痛い目見たぐらいではまだ理解し得ないもんなのかという呆れ。
近所の野良猫が巨大なドラゴンに向かって守ってやると言ってるようなものだ。正直滑稽と斬り捨ててもいい。
しかしまぁ今後もこいつ等が冒険者続けてくれるなら地元で一目置かれてるような奴が好意的に越したことはないしこれはこれで良いのかもしれんな。
というよりもクラーケンの件が終わった後にヒュプシュさんは必死に留意を促そうと奔走するだろうな。
別に何かを求めて冒険者やってるわけじゃない二人をどう引き留めるにせよ、俺が絶対駆り出されるんだろうなぁ。俺抜きだと勝算0%と分かったら絶対そうなりそうだよなぁ。
くどいようだが俺は節令使という当地の政治と軍事を任されてる偉い人であり多忙な人なんだから一々クエストに付き合ってられんわけよ。今回は仕方がないにしてもさ。
うちのとこの出鱈目コンビが負けることはないが万が一流れ弾的なもんで死傷とかしたらどうするのよ。
死因が冒険者の依頼に付き合った事が原因とか、内乱だ外征だ駆除だに貴賤問わず奔走してた建国初期以外じゃありえないからな伯爵ともあろう者がさ。
あぁくそロクでもない事考えだしたら益々気が滅入ってきたぞおい。
マシロとクロエに熱烈な言葉を叫びつつも仲間らへ奥に引きずられていくフージを見送った俺は無言で外へ出るように促しつつ歩き出した。
明日からは仕事と並行して出立準備も始めとかないとな。前回みたいな団体ではないとはいえ気ままな一人旅なわけでもないんだし。
三日以内に終わらせて州都を出て、距離からすれば二日もあれば到着できそうだしなんとか宣言どおり一週間後には港町にいられるかもしれん。
そこからクラーケン退治もだが呼び出し案件も処理するし海軍の視察も行っていきたいとこだしでやる事割とあるな。
一応休暇も兼ねてるんだからどっかで一息いれられたらいいな。つーか入れるぞ俺は。
でもその前に戻ったら昼飯食べてそのまま昼寝したい。暑さであんまり寝れないだろうが横になりたい。
午後の政務もマシロとクロエへの苦情も一旦置いといて休みたい気分だ今は。
ギルドに顔出すだけで思ったより疲れたわ。気分転換とか少しでも思ってた自分が恨めしいぞ。
自然とマシロとクロエに恨めし気な目を向けてしまう。しかし俺がそんな目をした程度で気分や態度など変わるわけもなく平然としたものだった。
分かってたけどいざ予想通りだった反応に俺は軽く肩を落として項垂れてしまった。
まったく、事は進んでる筈なのに愚痴や泣き言ばかりが出てしまうのも悲しい性分だなぁおい。
外に出ると夏の日差しが容赦なく照り付けてくる。
中の熱気とはまた違った暑さに眉を顰めつつも俺達は元来た道へと歩き出した。
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