第42話海で得る物

 船調達一歩手前まで前進したので討伐話はここで一旦終わらせる。


 言いたいことはあれども前向きに利益の事だけ考えた方が精神衛生上いいからな。あとはもう明日で終わるなら終わらせたいわ。


 やや捻くれた心境を抱えつつも俺が次にヴァイゼさんに問うたのは数か月前の依頼した件に関してだった。


 話を振られたヴァイゼさんは「あーあー」と頷きつつ席を立ちあがり、壁際にある三段棚の一つから十枚前後の紙の束を取り出して俺に手渡した。


 それに目を落とす。そこに書かれてたのは依頼の件に関しての報告書であった。


 数か月前俺が彼らと会った際にそれぞれ頼みごとをした。ヴァイト州海岸地帯を仕切ってるといって過言がないヴァイゼさんにしか出来ないことを。


 貝殻の採集及び加工。


 これが依頼内容だ。いやまぁ細かく砕くだけなので加工という表現はいささか無理があるが。


 海岸に落ちてるのを大小問わず拾い上げる。海で摂れた貝類で貝殻捨てる時は殻はそのまま回収する。それらを集めては砕いて磨り潰せるだけ磨り潰す。


 報告書に目を通すと春から今日までにかけて大分集まったようだ。使うとなればどれだけ消費するかまだ未知数ではあるけど、これだけあれば当面は支障はないな。


「レーワン伯が仕事の割にかなり高めの給金提示してくださったお陰でこの辺りの女子供がこぞって参加してくれましてな。中には自分の仕事よりも収入が良いというんで男らも混じったりしまして」


「拾う作業はともかく砕く作業は力いりますからね。男の人手もありがたいですよ」


「更に貝殻拾うついでにとゴミ拾いもやったので付近の海岸が笑えるぐらいお綺麗なものになりました。柔い肌の乳児が歩いても怪我しないぐらいと思える程です」


「綺麗に越したことはないですから何よりです」


 環境美化に貢献でいいのかなこれ。当面はいいとして今後も継続するとなるとこの海で摂れる貝類大丈夫かなと思わなくもない。


 ついつい現代地球目線で環境の事を考えてしまうのは元現代日本人としては仕方がない。ここは人の少なさと異世界の自然の豊かさに期待しておこう。


 さて俺が多額の金銭払って集めさせた元貝殻であった磨り潰された欠片を何に使うかといえば。


 幾つかあるけどまずは石鹸作り。


 なんだ風呂に続いてまた現代知識無双気取りでもするんか。と言われそうだけど、改めて言うが基本的かつ王道的しかも割とすぐやれる実用的なやつだからねこういうの。


 そもそも石鹸自体は普通に存在する。地球でも紀元前からあったぐらいだから当たり前ではあるけど。


 ただ問題は石鹸の質。あるのは動物性脂肪と木灰を混ぜて作られたいわゆる軟石鹸というやつだ。


 石鹸としての効能は悪くはない。そもそも悪いものならとうの昔に淘汰されてる。


 しかしこれがまた臭いがキツイ。動物の油多量に混ぜ込んでるから当然だけどとにかく身体洗った気にならないぐらいには。


 おまけに柔らかすぎる。軽く握ってボディタオル代わりの布に擦っただけで形が崩れるわ溶けやすいわで割とストレス溜まる。現代地球にある軟石鹸とはもう別物なぐらいにはな。


 俺からしたら何もないよりマシレベル。今後の衛生計画的にも使い続けるわけにはいかない。


 なので少し時代を進めた石鹸を大量生産することは重要なのだ。


 粉々に砕いた貝殻や海藻灰やら植物性油ぶち込んで生まれる硬石鹸。文字通り硬いので扱いやすく、なにより動物臭さもないので現代の石鹸に大きく前進したであろう一品だ。


 地球では十二世紀頃に地中海沿岸の国から生まれて普及した代物。文明水準考えたらこの世界でも海のある国のどこかで既に生まれていてもおかしくはない。


 けれど少なくともこの国ではまだ生まれてない。海に面した商都でもそんな話はまだ聞かないし入荷もしてないので近隣諸国ではまだなのだろう。


 この国で使ってたのは俺と俺の関係者の一部ぐらいだろうな。王都時代にわざわざ商都から貝殻購入して少量生産して自分とこだけで使っていた。


 売ろうにも海から遠い王都では素材不足で即品薄になるだろうし高級品扱いになって誰も彼もに行き渡らない。それは俺の本位ではなかった。


 ここならば現地で素材回収から生産まで全てやれる。土地の広さ的に王国全土には無理でも、俺が治めてるこの地の人々が気軽に買えるぐらいの量は確保できるだろう。


 ヴァイト州以外では富裕層向けに売り込む商品として出していく。そういう点では未だ王都や商都に存在してないのはありがたいかもしれないな。


 ヴァイゼさんをはじめ地元貴族五名には顔合わせ時に一個ずつ進呈しつつ俺がなにやりたいか説明してる。本格的な生産開始まで他言無用を念押ししたけどね勿論。


 臭さもなく硬いので従来のものより扱いやすいということで反応は好意的。しかも自分の活動範囲内でしか入手できない原材料使用ということで特にヴァイゼさんは喜んだ。


「これは確実に売れるでしょうな。あとは普及の速さ次第でどれほど伸びを見せるかによって片手間仕事でなく本格的な仕事として取り扱うのも視野にいれていかないと」


「お気持ちは分かりますが、まだ材料揃えただけですので落ち着かれてくださいな」


「いや失敬。州都に居た時に使ってみたら私も妻もいつものやつより使いやすさに驚きましたからな。これが当たり前のように手に入る日が来ると思うとつい」


 そう言って豪快な笑い声を上げるヴァイゼさん。俺も礼儀を踏まえて無言で笑みを浮かべて同意を示した。


 石鹸も大事であるが、こいつには他にも使い道がある。これらもお約束なものだが大事なものだ。

 一つは肥料として。


 有機石灰にして土壌調整とカルシウムなどの栄養注入を行って農地を肥沃させていく。ゆくゆくはもっとクオリティ突き詰めていく方針であるけどまずは育ててる物の増産優先だ。


 石鹸との同時進行となると幾らあっても足りないので、その辺りはどこぞで試験的に運用して効果確認した後に徐々に拡大という事で。


 もう一つが火薬の材料として。


 いわゆる硝酸カリウムだ。内陸部では糞尿やら硝石埋蔵されてそうなとこで調達する物が海のあるとこならそういう手段で入手できなくもない。


 こちらも少なくとも今は優先順位は低い。けれども石鹸生産がある程度安定したら必要に応じて確保といったとこか。


 他に歯磨剤などの材料にもなる。これはこれで欲しいけどまずはこれら三つに投資していくことにする。


 石鹸に関しては素材のある土地を治めてるヴァイゼさんと半々の取り分でやっていくつもりだが、肥料と火薬材料分に関しては戦略政略物資として節令使権限で官が差配していく予定。


 なんなら石鹸に関する利益配分あちらが八でこちらが二でも構わないからその辺り納得してもらうつもりだけど、先程自分がヴァイゼさんに言ったとおりまだ材料確保しただけの段階で先走るべきではないかな。


 ひとまず書面での報告には目を通した。討伐終えたら集積場所に赴いて改めて直に確認とろう。進めていくのはそこからでも遅くは無かろう。


 結論付けた俺はヴァイゼさんに礼を言いつつ書類を返した。


「まず今日は休んで明日に備えたいのですがよろしいですかな男爵」


「えぇこちらこそお疲れの所にご来訪ありがとうございました。明日からまたしばし忙しくなるでしょうから今日の残りはごゆるりと」


「それでですね、この流れで一つ頼みたいことが」


 そう切り出して俺はひとどおりの仕事を終えた後に数日ほど休暇を取る旨を告げ、それに相応しい所がこの辺りにあるかを訊ねた。


 州都で他の四名に語った事を既にヴァイゼさんは聞き及んでおり「地元の為に精を出してくれるのは助かりますが無理は禁物ですな」と生真面目に頷いたものであった。


「出来れば一人で静かに過ごせそうなとこで、景色が良いとこなんかが希望でして」


 ヴァイゼさんは遠慮がちに、だが露骨に呆れたような顔をして首を左右に振った。


「レーワン伯、あなたはご自分の身分と地位を顧みられた方がよろしいのではないですか?幾らなんでも一人というのは」


「あくまで希望。可能な限りでいいですんで。男爵の御力でそういうとこお勧めして欲しいのですよ」


 言われるのは分かってたので俺は特に気分を害すことなく困ったような笑顔を浮かべて頭を下げた。


 心配するのは分かるけど、どうせマシロとクロエが俺に便乗してくるだろうから警護という点ではまったく心配はない。たまに殺意湧くぐらいふざけた奴らだがとにかく俺を守るという点では抜かった事はないからな。


 護衛を担う筈な冒険者組も今後クエストで赴くであろう海辺を経験させとこうと思ったぐらいで連れてきただけだし。


 兵士らに至っては完全に節令使という身分を飾るだけの為に連れてきたので俺より文官らの護衛でもやっててもらえればいい。


 そこまで流石にぶっちゃけるのもどうかと思ったので喉元まで出かかった言葉を飲み込む。数える程度の護衛は連れていくのでとにかく希望だけは言っておいた。


「そういうことでしたら少し探してみましょう。早ければ明日の夕方、遅くても明後日の午前までには見繕ってみますのでよろしいでしょうか?」


「構わないです。どのようなものが出てくるか楽しみにさせてもらいますよ」


 この辺りに顔の効く人の紹介するとこなら外れはなかろう。少なくともある程度平穏な環境での休みは確実になったのが喜ばしい。


 内心小さくガッツポーズをしつつ俺は優雅な動作で席を立ちあがりヴァイゼさんに一礼した。挨拶がてらに済ます用件は終えたのでお暇することにする。


 大したもてなし出来ずに恐縮するヴァイゼさんを俺は軽く宥めつつ部屋を出た。バルコニーで景色眺めていたマシロとクロエもいつの間にか俺の隣に戻っている。


「節令使殿がお帰りだ!居る奴はお見送りに出てこい!!」


 ヴァイゼさんの一声に下の階に居た人々がワラワラと出てくる。その中に打ち合わせをしていた役人らの姿もあった。


 降りてきた俺に役人の一人が近寄って打ち合わせの終わった事を伝えてくる。


 情報の報告は宿到着後に聞くこととなり、その宿に関しても今ブラオ男爵家の者が手配に出ており夕方までには用意できるとのことだった。


 相手に頷き返しつつ外に出る。時間にして昼真っ盛りなので日陰あるとこから一歩出るだけでも日差しの強さに瞬間で辟易するな。


「ではブラオ男爵、明日またお会いしましょう」


「承知致しましたレーワン伯。どうぞ短い間ですがメイリテ・ポルトの町をご堪能頂けたらと」


 深々と頭を下げてくるヴァイゼさんらに見送られ、俺らはブラオ邸を後にした。


 このままどこぞで昼食といきたいとこだが、その前に県庁に立ち寄って当地の役人らと挨拶交わさないといけないんだなこれが。


 一応公務も兼ねてるんだから先に顔を出さないといけないとこでもあるし、あちら経由で海軍視察に関してアポとらないといけないからな。


 手に持っていた日よけ帽子を被り直し、俺は前を見据えて再び大通りへと歩み出した。






 県庁へ赴き、責任者らの挨拶を受けて彼らを伴って建物内とその周辺を視察し終えた。


 昼もそれなりに過ぎていて空腹もいい加減宥めたかった俺は大人数が入れそうな飯屋の一つに上がり込んでいた。


 俺一人なら県庁内にある食堂でボッチ飯でもいいんだが、随員というかうちの客分二人が。


「ここまで来たのに最初のご飯が県庁内のお安い食堂とか舐めてるのー?私らの中の孤独な美食家魂が許さないわよー?」


「くくく、質素拗らせし似非聖人が如き愚行の極み。パートナー気遣いしノーヴルオブグレイトを求めんとする」


 とか周囲があからさまに青ざめる無礼な口を白昼堂々公衆面前で叩きやがったもんですから予定を変更したわけですよ。


 どうせ宿も夕方近くにならないと入れないらしいし別に構わないけど、お願いしますから少しは建前の立場守って欲しいよまったく。


 この辺りで一番大きそうな店という理由だけで飛び込みで入ったので、最初は店員らも百名近くの団体さんに面くらっていたけど、俺が節令使であることと金貨数枚を投げ渡したことですんなり入店出来た。


 無論、昼食時間のピークを少し過ぎて空席がそれなりに見て取れたのもあった。そうでなければ全員入れずに終わってた。権力や財力笠に着てどかせるような真似はしたくなかったのでそこも含めて助かったよ。


 港町なので当然お勧め料理は魚介類料理である。


 香辛料を使ったもの、塩を使ったもの、幾つもの果実や植物を混ぜ込んだソースのもの、焼きや蒸し、煮たり軽く揚げたものなど色々あった。


 今はまだこうして多種多様な料理が卓の上に並べられているが、クラーケンなんとかしないとそれもままならないのだろう。


 もう少しの間だけ辛抱してくれ。と、心の中で呟きながら俺は串焼きの一つに手を伸ばして齧り付いた。


 周りの者らも腹をすかしてたのか黙々と料理を貪っている。俺の奢りと告げてるので値段を気にせずたらふく食える機会を逃すものかと言わんばかりの勢いである。


 やや離れた席でマシロとクロエと共に俺も最初は料理に舌鼓うっていたけど、ある程度詰め込んで少し腹が落ち着いたので果実で割った葡萄酒で喉を潤しつつ眼前の二人に問いかけた。


「なぁ、明日のクラーケン退治終わったらお前らどうするよ?」


 ヴァイゼさんの前では同行して当然と考えた上で話してたけど一応聞いておかないといかんしね。こいつらも海に来たんだから勝手に過ごしたいかもしれんし。


 俺の問いかけに、魚の揚げ物をパンに挟んで食べていた二人は咀嚼しつつ軽く首を傾げていた。


「どうするって、終わったらどっか景色いいとこで寝て過ごすんでしょ?私らものんびりダラダラするつもりだけどー?」


 しばし間が空き、即席フィッシュサンドを飲み込んだマシロが不思議そうに問い返す。さも当然のような風にだ。


「それは構わないが、お前ら二人は町とか海とか見て回らないのかよ」


「いやだって私とクロエだけなら行きたいときに日帰り感覚で行けるわけだしー。別にいますぐ見物したいとこも特にないしー」


「はぁなるほどな」


「ほらそれにさっきのおじさんも言ってたでしょー。リュガは気軽にボッチになれないんだから護衛つけなきゃなら私らが無難っしょー」


「まったく、自分で選んだ道とはいえおちおち一人にもなれんとはな」


 俺がそうボヤくと二人はいつもの小馬鹿にしたような笑みを浮かべて見せた。


「これから世の中がもっと面白いことになれば益々無理よねー。風呂やトイレにもゾロゾロ付いてくるわ確実にー権力者様はお辛いわねー」


「くくく、ローカルロードカウントであってローカルにあらずな責任荷重の罪深き勤労のデーモン」

「今からそんな想像しとうないわ!」


 どう足掻いてもそうなりそうなのがなまじ分かってるので俺としてはこの時点で微妙にセルフプレッシャーかけたくないつっーの。


 不満表明に手の甲で卓を二度三度軽く叩く。舌打ちしたげな俺の表情を見て二人が芝居がかった仕草で片手を上げて俺を制してみせる。


「まっ、だからさ今のうちにゆっくりしときなよー。こっち来てから纏まった休みなんてロクにとれなかったんだしねー」


「……あぁそうだな。明日明後日で無事にやることやり終えたらそうするわ」


 確かにその通りなので俺は素直にマシロの言葉に頷いた。


「ほらもっと喜びなさいよー。美少女二人侍らせての休暇なんて世の中の男の七割ぐらいは羨ましがるシチュよー?」


「くくく、転生者の愉悦所の極み。役得特典より取り見取りのフラワーパラダイスタイムオブアヴァロン」


「はいはいそいつはどーもありがとうよ。感涙の泉で溺死でもしたら満足かよ」


「あっ、可愛くない反応ー。その歳でそんな枯れた反応してるとモテないぞー?家断絶まったなしだぞー?」


「やかましい。相手がお前らという時点で枯れるも干からびるもそれ以前の問題だろうが」


 二人のブーイングに俺は冷然と答えて再び卓上にある料理の数々の攻略にとりかかるのであった。

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