第14話引きこもる場所はどういうとこ?

 翌朝、まだ日が完全に登りきってない時間の中ではあるが、俺らは関所を後にして回廊内へと入っていった。


 回廊内は道が最低限の舗装がされてるのみ。あとはただただ天然の通りが長く続いてるのだった。


 ヴァイト回廊の長さは㎞にして約十五㎞。回廊付近の山は高いながらも幅は大山脈の中でも薄い部類に入っており、これのお陰で俺らは遅く見積もっても半日あれば領内へ至ることが出来るわけだ。


 ただし通行する場所としては最良とは言い難い。


 人や物が吹き飛ばされたりする程ではないとはいえ、風は唸りを上げて絶え間なく吹き付けてくる。たまに砂塵や小石ぐらいは飛んでもくるので、途中にある民間向け休息所内には安物とはいえポーションが目や肌用の常備薬として置かれてるぐらいだ。


 時折かかってくる砂塵を煩わし気に払いつつ進んでいく中でチラッと横を見ると、マシロとクロエが「か弱くて繊細な乙女にこれは辛いわー」などと言いながらバイクの中からゴーグルとドラックストアで売ってそうな防塵マスクを取り出していそいそと装着していた。


「おい、そういうのあるなら俺にも寄こせ。なに自分らだけガードしてんだ」


「悪いなリュガ、この防塵装備は二人用なんだー」


「どこの国民的アニメに出てきそうなキャラの台詞言ってるんだよ!?」


「くくく、現世の住人郷に入っては郷に従えし逃れられぬ定めの星よ」


「私達と違ってリュガはこの世界の人間になってるんだからちゃんとそれに合わせたほうがいいよ。と、クロエは言ってるわ」


「てめぇらこんな時だけ人を現地人扱いしてんなや」


 結局貰えることは叶わず砂塵に悩まされ続けたわけだが、そんな他愛ない会話もしつつ、自然の妨害以外は特にアクシデント発生もせずだったのでさくさく進んでいき(これには砂塵などから逃れたいが為に足早になったのもある)、時間にして正午になる頃には回廊を抜け出してこちら側の関所へと到着。


 こちら側の関所でも警備兵らの迎えがあったが、昨日と違い先を急ぐので簡単な挨拶のみを交わして後にした。目的地到着にやや高揚して気が逸ってたのも否定は出来ないけど。


 何はともあれ、こうして俺は念願のヴァイト州へと足を踏み入れることが出来た。







 南は海に面しているけれどもそれ以外の三方向は高山に囲まれたヴァイト州ではあるが、回廊から一歩出ると、そこはそんな地形の恩恵を受けたかのような緑豊かな広大な盆地があった。


 勿論産業革命以降の近代化が成されてない時代の世界だから大体の所は緑豊かな自然があるんだけど、開発されてまだ百年足らずというのと、他の地域と比べて人口が少ないというのもあって手つかずの自然が顕著に思えたのだ。


 町、そして州都へと続く街道は整備されてはいるが、関所を出てすぐ近くにある小さな丘に登って景色を一望してみると、町どころか村の形跡も見当たらない。


 国の作成した地図では付近に町一つと村が二つ程記されてるのだが、どうも見つけにくい。それ程には草木豊かな場所が遠くまで続いてるということか。


 腰を据えて確認すればいいだけの話なんだが、やはりこうもすぐに目が付くとこに人工物がないと落ち着かない。双眼鏡が欲しいとこだが、生憎とそんな都合の良いものは所持してない。


 冒険者ギルドなり、探索用アイテム作成を生業としてるドワーフの集団なりが遠眼鏡とかいう双眼鏡の先祖みたいなの保有してると聞いたことがあるが、こんな事なら大枚はたいても購入しとくべきだったな。よし、落ち着いたら地元のギルドに問い合わせしよう。


 しばし周囲を眺めまわしていたけど、そろそろ行軍再開しないと日が暮れる。今日は付近の町で一泊した後に州都入りする予定なのだから道草も程々にせんとな。


 俺は馬首を翻らせて隊列へ戻っていった。


 責任者である俺が戻ったのを確認したターロンらが各自に行軍再開を告げにまわり、時をまたずして軍勢は動き出していく。


 相変わらずバイクを乗せた荷車の上でだらだらとしていた客分という名の居候二人は戻ってきた俺に声をかけてきた。


「それなりに色んなとこ見てきたけど、ここ並みのとこもそんなないわー。人の往来も殆どないとか」


「くくく、過疎りし緑多き大地。人の息吹と文明の薄き衣よ」


「いや俺だってちとばかし驚いたけどいざ目にしたら。しかしこの州は他より人口少ないんだからこんなもんだろうよ」


「人口どんぐらいだっけここー?」


 マシロの問いかけに俺はしばし記憶を探り出そうと頭を捻った。ややして以前閲覧した記録を思い出す。


「確か……人口四十五万ちょいだな。他のとこは大体五十五万から六十万だから少なさ際立つな」


「マジかよ鳥取県より少ないのここ。てか王都や商都のある州以外は割と鳥取県並みよね人口さー」


「軽く鳥取県民怒りそうな言い方やめーや。この国の総人口八八〇万なんだから分布的にはとりたてて少なすぎるわけじゃねーんだし」


 と叱ってみたものの、マシロが言いたくなる気持ちも分からないわけでもない。これから何かやるにしろ機械化されてないこの時代だとマンパワーは大事なのだから。


 この地を完全掌握すると同時に、人口維持と増加が課題となるだろう。長い目で見ていけば増やせないこともないけど、俺の見立てだとそう遠くない未来嫌でも人手は確保出来るだろう。世の中や人々的には見立てが外れるべきなんだろうけどな。


「ちなみに明日到着予定の州都の人口は三万五千な。俺ら的には地方の田舎町レベルだろうけど、中世的にはそこそこ集まって栄えてる部類なのは言っておくぞ」


「現代日本の感覚抜きにしても、つい最近まで王都に居たから少なさ感じちゃうわよー」


「……」


 王都の人口は周辺の衛星都市や街や農耕地域も含めたら十五万近く居る。王都内だけに限っても十万前後とくれば、確かにマシロの指摘には黙るしかない。


 しかし人が少ないだけで文明が未開なわけでもないんだからそこは前向きに考えよう。騒がしくない、自然豊かな閑静な住処でスローライフ!実にそんなフレーズが似合うじゃないの。


 とか試みに言ってみたが、二人の反応は淡白なものだった。


「そういうとこって住み始めた当初だけよくて、後々不便が積み重なって都会懐かしむフラグじゃーん。そういう立地の住処なんて車ないとやってられないようなとこばかりでー」


「くくく、自然の奔流に心萎れる嘆きの現代人魂。文明を渇望する際限なき欲の鎮魂歌!」


「うるせー馬鹿!そういうのを少しでも減らして住み心地のイイ場所にするのが俺の仕事だっつーの!」


「おっ、いいねその決意表明ぇ。とりあえずまずは鳥取県より人口多くするの目指しちゃうー?」


「だから特定の地域ディスりやめろよ!?マナーとか配慮的なもんとか考えなさいよ君ら」


「別にディスってませんー。嫌ねぇこれだから被害者根性拗らせた挫折転生者さんはマイナス思考にもっていきがちでー」


「くくく、僻み妬みの狂騒狂乱。被害妄想の薄暗い翼羽ばたけしテンプレに辿り着けなかったルーザードック」


「だから地味に気にしてること抉るのやめなさいよ!?着任早々鬱が原因で引きこもるとか嫌だからね俺」


 自分で言うのもなんだか緊張感のない会話を続けているなぁ。


 こういうときは話の途中でワイバーンとか出てきて戦闘になるんだろうけど、現実としてはワイバーンどころか魔物一匹遭遇しない。


 偵察からの報告でそれらしき群れの存在確認されてるんだが、武装した兵隊が多数練り歩いてる姿に野生の本能働いて警戒でもしてるのか。


 仮に出てきたとしてもギルドの報告書によればこの回廊付近のはそこまで強くないだろうということなので、俺が動くわけでもマシロとクロエがしゃしゃり出る程でもないだろうしね。


 そう言うことを事前に聞かされてるからか、二人は仮にも貴族様をスナック感覚で弄り倒しつつあれこれ訊いてくるわけだ。


「で、この過疎ってるとこ他に何か特徴あるの?ド田舎なのはどこでも耳にするけど、具体的なことはあんまり聞かないよねー」


「まぁ情報伝達技術も大したものない時代だと余計に印象独り歩きして実像把握せず感あるしな。俺もこれから色々見聞していくから資料以上の事は知らんが……」


 前置きして暇つぶしがてら二人に語ったのは、王宮に年に一回提出される報告書に書かれてあったヴァイト州の概要。


 人口四五万三七〇〇人。州都を含めて八県で構成されており、更に細分すると十九郡ある。


 前から言ってるとおり高山と海に囲まれた盆地であるが、海があるということは港があり、当然ながらそこで商業や漁業を営んでる町が存在する。規模こそレーヴェ州にある港町の足元にも及ばない小さいものだが、何気に貴重な港持ちなのだ。


 高山のうちの北側はヴァイト回廊、東側は大山脈に連なる高山を超えられたらの話ではあるが、レーヴェ州と隣接しており、西側の山々には王国に属さない山岳部族らが数十とあるという。


 国境にある州とは違い他国に接していないが、そういう国として纏まってない面々が時折山から降りてきては略奪行為を繰り返してるとか。不人気ド田舎な割に正規兵を多めに派遣されてるのもそれが原因である。


 その正規兵だが、俺が今後指揮下に置くことになるのは五〇〇〇人。警備や輸送等の後方支援要員、私兵や傭兵加えたら変動あるだろうが戦闘員としての正規兵はこの数だ。


 先日のフィッシェ州といい少なすぎないか?と思われるだろうが、数万とか十数万がササっと集まる架空戦記小説の読みすぎだそれは。


 我が国は常備正規兵八万七千を抱えている。多少無茶すれば十万。貴族の私兵や片っ端から体力あるやつに武器だけ持たせて破滅覚悟の無茶やればすぐに三十万近くは集まるだろうけど、常在数は八万七千なのだ。


 人口九百万に届かない国のほぼ百人に一人が兵隊だと考えたら、少なすぎとは言えまい。


 人的資源の割り振り的にも国庫的にももうちょい減らしてもいいぐらいだが、俺が前居た世界とは違い、魔物という存在が野良猫野良犬感覚で至る所徘徊してるのだからそれへの備えもある。


 話がやや逸れた。


 とにかく俺の指揮下の五千も多すぎではないが少なすぎというわけでもないわけだ。個人的には今後に備えて増やしていきたいとこだが、それは後日の話。


 人口希薄なのでまだまだ開拓し甲斐のある土地があり、数少ない港町の一つがあり、自然の壁によって干渉される度合いも少ない。特徴がないのが特徴というなら、これから作ればいいだけだ。


 当面の人手(兵士)もあって更には自前で揃えた軍資金がたんまりある。あとは俺の力次第なのだ。


 そこまで語ったんだが、二人は納得したようなそうでないような曖昧な表情で相槌をうつのみであった。


 うん、わかる。言いたいことはよくわかる。俺だって逆の立場なら反応に困る顔してるわ。


 二人はもう少し具体的にどこに何があってどこの町にどういう名物名産あるのかとか、それこそその土地にしかないような物や生き物が知りたいんだろうよ。


 俺が語ったのは地理の教科書か辞書にでも乗ってる程度の事。つまりは報告書にはその程度の事しか書かれてなかったわけよ。


 それほど何もない場所というより、歴代の節令使や役人どもがここを露骨に舐めきってそういう手間をとろうともしなかったわけだよ。


 地元民の話を文章に纏めようともしないとかどんだけ興味なかったんだよって話。それを是正させもせず放置してた国も大概駄目なんだがね。


 つまり、俺の仕事の一つに加わるわけだよ。ここに特徴らしい特徴を作り上げて喧伝してやるという地域復興的なお仕事な。せめて公文書にもう少し行数増やさせるぐらいにはあちこち見て回ってそれを纏めないといけないんですよね!


 やることが多いのは構わないけど、最低限ちゃんとして欲しかったよまったく。

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