第15話早速金にものを言わせて人気取りとかやっていく

 翌日、途中にある町で一泊した俺らは朝も早くから行軍を再開させた。


 遮るものもなく、遮る相手もなく、平坦な道をただ進むだけ。ただただ進んでいくだけ。


 王都を出てからこんなのばっかりであるが、気ままな一人旅とか旅芸人の一座じゃない官人が官軍率いての公務なのだから面白みないのは仕方がない。移動する都度何か起こる方が問題だろ常識的に考えて。


 道草もせず娯楽に興じながらでもなくただ行進にのみ集中していたのと兵士らの健脚のお陰で、早朝出発してから昼を少し過ぎた辺りで目的地であるヴァイト州都がもうすぐである事を告げる立て札を発見したとの報告を受ける。


 隊列の中間、兵士らに護られるようにして進んでいたけど、この辺りで一旦停止して俺は列の前方へ移動。


 ここから先はお披露目と儀礼的なの兼ねて看板役をせにゃならんわけで。無論、マシロ達に左右で護衛についてもらうけど。


 今まで荷車内でバイク共々惰眠を貪ってきた客分(居候)の二人にも一員として俺という男のアピールに貢献してもらう。


 俺の声掛けに軽く手を振って応えた二人は、荷車内でガサゴソと荷物整理や点検をし出す。それもすぐに終わり、聞こえてくるのは重々しくもキレのよいエンジン音。


 前世で聞き慣れてる俺や王都に居た頃何度か耳にしてるターロンら私兵部隊の半数はともかく、私兵部隊の残り半分及び兵士らは初めて耳にする奇怪な唸りに思わず耳を塞ぎながら音の発生源を凝視した。おまけにバイク周辺に居た馬らも怯えを孕んだ興奮状態となって騎手達を慌てさせる。


 周囲のお約束的な反応に気を良くした二人は慣れた所作でバイクに跨り迷う素振りも見せずに悠々と荷車からバイクを下ろしていく。


 どんな用途で使われてたのか未だ回答を得てない装甲過剰のサイドカーと、同じく見慣れない装備をあちこちに搭載させてるシャドウファントム。元現代人からみても特撮作品でしか拝めないような異様な威容さだ。この世界の人間からすればさぞかしまか禍々しさを感じるだろうよ。


 そんなブツを左右に侍らせ、前後をレーワン家の紋章のついた鎧を着たターロンら私兵部隊が固める。配置完了を確認した俺は全軍に再び行進を促して進みだす。


 それから大体三、四十分後、俺は州都の正門、高い石壁と物見櫓の添えられた厚い木製の門扉の前に立っていた。


 幾ら人口の少ない田舎とはいえ町からここまで人と出会う事がなかったのは、おそらく事前に新任の節令使の事が告知されてたからだろう。


 その証拠に俺が到達したと同時に見計らったかのように門が軽い軋みの音を上げながら左右に開き始めた。


 軽度ながらも久方ぶりに全身に緊張を走らせつつ、俺は二度三度呼吸を整え、誰に対してでなく小さく頷く。左手を高く掲げ、周囲に移動の合図を送った。


 正門は王都程大きいものではなく、人が十二、三人一列に並べるか否かの幅しかなかった。門内の回廊も長くはなく、恐らく十メートル程であったろう。くぐるのはあっという間に感じられた。


 門を抜けると、中央に石畳の敷かれた大通りへ出た。道の左右は、この州都の住人らで埋め尽くされている。さっと見た感じだと概ね好奇の視線を俺に注いでる気がした。


 まぁ期待故の歓迎と言うより、娯楽の少ないが故に新しい役人を迎えるのもある種のお祭り的な意識があるのだろう。貴族や役人というだけで敵意向けられてしまうよりか遥かにイイに決まってる。それに今後末永く居るとこになるわけだからお互い印象大事よホント。


 お披露目目的は承知してるので、俺は精々品の良さそうなお澄まし顔して歓呼に対して鷹揚に手を振り続けた。


 あと、どちらかというと俺よりか俺の左右を鈍行してるゴツイバイクとそれに乗ってる珍しい格好した少女二人の方が良くも悪くも目を引いてる気がせんでもなかった。


 いいけどね。とにかく今回の節令使は何か違うというの少しでもアピールしたいから覚悟の上で侍らせてるわけだしさ。いやにしてもやっぱり目立つなこいつら。


 俺のやや複雑な心境などお構いなく、マシロとクロエは俺同様に澄ました顔して運転を続けていたが、時折エンジン吹かせてはその音に驚く人々らを見て面白がり、周囲の兵士らからやや白い目で見られていた。


 ということがありつつも、俺ら節令使の列は粛々と街中へと入っていく。兵による行進も途中で八割程が整然と尚且つ自然に別方向へ進みだしていくが、彼らはそのまま当面の宿舎先へと向かう。残りはそのまま俺に同行して最初の目的地である州都庁へ。


 州都の中心に位置する州都庁の門前には俺を出迎える為に官吏らが並んで待っていた。俺の姿を捉えると、一斉に恭しく深く頭を下げてくる。


「遠路はるばるようこそお越しくださいました、新たなるヴァイト州節令使レーワン伯爵閣下」


「うむ、多忙であろうにわざわざ出迎えご苦労。後日改めて互いへの紹介の場を設けるので、本日は挨拶だけ受け取っておこう。こちらは勝手にやるので各々業務へ戻られよ」


 こちらも事前に一々式典開く必要ないと伝達してたので、このやりとりのみをもってひとまず挨拶は終えた。俺に促されて遠慮がちに一人また一人庁内へ戻っていく。


 数名が建物及び周辺の案内として場に残っており、彼らに先導されて俺たちは州都庁の門をくぐっていく。


 州都庁は地下一階を有した三階建ての建物であり、国の地方行政を担う場所として威厳を損なわい程度には大きく、また至る所に贅を尽くされてる意匠が取り入れらている。


 一階はホール、受付窓口、課税や法務などの各業務窓口及び待合室。二階は執務室、応接室、会議室、庁勤めの役人の休憩室、官員や富裕層など文字が読める人向け図書室も兼ねた資料室、多目的利用の為にあえて空けてる部屋幾つか。三階は警護兵の控室や仮眠室。地下は殆ど物置部屋となっている。


 説明を一通りうけた俺は早速引っ越し作業を行うことにした。


 まず家から持ってきた軍資金+αを地下に運び込む。地下室に置かれていた資材や備蓄品等に関しては、予め通達してたとおり庭の一角に物置専用小屋を建設させてたのでそちらに移動させた。


 どうせこれから減っていく事の方が多いとはいえ、白金貨の山を適当なところに置いておけないからな。スペースが余れば余ればでこちらの私物適当に置かせてもらうさ。


 次に俺の住む場所であるが、最初はここから徒歩七、八分、馬走らせたら一、二分の距離にある代々の節令使が住んでいた邸宅を勧められた。


 けれども俺はそちらに住む気は毛頭なく、州都庁二階にある空き部屋の一つを掃除させてそこに数点の家具を運び込ませた。


 別に質素さアピールでなくて、将来はまだしも当面は職務に忙殺されるわ家空ける事が多いわで持て余すの確定してるんで。正直寝起き出来る場所さえあれば特に不満はない。


 ただ邸宅に関しては定期的に清掃をするように指示を出した。いつか来るであろう弟とその家族の住む場所として。そうならないことを一応望みながら。


 二階にまだ空き部屋があったので、そちらには庁の警護兵とは別に俺の護衛としてターロン含めて十数名の私兵部隊の面子の寝起き場所とした。


 マシロとクロエの住む場所は、こちらに関してはバイクの事もあるのでどうしたものかと考えたけど、結局特に独創的な案浮かばなかったので無難に俺の住む部屋側に面した庭の辺りに二階建ての建物をこちらも予め建築させていた。一階を車庫にして二階を住処にしてもらうことに。


「県庁とか市役所の庭に家建てて住むようなもんだけど、これで私らもマイホーム持ちやー」


「くくく、一城の主生誕歓喜。黒き翼を癒す文明の止まり木の安定感」


 窓見たら目の前に家があるのも景観的に少し微妙だが、セコム的なもんだと割り切るか。


 弟のヒリューが気を利かせて持たせてくれた美術品に関しては、なんかよくわからん壺を一つ私室に置いて、残りは客人を通す故によく人の目に映るであろう応接室に飾らせた。


 軍資金の運び込み以外の引っ越し作業は一時間弱で終わった。持ち込んできた資料整理などもあるけど、室内に運び終えたので数日中にやればいいだけだ。


 ターロン達に運び込みの監督と監視を頼み、俺は執務室の席へ座り節令使としての最初の仕事に取り組むことに。


 税金関係の役人を中心に二十名程呼び出し、俺は開口一番こう言った。


「今年の税だが、無条件で二割減免する。不足分は私が私財を投じて補填する故、即日州全土に布告せよ」


 更にこちらも自費にて州都をはじめとして州の各町村に酒と菓子を就任祝いという名目で振る舞うよう命令を出す。当たり前だけど役人らが突然の気前の良さへ驚きに目を白黒させている。


 驚いてる間に俺はさっさと布告分を書き上げ、署名と節令使の印を捺して役人の一人に押し付ける。


 それで我に返った役人らは動揺から立ち直れないままに頭を下げて慌ただしく部屋を出て行った。これから各所を走り回ったり布告分を写してそれを送り届けたりと忙しくすることだろう。


 金に物言わせたあざとすぎる人気取りであるけど、何事も第一印象大事だからね。良い事やるとしてもいきなり押し付けるだけじゃ駄目。頭じゃ分かってても宮廷書記官時代に痛い目みて実感したわ。


 なのでまずは「今から俺に従えばお得だよ!」なとこ見せていかないとね。


 二割は半端じゃね?半減とか全額免除とかの方がよくね?と思われるだろうが、俺の軍資金も無尽蔵なわけでないし、今後色んな事に投じる予定なので目先の人気取りだけに使うわけにいかない。


 それに、あんまり派手にやりすぎても中央から何言われるか分かったもんじゃないしな。


 一割とか二割なら就任祝いで大盤振る舞いという言い訳がまだ通じるので「あの小僧はあんなド田舎で私財投じて馬鹿な事をしてる」と嗤われるだけで済みそうだし。


 最初の命令を下した後、俺は何名かの役人を呼び出して話を訊き、意見を交わしあい、指示を下していく。


 入れ代わり立ち代わりで来る役人らは州都入り初日、しかも到着後間もなく職務に携わる俺に驚きと呆れを混ぜた表情を浮かべていたけれども、それだけで歴代がどんな風だったのか察せられるなー。いや、確かに長旅疲れ癒す為に初日ぐらいゆっくりするの普通なんだけどね。


 内心人様の怠惰と自分のセルフ社畜っぷりに溜息吐きつつも、俺はその日完全に日が落ちるまで節令使初日を仕事に傾けたのだった。


 そんなこんなで到着初日はそこまで感慨に浸ることなく終わっていった。





 翌日、見慣れぬ部屋を見回す。


 すぐさま自分の新居なのを思い出しつつ、大きな欠伸を一つする。


 日本風に言うなら八畳間のワンルーム(トイレ、風呂別)なこの部屋も、ベッドとテーブル、椅子二脚、重要書類や資料入れた棚とクローゼットとそれなりの家具配置すればそれなりに埋まるもんだなぁ。この微妙な狭さ具合が馴染んでしまうのも、転生前に住んでた部屋思い出すからかねぇ。


 そんな適当な事を考えつつ、俺はテーブルに置いてあった水差しとコップを手に取った。冷蔵庫なぞないから水は生温いけど、乾いた喉に心地良く染み渡る。


 今日も今日とてそれなりに忙しい日になりそうだ。なにせいわゆる地元の名士らと面会して今後の事について語るのだから。


 知識チートあれども一人でなんでもかんでも出来るわきゃない。現地の人間、それも一声で多くの人と金動かせる有力者を味方にすることは大事なわけで。


 本日会うのは地元の貴族達。と言っても王都にて暖衣飽食して遊興に耽ってるような糞門閥系でなく、代々この地で生まれ育ち生活を営んでる人らだ。


 百年前にヴァイト回廊を切り開いてこの州の開拓に全てを捧げた商人とその盟友として同じく財と人生を捧げた人々。


 彼らは開拓の功績により爵位を与えられ、現在子爵が一家、男爵が四家存在している。


 爵位を与えられたといっても、広大な地域の開拓は一代二代でどうこうなるわけでもないので、基本的に彼らは地元に根付き王都へ上ることは年に一回あるかないか。必ず参上するのも国王の崩御や新国王の即位の際のみであろう。


 ただ貴族には違いなく、更に開拓の魁であり指導者として功績のある家々なのでこの地で重要な部分に深く関わってるわけで、貴族とはなるべく関わりたくない俺としても彼らの協力は取り付けておきたいところ。


 この地に来る前、ヴァイト州回廊到着時点で早馬飛ばしてアポはとっていたし、あちら側からも特に問題なしと返事を受け取っている。あとは悪い人らでないことを特に深く信じてない神様にお祈りさ。


 とりあえず、まずはトイレ済ませて洗顔やら食事やら着替えやらと済ませようか。


 着替え以外は一々部屋出て少し歩かないといけないというのが、ちょっと不便だな。しばらく州都に居るなら拡張工事依頼せんとなぁ。


 平凡かつ地味に切実な事を考えながら、俺は大きく伸びをしつつ扉を開けるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る