第13話引きこもる場所へ到着
王国歴四一九年五月初頭。リュガ・フォン・レーワン伯率いるヴァイト節令使所属軍三千がヴァイト州境界地域、通称ヴァイト回廊帯へ到着する。
というわけでやってきました俺の新天地。もしくは俺が残りの人生費やして引きこもりつつあれこれ弄る予定の土地。
あのちょっとした事件から更に十日以上経過して、予定より三、四日遅れたので一日付任命からのジャスト到着とはいかず。まぁ俺も事前連絡しておいたので相手も特に怒ってはなかろうよ。
先日の件は、結局どうなったかといえば俺らの懸念は単なる心配性で終わり、想像どおりの流れで終わった。特筆することが何もないぐらいにあっさりと。
塩漬けにした首を数個程携えて州都に居たウノトレス伯と面会したのだが、彼は血生臭い土産と共に伝えられた言葉を聞き、最初顔を青ざめさせて言葉にならない呻き声を上げたり途方にくれたように視線をあちこちに泳がせていたが、やがて少し冷静さを取り戻してこう言った。
「そいつらは私の配下を騙った無頼の輩である」
ハンカチ取り出して汗を拭きつつ自分の目の行き届かなさを詫び、ついでそれを代わりに遂行してくれた俺に感謝の言葉を述べ、最後には道中の安全を祈ってますと白々しく言って話題を打ち切った。
こちらとしても苦情言うのと釘差しをやれればいいのでそれ以上何も言わず、今後の節令使としての業務遂行が滞りなく行われる事を応援してます的な事を精々礼儀正しく返してやった。
「あっ、あぁ。そうだな。やれればいいのだがな、うん」
噂になる程の見栄張りにしては気弱そうな返事に、俺は内心「こりゃ駄目かここ」と悟らざるえなかった。取り繕う余裕もなくすほどに雲行き怪しいとか大丈夫かマジで。
また一つ地方の不穏さを実感しつつ俺と俺が率いる兵らは王路へ引き返して旅を再開させた。
そこからは魔物の群れの襲撃を二、三度体験した以外は順調に進んでいった。
けれども襲ってはこなかっただけで、こちらの様子を探っているのか、数十人ぐらいの集団が辛うじて目視出来る距離辺りから着かず離れず追跡してきたことが何度かはあった。
おそらくはこの辺りで勢力を伸ばしつつある賊の集団であろうが、流石にまだ官軍を襲うほどの規模や度胸はないようだった。望むならまだ当面はそうであって欲しいもんだなぁ。
嘆息しつつも行軍を続けていき、今はこうして目的地の端っこにまで到達したわけだ。
進んでいくと、回廊のヴァッサーマン州側、森林と森林の間にある狭めの更地の一つに大勢の兵を連れた老年の貴族が屋根のない馬車の席に座ってこちらを待ち受けていた。
四月末日でヴァイト州節令使を辞め、本日付で王都へ帰るグリージョ伯その人である。
齢七十にもなる、この時代からしたら大分高齢なお人だ。馬車使って尚且つこちらが接近しつつあるのに立ち上がる素振り見せないのも、偉ぶりたいとかでなく単に足腰弱ってるからである。
本来ならとっくに隠居しててもおかしくはないのだが、最後に何か栄誉を自らに添えようとヴァイト州へ赴任したのが六十五のとき。それから五年経過して流石に老い先短いのを悟ったのか、辞任を申し出て今に至るというわけで。
以上が事前に調査したことだ。とはいえ、無茶するものだ。しかも肩書欲しさという動機だけだから政治とか統治に意欲的な人物でもないというからそういう意味でも無茶すぎる。
一言二言嫌味や皮肉放ってやりたい気分もあるけど、書類上では既に元節令使である見るからに弱ってる老人なのでここは大人の態度で流すべきだろうな。
自分の内心に折り合いをつけ、俺は数騎の護衛のみを伴って進み出た。
「お初にお目にかかる。私は此度ヴァイト州節令使として新たにこの地を任される事となったリュガ・フォン・レーワンと申します。馬上からのご挨拶失礼する」
「いやいや、構いませぬよ。ワシも老体故に座ったままで申し訳ない。しかしまぁよくぞこんな田舎に来たものですな。しかも自ら望んでと。お若いのに風変りといいますか、ご苦労なことで」
温和というより老いによる弱弱しさのほうを感じさせる覇気のない声。
俺が宮中で疎まれてる事も耳に届いてないわけがないだろうに邪険な態度をとらないのも、そういう感情を発する力もないのと善意と言うより無関心や無気力なのだろう。
更に幾つか形式的な世間話をした後に、グリージョ老人が軽く咳き込み始めたので引継ぎ式的な簡素な会談はここで終わった。道中の旅路の安全をお互いに祈りつつ、俺らはここで分かれていく。
彼と共に任期を終えて一旦王都へ帰還する兵二千がこちらに軽く会釈をしながら粛々と回廊帯から出ていくのを見送りながら、俺は誰にも聞こえないよう気を付けつつ小さな溜息を吐いた。
国境方面や大穀倉地帯として名高いツヴァイリング州などは重要な所として実績のある武官が担当してるとはいえ、他の地域は俺含めて大体爵位持ちが節令使という責任者の地位に居るわけで。しかもウノトレス、グリージョの両伯のような有能そうでない奴ときたものだ。
平時なら問題が何かあれども深刻という程ではない。しかしながらこの時期にこういう手合いのは不味いというのぐらい誰か気づいてもよさそうなものを。
まぁこの辺りは俺もその腐敗と怠惰利用させてもらって今の地位に居るから強くは言えないけどさ。
あー、やめやめ。前任者もこうしてお見送り無事果たしたことだし、後は前から願っていたことやりたいと思ってたことやらせてもらうぞ。うん、そう気持ち切り替えよう。
数十分後、隊列の最後尾が遠くに消えていくのを見届けた俺は自分の方の隊列に進軍の合図として手を大きく上げて左右に振った。
さぁていよいよヴァイト州へ足を踏み入れるぞ。
百年前に行動力のある人々が苦心して切り開いたとはいえ、回廊地帯は未だ多くの森林や小高い丘が残っていた。調査によるとヴァッサーマン州側であるこの一帯だけでも未だ誰も手をつけずにいる森林は軽く十や二十はあるという。
その合間に作られた道路を進んでいくと、雲を貫くかの如く高い山々の全容が目に飛び込んでくる。
地球でいうアジアのヒマラヤ山脈かヨーロッパのアルプス山脈、日本でいうなら日本アルプスと言ったところか。高くそして長い壁のような山が連なっており、その威容はほんの一部と分かっていても絶ものだと感嘆しそうになる。
この国どころかこの大陸を横断する大山脈。全長は我が国含めて数か国を軽く凌駕し、山脈の奥行きは未だ測定不可能な程に深い。山脈の先には未知なる国々があるとも、生きとし生けるものが住むに適しない過酷な荒野があるとも言われてる。
なお、名称に関しては大山脈以上でも以下でもない。過去に何か名前をと話は持ちあがったものの、自分の国に由来する命名をしようとして各国が散々揉めた末に公平を期した結果こうなったという。
しばし俺や兵士らはその自然の造りし威容を見上げていたが、気を取り直して道を進んでいく。なにせ今後はこの光景が当たり前になっていくだろうから一々驚いてもな。
黙々と進んでいき、日が傾き始めようとした頃になって山脈の麓のとある地点が見えてきた。
天高くそびえる山と山の合間に、まるで自然が人間に対して僅かながらに心を開いてくれたようなとも思える一本の道がそこにあった。
幅は地球風の言い方すると1.5㎞程。左右は当然ながら石やら土やらの集合体が積み重なった山々である。谷間を吹き抜ける風は思ったより弱くはあれども、終始止むことなく回廊を駆け巡っている。
事実、回廊内にまだ足を踏み入れてないというのに麓に近づくにつれて弱設定の扇風機並みの風が全身に当たってきている。夏場はいいけど冬場は北方の吹雪ばりにキツイだろうなぁ。
回廊前まで進んでいくと、入口付近に道とほぼ同じ長さの木製の柵と、その中央に王国旗をはためかせた物見櫓のついた門が確認できた。
先日のやつとは違って、こちらは正式に認可されて設営されている本物の関所である。当然兵士らもちゃんとした兵隊であろう。
こちらに気づいたのか、門の周辺を見回っていた兵士らが慌ただしく動き出した。
一応州の境界線ということで見回りや警護の兵は駐在してるとはいえ数は確か百から百五十人と伺っている。このような辺境まで大勢で押しかけてくる者も大していないので関所の規模の割には人数も少ない。
ついでに言うなら関所も他の地方のものと比べたら簡素なものだった。良くも悪くも辺境の田舎故に乱や事件と関わることが殆どない平和だということだろう。
無論、それも近いうちにそれら全てなくなって平和や平穏とは遠い常に忙しい一帯となるだろうし俺がそうさせるんだがね。
もう何度目か分からないけど、心の中で今後過重労働する羽目になるであろう兵士らに詫びつつ、俺は関所の兵士らの出迎えに鷹揚に頷くのであった。
この日は日も暮れかけてたので関所付近で野営することとして、明日の夜明け前に出立することにした。
関所の兵士らが「粗末ではありますが屋根のある所でお休みになられたら如何でしょうか」と自分らの簡易宿舎提供を申し出てくれたが、明日朝一で出ていく人間なんだし常在してる人らの寝床奪うのは忍びないので丁重にお断りした。
旗下の兵士達が準備にあちこち動き回ってる中、俺は特にやることもなかったので焚火の傍に床几を置いてそれに座ってぼんやりしていた。
空を見上げると、夜の帳が徐々に降りてきており、月や星々が目に見える程に輝きだしてきてる。電気の眩しいのとは違い灯りと言えば焚火と篝火のみなので尚の事だ。
空から山へ、そして山から回廊へ視線を移動させていく。
暗闇で先がまったく見えない回廊を、俺は感慨深げに見つめる。
ようやくここまで来たんだなぁ。
宮廷での挫折からの計画発案そしてここまでの道中。いや、この世界に転生してからを初めとするならば、二十四年かけてようやくスタート地点に辿り着けたのだから思うところはあるっちゃあるだろうよ。
ここからが本当の始まり。
確実に成功する。などという都合の良い保証はない。
けれども俺の持ってるものを駆使すれば成功率は低い方にはならんだろう。そうでないと折角のスキルもそれによって得てきたものも無駄になるし、俺の今までの人生なんだったんだとなるじゃないか。
それが俺の人生やこの国に何をもたらしていくかなんか分かるわけないけど、とりあえず行ってみようやってみよう。そして何かを成してみよう。
と物思いに耽ってると視線を感じた。発生元へ振り向くと、そこにはいつの間にかマシロとクロエが小馬鹿にしたような笑み浮かべて俺を見ていた。
「なーにカッコつけた風に考え事してるんだか。どうせまた中学二年生の病的なことでも考えてたんでしょー?似合わねー」
「くくく、知者を装い知に耽るシンドローム。苦労人のひと時の思考遊戯の余暇の潰しよ」
「……お前ら、物思いに耽るぐらい茶化すのやめーや。泣くぞおい」
締まらねぇなぁおい。
俺はがっくり項垂れるしかリアクション出来ずにいるのだった。
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