第12話水戸黄門気取りというより必殺仕事人気取り

  報告を受けて隊列の先頭へ慌ただしく馬に乗って駆け付けた俺が見たものは、確かに困り呆れてしまいそうなものであった。


 王路のど真ん中に柵と簡素な木製の門が据えられており、周囲に四十人前後の男どもが屯っておりニヤニヤしながらこちらの行く手を阻んでいた。


 半分は野盗と誤認してしまいそうなほど凶悪な顔つきと粗末そうな皮の鎧を着ており、もう半分は正規兵に支給されてる鎧を着てはいたが大分崩しておりいかにもはみ出し者といった風体であった。


 ウノトレス伯指揮下の兵隊と兵力補充として雇われた傭兵の混成であろう。それはいいとして、こいつらはなんで堂々と公道に関所みたいなもんを設置してるんだ。


 いや、通行料せしめて私服肥やそうとしてるのはわかるんだ。首を捻るのは、公道でそれをやっていて、しかも数が圧倒的に多い友軍相手に今それをやろうとしている点だ。


 無許可なのは当然把握している。なにせ出立直前まで自分の通る処の下調べはやっていたからな。なのでこいつらのこんなしでかしはここ一か月以内のことだろうと推測してみたり。


 そもそも関所みたいなもんは国が直々管理するもので節令使といえどもそう簡単に増減など出来ない。ましてやこんな下っ端が勝手にやることは許されない。


 繰り返しになるが、王路のような公路では例えお上であろうともやれるわけではないのだ。そうすることで交通が滞り、人や物の流れが止まればそれこそ長い目でみれば損するなぞ常識である。


 あまりにも意味不明すぎて流石の俺も咄嗟にどう言えばいいか迷うわこんなん。


 俺やターロン達が困惑して顔を見合わせてる中、ついてきたマシロとクロエがそいつらを見て一言。


「あぁこいつら馬鹿なんだー」


 身も蓋もない発言に俺らは改めて顔を見合わせることになった。


 そうか、何かの策略とか特に深く考えることないのか。その程度の想像も出来ずに金せびろうとしてる馬鹿なのかこいつら。


 いやまぁ確かに現代日本でも居るよそういうの?テレビや新聞やネットでよくある「なんでこいつらちょっと考えたら犯罪なのに後先考えずやっちゃうかなー?」的なあれとかさ。


 市井の人々と商売やってたりギルドに顔出してればそういう系の屑野郎見かけた事何度もあるよ?でもさ、大勢の兵隊含めて三千人、しかも節令使が率いてるやつを足止めして集ろうとするとか悪い意味でヤバイだろう。


 こいつらの独断だろうがそうでなかろうが、ウノトレス伯の責任問題もいいとこだし、個人的にも一言言ってやらないと収まりがつかないぐらいに軽くイラッとするわこういう馬鹿見てると。


 二人の意見を是とした俺は、周りの部下に手早く指示を出して準備へ向かわせた。そしてマシロとクロエのみを伴って俺は門前まで馬を進める。


 距離にしてあと十メートルもしたら門へ辿り着きそうな所まで来たとき、門前に居たゴロツキどもの中から数人が前に進み出てきた。


 中心に居るのは、傭兵らの着てる皮の鎧や支給されてる兵士用の服ではなく、装飾の無い薄めの鉄で加工された鎧を着た男。見ての通りこいつがこの連中のリーダー格か。


 そいつは俺らの前まで進み出ると大仰に両腕を広げて通せんぼの体勢をとりだした。


「おいおいおい、見てのとおりこっから先行きたいなら関所守る俺らに通行料払わねーといけないなぁお兄さん」


「……」


 オラオラ系というやつか。こう、繁華街の路地裏で仲間とつるんでカツアゲしたり通行人にちょっかいかけて馬鹿笑いして日々過ごしてそうな感じのだな。転生前ですら余程運悪くないとお目にかかれないようなベタ具合だなおい。


 第一声からしてもう会話する気失せるんだが、ここは形式踏まえておかんとな。


 咳ばらいを一つして、俺は貴族らしく品の良さげな表情を保ちつつ冷静に対峙した。


「私の名はリュガ・フォン・レーワン。ヴァイト州節令使の任を帯びて兵を率いて南下してるのだが、君らはそれと知って通行を妨げてるのかね?」


「あー?知らねぇし。俺達は節令使のウノトレス様の兵士やってんだよ。ここは縄張りなんだからお前らが俺らの言うこと聞けよ。あっ?」


「そもそも公路で無許可で関所を開くのは禁止されてる。しかも金銭の支払いを強要する点においても明らかな法令違反だ。それを知っての狼藉なのか君ら」


「なに言ってんだよ。許可とか知んねーよ。俺ら自主的にやってんだよぉ。最近ぶっそーだから善意で進んでやってるだけなんすよ?金だって報酬ってやつよ報酬」


「……いや、だからそれが法律的に駄目だって言ってるんだよ。今の時点で詰んでるから今更だけど、犯罪者として罰せられたくないだろ?」


「ちっ、うっせーな。いいから金出せ金。あんた貴族様なんだからたんまり持ってるんだろう。一人銀貨十枚で勘弁してやっからごちゃごちゃスカした事言ってねーで早く出せってんだよボケ」


「……」


 全員とは言わない。世の中には生まれ育ち悪くても悪させずに真面目に生きてる人間は大勢居るのは分かってる。


 でもあえてこの場限りの事で言わせてもらうと、人間ってのは生まれ育ち悪いとこうも想像力の欠片もない馬鹿になれるもんだなぁと悪い意味で感心したよ。


 風紀の乱れとか軍規の乱れとか言ってしまえばそうなんだが、こうなるべくしてなる奴って一定数居るもんなんだよなぁ。


 俺らの時代なら人権大好き人間らが更生させようと躍起になるんだろうが、生憎ここは水準は中世なのでそれに等しい対処で済ませよう。うん、決してクソ面倒くさいと思ったからじゃないよ多分。


 俺が沈黙したことをビビッたと解釈したのか、リーダー格の男が自分では凄んでると思っているのであろう力んだ表情で更に一歩前に進み出て「早くしろや貴族様よう」とか言い出した。


「わかった」


「あぁん?」


「わかった。君らはここで節令使の権限を持って法令軍規両方の違反で処罰する」


 そう言うと同時に俺は左手を軽く上げた。


 瞬間、マシロが「ピピルマピピルマ~」と呟くと門に向けて雷撃を放った。轟音と共に門とその周囲に居た連中が黒焦げになりながら空高く舞い上がる。


 一瞬後にクロエが前に出て男の左右に居た数人の男に蹴りや手刀を叩き込んだ。蹴りで頭部が腐ったスイカみたいな感じで地面へ飛び散り、手刀で身体が真っ二つにされた奴は何が起こったか分からない顔して静かに倒れ込む。


 駄目押しにと、俺の指示ですぐ声のかかる範囲に居た弓や弩を所持した兵隊数十人が二人が取りこぼした生き残りに向けて矢を発射して瞬く間に不細工な針鼠を量産させた。


 ただ一人生き残ったリーダー格の男はあっという間の出来事に硬直していたが、ようやく事態を飲み込むと先程の威勢も消え失せて力なく座り込んだ。


 俺は寄ってきた兵士らにそいつを縛り上げさせて地面に転がした。そして逃げないように数人がかりで押さえつけさせる。


 流石の馬鹿もここに至って自分がどうなるか理解したのか、恐怖で呂律回らず音程も乱れ切った声で命乞いをはじめた。


「ご、ごめんなさい……!た、たすけて、チョーシ乗ってました。あやまるあやまる!」


「謝るぐらいなら最初からしなきゃいいのにバーカ」


「くくく、愚者の底辺の深さの闇。死して治るかも分からない愚かなる無知故の粗暴なる戯言」


 マシロとクロエはまたもや一仕事したというのに、それを感じさせない退屈気味な顔で欠伸を噛み殺しつつそう言い放った。


 気持ちはわからんでもないが、あえて沈黙を保ったままで俺は事務的に最後の仕上げを行うことにしたよ。


 さてそれを誰に頼んだもんかと考えてると、察したターロンが名乗り出てくれた。


「まっ、赴任先ならまだしも途上でこういう事態になるとは思いませんしな仕方がないことですわな。手当弾んでくださいよ坊ちゃん」


 気負った風もなくそう言った昔馴染みの部下は、男の前に立つと腰の長剣を引き抜いた。


 発狂した猿のような叫びが地面から聞こえてきたが、それも骨肉を断つ音と共にすぐさま消え失せる。


 現代日本人からすればスプラッター映画みたいなのを間近で見せられたら耐性ないとキツイもんあるけど、転生してこういう光景見かけるの珍しくない世界でで生まれ育ったお陰で良くも悪くも耐性身に付いたもんよね。


 などと思いながら俺はリーダー格をはじめとして頭部が比較的損傷のないやつを数人選んで首を塩漬けにする事と、簡易関所の残骸や死体をひとまとめにして火葬するよう指示を出した。


 同じく仕事の一環と割り切って無表情に作業を始める兵士らを見物してると、マシロとクロエ、そしてターロンが俺の傍に寄ってきた。


「塩漬けの首なぞどうなさるんですか坊ちゃん」


「ちょっと予定変更だ。確かフィッシェ州の州都はここから一日半の距離だった筈。往復でも三日の遅れぐらいは想定内だ。というわけで作業終わり次第そっちに向かってウノトレス伯に一言ご挨拶だ」


 この場合、ご挨拶と呼んで苦情と読み、報告と呼んで嫌味と読むがな。移動日数増えてしまう兵士らには申し訳ないが、流石にこれは私的にも公的にも一言言わないと気が済まないぞ。


 俺の目的表明に意図を察したマシロとクロエが揃って小首を傾げた。


「でもいいの?変に絡んで逆恨みされそうじゃない?小物の妨害は半端に厄介そうだしさ」


「くくく、小さき者の邪な愚行。ロスと空虚の実りなき生産のワルツ」


 うん、言うことはもっともだ。悪行を証拠持参して突き付けたところで反省するならそもそも配下のこんな真似許すわけない。


 普通なら逆恨みしてそれを晴らそうと何かしでかしてくる。例えば誹謗中傷垂れ流して評判落とすとか、中間地点なのを利用して俺が中央と連絡とるの妨害するとか。


 しかし俺には勝算がないわけではない。


 まずウノトレス伯が噂通り見栄を張りたがる癖がある持ち主ならば、こいつらが仕出かした事が公になれば流石に責任問題になることぐらいの想像は出来るだろう。


 ただでさえ日に日に悪化しつつある情勢に対処しきれてない時点でキャパオーバー起こしかけてるであろうから、これ以上自身の評価が落ちていく前に引き上げたいとすら思ってる所に節令使同士で揉め事は避けたがろう。そんな暇も余力もないのだから。


 次に伯の後ろめたさにつけ入る事だ。


 ここでこういう事してたということは、フィッシェ州各地で同様の事が行われており、伯も献金という形で幾らか受け取ってるとみて間違いない。見返りに黙認ないしある程度揉み消しにも関与してることだろう。


 今回のはこの辺りで上手くいってたことと節令使の権威を頼んで調子に乗った結果。とはいえ、ウノトレス伯も想像外であっただろうな。公路である王路で節令使相手に集るというのも。


 こればかりは余程厚顔無恥でない限りは目を背けられない案件だ。


 で、こうなると先に述べた見栄を張りたがる奴なら「そいつらは私の配下を騙った無頼の輩である」とかトカゲのしっぽ切りしつつ自分の目の行き届かなさを素直に謝罪して率直さアピールして話を打ち切りたいとこだろう。なにせ日頃から関与してる悪事に追及されても色々困るだろうしな。


 俺はたまたま今回通りかかっただけで罪を追及して断罪する権限なぞないので、謝罪の言質とれればまぁいいよ。


 でもここは今後の事を考えて念を入れる。


 俺は移動開始と同時に数騎の騎兵に手紙を渡して最寄りの町へ引き返させた。


 彼らは町へ行きそこの役人にそれを渡す。で、役人らが王都へそれを転送する。なにせ節令使直筆で急報を示す印まで捺してるのだから急いで送る事だろう。


 内容は「不逞の輩が当地の節令使の目を盗んで勝手に王路に関を設けて人々から金を徴取していたのでこれを罰した。この事、節令使ウノトレス伯に報告」と。


 正直な話、露骨に疎まれてる身なのでどこまで真面目に取り上げてくれるか怪しいものだが、とはいえ節令使からの報告である以上公文書には残る。そしてその事実だけあればいい極端な話。


 ウノトレス伯からすれば、中央の目が行き届かないことをいいことに適度に手を抜いて運営してただろうから、この一件で注意を引き付けられるかもしれないというセルフ圧力は堪らないだろう。


 実際そんなことない可能性の方が高いけど、想像はご自由にというやつ。萎縮して逆恨みやる気起こさないだけでもいいし、これを機会に真面目に仕事してくれるならありがたい話だわな。


 などということを語り終えると、マシロが感心なのか揶揄なのか不透明な相槌をうちながら訊ねてくる。


「それなりに考えたようだけどさー、でももし今の奴らみたいにそいつがこっちの想像外の馬鹿だったらどうするの?処す?処す?」


「……そんときはそんときだよ。騒ぎ大きくして節令使から引きずり降ろしてやるわ」


 万が一そうだったら嫌だからあんま考えたくねぇなおい。


 この国の貴族の九割方は糞だと思ってるし、どの神に祈っていいか分からないが、頼むから想像の範囲内に収まって欲しいなと願いつつ俺は各小隊長らに進路変更を告げに隊列の中に入っていくのであった。

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