第8話行く前に見たり聞いたりする(後編)

「それにしてもここでだけ過ごしてると平和で豊かそのものなんだよねぇー」


 露店で買った林檎を齧りながらマシロがしみじみとした風に呟いた。同じく林檎を齧ってるクロエも軽く頷いて相棒に同意を示す。


 食べながら運転はこの際いいんだが、ゴツイバイク二台‐しかも片方サイドカー‐が大通りの道の半分以上占拠してるのどうにかならんか。馬の歩く速度と並走してるからノロノロ運転だし。さっきから周りの奇異と非難の視線がチクチクしてるんですが。


 そんな視線も無いが如く、マシロは更に喋り続ける。


「ほら私らあちこち行ってるから落差あるの分かるけど、ケーニヒ州どころか王都から出ずに過ごしてる人らからしたらリュガの言動なんて心配性拗らせたイカレそのものと思うわそりゃー」


「くくく、妄言狂人の孤立。富める者の盲目蒙昧」


「……まぁな。俺らが居た現代日本なら玉石混交とはいえネットのお力でお手軽に情報集め出来るからなんとなく世の中の不穏さに気づくだろうが、ネットどころか電話もない、手紙も上流階級中心の通信手段なこの時代だと尻に火が付く直前にもならんと実感し難いからな」


 従者や護衛らは用を頼んで先に帰らせたので、次の行き先にお供してるのは召喚者の日本人二人のみ。なので俺もやや声を落としながらも遠慮なく前の世界の単語を交えた喋りになる。


「冒険者ギルドや一部の教会なんかは伝達用の魔道具あるにはあるが、ポケベルよりかはマシなレベルな代物だったからなぁ。一度に六十文字しか送れず、しかも一度送ると次は最低でも七、八分ぐらい待たないと送れないときたもんだ」


「ポケベルとかもう私らどころかリュガの頃ですら遺物扱いじゃないのー?おっさんくさいの覚えてるよねー、それも知識スキルのお陰なんー?」


「全盛期は90年代だろうが2019年まではちゃんと運用されてた絶滅危惧種アイテムだっての。ギリギリまで使ってた人らに謝れや」


 この辺りの会話は中世風異世界からしたら超越もいいとこだが今更か。


「どうせ遠からずこんな呑気な光景も『あの頃はよかった』系の嘆きに溢れるだろうよ。特に城の中の奴らにとってはな。いい気味だよ」


 忌々しげに鼻を鳴らしながら俺は腰にぶら下げていた水筒を手に取って中の水を一気の飲み干した。そんな俺の様子に二人の少女は顔を見合わせて肩を竦めあう。


「アンタの一度嫌うととことん嫌う性格は理解できないわけじゃないけど、なんというかちょっと捻ってるよねー。悟った風に振る舞ってるのに変なとこでネチっこいというかー。てか、俺を認めない奴全員惨めに転落してザマァ!とかやるようなキャラじゃないっしょ基本的にー?」


「くくく、三つ子の魂百に達する。恩讐の炎なお尽きぬ難儀なる精神の鎧よ」


「自覚あるんだからそう言ってくれるなよ」


 自分の自惚れも悪いんだろうけど、ここまであからさまに拒絶や否定され続けたら拗ねたくもなるんだからさぁ。


 マシロの言う通り、人様の不幸を嘲笑って意趣返しする程性格悪くはないと思いたいんだが、「そら見た事か!」ぐらいは叫んでも許されたいんだよ俺。


 と言ってもこればかりは俺個人の性根の話だから完全に分かれというのも無茶ぶりかなやっぱり。


 年少者らからの指摘にやや痛いところ突かれた俺は誤魔化すように咳ばらいを二度三度やって話題を止めさせた。こういうときこそスキルで上手いあしらい方浮かんでくれてもいいのになんで浮かばないかなぁ自分。


 そんな感じに駄弁っているうちに次の目的地へ到着していた。


 露店の通りとは違って建物内で商売を行ってる店が立ち並ぶ商店街の一角。看板に「レーワン食料・雑貨店」と書かれた建物は先程の教会に負けず劣らず人の混雑が激しかった。


 店から出てくる人らは大きい紙袋を抱えて小走りに帰宅を急ぐ者や待ちきれず出た途端に出来立てのポテトチップスを頬張りだす者など様々である。そんな様子を見たこれから入ろうとしてる客らは今か今かと店へ一歩でも奥へ進もうと人込みへ消えていく。


 相変わらず繁盛してそうでなによりだ。書類で日々の成果報告受けてるとはいえ、こうして直に自分の行いの良い結果を見ると気分もよくなるものよ。


「嬉しそうなのいいけど、どうすんのこれー。さっきのとこみたいに責任者出てくるまで待つ?」


「あー、そうだなぁ。まぁ店長か副店長、もしくは事務仕事やってる誰かに伝言すればいいだけだし、裏口にまわるか」


 実際ただでさえ列整理してもこの込み具合というのに道を半ば塞いでる上に馬とバイクが近くに留まり続けるとか近隣から苦情待ったなしだしな。さっさと要件伝えて去るべきだろう。


 早速建物の裏手にまわると、勝手口の方でゴミ出しをしている少年を見つけた。顔に見覚えがある。開店当初に雑用係として採用したこの辺りに住んでる子だ。


 少年も俺に気づいたのか、驚きながらも相手が貴族だからと萎縮することなく駆け寄ってくる。勿論、顔見知り故だからこそだが。普通ならありえないというのがこの時代の階級社会の窮屈なとこだわ。


「伯爵様こんにちは。今日はどうされたんです?」


「こんにちは。坊や今日は店長か副店長どっちが出勤してるかね?」


「店長は商店街の組合の集まりに出て不在ですけど、副店長なら今は売り場で接客してる最中です。呼びますか?」


「おう頼むわ」


 少年が手に持ってたゴミ袋を壁際に置いて店に飛び込んでいった。それからすぐに副店長が少年に案内されてこちらへ顔を出してきた。


「これはこれは伯爵様。このようなとこから申し訳ありませぬ」


「いやいいさ。繁盛してるようで何よりだし、今日は二つ三つそちらに伝える事あるだけだ」


 恐縮してる副店長をそう言って宥めつつ、俺は挨拶もそこそこに話し出す。


 近々俺がヴァイト州へ節令使として赴くこと。それに伴ってヴァイト州に三号店を開く準備を急ぐこと(王都に本店、商都に二号店展開中)そして、数年以内に設備移動と、来る気のある店員の確保も始めることなどを伝えた。


 店長と副店長には店を開いた当初にいつかはやるという程度の事は常々言ってたので、俺からの伝達に差ほど驚きはしなかったが、それでもいざヴァイト州に新たな店を開き、しかもそこが場合によっては新たな本店になるかもしれないことには不安を隠しきれなかった。


「地域差別という程ではないですが、ああいう田舎で開いたところで人が来るのかどうか商売的にやや心配でして」


「その辺り考えはある」


「考えとは、いつぞや言ってた地域限定商品によるその土地の希少価値高めにして周辺に売り込んでいくというやつですかな?」


「うん。実際現地で材料調達出来るのならすぐにでも作って売り出したいと思ってる。まぁまだ少し先の話にはなるが」


「伯爵様の清涼飲料水やポテトチップスなど素晴らしい商品の数々には驚きましたからな。次はどのような商品か楽しみにしております」


 一応納得してくれた副店長に俺は労いの言葉をかけてその場を後にした。


 裏口からでも聞こえてくる客の押し合い圧し合いの声や接客に悲鳴を上げてる従業員の声。副店長すら売り場に立たないと回らない忙しさなら俺が居るだけ迷惑だろうしね。


 小売りや接客業はどこだろうと忙しいとこは大変だよなぁ。






 今日の最後の顔出し先は冒険者ギルドである。


 こちらも情報収集目的ではあるが、ターロンに頼んでる人員確保の件でもこちらに世話になってるのでその辺りの事も訊ねておこうかとな。


 一年前の一件以来、馬もなしに動く鉄の乗り物に手を出す馬鹿は居なくなったので、マシロとクロエは元々乏しかった遠慮を完全に捨てて入り口近くに堂々と路上駐車している。


 余談であるが、あの時のあの時点では死人出なかったが、やはりというか後に手当の甲斐もなく死んでしまったチンピラが数名居たとか。感電した奴と金的潰された奴と口の中に靴先めり込まされた奴は確実だろうなぁ南無。


 ちなみに俺の馬はまだ不気味な無機物と並んで待つのに慣れてないので、ギルド職員に預かってもらうことに。


 乗物を置いた俺らは出入口である扉を開けて中へ入っていく。


 冒険者でごった返してるホール内であったが、俺らが入ると数瞬程場が静まった。


 貴族の俺の存在もだが、やはりここではマシロとクロエの存在が嫌でも目に引くんだろう。


 十代半ばの少女二人。この辺りどころか周辺諸国でも見かけることのない異国風の服装。魔導具の類ではない謎の鉄の乗り物。来て初日でギルド本部内で死傷者出した乱闘事件の衝撃。そして登録から一年半で最下級のGからBにまで上り詰めた実力。盛りすぎごった煮な存在意識するなというのが無理な話だろう。


 そう、こいつらはこの一年で更にランクを上げて今はBランク冒険者なのだ。俺の仕事の手伝いや衣食住の心配減ったことで顔出す回数減らしてたのだが、それなければ冗談抜きでAランクまで行ってるだろうな。


 とにかくスナック感覚で上位案件の魔物討伐やってきては職員らを絶句させたらしいし、本当にこいつらフリーダムに謎すぎんだろ。


 本人らはこっち来た時に付与してもらったスキルのお陰だのとか言ってるが、それにしてもなんかおかしい。たまに見せる闇の深そうな所とか絶対普通の女子高生じゃないだろう。追及したところで何がどうというわけでもないから言わんけど。


 俺や周囲の疑惑の視線もどこ吹く風で、マシロとクロエはギルドの受付係にギルドマスターを呼ぶよう声をかけていた。


 っておい。


「俺だろそこは。幾らお前らが特異な存在だからって一冒険者がギルドマスター呼びつけるんじゃないよ」


「いいじゃんいいじゃん。私らこの一年でこのギルドの厄介案件幾つ解決して幾ら儲けさせたと思ってるのよー。功労者様だぞー。偉いんだぞー」


「くくく、成功者の微量な甘美の優越。越権の背徳の味」


「いやまぁ俺も立場的にそう言っただけだからあんま気にしてはないけど。せめて俺が傍に居るときぐらいは俺に一声かけろよ責任者的に考えて」


 受付前でそんな事を言い合ってるうちに、本当にギルドマスターから顔を出してきたので俺は眉間を抑えて呻いた。立場考えろよおっさん……。


「あぁ、いや、レーワン伯も来られてるということでいずれにせよ出迎えるつもりであったので。別に彼女らのこれまでの貢献故とかでなくてですな」


 俺の様子にギルドマスターは気まずそうに苦笑を浮かべてしどろもどろに言い募る。


 そんなギルドマスターと実際来たことで俺に向けてドヤ顔してくる二人とを交互に見ながら俺は本日何度目かの溜息を吐いた。







 流石に前の二件と同じように立ち話というわけもいかず、俺たちは応接室へ通されることに。


 席へ座り改めて挨拶などを交わして本題へと入った。


「先日ターロン氏から依頼のあった件ですが……」


 ギルドマスターが数枚の書類をテーブルへ置いた。そこに書かれていたのは幾つかの冒険者パーティーの名前と簡単な経歴。


 俺が冒険者ギルドを通して募集をかけていた。それは、ヴァイト州に赴き現地で冒険者兼レーワン伯爵指揮下の私兵として働く人材の募集である。


 俺一人が赴くのであってレーワン家総出で行くわけではない。そういうこともあり家の私兵を全員連れていくことは不可能であった。


 隊長を務めてるターロンを筆頭にまだまだ冒険心旺盛な面子が二十人程志願してきた。それに加えて今以上の給金弾むと告知して名乗り出た人数を合わせたら家の兵隊の一割が俺に同行することとなった。


 単に俺の護衛するだけならこれでも十分すぎるのだが、俺の考えてる計画の中において軍隊の改革も入ってる。彼らにはその一翼を担ってもらいたいのでもう少し腕の立つ人材が欲しいところであった。


 かといってそこら辺の傭兵に金バラまけばいいという訳にもいかない。年単位で付き合ってもらうことになるので信用できる筋からのある程度信用出来そうな奴でないと駄目なのだ。


 とりあえず、冒険者や傭兵に昔の伝手があるというターロンに頼んで関係各所に声をかけてもらってたのだが。


「流石にSやAランクは誰も見向きしませんでしたな。Bが一つ、Cが三つ、Dでも将来有望株そうなところから同じく三つ。応募かけて審査や面接行った結果ですが、彼らなら見返りが良い限りはまず信用してよいかと」


 Bクラスは三人パーティー、Cは五人が二つに四人が一つ。Dは六人が一つに四人が一つに三人が一つ。合計で七組三十人が募集に名乗り出て面接もパスしたわけか。一個小隊分と考えたらまずまずの人数か。


 ギルド直々に審査や面接行ってるなら、俺から特に言うべきこともない。後日顔合わせする際に注意事項伝えて、それで納得してくれるならそのまま連れ出すこととしよう。


 こういうのが出来るのも人や物が多く集まってる王都にある本部だからこそで、地方にある支部だとD辺りはまだしもBやCが稼ぎの中心になってるとこも少なくないのでこういう人材流出は渋るだろうからな。欲をかきすぎないようにせんと。


 納得した俺が後日の顔合わせ日程の事を伝え、ギルドマスターも了承したのでこの話はここで終わり、次に切り出したのは地域情勢のこと。教会で訊いたのとは違い、魔物関連である。


「最近の治安の乱れや関連して離散による町村の無人化によって魔物の活動領域が広がってると聞いてるが、ギルドではどれほど把握してるのだ?」


「そうですなぁ。ケーニヒ州や副都や商都のある州に関してはまだ特にこれといった話は届いてません。魔物どもも一部の凶暴性ある奴以外は縄張りに踏み込まなければ積極的に襲うこともないいつもの状態です」


 ただし流石に地方ではやや切迫した報告を受けているという。段階で分けていうと以下の通りとなる。


 まず下位に属する魔物、ゴブリンやオーク、スライム等の聞き慣れた魔物は特に繁殖力は高めなので住処になりそうなとこに根付くとそこから一気に数を増やそうとするという。


 次に連中よりかは繁殖能力劣るものの数だけは居る他の下位級魔物らが便乗して縄張りを広げようとする。そして食物連鎖の上位に属する中級上級辺りが餌場広げようとする。


 そして下の奴らはそれから距離を置きたがって更に範囲を広げる。この世界特有の悪循環というやつだ。


 報告されてる範囲内では三分の一はまだ第一段階半ばで掃討しようと思えばできなくもない。三分の一は第一段階に達してるが、本腰入れて討伐すれば間に合う。


 だが残り三分の一は無視し得ない段階。SやAをすぐさま複数派遣させるか冒険者でなく軍を投入するかしないといつ第二段階に移行しててもおかしくないという。そして、おそらくは幾つかの地域は既に第二段階に達してると見なすべきだとか。


 それほどまでに各地の統治能力が衰え始めてるということだ。


 行政も日々悪化してる事態に処理が追い付かず日常業務優先にして逃げてる恐れがあり、軍隊はあっても保身の為に温存してるか、民衆蜂起鎮圧の方へ力入れてるかのどちらかだ。


 冒険者だってある程度腕が立つといっても百や二百を一度に相手に出来る奴がそうそう居るわけでもない。魔物討伐を生業としてるからといって命あっての物種だからなぁ。


 俺としては自分の赴任地がまだ深刻な状況でないことと、赴任する際に通る州内はまだ危険水域でないことが分かればいいんだけどな。


 それにしてもこういう世界に生まれ育って二十四年になるけど、こんな話を聞く度に魔物の所為で迂闊に外を出歩けないとかファンタジー世界は物騒すぎんだろ。


 いやまぁあれだ、地球にも紛争地帯とか犯罪組織強すぎる地域とかが該当すんだろうけど、世界全土ではなかったし。特に日本は安全な部類に入ってるから俺がその辺り意識しすぎかもだし。


 魔物根絶は無理ゲーだとしても、俺のとこはせめて少しはマシなとこにしたいよなぁ。

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