第9話旅立つ直前

 情報集めに街に繰り出してから数日後、王宮内の一室で俺は内務担当の役人から二通の紙を受け取っていた。


 国王直筆のサインと王室の印が捺されたそれには簡潔に「リュガ・フォン・レーワン伯爵を王国歴四一九年五月一日付にてヴァイト州節令使に任ずる。可及的速やかに赴き国王陛下及び国の為に忠義を尽くし業務に励むべし」と書かれている。


 素っ気ないが任命書なんてこんなものだろう。


 しかし書かれた内容はともかく受け渡しのほうが素っ気なくて雑すぎやしませんか。


 節令使ともなれば国王ないし宰相自らが複数の高級役人や貴族立ち合いの元で受け渡しするもんだが、俺は数名の役人に「レーワン伯、こちらを宰相閣下からお預かりしております」と言われて渡されただけ。


 しかもだ、二枚目の紙に書かれた出立の式典告知の内容な。


 式典は任命される側の準備が終わりそれを報告申請してから日取りは決まるんだが、書かれているのはこちらの予定に関わらずその日に行う出立の出席者。立ち会うのは中堅どころの役人が数える程のみ。それもその日に時間がとれそうな奴次第で減る場合ありときた。


 貴族からも元々レーワン家と縁がある家が十家前後でそれも先代やそれより前からの縁がある故の義理からの参加ときたものだ。


 なんで貴族らの参加がそうであるか分かるかって?


 ご丁寧に「なお、彼らは先代当主や先々代当主と親しい間柄であり、その縁を大事にするが故に多忙ながら足を運ぶ次第であるので、卿はそれに感謝の意を示すべく~」と書かれてたからさ。


 例えばこれが商都のあるレーヴェ州節令使なら、まず申請してから一週間ないし十日かけて出立式の為に各所へスケジュール調整が行われ、国王ないし王太子が宰相、軍総司令ら伴って出席するわ、貴族連中も集まる良い機会とばかりに数百家が参加するちょっとした行事として執り行われてただろうな。


 辺境のド田舎に進んで赴く、訳の分からない言動で周囲を惑わす不逞な青二才にはこの程度でもやるだけ感謝しろと言わんばかりの雑さである。


 俺は怒るよりも焦りを伴う寒気を軽く感じた。


 価値の軽重に関わらず任命や儀礼は等しく行われるべきであり、個人の感情がどうあれ節令使という重要ポストに人を据える以上は、表面的には粛々と対応すべきなのだ。


 それがこうして価値の高い低いのみで任命や出立の儀礼の格式を露骨に決めたり、個人の嫌悪や忌避だけで厄介払いしたいというのを隠そうともせず書かなくてもよい事を書いて、それすらも恩着せがましさを滲ませてる。


 そしてそれを誰も咎める者はおらずに当然のように受け入れており改められることもない。


 権力層の腐敗と公然とした私物化と感情のみで左右される国政。


 お約束的な亡国の兆しなぞ、転生前に歴史書や歴史小説の上では幾度も見たものだが、実際こうして肌で感じるとゾっとするものがある。


 どうやら俺が思ってる以上にここはヤバイかもしれない。


 早く実行に移していかないと本気で間に合わないかもしれない。


 書状を受け取った俺は言葉少なに役人らに礼を述べ、足早にこの場を立ち去った。


 生理的嫌悪感という程ではないが、一日でも早くこのロクでもない場所から距離をとらないと巻き添えをくらうかもしれないという妙な恐怖が俺の足を速くさせていた。


 預かってもらってた馬を引き取り、従者や護衛らを促して門外へ出ようとしたとき、正門の前で百人程の武装した騎士らが集ってるのを目撃した。


 その中心に居るのは、勇少年と先日彼に瞬殺返り討ちにあったチョロインな姫騎士と対魔人。様子から察するに早速勇少年のレベル上げの為にどこかに魔物討伐へ行くのだろう。


 ここにきて一週間経過するかしないかなのにいきなり魔物と戦う羽目になるとは気の毒に。少年の今後を考えたらこれからが本当の地獄なんだろうけど。


 あからさまに緊張と不安を隠しきれてない勇少年に二人のチョロインが何やら声をかけている。






「英雄、安心してください。あなたなら難なく倒せますわ」


「そう言われても、剣とかマトモに扱ったことないのにいきなりストーンゴーレムとかいうのを三十体倒してこいとか。こういうのって普通スライム辺りから始めるものじゃないんですか」


「勇者様ならその程度大丈夫ですわ多分きっとおそらく!」


「フワッとした根拠で背中押すのやめてくれません!?」


「もし何かありましても、ワタクシがあなたを守ってみせますわ。だからあなたは安心してワタクシに身を委ねてくだされば……」


「そうだぞ英雄。私がお前にかすり傷一つつけさせやしない。私を多いに頼ってくれ。そして私の(戦闘の)腕に縋るといい」


「ちょっとティアさん!ワタクシの英雄にここぞとばかりに言い寄らないでくださいます!?」


「レギーナ、その言葉そっくり返すぞ。それに、対人ならまだしも対魔物ならば対魔人である私こそ英雄に手取り足取り指導する役目は適任だ」


「そ、そんなことありませんわ!ストーンゴーレム如きならワタクシも遅れをとりませんし、彼にはまずこの世界の空気に慣れて頂くことも大切。ワタクシも傍に居る余地はありますわ!」


「……お前がこんなに引き下がらないとこ初めて見たぞ」


「あーら奇遇ですわね、ワタクシもですわ」


「あ、あの二人とも落ち着いてくださいよ。ほ、ほら周りの騎士さんらがちょっと引いてますからぁ。あとここぞとばかりに身体押し付けるのやめてくださいね!?俺の心臓に悪すぎるんで!!」






 あれぐらいベタな緩い感じなら平和なんだけどねここも。


 まっ、次いつ会うか知らないしもしかしたらこのまま会わない可能性もあるけど、頑張って生き残れよ少年。いや割と本気でね。


 ラブコメな波動を醸し出してる男女を生暖かい目で見つつ、俺は静かに王宮の門をくぐって去っていった。







 屋敷に戻った俺は宮廷用の儀礼服からラフな格好に着替え、休む暇もなく出立の準備のほうへ取り掛かった。


 まだ四月上旬とはいえ、王都からヴァイト州入りまでの行程考えたら早めに準備して出立すべきだろうな。五月一日の正式任命日には州内に入っておきたいものだ。


 とは言うものの、既に持っていく物や人の選定は終わっており、荷物は運びだし準備も終わり積み込むのだけ。人材も顔合わせも既に済んでるから出立予定日を告げるだけ。情報収集がてらの挨拶や伝達も先日済ませてるので、思ったより余裕があったり。


 なので俺はヒリューやターロンに積み込みの監督を任せ、私室や執務室にある私物の整理や詰め込みをやることにした。


 それすらも、大体のものはここ最近で数多くある荷物の中に紛れ込ませてるので、数日の旅行向けキャリーケースぐらいのカバン二つ分ぐらいで収まってしまうものだった。


 重要書類の数々、防災向け持ち出し袋意識した緊急時用の道具詰め込んだ袋、万が一のために予備の短剣、金貨や銀貨が十数枚入った革袋など、すぐに取り出せるよう手元に置いておきたい品を詰め込んでいく。


 差ほど時間かからないと分かってたので、考え事しつつゆっくりと詰め込みしていると、ドアをノックする音が聞こえたので振り向いた。そこには扉を開けて入ってくる弟のヒリューの姿。手にはお茶道具一式乗せたトレイがあった。


「兄上、少し休憩しませんか?」


「んっ、あぁそうだな。しかしメイドに頼めばいいのに茶ぐらい」


「いやついででしたし。それに、兄上も普段一人でお茶飲むときは炊事場から勝手にティーポットとカップ持っていくじゃないですか。当主自らメイドや召使使ってないから説得力ないですよ」


「そう言えばそうでした……」


 生まれてこのかた貴族らしく教育された筈なんだが、どうにも前世の癖が魂レベルで染みついてるらしくこの世界の貴族らしからぬことやらかしてしまうなぁ。


 そんな俺とは違い、貴族というものが様になってる弟は優雅な手つきで茶をカップに淹れて差し出してくれる。礼を言いつつ俺は茶の香りと湯気に顔を当たらせて一息吐く。


「そっちはどうだ?」


「ターロンが使用人らに指示出しつつ一緒になって運び出ししてますから順調ですよ。この調子ならあと二、三日で終わりそうです」


「物というか、金の詰まった袋が多いからなぁ。こりゃ終わったら使用人らに手当弾んでやらんといかんな」


「引っ越し荷物の九割方がお金というのも商人だって中々ないですよ」


 同じく顔に湯気を当てながらヒリューが苦笑する。


「それと兄上。私の独断で荷物の中にレーワン家所蔵の美術品数点いれておきましたので、あちらで荷解きの際にでも確認してくださいね」


「いやお前そういうの全部譲るって言った筈だが」


「そうでしょうけど、レーワン家当主的に私室や執務室が殺風景すぎなのは今後の付き合い的には駄目ですよ。あそこにも貴族や富裕な者は居る以上、格式や体裁はある程度持たないと」


「あー、そうか、そういうもんか」


 弟の指摘に俺は思わず声を上げた。


 そうか、現代の地球だって政治家や金持ちや偉いとこの人とかの所に何かしら置いてたわ。持ち物もステータスの一つとして見られること失念してたわすっかり。


 そんなとこばかり気にするような奴を小馬鹿にしてるしそういうの排除していきたいと思ってるが、痛くもない腹を探られるかのような事を避けられるに越したことはないからな。


 弟の配慮に素直に感謝する俺にヒリューはしみじみとした表情を見せた。


「兄上は昔からそういうとこありましたよね。聡い割には変なとこで抜けてるといいますか。それでよく父上や教育係の教師らに小言言われて」


「そうだなぁ。後から気づく事が多いんだが、そういうときは言われるまで頭から消えてるんだよなぁ。あれのお陰で注意受けたなよく」


「配慮が足りない、気配りが足りないなどと言われましたけど、まだまだ兄上はそういう辺り成長の余地ありそうですな」


「本格的に一人暮らしみてーなもんになるからな。今以上にその辺り気を付けていかんと駄目だなこりゃ」


 そう語り合いながら、俺は私室を見回す。


 なんだかんだで生まれてからずっとここで暮らしてきたのだ。宮廷内や当主になる前などに嫌な思い出もそれなりにあれども、いざ離れるとなると感慨深いものがある。


 こんな気持ちは転生前に親元離れて上京して以来だなぁ。


 下手したら二度と足を踏み入れることがない可能性も高いのだ。いや、足を踏み入れることがあったとしても、そこが残ってるか分からない。あっても俺が知る場所である保証もない。


 写真なぞないんだから、記憶に可能な限り残せるといいな。俺の持つスキルで記憶保持は約束されてることだし。せめて俺の記憶の中では良い思い出として残しておきたいものだな。


「兄上?」


「……なぁヒリュー。一服終えたら少し歩かないか?去る前に我が家を改めて見て回ろうと思うんだが」


「あぁ懐かしいですね。子供のころ探検しましたね家中を」


「またいつ戻れるか分からないんだ、童心に返るとしようか弟よ」


 それが童心を差してなのかこの家へ戻ることを差してなのか、自分でもどちらの意味で言ったか分からないままに、俺は飲み終えたカップを机に置き、弟を伴って部屋を出て行った。





 翌々日、荷物の詰め込み完了を確認した俺は宮廷に準備完了の報告及び式典申請を行った。

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