第7話行く前に見たり聞いたりする(前編)

 一夜明け、昨日の疲れ(主に精神的に)からか夢見ることなく深い眠りにつけた俺の目覚めは悪くはなかった。


 大きな欠伸をしつつなんとなく頭や胸元を掻きながらベッドから降りて窓際へ歩み寄る。


 カーテンを少し開けると、外は青空の広がる良い天気であった。春の陽気と冬の名残がちょうどいいバランスとっており、空気の程よい涼やかさが心地良さそうだ。


 いい天気だなぁ。こういう日は朝食食べたら二度寝したくなるわぁ。


 転生前のサラリーマンだろうと転生後の貴族だろうと、無職ニートじゃねぇ限りは考えることは変わらないもんだな。とかまだ覚醒しきってない頭で考えながら庭の方を見ると、見知った二人の姿を見つけた。


 マシロとクロエは庭に椅子とテーブルを運び出し、そこへ朝食を持ってこさせてそこで食したらしい。テーブルには食べ終えた食器が重なっている。そして食べ終えた二人は同じように持ち出してきた足掛け用の小さな椅子に長い脚を置き、自室から持ってきたであろう枕をクッションにして今まさに二度寝をしようとしていた。


「……」


 これ見よがしな行動する居候共に花瓶の一つでもぶん投げたくなる衝動を我慢しつつ俺はそっとカーテンを閉じて部屋を出た。今日も忙しくなりそうだと無理矢理思考を切り替えながら。


 う、羨ましくないんだからな。






 目覚めから数時間後、俺は王宮を後にしようとしていた。


 さっさと朝の支度を終えてさっさと王宮へ参内してさっさと書類提出して、今日の王宮内での用事は終わった。任命の件も数日中に行うと確認もしたから用はもうない。


 どの時代も役所は早めにいかないと待ち時間喰うからなぁ。ほぼ居場所ないようなとこで微妙な視線受けて待ち続けるようなマゾ趣味はねーですよ。


 愛馬と従者待たせてる場所へ向かおうと様々な木々や花を育てている大庭園の一角を横切ろうとしたとき、何か揉めてる声が聴こえてきた。


 スルーしてもよかったが、声の主の一人が昨日ここへ拉致されてきた勇少年だったのが気になり、俺は声のする方へ向かっていった。


 大庭園の奥にある一際大きい巨木の下で、僅か一日で人生狂ってしまった事で疲れと困惑を未だ引きずる高校生男子を十数名の男女が取り囲んでいた。


 中でも二人の女性が不信と侮りも露わに勇少年に詰め寄っている。


 あれは確か、王宮騎士団の二人だったような。


 耳がやや尖がってる金髪の方が王宮騎士団第一部隊隊長のレギーナ・フォン・エクエスとかいって、王家とも遠戚関係にあるエクエス侯爵家の令嬢で先祖にエルフが居たとかいう姫騎士様だったか。


 で、黒っぽい紫色の髪した方が王宮騎士団第二部隊隊長のトレラン・ティア・シーカーリウスとかいう、騎士団の中で対魔物に特化した訓練や戦闘をしている通称「対魔人たいまにん」の一人だったかな。


 覚えてるのはスキルの効果として、何で俺が知ってるかというと、この二人は良くも悪くも目立つから。


 軽装かと思うぐらいに防御不安になる薄い鎧着込んだエルフ耳の侯爵令嬢と身体のラインがほぼ見えてるようなこちらも防御不安になるような装甲薄めの身なりした女。


 おまけこんなふざけた格好しててそこら辺の戦士や魔物より強いときたら目立つもんでしょ。しかもうちの国では珍しく元の家柄でなく自らの実力で王宮騎士団隊長任されてるときたもんだ。


 そんな立場の人が部下引き連れて朝も早くから一高校生囲んで何をしてるんやら。


 出歯亀根性で耳を澄ましてみると。







「あなたみたいな弱そうな殿方を勇者様なんてワタクシは認めません!」


「いや、王様が勝手に言ってるだけですんで別に俺は」


「言い訳とは男らしくないぞ!お前を勇者とは認めてないが陛下が認めてる以上は勇者としてどんと構えるべきだろう!」


「結構滅茶苦茶な事言ってません!?」


「おだまりなさい!今からワタクシ達が見極めて差し上げますわ。あなたが命を預けるに値する者かどうか、剣を持って証明してごらんなさい!証明出来なければ死んで頂きますわ!」


「なにそれバイオレンス過ぎて怖いんですけど!?」


「見た所短剣すら帯びてないなお前。無手の者を一方的に斬るのは卑怯だ。だから剣を貸してやるからさぁ構えろ!!ほら、こうやって持って!」


「勘弁してくださいぃぃぃ!」






「……うわぁ」


 思わず声出ちゃったよ。パワハラすぎて完全にここだけ見たら弱い者虐めだよ騎士様達。ほらもう少年が涙目じゃねーか。


 本来なら割って入って一喝して追い払うべきだろうな。疎まれてるとはいえ金払いの良い一伯爵を宮廷内で白昼堂々斬るとか暴挙しでかさんだろうから助けられるとは思う。


 しかしだ。


 昨日のステータス閲覧後からすれば、これ杞憂に終わるだろう。幾ら二人の女騎士がこの世界で百人力の部類に入る猛者だろうが、あの少年は勇者として召喚されるだけの資質はあるのだ。それにあの盛りすぎなスキルもある。


 当然ながら真剣持った事ないのでおどおどと危なげに剣を構えた勇少年。それを確認したレギーナは魔力の篭った宝剣を鞘から走らせそのまま勢いを落とさず勇少年の首元を狙って刀身を振りかぶった。


 普通ならそのまま首が落ちて終わりとなるが、そうはならなかった。


 驚異的な瞬発力で紙一重でそれを交わした勇少年は、そのまま一歩踏み出し、空振りした為に隙が出来たレギーナの手を。いや、正確には剣の根本部分を狙って軽く剣を振った。


 甲高い金属音と共に宝剣が宙を舞う。


 重い衝撃のあまり無防備になった手を庇ったレギーナはそれ以上動けなくなった。


 返す一刀が彼女の首元に当てられたからだ。数本の髪の毛が地面に落ち、あと一センチも進めば刃が肌に達する程の近さだった。この間十秒にも満たない僅かな時間。まさに秒殺であった。


 我に返った勇少年は慌てふためいて剣を引っ込めたが周囲は信じられないように硬直して声も出ずにいた。


 いやはや俺も少し驚いた。ここまで圧勝するとはねぇ。今の時点でこれだとレベル上がればどれだけ化けることやら。


 感心してるとまたもや会話が聞こえてきた。






「あの、大丈夫ですか?なんか身体が勝手に動いたというか……」


「くっ、殺せ!」


「いや殺さないですからね!?なんでそうなるんですか!しませんからそういうこと」


「殺さないんですか?あなたというお人はなんと甘い方でしょう。……でも、そこがあなたの良いとこなのでしょうね」


「あのー、なんか勝手に納得してなんか顔赤くしてるのなんでですか」


「失礼な物言いをした挙句に無礼な真似をしたというのに、なんとお優しい。勇者様、ワタクシ心入れ替えてあなた様に誠心誠意お尽し致しますわ!」


「話聞いてくださいよ!?」


「勇者様、いえ勇様!これからワタクシのことはレギーナと御呼びくださいませ!」


「その前に落ち着いてくださいお願いしますから」






「……おえー」


 思わず嘔吐感こみ上げてきそうになったよ。なんだこのベタベタなチョロイン。経歴込みでベタすぎてこの世界をゲームかなんかと錯覚しそうになるわ!エクエス侯爵は娘にどんな教育施してやがる。


 これ以上朝から頭悪いやりとり聞かされたら寄り道せず家に直帰したくなるからもう離れよう。そう決めた俺は音を立てずゆっくりとその場から離れていく。


 こんな世界でこんな水準の奴らに使い潰される予定の勇少年には心底同情する。もうせめてそこのチョロインとイイ感じになってリア充分補給するぐらいの楽しみ手に入れるべきだよ。なんならハーレムでも作ればいいさ。


 などと考えてると。






「レギーナを容易く倒すとは中々やるな。だが、人より手強い魔物相手に戦ってきた対魔人である私は勇者なんかには負けない!」


「いやだからですね!?」


「問答無用!!」


 ガンガンギギーン!


「勇者には勝てなかったよ……くっ、殺せ!」


「だから殺しませんって!?こんな事したって意味ないじゃないですか、ほらもう気にしませんから今回の事は」


「なんという男だ。強く懐の深さも兼ね揃えてるとは……私の負けだ。好きにするがいい」


「いや、いいですから。なかったことにしていいですから顔赤らめて身体密着させてくるのやめてくださいぃぃぃ!!」


「慎ましさもあるとは、勇は知れば知るほど味わい深い男なのだな」


「会ってまだ五分も経過してない上にいきなり呼び捨てですか!?」


「私の事はティアとでも呼ぶとよいぞ」


「あなたも落ち着いて人の話聞いてくださいね!?」





 はい、チョロイン二号追加な。色々残念だが見てくれは美人だし両手に華だしまぁ頑張ってくれ少年。







 朝からセンス無し素人の即席コントを見せられたかのような微妙な気分にさせられた俺に休息する暇はなかった。


 げんなりした顔で帰ってきた俺に怪訝な顔をする従者を適当に誤魔化しつつ王宮から出ていき、そのまま街へと向かう。


 行先は街の大通りから離れた、街のやや隅の方にあるとある教会。アラスト教とかいう一神教のところだ。


 俺は宗教、特に一神教系のはあまり好きじゃない。独善と偏見と差別を助長する原因とみなしているから個人的には排除してやりたいぐらいだ。


 いや俺も神様は冒涜すべきじゃない程度の宗教モラルはあるよ?でも元が日本人な所為か当たり前のように政治に非合理的な証拠もない「神のお告げ」とやらを根拠に好き勝手する宗教というのはどうしても胡散臭く見えてなぁ。


 おまけに俺の面識のある神様が自分を仮の神様とか言う怪しさ満点のものだから余計に神様というものに対して素直に信仰出来ないのもある。


 ここが中世水準な上に神様実在するらしいから宗教がある程度幅効かせてるのはもう仕方がないけどさぁ。俺はあんまり関わりたくないね。


 そんな俺が何故教会へ向かってるかといえば、お祈りにしにきたわけでなく、そこを運営してる神父に用があるからだ。


 教会に辿り着くと、待ち合わせ場所と時間を書置きしていたので既に来ていたマシロとクロエがバイクに寄りかかって手を振ってるのが見えた。


「いやー、目覚ましかけてなかったからあやうく遅刻しそうになったわー。バイク飛ばしてきたわー」


「くくく、二度寝の悪魔的誘惑、春眠惰眠貪り甘美なるひと時の危うさよ」


「……まぁ人を轢いたりしてなきゃいいか」


 いつもなら目立つような事控えろとツッコミたいとこだが、先程の茶番の直後でげんなりしてたので追及はしなかった。


 馬から降りて手綱を従者に渡す。改めて目的地を見てみると、教会の門前には百人以上の人だかりが出来ており何かを今か今かと待ち構えてる様子だ。


 差ほど間を置かず扉が開かれ、教会の者と思わしき簡易な僧衣を着た男らが長い机と束の紙を運んで人々の前で設営し始める。男の一人が「前から順番に四列に並んでください」と声を上げて列整理も始め出した。


 それがすぐさま終わると奥から神父服を着た赤ら顔した小太りの男が看板を担いで姿をみせた。看板には「教会寄進番号選択式富くじ発売中」と書かれている。


「さぁさぁ皆様お待たせしました!これよりくじの販売を開始致しますよ!一枚純銅貨三枚!今回の〆も発表日の正午までですのお忘れなく!!不正をした者は神の裁きと法の裁きが待っておりますからそれもお忘れなく!!」


 神父というより叩き売りする商人みたいな声を張り上げる男に人々は各々反応しつつも、考えてきた組み合わせ数字を渡された用紙にこれまた渡されたペンに書き記しては販売担当の者に純銅貨と共に渡していく。


 担当は渡された紙にアラスト教の紋章を掘ったスタンプを張り付けて客に返していく。


 偽造できないようにわざわざ魔導具職人に作らせた特別性のペンは本数少ないからか客は減らないのに遅々として進まない。それでも数年もやってれば手慣れてくるもので思ったよりも素早く客を裁いていく。


 余裕も生じてだからなのか、混じって客の対応していた神父がこちらに気づき、信徒の一人に仕事託してこちらに小走りに寄ってきた。


「おおこれは伯爵様!わざわざ起こし頂きましてありがとうございます!!」


「んっ、こちらも忙しいときにすまないな。というかその顔色、お前はまた朝から酒飲んでたのか。いいのか聖職者」


「いやはや、景気づけの命の水でございますよ。なにせ寄付の額は多いに越したことないですからな張り切ってしまうというものです」


 酒と汗で顔を赤らめてる不良神父が悪びれなく言ってのけた。


 この教会の神父の名前はパオマといい、御覧の通り神に仕える身ながらも飲酒もすればこういった富くじに手を貸したりと敬虔とは言い難い。


 加えて副業の一つとして各地の信徒から集めた様々な情報の売買もしてるときた。そういう生臭坊主故に宗教関係者ながらも俺も関わってるわけだが。


 元々富くじ発案したときに誰に任せようかと候補者探してた際に情報目当てで出会って、話を訊いて信用出来ると踏んで任せたというのがある。


 あくまで表向きは教会の運営費と、アラスト教への寄進というお題目掲げてるので他所の介入も差ほどないし、役所にも届け出てるので今の所は独占状態。取り分半々としてもお互いに良しな利益を出し続けてくれている。


 まぁちらほらと抜け道見つけて模倣し出してるところも出てきたから雲行き怪しいとこだが。


 今日来たのは売上金の回収を伝えにきたのもだが、情報を買いにきたのと今後の運営に関してだ。


 俺は左右を見回しながらパオマ神父をマシロとクロエのバイクのとこまで引っ張った。二人にはさり気なく周辺を見張らせつつ神父に小声で問いかける。


「どうだ、そっちの情報網から地域情勢何か新しい話あるか?」


「……良い話は聞きませんな」


 つい今まで喜色満面だった神父の顔がやや険しくなった。


「伯爵様もご自身で情報収集されてるでしょうから、あまり内容に大差はないかと思われますが」


 そう前置きして神父が語ってくれた。


 北中領クレープス州が今年も冷害の不作に喘いでるといい、幾つかの村では村民の半数以上餓死者が出たという話が州内を駆け巡ってるという。


 だがクレープス節令使のマルト―将軍はその報告を王都にせず、配下の役人に緘口令を敷いてるとか。


 国境地域任されてる以上無能ではないが、数年も凶作という天災には多少才があった所でどうしようもない。しかも講じてる手段が秘密裏に揉み消すという悪手。


 自分のみで解決してしまえばどうにでもなると考えてのことだろうが、このやらかしがいつまで通用することやら。


 北方地域が頭一つ飛びぬけて不穏であるが、他も火種に事欠かないという辺りも俺の情報収集を裏付けてくれる。


 各地にあるアラスト教会も信徒を中心として可能な限り助けてやってるがまったく追いつかず、それどころか暴徒らに襲撃を受けてる始末という。


 パオマ神父がくじや情報で稼いだ金も半分は信徒を助ける為に地方の教会に散じてるというが、そう遠くない日に焼け石に水にすらならない行為となってしまうだろうという。それほどまでに地方が荒れだしているのだ。


 更には周辺諸国もどうやらうちの国と似たり寄ったりな状況らしく、アラスト教本部から届く公的私的な定期通信は戦乱に備えるべく対策をとるべしという〆の言葉で終わることが多くなったとか。


 我が国にとってせめてもの救いは、混乱に生じて攻めてくる敵の心配がないことだが……恐らくは攻守いずれになるかの違いでそうはならんだろうな。なにせ勇者様のバーゲンセールしてるしなぁこの世界はよ。


「伯爵様?」


 急に押し黙った俺に不良神父が怪訝そうに声をかける。いかんいかん今の段階で不吉な想像してセルフネガティブはいかんな。


「……早ければ月末には赴任することになる。その後でいいから、前々から言ってたようにお前も今の商売程々に切り上げて教会移転の準備しとけ」


「はあ、しかし富くじ事業を畳むのは少しばかり惜しいですなぁ」


「どうせ模倣してる奴らからの露骨な嫌がらせ始まる瀬戸際なんだからいいだろ王都は。今度は地方で励めばいいさ」


 俺はそこで話を区切りにして、懐から金貨一枚取り出して神父に押し付けた。恭しくそれを仕舞い込む相手に俺の取り分の金を今日中に屋敷に持参するように頼んでから教会を後にする。


 空を見上げると、朝と同じく晴れ渡った雲一つない青空が視界に広がっている。


 空はこんなに綺麗な青空というのに、地上はなんでこうも生臭さに満ちてるんだろうなぁ。

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