第5話私の銭闘力は53万です
プフラオメ王国。
王国歴四一九年四月現在人口八八〇万を有する国であり、近隣諸国の中では人口も国力も中の上に辛うじて入っているまずまずな所であった。
西に大陸を連なる大山脈、南に海を有しており、北と東には同じぐらいの歴史を有する王国などが隣接している。
王都のあるケーニヒ州を初めとして大きく十四の州で区画されており、そこから更に地区が細分されてはいるがここはまぁひとまず説明を省く。
ケーニヒ州は直轄領扱いなので宰相と軍の総司令官代理(名目的に総司令官は王ないし王太子がなる)の二人が共同責任者として管理しているが、それ以外の州は節令使という政治と軍事双方の権限を持った、いわば全権代理人的な者が統治している。
任期のある、日本でいう守護大名、中国辺りでいうなら唐や宋の時代にあった節度使といえば分かりやすかろう。
十三か所もあれば当然人気のあるとことそうでないとこも出てくる。
人気のあるとこは座を狙って貴族や金に余裕のある将軍とかが宮中暗闘したり、任期を伸ばして貰おうと多額の賄賂が動いたりする。
そうでないとこはいうと、押し付け合いか節令使という一応栄誉ある地位ということでそれなりに功績建てた引退寸前の官僚や老貴族がお情けで任命されたりといったところだ。
貰える正規兵力や支援金にも格差がある。王都に近い州なんかはいざとなれば王都から大軍派遣してもらえる可能性が高いのでそこまで割り振りなかったりもする。という例もあるから一概にはそうとも言えないんだが。
南東領レーヴェ州のような大きな港街を抱えて「商都」という別名が付くほど商いが栄えてるとこもあれば、ケーニヒ州に隣接してる上に、開祖発祥の地であり建国戦争の第一歩を印した記念すべき地でもある故に副都としての地位を与えられてる中東領シュティーア州辺りも人気のある場所だ。
兵力やそれに伴って貰える支援金重視してるやつは隣国と国境を接してる州を狙う。特にここ最近のキナぐささは鼻の良い奴は薄々いざという時に備えるやもしれんしな。
で、そんな節令使というポストを俺も狙ってるわけだが、俺が目をつけてるのは十四番目の州である南西領ヴァイト州。
先程述べた、人気の無い中でも一番人気のない辺境の州である。
厳かに宣言した後、俺らは大いに盛り上がり気勢を上げた。わけもなく、風呂と食事を終えたら俺の執務室へ集合と伝えてひとまず解散した。
真面目な話をやるからには先に済ませておくべきことは済ませておくべきだろ常識的に考えて。
そこからしばらくはささやかな生理的欲求を満足させてしばし一息吐いた。
風呂でさっぱりした後はいつもなら酒でも飲んでこのままベッドへ直行したいところだが、今日どころかしばらくはそんな呑気なことも出来はすまい。
給仕が酒を勧めてきたがそれを断り、食事を手ばやく済ませた俺は執事らに二つ三つ頼みごとをした後足早に執務室へと向かった。
執務室へ足を踏み入れると、そこには既にマシロとクロエ、そして一昔前の洋画で活躍してたようなアクションスターばりに筋骨逞しい長身の男が来客用ソファーに座って待っていた。
「これはリュガ坊ちゃん意外に早いお戻りで。もう少し休まれてもよかったろうに、余程話を進めたいんですな」
そう言ってニヤリと笑って見せた男の名はターロンといい、二十一のときから十八年にわたってレーワン家に仕える私兵部隊の隊長であり、俺にとっても物心ついた頃から武芸の師匠として傍にいる壮年の男でもあった。
元々は若いながらもそこそこ名の知れた傭兵として各地を渡り歩いていたところ、たまたま知り合った先代当主に気に入られスカウト。以降はレーワン家の私兵らを統率して屋敷の警護や荘園の警備をして過ごしていた。
本人曰く「待遇は良いので居座ってますが、冒険者や傭兵でもしてるのが性に合ってますな」というのを常々聞いてはいた。見た目どおりの身体動かすの大好き人間なわけだ。
なので、今回の件に関しては家中ではいの一番に名乗りを上げていたりする。
「家に居るお前らと違って宮仕えしてて疲れてる中で早めに顔出したんだがなぁ」
「月一とはいえわざわざ針の筵な所に顔出してるとか自業自得っしょー?恩着せかましよくないわー」
「くくく、被虐の陽炎、社畜の悲嘆なる性のサーガ……」
「ははっ、相変わらずマシロ嬢とクロエ嬢は言いますなぁ!」
「お前ら……」
豪放な笑い声を上げるターロンに何か言い返してやろうと口元を歪めたが、結局何も言わずに俺は自分の執務デスクにある席ではなく、マシロらと同じ来客用の椅子の一つに腰を下ろした。
「まぁいい。早速だが話はじめるぞ」
俺は小脇に抱えていた数枚の書類のうちの一つをテーブルの上に広げた。それは王国全土が描かれている地図である。
「前々から言っていたことだが、俺は遠くへ逃げて引きこもる。と言っても単に逃げるんじゃなくて行った先で俺なりにやりたいことやれることをする為に赴くんだ」
大体、世界に嫌気がさして一人引きこもるだけならいつでも出来たし、前の人生強制終了させられた挙句が引きこもりニートで余生過ごすとかあんまりすぎるでしょうが。
国一つどうこうできるのは無理だとしても、スケール小さくとも自由に自分のしたい事する余地はどこかにあるだろうと考えた末に俺は節令使を目指すことにしたのだ。
「しかし坊ちゃん。坊ちゃんは身内贔屓付けたとしても、その、宮廷内では嫌われてそうな手合いですからそんなにすんなりなれそうなんですかな?」
遠慮のない口調で遠慮のないことを言うターロンにマシロとクロエが同調の意を示してかムカつく笑顔で俺を指さす。「プギャーw」とでも言いたいんかお前ら。
怒るべきだろうが、少なからず自覚はあるのでこれはスルー。
「大体のとこは普通なら無理だろうな。だが、一つだけ難易度が低いとこがある」
俺は地図に人差し指を当てる。王都からスタートしてゆっくりと南下していき、ある地点で止める。
止めた先を三人は確認した。会った直後からある程度話を聴いていたマシロとクロエは反応を示さなかったが、ここで初めて目的地を明かされたターロンは「ここ?」と言いたげに目線を俺に向ける。
「そうここだ。十四番目の州、南西領ヴァイト。ここを、俺にとっての新天地とする」
「確かに引きこもるには適してるとは薄々思ってはいましたが、いざ面と向かって言われるとちとばかし驚きましたな」
ターロンがそう言うのも無理はない。何せここは王国でも断トツで辺境中の辺境と言われる田舎なのだから。
王国南西領ヴァイト。
文字通り王国の南西に位置している十四番目の州である。
周囲を王国以上に大山脈と海に囲まれており、唯一通行可能な地域も森林群や高さは差ほどではないが小高い丘が百前後あってまさに閉ざされた土地となっていた。
百年前、一人の商人が官民双方から有志を集い、数年かけて苦心してようやく通行可能にしたことで開拓がはじまった。
開拓を積極的に行っているとはいえ、百年経過した今でも十四州一の底辺地域、未開発部分の多い辺境という目で見られており、ごく稀に流罪者の流刑地として指定されるときもあった。
そんな扱いなので数十年前にヴァイト州節令使が設けられたというのに王都の連中からの評価は宜しくない。節令使という人気ポストな筈なのに唯一押し付け合いが行われている席なのだ。
純粋に富を求める者、何かしらの旨味を得たい者、野心がある者。それらがすべて「稼ぎにならない」「得るものがなさそう」「事を起こすには不利すぎる」と眉顰める難儀な土地。
しかし俺にとっては都合がいいわけで。
だって目的の一つが引きこもりですよ?こんないかにもな土地とか、俺の為に用意されたと思いあがるレベルな好物件ですよ?
稼ぎや得にならないとかも、そりゃ投資や開発どころか隅々まで調査もしてなきゃわからんだろうに偏見で決めつけてるだけだろうよ。
万が一そうであったとしてもだ、それこそ俺の持ち腐れ気味なスキルでどうにかするべき案件なのでそこまで不安要素には思えない。
事を起こすというのが武力関係だとして、確かに積極的に出撃するには出入り口が一つしかないというのは不便だ。小さいながらも港があるとはいえ湾内が狭いので人にしろ物にしろ大量に運ぶには無理がある。
だが攻めでなく守りで考えたら楽なのだ。なにせハンニバルよろしく大軍に大山脈超えさせるとかいう無茶やらせるという低い可能性を除けば、一か所だけ固めれてればいいのだから。
港の狭さもだ。湾内にある適当な丘が小島に防御兵器設置するだけで攻め難い場所になるんだから。
というわけで打って出て群雄倒して統一国家作る!などという気がないからこれも問題になりえない。
ただただ閉じこもってこれから起こるであろう乱世を高みの見物をしてやるんだ。
勇者召喚して何かやらかしてが切欠にパンドラの箱開くような事態になるんだろうが、それしなくてもそう遠くない未来に嵐は吹き荒れるのは確実だ。
前々からしていた情報収集に、マシロとクロエの各地の見聞報告を合わせると、一年前から改善どころか悪化しつつある。
地域差はあるが、悪いとこは天候不順による天災と、融通効かない或いは効かせる気のない役人の取り立てや奢侈に溺れる欲深貴族の安易な増税による人災が重なり、民衆は死ぬか殺すかまで追い込まれて暴発しているとか。
おまけに俺らが居た世界と違うのは、野良猫や野良犬感覚で魔物が至る所に出現してる世界というところだ。
失政や蜂起で治安が悪くなり人々が町や村から離散すれば、当然空白地帯には住処探しに有象無象の魔物らがどこからともなく現れてねぐらにする。そこから更に数を増やして人を襲っていくという悪循環。
なにせ兵隊は鎮圧や内輪もめに狩り出され、冒険者達も単に狩るだけならまだしも同じ人間から襲われかねない物騒なとこまでわざわざ出向きたくないから駆除するやつは居なくなる。
各地の節令使も今は指揮下の兵で辛うじて抑えてるから報告しないかしても過小にしてるかなので中央に緊迫感はないのだが、それも時間の問題。
辺境中の辺境だっていつ何時巻き込まれるか分からないのなら、早いとこ俺の管理下に置いて備えないといけないんだよなぁ。
「というわけで、俺が行きたくもない王宮に顔を出してるのは情報集めもだが、これの為に働きかけやってたわけだ。特に勇者召喚の儀の日程決まってからは少し強めにやってきた苦労したよまったく」
「では、その言い方ですと既に内定を?」
「おう、近日中に正式に任命されることになる」
マシロが下手な口笛を吹いて手を叩いた。
「じゃあパーティーやろパーティー。でっかいケーキでもおっ立てて『祝え!』感押し出したやつー」
「くくく、酒池肉林満漢全席狂乱の宴」
「世間様から見れば閑職みてーな地位だぞ。それ貰ったお祝いパーティーとかしねーよ。ただでさえ底辺な評判なのに必要以上に落とさせるなや」
そういった事を一通り語り終え、俺は次の話に移る事とした。
「とりあえず任命は既定のこととして、次にお前らに改めて把握してもらいたいのは資金だ」
「まっ、何やるにしても先立つもの必要よねー。ここ何年かで色々やってて稼いでるのは知ってるけど、幾ら貯まったのかしらー」
俺が無言で地図の上に置いた二枚目の紙を三人が興味津々に覗き込み、三者三様な驚きの反応を浮かべたのをみてちょっとだけ嬉しくなったり。
「ぼ、坊ちゃんこの数字……」
「それなりに手広くやった甲斐があるってもんよ」
「にしたってこうして数字で見るとねぇ……ちなみに金貨ー?」
「いんや白金貨でその数字」
「わーお……」
「くくく、狂気じみたアルティメットな経済の熱きパトス……!」
驚きの元となった紙面の最初に書かれているのは『軍資金 五三万』という簡潔なもの。
この世界では大体の国での通貨は上から順に白金、金、銀、鉄、純銅、青銅となる。一番上の白金をこれだけかき集めるたとなれば、国家予算とまではいかんが、やりくり次第ではそこら辺の州予算数年分に匹敵するんだから驚くのも無理はない。
そしてこの金額は納めた税金差し引いた上での数字だ。もう一度声を大にして言うぞ、これは税金納めた上で残った額だ。
俺が王宮内や貴族間にて露骨に疎まれていても物理的非物理的な排除もされず、俺どころか家そのものに面と向かって文句や処分くだされずにやってこれたのも、納めた税金のお陰。いやらしい言い方すればお金の詰まった袋で殴りつけたお陰なのだ。
地獄の沙汰も金次第とはよく言ったものなんだが、俺としてはこんな俗っぽいことでしか立場保てないことが泣ける。「訳の分からない事を言うしきたりも弁えない小僧だが、金払いだけは良いからな」という陰口聞いたときは複雑な気分になったもんよ。
思えばこうやってやり過ごしつつここまで貯め込むにはそれなりの労力と時間は有したもんだ。
水、砂糖、塩、レモンを混ぜて作ったなんちゃってスポーツドリンク売り出したり。
原型らしきものは存在してたが、それを明確に調理法確立させ塩含めて数種の味を作り上げたポテトチップスやフライドポテトやコロッケ作って売り出したり。
王都内のある教会に話持ちかけて数字選択式宝くじをやらせてみたり。と、まぁ他にも幾つかやってきたわけだ。
ちなみに、スポーツドリンクやポテトチップスなどの飲食系はわざわざ役所に王家お墨付きの許可とって俺の発明と認定(魔法やそれ関係のお陰で特許の概念あったのが助かった)させ、貴賤身分問わず、販売する際は権利元の明記と使用料及び売り上げの一割を徴取する方法をとった。
ついでに言うとそれらに違反したやつは制裁(物理と法律両方)容赦なく加えた。
しかしなぁ、普通ならこういうのって貴族の誰それの目に留まってそれを切欠に上へ広まって認められていく。とかになりそうなんだが、俺はそうはならなかった。
「下々の者が口にするようなものに興味なぞない」
「伯爵位持った貴族の癖に商人みたいなことして恥ずかしくないのか」
「何もせずとも庶民から金なぞ入ってくるのに、何をあくせく駆けずり回ってるのか意味が分からない」
実に清々しい選民思想コメントの数々が耳にはいってきましたよ。
無視かそうでなきゃこういう反応しかないとか、この世界は俺に少し塩対応すぎないかね?
以下補足
この世界のお金は以下の通り
白金=100万円
金=10万円
銀=1万円
鉄=1000円
純銅=100円
青銅=10円
と大雑把に認識してもらえたらと
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