第4話イカレた仲間に宣言する(後編)

 こうして俺は二人の日本人を伯爵家の客人として迎えたわけで。


 屋敷に連れ帰って荷ほどきもそこそこに俺は応接間で話を聴くこととした。


 その前に俺の事も簡単に説明したんだが、反応といえば「なにそれウケるー。苦労したんだねぇお兄さん」「くくく、孤独の見えなき刃に切り裂かれし哀れな魂の嘆きの葬送曲……」という軽いものだったよこんちくしょうめ。


 とまぁ仕切り直しをして訊ねたのだが、やはりというか、マシロとクロエは俺とは違って異世界召喚ないし転移してきた人間であった。


 本人らが言うには、ある日光に包まれ、白い空間に連れていかれたと思ったら訳の分からない存在に呼ばれたとかなって、更に気が付いたら愛車共々異世界の原っぱに立っていたとか。


 そしてその訳の分からない存在というのが「カミカリ様」と自称してたと聞いて俺は呻いた。


 あの野郎、どういうつもりだ?


 いや、声かけると言った割には未だに首突っ込んできてないから幾ら俺が空に向かって喚いたところでどうにもならんか。よしんば応じたとしてもまともな答えが返ってくるとは限らんし。


 非建設的な考えを無理矢理押し込めて俺は二人の話を更に聞く。


 異世界に来て驚きはしたものの、立ち往生してても仕方がないと判断した二人はとりあえず村か町のある所に移動することに。


 道中魔物や強盗の類を返り討ちにしながらではあるが、バイクのお陰で僅か数時間後には町に到着。現地民から露骨に奇異の目で見られながらもなんとか最低限の情報を得たという。


 今後どうするか考えてはなかったが、当面の生活費稼ぐには冒険者になってギルドの依頼受けるのが手っ取り早いということで即登録。そして機動力あることをいいことにこの半年間各地を気ままに渡り歩いていき、プフラオメ王国の王都サントルアンに至った。


「いやー辛いわー、現代人の可憐でか弱い女の子に中世水準の文明社会辛いわー。魔物襲撃とか辛いわー。ヒャッハーの襲撃辛いわー」


「くくく、歴史と言う大河の溝は深淵にして遠大となって我らの安寧を蝕み苦しめる諸行無常」


「まったく辛そうな顔もせず熱の無い口調で言われても説得力ねぇよ。あと可憐でか弱い女の子は荒くれ者十数人を一方的に半殺しになんざしねぇよ馬鹿」


 遠慮する素振りも見せずにソファーに身体を沈め、テーブルに足を乗せて寛ぐ姿を見せつける二人に俺は呆れ気味に舌打ちをした。


 出会って一、二時間でこの態度に呆れはしたが、それはそれとして根気強く話を続けさせた。少なくとも実りのある情報を聞ける確信を持ったからだ。


 半年間各地を旅して、金稼ぎ目的で行く先々のギルドに顔を出してきているとその土地の噂の一つぐらいは自然と耳にはいってくる。


 そこで彼女らが聞いてきたのは、勇者召喚の話。


 国内外に派手に宣伝してるわけではないが、その国の首都や周辺で戦でもないのに人や物の動きが慌ただしかったり、幾つかの高いランクの討伐依頼が突然取り消しの告知が出されたり、直後に身分の高い魔術師や騎士の一団が誰かを囲むように討伐場所へ赴いたりするのを目撃されたり。見慣れない服装をした奴が騎士らに伴われて倒した魔物をギルドに持参したのを目撃した者もいるとか。


 とにかくも噂の出どころが複数もあったのだ。暗黙の事実ともいうべきか。


 勇者召喚に成功して、その勇者を育成する為に強い魔物と戦わせる為の準備をして実行に移している。それも一国ではなく行く先々の国が同じ事をしている。


 話を聴き、俺は自然と眉根を引き寄せ口を真一文字に結んで黙り込んでしまっていた。


 確かこういう系の話って、基本的に世界に一人召喚。或いは複数召喚されても一つの国に纏まって召喚な筈だ。それが少なくとも一国に一人は保有してる。まるで召喚勇者のバーゲンセールだな。


 しかもだ、誤差はあれどもほぼここ半年から一年にかけてタイミングよく同じ時期に勇者召喚の儀が執り行われてる。


 俺の収集してきた情報だとこの世界が滅亡に瀕するような脅威もなければ予兆もない今の所は。


 魔族は居る、彼らの国もある。そしてそれらを統治するいわゆる魔王というのだって存在する。


 けれどもファンタジー作品にあるような積極的に人類絶滅を目論む存在ではなく、そういう民族としてそういう国や王として存在してるだけだ。世界の危機と呼ぶ程のことはしてるとは聞いた覚えもない。


 ではどこも平和そのものといえばそんなわけでなく。大なり小なり国に乱れはあれどもそれは人間自身がどうにかする案件であって世界の危機ではない。


 何かが起きてるわけでもないのにこんな真似して何がしたいんだ国々のお偉い方は?


 いや違う。俺は首を軽く振って自分の考えをすぐに否定した。


 何がしたいんだじゃない。何かをしたいんだ。それもかなりロクでもないことを。


 だってそうだろ。用もないのに異世界から現代人呼び込んで勇者に仕立て上げるという平時のときからすれば時間も金も無駄なことする理由なんてどこにある?となれば余程の馬鹿でない限り考えつくのは一つ。


 戦だ。


 内乱外征どちらでもこの際いい。チート持った勇者を文字通り一騎当千の人間兵器に仕立て上げてやらかすつもりだ。


 この世界、少なくとも俺の居る国含めて周辺国は良くも悪くも長く続いてきた長命国家だらけだ。永遠に善政が続いてるなら問題ないんだが勿論そんな理想的なものはない。長ければ長いほどに問題を抱え込み停滞している。


 事実、小規模の民衆蜂起や治安の悪化などは新聞でいうなら毎日一ページ特集組むぐらいに掲載される程度には日常茶飯事な事件となっている。今は大半の人々にとって他人事だが、何かどこかで大きな事が一つ起こればそれもどうなるか分かったもんじゃない。


 俺らの居た世界だろうと異世界だろうと、古今東西お手軽に目先の諸々な不満や不安定を逸らすには武力行使して成果を上げるのは悲しき約束された手段だ。


 近代国家なら理由探しに四苦八苦するしその間に風向き変われば立ち消えになることもあろうが、残念ながらこの時代は権力者の一声で決まる傾向が強い。


 まだ準備段階だが、いずれは勇者の存在を公表してどこかに適当な理由付けて喧嘩始める国も出てくるだろう。そして俺の国がこういうときだけは嗅覚効かせてさぞ焦って流行の後追いやるだろうな。


 いやもしかしたら既にやろうとしてるのではないのか?欲深さだけは肥大した馬鹿どもの愚行にいつ巻き込まれてもおかしくはないんじゃないのか俺は?


 なら俺ももう少し焦るべきではないのか?


 これは、チャンスなのではないか?


「どうしたのいきなり黙り込んで。お茶のお替り欲しいんですけど伯爵さんー?」


「くくく、渇きを満たす香気漂い熱さ迸る甘露を所望する」


「……なぁ、お前ら今の所は帰りたいとかそういう目的あって行動してるわけじゃないんだよな?」


 二人の要求を無視して俺は改めて確認をとった。それに対する返事は「まぁ今のとこはそういう気分じゃない」という。


 俺は次に今の質問とはややズレた事を訊ねてみた。


「例えばだ、戦国時代の真っただ中で屍山血河築き上げたいとか思ってる?戦闘というか、人殺しが日常茶飯事になるの構わないと思ってる?目的もなく流されるままにいつ終わるか分からない殺し合いやりたいとかある?」


「……嫌よ」


「…………否」


 この質問をしたとき、二人は一瞬だけ真顔になり不機嫌そうに短く答えた。今までふざけ気味だった雰囲気もその瞬間だけは鳥肌が立ちそうな程に冷たいものがあった。


 なんか闇が深そうというか、ホントにこいつらただの女子高生だったんかね。まぁ今は流石にそこは重要でないから踏み込まないが。


「でだ、それを回避する為に必要な戦いや殺しとかも嫌かね?」


「……んー、避けられないならそれはそれで割り切れるけどー」


「くくく、逃れられぬ宿業の牙。砕く為の抗いの鉄槌を下して自由を勝ち得るべき」


 よしよし最低限の保証はされそうだな。


 内心安堵しつつ俺は重々しく頷いてみせた。


 数瞬の間を置いて、俺は意を決したように口を開く。


「行くアテも目的も特にないなら、俺の仲間になってちょっとした手伝いしてみないか?それなりに見返りは払うぜ」


 突然の勧誘にあからさまに首を傾げる二人の少女に、俺は前々から考えていたある事を語り出した。






 それから一年経過した。


 始まってからはやることがそこそこ多いのと二人のふざけた言動に振り回されてあっという間に過ぎた感もある。


 マシロとクロエはレーワン伯爵家の客分として滞在することとなり、家でだらけることもあるがたまに王都内や王国各地へ繰り出しては情報を集めてきてもらっていた。


 俺も踏ん切りをつけたので月一ながら義務感で顔出してた王宮へ通う回数を増やして準備をしつつ機会を伺っていた。


 そして今日、ついにプフラオメ王国も勇者召喚の儀を行い、目出度く地球から一人の少年を召喚することに成功した。


 罪がないどころか完全に被害者な勇少年には悪いが、この国にとって終わりの始まりになる可能性大なこの笑えなくなるであろう馬鹿みたいな状況、俺にとって人生の再出発にさせてもらうぜ。


「マシロ、クロエ」


「おっ?なんかマジモード?何々、ついにやるのー?」


「くくく、雌伏の眠りは終わりを告げ、新たなる序曲の音色が光明を照らさんとする」


 俺の改まった態度に二人も起き上がりこちらを直視する。


「時は来た。機は熟した……と思ってはいる」


「「……」」


「辺境に逃げて引きこもりの準備の始まりだ」


 特にカッコよくもない事を、俺は仲間に厳かに告げたのであった。

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