第3話イカレた仲間に宣言する(前編)

 いつもなら所持してる馬にでも乗って帰るんだが、精神的な億劫さが勝ってたので愛馬は控えていた護衛に任せ、俺は王宮に用意されてある共有用馬車に揺られて家路につくことにした。


 王宮から家まで走らせても二、三十分はかかるのでその間俺はしばし放心したかのように天井を見上げて黙り込んでいた。


 ある出会いから、いつかは起こりうる事と覚悟していたが、現在の国情と合わさって今から気が滅入る。


 この国だけの話ではない。他国で確認されてる事例もあってどこかが大それたリアクション起こせば連鎖反応となり一気に弾け出すことだろう。そして今日からこの国もそれを引き起こす可能性の一つとなってしまった。


 こうなっては仕方がない。俺の保身の為に一年でも長く持ち堪えてくれるのを祈るだけだ。


 それにはまずああしなければこうしなければと、考えることはあるな。前々から考えを温めていたとはいえ、いざ実行するとなると色々と面倒なことだ。


 というようなやや後ろ向きな事を考えているうちに、気が付けば俺を乗せた馬車は屋敷の門前まで来ていたようだ。馬に乗って並走していた部下が開門を命ずる声に俺は我に返った。


 軽い軋む音が夜闇に響き、門が開かれる。数人の使用人らが開かれた門から入ってきた馬車へと駆け寄ってくる。


「旦那様お帰りなさいませ」


「伯爵様のお帰りだ!他の奴らに準備急がせろ!」


 そんな声を聴きながら俺はため息一つ吐きつつ馬車から降りる。使用人の一人に送ってくれた御者に馬車の料金と白湯を振る舞うよう命じつつ屋敷へと歩き出した。


「まず風呂入ってそれから夕食にする。湯の準備したら声かけてくれ。あぁそれと、あいつらは部屋に居るか?」


 使用人らも慣れたもので「あいつら」と俺が言っただけで察したのか、お二人とも部屋で寛いでおります。とすぐさま返ってきた。


「あぁそうか。なら少し話があるからあいつらの所に行く。しばしそこに居るからな。それと、風呂と夕食の準備終わった後でいいからターロンの奴にも執務室で待ってろと声かけておいてくれ」


 あれこれ指示を出しつつ俺は屋敷の中へと入っていった。


 生まれた時から住んでて慣れ親しんでるとはいえ、無駄にデカい邸宅には未だ軽い違和感覚えてしまうのも前世が庶民的な日本人だからかねぇ。


 違和感あれども勝手知ったるなんとやら。俺は迷うことなく屋敷の奥の方にある一室へと到着した。


 屋敷の主で伯爵様という立場ならデリカシーとか気にせず開けてもいいもんだが、部屋に居る奴らは事情が事情なので立場なぞ小石程度の重きも成しえないのだ。


 俺は軽く二、三度ドアをノックした。


「どちらさまー?」


 ドア越しに聞こえてきたのはやや低めの声音をした少女の声。


「俺だよ俺。この屋敷の主だよ」


「本当かー?本当にこの屋敷の主かー?じゃあ次の問題に答えてみろー」


「……一応聞こうか」


「執務室後ろ側、正面から見て右側にある棚の四番目の引き出しの中に入ってる小箱の中身なーんだ?」


「お前それ俺が茶菓子にと入れてたクッキーじゃねーか!?執務室に勝手に入って中身漁った挙句つまみ食いかよ畜生!」


「うわぁー、食べたことまで断言するその強引さ、この屋敷のキレッキレ(色んな意味で)な主様だぁー」


「うるせー馬鹿!」


 鍵かけてないのはなんとなく分かってたので、俺はドアを怒りのままに蹴破って室内に踏み込んだ。


 部屋に居たのは二人の少女。どちらも俺の剣幕にまったく怯む様子もなく、ソファーにて互いを支えにして持たれかかりながらポテトチップスをつまんでいた。


 一人は腰まで届く長い黒髪とやや切れ長の瞳が特徴的な、黙ってればおっとりとした印象を感じさせる柔和そうな顔立ちをした少女。部屋着のラフな格好をしているがそれにややくたびれて薄汚れた白衣を羽織ってる様がやや異様さを醸し出していた。


 一人はやや亜麻色みのかかったセミロング程の長さの髪を無理矢理ポニテ風にしており、全身をフリルやらアクセサリーやらで装飾過剰にした黒衣に身を包んでいる物憂げな表情が印象的な少女。


 前者を貴虎 真白きとら ましろ、後者を朱雀野 黒江すざくの くろえという。名前から分かる通り、こいつらは俺と同じく現代日本からこの異世界へやってきたのだ。


 違うのは、俺のような転生ではなく、ついさっき目の当たりにしてきた勇少年のように召喚されたというところだが。


「おーかーえーりーなーさーいー。帰宅したならもうすぐ夕食よね?今日はステーキ食べたいステーキ。このポテチで実験してるスパイシー味なやつでー」


「マシロ、お前もうちょい居候としての立場考えろよ。どっちが屋敷の主だよこれ」


「くくく、混沌と退廃の魔の迷宮より帰還せし悩めるペシミストよ闇に呑まれし前に心の安寧へ祈りを捧げよ」


「クロエ、相変わらず何言ってるかわからん」


「おかえりなさい、疲れただろうから寛ぐといい。って言ってるのよー」


「だったら一昔前の中二病みたいな言い回しせずそう言えや!?」


「くくく、嘆きの残響が我の魂の淵を撫でまわしメランコリーな鼓動を奏でつくす」


「そんな言い方少し傷つきます。と言ってるわよ。謝れよ!クロエに謝れよぉ!YO!」


「傷ついた風も怒る風も見せずに相変わらずポテチ片手にだらけてる姿見せてる相手に何を謝れと言うんだお前ら……」


 相変わらずな独特なテンションと謎の頭の高さっぷりに俺は眉間を抑えて呻いた。気疲れしてるとこにコレは地味に辛い。風呂と夕食済ませた後にすればよかったか?


 恰好も言動も普通の女子高生(本人ら曰く今年で十七歳)とは思えない二人組。こいつらと出会って一年経過している。


 それは俺が温めていた計画を本格的に始動へ向けだしてから一年経過したともいえる。


 ある意味でこの二人との出会いは少なくとも当面の人生計画を変える程のものだったのだ大袈裟でなく。





 一年前。今後の為に市井へ情報網を張り巡らせたいと思っていた俺は、その一環として伯爵家に仕える面々の中で冒険者ギルドと関わり合いのある者を介してあちらへ援助という形で幾度か出入りをしていた。


 その日、ギルドマスターとの面会を終えた俺は退出間際に彼から一つの話を聞くこととなった。


 曰く、最近登録から僅か半年でランクGからCへ駆け上った凄腕の者らが居るという。しかも十代半ばの少女二人組で、彼女らは馬を使わない鉄の乗り物で各地を旅しているとか。


 馬を使わない鉄の乗り物。


 すぐさま俺はそれが車かバイクだと分かった。車両を乗り回して旅してるということは、その少女らは俺のように異世界に飛ばされてきた現代人なんだろうか?


 興味をそそられた俺はギルドマスターに更なる情報を求めると、なんと彼女らは昨晩王都へ到着して、今朝方ギルドに顔を出してきたというのだ。


 なんでも挨拶代わりに適当な依頼を一つこなしてくると言って王都付近にある宿場町を徘徊してる魔物の討伐へと出て行ったとか。そして俺とギルドマスターが話し合いをしてる最中に帰還の報告が入ってきたという。


 ならばちょうどいい。まだ受付待ちしてるか賞金授与の手続きをしてることだろうから、今から行けば会えるかもしれんな。


 そう判断した俺はギルドマスターに案内を頼もうとしたときである。


「マスター、それに伯爵様大変です!」


 事務員の一人がドアをノックせずに血相変えて飛び込んできた。


 本来なら客人、しかも貴族相手してるなら猶更非礼なことではあるのでギルドマスターは睨みつけて「落ち着かんか!」と叱責するもの仕方がない。いや俺は別に気にしないんだけど立場的には庇うわけにもいかんよね。


「で、どうしたというんだ?」


「あ、あの例の二人組が……」


「なんだ、ゴブリン討伐しにいったら更に大物でも出てきたとかか?ドラゴンでも出たのか」


「そうじゃなくてですね!」


「じゃあなんだ」


「ぎ、ギルドの門前でうちで活動してる冒険者十数人半殺しにしてしまったんですよ!早く仲裁しないともう六、七人は犠牲出そうなんです!」


「なんだって!?」


 事務員の今にも腰が抜けそうな悲鳴交じりの報告にギルドマスターも驚愕して荒々しく立ち上がった。


 俺もギルドマスター程ではないが驚き、そして興味もあって走り出すギルドマスターに同行することにした。


「レーワン伯、万が一がありますからついてこられない方がよろしいかと」


「いや、どうせ会うと決めてたしな。それに、ギルドマスターと爵位持ちの貴族が顔並べて間に入れば流石に収まるだろう表面的にしろ」


「ではもしものときはご助力願いたい」


 鷹揚に頷きつつ階段を足早に下っていき、冒険者や出入り業者やギルド関係者でごった返してるホールを抜けて門のある広場へと出ていった。


 この国の冒険者ギルドの本部だけあって広場は一度に二、三百人が入れそうな広さがあったのだが、今そこはちょっとした修羅場となっていた。


 門付近を遠巻きにして囲んでる野次馬らを退かせて現場に足を踏み入れた瞬間、まず鼻腔に押し寄せてくる血生臭さ。そして視覚が映し出すのは、一昔前の安物スプラッター映画ばりに肉体を損傷させられ転がってる冒険者であったであろう者達。


 そして、二台のバイクに寄りかかって「やれやれ」と言わんばかりに肩をすくめあってる二人の少女。


 バイク。一台は何か内部に仕掛けを施してそうな程に各パーツが拡張されたゴツさが目立つサイドカー。もう一台も十代の少女が乗るには不釣り合いなゴツイバイク、それこそアメリカのいかにもなライダー辺りが乗ってそうなものだった。


 乗物からしてツッコミいれたいところだが、まずは大人的にも立場的にも他に訊ねるべきことあるから自重だな。


「これは、なんだ」


 目の前の光景に絶句しつつもギルドマスターは絞り出すように呟いた。無論、無傷で立っている二人に対しての質問である。


「なんだかんだと訊かれたら、答えてあげるが世の情け。ってやつー?」


「くくく、世界の理と俗世の柵と鎖が真実を告げるディスティニー」


 緊迫した事態を作った張本人とは思えない露骨にふざけた発言に周囲は軽くざわつく。ギルドマスターも予想し得なかった返答に二の句が継げなくなっている。


 そんな中、俺は元現代日本人であるが故に耐性があった。今でもクロエの初台詞意味不明すぎだが。


 なので俺はすぐに行動に移った。


 なるべく死にかけの犠牲者の方を見ずに大股に二人の所へ歩み寄り、二人の全身を軽く見まわしつつこう言った。


「おい、ただでさえこんなとこでそんなゴツイバイク乗り回して目立つのに、何があればこんな事になるんだ。ここはアメリカのテキサスでもアフリカの紛争地帯でもねぇぞ日本人のお嬢ちゃんたち」


 見た目は金髪碧眼、そしていで立ちもラフながらも絹を使った上物ないかにも身分高そうな男。


 そんな明らかにこの世界の人間である俺の喋り方やあちら側の単語を繰り出したことに二人はとぼけた顔をやめて目を瞠った。


「あら、お兄さんなになにもしかして私らと同じ?でもどうみても生まれ育ちこっちよねー」


「くくく、青天の霹靂、嵐が誘う数奇な輪舞」


「その辺の事情話してやるから、まずお前らがやらかした事の説明しろ」


 以下、マシロとクロエが面白くもなさそうに語ったのは次の通り(というよりマシロが殆ど喋って、クロエはマシロの翻訳越しなわけだが)


 曰く、チンピラみたいな風体した地元冒険者がバイクを盗もうとした。


 曰く、バイクに仕込んだ防犯装置に一人二人やられて大騒ぎしてたところに二人が換金して戻ってきた。冒険者らはこちらを小娘と侮って因縁つけてきた。


 曰く、見た目と態度からして犯罪者か犯罪者予備軍と認識。ゴミ掃除してもいいよね?と判断し、掴みかかろうとした冒険者の一人の股間にマシロが特殊合金の薄い板仕込んだ靴を叩きつけてやった。


 曰く、そこから乱闘がはじまったのだが、相手が雑魚すぎて話にならなかった。来て初日で殺人沙汰でトラブるのも面倒なので手加減してやったが、寧ろ殺さないようにするのに苦労した。


 話を聴いた俺は視線をまずバイクの近くに向ける。


 そこには細い煙を身体の各所から立ててうつ伏せに倒れてる男が二人。マシロが言うには防犯装置というのは電流流れる仕掛けのやつという。


 いや、バイクにそんな防犯装置つけるとか現代日本で聴いたことないんですけど。


 次に少し離れたところで股間押さえて泡吹いて倒れてる男を見る。よく見るとズボンの股間部分から尿と共に血が滲んでる。比喩でもなんでもなく潰れるか破裂してんじゃないのかこれ。うぇ、想像したら軽く身震いするわ。


 百歩譲って特殊合金の薄い板というのはスルーしよう。だがな、一撃でこうなるぐらいの蹴りをお見舞いするとかどういう力してんだよ。


 で、改めて他の犠牲者を一望すると、横からマシロが口をはさんできた。


「私がやったのは最初の奴含めて二、三人で、後は全部クロエよー?」


「くくく、脆弱な羽虫の儚き足掻き、我が漆黒の獣の暴威に蟷螂之斧の如し……」


「この程度の雑魚は物の数じゃない。って言ってるわー」


「左様でごぜーますか……」


 この、ちゃんと道を究めてる人が見たら文句の一つも言いそうな恰好したゴスロリ女がそこまでやれるのかよ。


「あっコラ、もしかして疑ってるなー?というより現実逃避したくて堪らないって顔してるなー?」


「まったくもってその通りだよ。前世含めて何十年と培ってきた常識揺るがすようなもん見せるなや。そういうのTVか漫画で十分すぎんだよ」


「揺るがすようなって……こういうのー?」


 そう言ってマシロは自分の足元に転がっていたチンピラを蹴り上げた。


 起き上がって何か言おうとしてたのか、運悪く顔を上げていたそいつの口に靴先がめり込む。血と歯を垂れ流しながら再び倒れたチンピラを一瞥もせず、薄汚れた白衣を着た少女は無邪気っぽく口元に笑みを浮かべる。


「もうちょい過激なのお兄さんになら見せてもいいけど。って言い方なんかいやらしい感じするわー」


「せんでいいわ。ちょっと相方共々黙ってろ」


 ここまででツッコミどころしかない。一応は常識の枠内に立ってるつもりの俺からしたら今すぐ回れ右して家に帰って寝たい気分だ。


 しかし、そこは堪えて、俺は意味もなく数回頷くと未だに絶句して事の成り行きを見ていたギルドマスターの方へ振り向いた。


「聞いたとおりだ。この場で倒れてる連中が盗み働こうとして返り討ちにあった結果がこれだ。見た所GかF辺りでごろ巻いてるチンピラだろうから治療ついでにしょっ引いて取り調べしてもらいたい」


「ま、まぁ確かに正当防衛と言えなくもないですが、しかし、君ら、もう少し手心をだな」


「気持ちは分からないでもないが手遅れだ。この二人は私が預かって色々話を聴くから、ギルドの方で後処理をお願いしたい」


「……レーワン伯がそう仰るのなら。しかしまぁ荒くれ者が多い冒険者をドン引きさせるとは恐ろしいもので」


 人であれ魔物であれ死体なぞ見慣れてる筈の冒険者連中が声もなく視線をマシロとクロエに向けてる視線は、確かにドン引きという単語が相応しい。


 視線を一身に受けてる側といえば気にしてる風もなくそれどころか「ウェーイ」とか気のない声で言いながら手を振ってるし。


 眉間を揉みつつ、俺はとりあえず従者の一人を呼び、屋敷に客を迎える準備をするよう伝える役目を申し付けた。


 とんでもないものと遭遇してしまったなぁと嘆息すると共に、俺の中で道が定まりつつある感触が確かにあった。


 それが良し悪しどちらかなのは、未だもって分からないのもどうなんだろうな。

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