第2話転生者の俺と召喚された勇者と異世界と(後編)
大広間では相変わらず国王や姫から熱烈な握手と笑顔を受けて困惑しきった男子高校生と、それらを打算と欲望に塗れた熱狂にて取り囲む貴族らの姿があった。
てかいつまでやってんだよ。いい加減誰かその少年に説明してやれよ困ってるじゃねぇか。勇者とか言ってありがたがってるならもう少し礼儀とか配慮しろや。
奥歯を噛みしめながら俺は口の中でそう毒づいた。
転生前のあの時の事を今でも鮮明に思い出せるのも、カミカリ様から貰ったスキルのお陰だ。
どうも俺の知識スキルはよくある天然天才系でなくネット検索みたいなもので、記憶保持したまま必要なときに必要な単語や情報を元に脳みそから引き出すやつらしい。確かに常時発動状態だとなんか挨拶一つでも小難しい語彙を並べ立てるめんどくさそうな人物になってそうだしな。
そんなわけで、意識を取り戻し自我が蘇ったときに居たのは、異世界はプフラオメ王国で、そこの貴族であるレーワン家伯爵家。そして当主の長男として生まれた赤ん坊が俺であった。
赤ん坊のときの数年は正直夢をみてる感覚だった。
生理現象等は確かに五感に訴えてくるものであったが、どこか実感の湧きにくい、それこそヴァーチャル体験してるかのような感じである。
あとはまぁいきなり喋り出しても気味悪がられるだけだし、行動範囲という単語が恥ずかしくなるレベルに赤ん坊の世界なんて小さいわけだから食っちゃ寝生活するしかなかったわけで。
今思えば、赤ん坊のころが一番平和で穏やかな時期だっただろうな。この先の人生は分からんが、現時点では多分そうだ。
三、四歳ぐらいからある程度何言おうがどう動こうが「天才」「神童」で納得してくれそうなので、俺は言動を隠すことなく行動をし始めた。無論、この世界この時代の教養身に着ける為の勉学も怠ることはなかった。
転生前はそこまで考えていなかったが、赤ん坊となって寝て過ごしてる間に俺の中でとりあえず目標は出来ていた。
俺のスキルでこの国の水準を中世から近代ぐらいには押し上げて、ゆくゆくは一大強国として周辺に覇を轟かしてやる。
なんとまぁベタなと思うが、折角貰ったんだから活用するとしたらこういう系統ぐらいだろう。庶民や冒険者でなく貴族スタートというのも、決断した理由ではあるが。
剣と魔法と魔物が跋扈するファンタジー世界とはいえ、文明水準中世並みな現地人を侮る気持ちをまったくなかったと言えば嘘になる。
なんだかわからない存在から漫画みたいな能力貰ったからある程度都合よく行くだろうという慢心など無かったと言えば嘘になる。
少しぐらい困難な壁が立ちはだかったところで、ちょいと現代知識やその産物見せれば手のひら返しするチョロい奴ら。と、俺は心のどこかで舐めてたんだろう。その報いを受けるのにそう時間はかからなかった。
そこにはそこの歴史があり文明があり、そして良くも悪くもそれらの積み重ねの上を生きてきた人間達が自分らなりの価値観や思考に基づいて生きてきたのだ。少しばかりチート持った人間一人がイキり倒すには世界は広く厚く深かった。
そこそこ持て囃されながら学問や武芸にそれなりに勤しみ成長していった俺は、十七歳のとき父親の急死により伯爵家の後を継ぐこととなり一貴族の当主として王宮へ参内することとなった。
才能を持った若き伯爵が劇的な改革を行い国を盛り立てていく。
ありふれたファンタジー小説にありそうなフレーズだ。今なら鏡に映る自分を失笑してやれるわこの馬鹿馬鹿しさ。当時は「ふふん、悪くないな」とかまんざらでもないと思ってたとか思い出すだけでベッドで転がるわ。
国王や宰相、幾人かの大貴族へ挨拶を済ませ、宮廷勤めを志願してとりあえず所属先未定の宮廷書記官として登用された。
いきなり権力をどうこう出来る立場に居られるとは思ってなかったので特に不満はなかった。寧ろここから短期間で成り上がってみせると燃えたぐらいだ。
ここまでは、まぁ我ながらおめでたい脳内補正かかってたわけで。砂糖にハチミツをぶちまけたような甘い考えが蒸発するのはあっという間であった。
伯爵家当主とはいえ、一貴族の、しかもたかが十七歳の若造の言葉に誰も耳を貸す者はいなかった。現実はそう甘くはなかった。スキル使う余地も暇もありゃしなかった。
建国から四百年以上経過してる国だ。古今東西、権力交代もないそれだけ年季のある国が柔軟かつ清新な気風を取り入れることなぞ奇跡レベルなことなのだ。転生前は歴史小説をそこそこ愛読してた俺はそんな初歩的なことすら失念していた。
退嬰、消極、倦怠、停滞、腐敗。
王と一部の有力貴族が権力を握り、他の貴族らも特権に胡坐をかき暖衣飽食な贅沢三昧を日々送る。伝統だとか慣例だとか保守的なものが何もかもを支配して、そこに神官などの宗教関係者が神の教え云々持ち出して補強する。
見慣れない、前例がない、知らない、わからない、得体がしれない。
それだけで詳しく話も聞こうともせず頭ごなしに拒絶され否定された。
それでも勤め始めの一年目は踏みとどまれた。予想よりも手強いというだけでどうにかなるだろうと高を括ってた。
なのであれこれ伝手を頼ったり興味を持ってそうな奴に話しかけて群れみたいなの作ったり献策したりするの止めなかった。
だが二年目にはなんかもう露骨に疎まれてはじめてた。
陰で他の貴族らが「訳の分からない事を言って政治に首を突っ込もうとしてる横紙破りな若造」と言ってるのを知った。かなり凹んだが、最後の意地とばかりに具申を続けた。
三年目前半、宰相直々に「今後一切国王陛下及び私は君の政治的な意見を求めない。訳の分からない事を言ってる暇あるなら書記官としての書類仕事に励んでくれたまえよ(意訳)」と言われた。目をつけられたお陰で少しばかり同調や関心持ってくれてた下級役人等の奴らも全員俺から距離置き始めた。
三年目後半、現代日本でいう窓際族になった。
書類仕事に励もうとも肝心の書類は一枚も渡されず、他の書記官から可哀想なものを見る目で見られ続けた。
しまいには神官やら貴族専門に診ている医者から声かけられはじめた。完全に頭か精神ヤバイ奴と思われはじめてた。俺としてももう駄目だと思ったね。
なので俺の宮廷勤めは僅か三年で終わった。以降王宮内は情報収集がてら月に一度顔出す程度となった。
徒労に終わったのだ。
才能や能力っていうのは他者の反応あってこそ輝き動き出せるもんだと実感したね。
いやもしかしたらなまじ権力中枢に食い込める身分なのが仇となったかもしれない。パワー系無双できるスキル持ちで冒険者でもしてた方がまだ良い方向に転がれたのかもしれない。
今更そんな事を考えても仕方がないのは分かってるけど、現代知識あっても必ずしもアドバンテージとれるわけでないとこうも思い知らされる羽目になるとかなり落ち込む。それ以前の問題だった気もするが。
あー、それにしてもなんだよアイツら。あーもうなんか語彙力かなり低い言い方だけど「あーもう!」と喚きたくなるぐらい思い出すだけで腹が立つ。
なんかもうムカついたね。俺の意見聞くどころか頭ごなしに否定してかかるような奴らと国にこれ以上付き合いきれないわ!
別に「俺の才能認めないこの世界なぞ破壊してやる!!」とか悪役かます気はないけど、もう何があろうと知ったことかな気分なのは確かだ。俺のスキルは俺の為に使うわこんなん。
こういうのは「なに上から目線なんだよ。結局現地人下に見てるじゃん」とか言われそうだ。勿論その辺りの自覚もある。あるけど、それはそれとしてムカつくんですよマジで。
すっかりこの世界の現実に嫌気がさして不貞腐れた俺は以降とある機会を窺いつついつでも行動できるように準備に勤しむこととした。
なお、自分の為だけに使うと言ったスキルだが、自己の利益も兼ねて幾つか身近な者に披露した。その成果に全員感謝してくれたことがささやかな慰めとはなった。
そして更に年月は経過して、今に至る。
「おお、ところで勇者様のお名前はなんと言いますかな?」
「あっ、えっ、い、
「ほうほうイサミ殿とな。なんといいますか、響きが勇ましい感じがしますなぁ!」
「いや、あ、あの俺、勇者とかそういうのなんかじゃないんですけど、あの」
「いやいやいや、ご心配召されるな!いきなりの事とは百も承知。なのでまずは我が国に慣れ親しんで頂くと共に鍛錬をやられればよろしかろうと。なぁに勇者様ならば短期間で王国随一の者となりましょうぞ!」
「はっ、えっ、えぇ!?」
しばし思い出に耽ってしまったが、相変わらず欠伸の出そうなやりとりが続いていた。白々しいというか、欲滲ませつつ笑顔で迫る姿は王様というより強引に誘い込もうとしてる悪徳業者だよな。
勇者と言われていきなり勇者ですとか納得するわけないし、普通に考えたら否定するぞ。
あー、そういえばカミカリ様がステータス云々言ってたなぁ。いかにもな設定ではあるが、万が一本当に素質なしの一般人とかなら目も当てられないからちょっと確認しといてやるか。
誰も俺を見てないのを確認して、勇と名乗った少年を見据える。軽く眉根を寄せて念じると掌に収まるぐらいの小さな液晶画面が現れた。
さてどんなもんかねぇ。
【名前】 勇 英雄
【年齢】 16歳
【レベル】 1
【体力】 270
【魔力】 180
【耐魔力】160
【攻撃】 260
【防御】 270
【速さ】 240
【職業】 召喚者 勇者
【スキル】 身体強化 身体防護 武芸百般 魔法全種取得 魔法発動無詠唱 ステータス鑑定 物理耐性自動強化 魔術耐性自動強化 勇者の底力レベル1
ほー、勇者なのは間違いないわけか。いきなり拉致られて可哀想だが、これはもう周りの欲深どもが絶対手放す気起きないやつだろ。
ちなみに、勇少年がどれだけ凄いのかというと、一般人が以下のとおり。職業とか生まれ育ちで違いはあれども大体こんな感じだ。
【名前】 モブ男性
【年齢】 二十代前半
【レベル】1
【体力】 6
【魔力】 0
【耐魔力】0
【攻撃】 2
【防御】 2
【速さ】 2
【職業】 町人
【スキル】 なし
【名前】 モブ兵士
【年齢】 二十代前半
【レベル】 1
【体力】 10
【魔力】 0
【耐魔力】0
【攻撃】 7
【防御】 6
【速さ】 4
【職業】 兵士
【スキル】 なし
もう桁が違いすぎるよね。今からでもその気になればこの場にいる奴ら余裕で皆殺し出来るんだもん。これでまだ1とか恐ろしいわぁ。
ついでに言うと俺はこんな感じである
【名前】リュガ・フォン・レーワン
【年齢】24歳
【レベル】 10
【体力】 27
【魔力】 4
【耐魔力】3
【攻撃】 13
【防御】 10
【速さ】 10
【職業】 転生者 レーワン伯爵家当主
【スキル】知識検索及び随時アップデート及び記憶保持※知性は時価 身体防護(主に耐毒性) ステータス鑑定
一般人よりかマシだが、武装した兵隊二、三人切り伏せられるかどうかぐらいの強さしかない。まぁ最低限身を守ることできるぐらいでいいんだろうけど身分的に考えて。
ていうか初めてステータス観た時から思ったんだが、知性が時価ってなによ。必要な時に頭に浮かんでくる仕様だからって言い方どうにかならんかったのか。俺の脳みそはマグロか何かかよカミカリ様。
ステータスを確認した俺は軽くため息を吐き、踵を返した。大広間ではいままさに召喚成功の興奮の赴くままに勇者様歓迎会な宴が行われようとしていた。
あまりのことに未だに呆然としてる勇少年を横目にみつつ大広間を出た。あの場に居た奴らは全員異世界の勇者の方に注目していたので俺の退出を咎める者は誰も居なかった。
まだ夕刻間近だからか灯りの燈ってない薄暗い廊下を大股に歩きつつ、彼の出現を俺はこれぞ待っていた機会だと確信していた。
報告と照らし合わせると、この一件は吉兆とはならない。それどころかこの国に留まらない不幸の連鎖の始まりになるやもしれない。
だから俺は逃げる。
逃げる為に才を振るい、俺の安寧の為に足掻き始める。
さぁ、ここからが俺のスタートだ。
スタートにしたいんだよなあ……。
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