転生者ですが、召喚された勇者が乱立してきて世界の危機っぽいので立て籠もる事にしました

直月秋政

第1話転生者の俺と召喚された勇者と異世界と(前編)

 猿を柙中こうちゅうに置けば豚と同じ。


 古代中国の有名な著書にそんな言葉があった気がする。


 猿を檻に閉じ込め続けてたら豚のように鈍重となってしまう。才能ある人物もそれを振るう機会がなければそれを腐らせてしまうだけである。という意味だったような。


 それも仕方がないと割り切るには、自分の性格も自分の取り巻く現実も、それどころか世界そのものが許さなかった。


 望む望まないお構いなく、嫌な死に方を強制されたくないという誰しもが持っている小さな我欲が悪足掻きの出発。終わりを定めても終わりとなるのか疑問が纏わりついていても止まることは出来ない、誰を相手にしてるか分からないチキンレース。


 これは、そんな男の逃げるために戦うという矛盾の物語。






 ついに来ちゃったかぁ。


 年季の入った大理石造りの部屋。魔力を動力源としてるシャンデリアの灯りに照らされる象牙細工の装飾の数々と重厚感漂う厚い壁や天井、そこに蔓延る着飾った人々の群れ。


 いかにも贅を尽くされて贅を尽くすものが集まった空間に俺はいつものように嫌悪感からくる吐き気を軽く感じている。


 普段は謁見や式典に使われている王宮の大広間の奥、凝りに凝った黄金の玉座と群臣とを隔てているスペースに描かれた魔法陣から複数の光輪が火花を散らして舞い上がっていた。


 それも長い事ではなくやがて消えていき、白煙立ち込める方陣には一人の少年が立ち尽くしていた。


 やや着崩した学ラン姿の、黒髪黒目の高校生ぐらいの日本人の男。彼は眩しそうに眼をこすりながら周囲を大仰な動作で見回している。


 まぁそうなるよな普通は。わかるわぁ。


 自分らで行ったこととはいえ、目に見えて現れた成果に国王をはじめとして周囲の貴族や神官連中は驚きと興奮にざわめきを起こしていたが、そんな中で俺だけは冷ややかに日本人の少年を見つめていた。


 「えっ、ここどこ?」


 お約束テンプレ発言。


 という意地の悪い事は言わん。そりゃ普通はそうとしか言えねぇもんな。寧ろ腰抜かして声も出ないとかいう状態でないだけ褒めてやりたいよ俺は。


 少年の動揺も収まってない中、先に正気に戻った国王は玉座から立ち上がり足早に目の前に立つ異邦人の手を取り迫った。


「おお、よくぞ我らの呼びかけに応えてくださった勇者様!」


「えっ、ちょっ、俺が勇者って。俺ただの高校生で……」


「いいやいいや、あなた様こそ、この国を救いに導いてくださる可能性を秘めた大英雄!全てを救う為に現れし伝説の勇者ですぞ!!」


 その一声が引き金となり、俺以外の連中が次々と少年に向かって歓声を上げ始めた。


「救世主!」


「我らと我らの国もこれで安泰だ!」


「勇者様万歳!」


 大広間は興奮の坩堝と化した。それに同調してないのは、いきなり大人達から勇者呼ばわりされて熱烈な歓迎の声を受けている少年と、周りに見えないように口元を苦々し気に歪ませている俺だけであっただろう。


 だめだこりゃ。


 何に対してなのか誰に対してなのか、自分でも分からない呟きが自然と漏れた。 




 俺の名前はリュガ・フォン・レーワン。プフラオメ王国貴族レーワン伯爵家当主の座にいる、王国歴四一九年現在二十四歳の独身男性である。


 そしてこれは俺自身含めて片手で数える程の奴しか知らないことだが、俗にいう異世界転生してきた人間でもある。


 転生前は巽 龍牙たつみ りゅうがという威勢の良さそうな名前をしているが、それ以外はごく平凡なサラリーマン(ちなみに二十六歳独身)をしているありふれた成人男性だった。


 さてそんな俺がどうしてこうなったかと言うと。


 別にトラックに轢かれたわけでも、過労死したわけでも、誰かを庇って刺されたわけでも、事故に巻き込まれたわけでも、ましてやVR世界にトリップしすぎて意識だけやってきたとかではない。


 だがかといって神様とか女神様とか魔王様とかそういう存在に呼ばれてきたかといえば、実のところ今でも答えに関しては歯切れが悪くなる。


 始まりはいつも突然に。という言葉どおりの俺の終わりの始まりであり始まりの終わりだった。


 前世の記憶。と言うべきか、その記憶を辿ると、それはいつもと変わらぬある日の夜だった。


 一仕事終え、家路につこうと夜道を歩いてた。


 いつもどおりの帰り道。いつもどおりの時間に帰宅していつもどおりに明日に備えて休む。その筈だった。


 前触れもなく突如現れた光球。それが目の前に現れたと知覚したときには、俺は光に包まれてしまっていた。


 驚く暇もなかった。コマ送りのように、一瞬にして薄暗い街灯に照らされた夜道から一面真っ白な空間へと送られていた。


 呆然と立ち尽くしかなかった。


「へっえ?」


 日頃からこういう事態を予想してイメトレに励んでいる奴でない限り、突拍子もない事に対する反応なぞ概ねこんな間抜け声一つ出せれば良いほうだろう。


 空も地面も、目に見える範囲は何もかも真っ白な果ての無い空間。忙しなく周囲を見渡しても当然ながら何もない。


 いや、よくよく見たら正面から見て三、四メートル離れた所に空間が歪んだような個所があった。


 サッカーボール程の大きさのそれは、このような何もない真っ白い場所でもなければ至近距離まで近づかないと気づけそうにないゆらぎのようなものだった。


 形容しがたい不安定な形、音もなく歪んでいるそれは「違和感」という単語が浮かぶぐらいには俺の心をざわつかせているナニか。


 意識し出すとソレから目が離せなくなった。


 数秒か数分か或いはそれ以上か。時間の感覚が麻痺しつつあるような気になってたとき、ソレが反応を見せた。



<<よう、コンニチハ、巽龍牙さん>>



 安っぽいボイスチェンジャーを使ってるような男の声。耳にというより脳に直接響いてくるこの感じは念話というやつなのだろか。



<<まぁこんな神隠し的なもん体験しといて落ち着けとは言えないな。とりあえず動揺から立ち直ってないうちに俺の話を聞くだけ聞いてくれんかね>>



 俺の困惑とか動揺とかそういうものを意に介する風もなく、ソレは一方的にそう言って一方的に語り出した。



<<まずは名乗ろう。俺の名前は……んー、とりあえず神(仮)、親しみやすくカミカリ様とでも呼んでくれ。それ以外の素性関係は今は置いとくわ。で、だ。まず結論から言うと、お前さんには申し訳ないが巽龍牙という人生は終わってもらって別の世界で新たな人生を歩んでもらいたい>>



「馬鹿じゃないのアンタ」


 うん、今でも思い返すとまずこんな正直すぎる即答した俺も大概頭おかしいし可愛げの欠片もねぇわ。なんで驚愕のリアクションや説明求めるでもなくまず罵声なんだよ俺。


 自業自得とはいえ、俺から間髪入れずな罵声にカミカリ様は怒るどころか声をあげて笑った。人の姿をしているならば腹を抱えて笑ってそうなぐらいに。



<<ナイスツッコミだ。バラエティ番組ならスタッフの笑い声入るぐらいには清々しい即答だ。言いたくなる気持ちも分かるしなぁ>>



「……」


 やけに馴れ馴れしい不気味な存在に俺は顔を強張らせつつも言葉を重ねる。


「いやだって、いきなりお前今から死んで生まれ変われって言われて納得するほど俺は悲惨な人生歩んでないんですけど?ほら、確かこういうのってブラック職場で過労死するか寸前な奴が呼ばれるやつですよね?俺は基本定時に帰らせて貰ってますし今の所は。住まいも家もその他諸々も年齢から考えてこれから広がりみせる予定と思うし、特に世の中どうこうとかもないですし」



<<まぁそこ承知で選んだわけだ。理由?とりあえず今は『なんとなく』でゴメンしてね?」



「そんなスナック感覚で人の生死弄らないでくれませんかね!?」



<<せめてもの詫びで転生先でも生きやすいよう能力あげるからさぁ。で、何が欲しい?>>



「あっ、くそ、完全スルーして既成事実作ろうとしてやがる!しかも絶対先に進む以外の選択肢選んだら同じセリフ言い続けるタイプだこいつ……!」


 まったく納得したわけではないが、こうまで露骨な態度だと俺は巽龍牙としての人生はここでおしまいということを受け入れるしかないじゃないか畜生め。


 荒唐無稽かつ強引な出来事に白昼夢か幻覚みてると思いたいとこだが、カミカリ様とかいう得体の知れない存在は有無を言わさず儚い願いを否定する説明し難い力があった。


 陳腐な言い草になるが運命そのものを体現したかのような強制力と圧力が本能に叩き込んでくるかのように。


 こちらの考えなどお構いなしにカミカリ様は勝手に話を進めていく。



<<全振りプランと割り振りプランあるけどどっちがいいよ?無難なのは割り振りのほうかなぁ。一点に尖りすぎるといざというときの応用効かない感じするし、何個も使えるのがあればいざというとき便利だよ>>



「んな携帯の料金プラン説明みたいな感覚で語ることじゃねーだろ……」


 ノリが現代的で妙に軽い謎の存在にげんなりしつつ、俺は無理矢理思考を切り替える。


 現実的に考えたら足掻いたところでこんな空間に一人置き去りされたら餓死か発狂死確定だ。せめて自分である程度選んでいかないと何押し付けられるかわかったもんじゃねぇし。


 とはいえいきなりスキルとか能力とか言われたところで、そういうのに普段から慣れ親しんでたりこういう事態想定してあらかじめ考えてるとかじゃないとパッとは浮かぶもんでもないよなぁ。


 ていうか俺はついさっきまで一仕事終えて満員電車乗り越えて家路につこうとしてたサラリーマンだぞ?なんでこんな状況受け入れてる前提で考えちゃってるの俺は。


 仕方なくはないけど仕方がない。とにかく考えよう。


 普通ならどんな相手にも負けない、無双できちゃう系みたいな鉄板ものか、特に何かしなくても可愛い娘が寄ってきてくれるハーレム系とかになるんだろうが、俺は金!暴力!!SEX!!!みたいなヒャッハーヤレヤレ路線はちょっと遠慮したいな。となると知識系になるんだが……。


 現実感なさ過ぎてどこまで本気で悩んでるか自分でも分からない。それでもそれなりに悩んだ末に俺はカミカリ様にリクエストしたのは、知識チートに全振りであった。



<<……大丈夫?さっきも言ったけど尖りすぎたらいざというとき詰むよ?知識だけあっても駄目なの分からない感じじゃなさそうだけど君>>



「まぁ分かりますよ懸念してることは」


 カミカリ様の言う通りだ。幾ら知識チートになったとはいえ、体力や運、それに自分の性格で躓く事態になったり、理屈とか理論でどうにかなるものじゃない事件に巻き込まれた時なんかどれだけ小難しい事を並べ立てても机上の空論で終わるかもしれない。知識があっても一人でやれない事出来ない事は沢山ある。


 ただ俺は無双やら複数チート駆使して世界規模で目立ちたいとかする性格でないので、それならいっそそのいざというときを回避する為に知識を駆使して立ち回る事を選ぼうと思ったのだ。


 何かしらに巻き込まれる前提なのがそこはかとなく嫌な予感しかしないが、凄い戦闘力持ったりしたところで駄目なときは駄目なんだから自分の好みでやらせてもらう。



<<お前がそれを望むならそれを付与してやろう。しかしちとばかし心配なのでおまけとして毒無効を含む身体防護のスキル付けといてやる。これで大概の毒は効かなくなるし、不死身とかではないが怪我や病気になり難い、常人より少し丈夫な肉体持ちとなるだろう>>



「そういうサービスしてくれるならこのトンチキ時空から解放してくれませんかねぇ……」



<<あー?聞こえんなぁー?>>



「嘘つけよ!?人一人の人生無茶苦茶にするんだから少しは申し訳なさ出せよ!大体アンタなんなんですか、そもそも……!」



<<…………転生後に関しては、お前次第だ巽龍牙>>



 飄々としていたカミカリ様は急にガチなトーンでそう言った。突然の落差に不意打ちを喰らった俺はそれ以上苦情を続けられなかった。



<<自分自身に関しての確認は転生後にやってくれ。面白いことに転生だろうと異邦人は自分含めてステータスという形で他者の能力値を観ることができるんでな。自分のしたい事を考えてその為に自分のやるべきことを遠慮なくやっていけ。それがその世界でどういう結果になろうともだ>>



「カミカリ様……」


 えっ、何、俺ってそんなヤバそうなとこに放り込まれるの?普通は魔物蔓延ってるけどそれなりに平和なとことかじゃないの?



<<それもお前の行動次第だな。精々お望みの世界作る為に好きにやってくれ>>



「好きにやるために何かしないといけないけど好きにやってくれって、なんか言葉おかしいって絶対!?」



<<じゃ、早速行ってみよっかー!いつかそっちの方で声かけるときもあるからそんときはシクヨロー」



「いきなりまた軽くなったなぁ!?てか嫌だぁぁぁ!やっぱこんなお手軽に今の人生終わりとか嫌だぁぁっぁ!!」


 俺の魂の叫びも空しく、カミカリ様の「頑張れー負けんなー力の限り生きてやれー」という白々しい言葉を聴いたのを最後に意識はあっという間に闇の中へ落ちていった。





 こうして、日本人巽龍牙の人生はあっけなく終わり、俺からしたら異世界と呼ばれる剣と魔法と魔物が蔓延るファンタジー世界にてリュガ・フォン・レーワンとして転生することなった。

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