Rev.xxx 異変

 目が覚めるとそこは五十嵐資料館の前だった。

 急いで時計を見る。落下まで二時間前。資料館に入る直前の状態に戻ったようである。

 痛みは無かった。幸い、食われた瞬間にこの時間に戻ったらしい。しかし理解は及ばなかった。一体さっきまで何が起きていたというのか。というか何だ、鮫って。B級映画だって隕石が鮫だったなんてネタは…いや、あってもおかしくは無いが、それにしたっていきなりなんだ。百万歩譲ってそれは良しとしても、何故二時間後に死屍累々になっているのだ。あの名も知らぬ係員が槍を持っていって、それで解決しなかったのか?

 同じ疑問を浮かべていたようで、声子も首を傾げていた。

「どうなってるんだよ作者ー。」

 天に向かって叫ぶが、返ってくる言葉は無い。

「…何かあったのかしら。」

 彼女が心配そうに言った。俺も同じ気持ちであった。話が始まって、俺の意識が覚醒してからかれこれ数時間の付き合いであるが、その間連絡が取れないという事は無かった。無茶を言いすぎて拗ねたりでもしたのだろうか?

「待っていても仕方ない。まず、槍を取りに行こう。」

 今度は係員に任せず俺達が向かうことにしよう。彼女も同意したので、資料館へと入ることにした。


 資料館の中に入ったら、先に零天丘の展示フロアに行き、宝玉を取る。少しでも時間短縮するためだ。

 それから槍のあるはずのフロアへ向かった。するとそこには前回居た係員が立っていた。しかし何か違うところがあった。彼は掛け軸の前に居たはずなのに、今回は槍のショーケースの前に居た。しかも今正に槍を取り出そうとしている。

「あの、それ…。」

 俺が声をかけると、係員はビクンと驚くような反応を見せた後、こちらを見て言った。

「あ、あれ、こ、こんな時にどうしたの?」

「その槍、どうするんですか?出来れば貸して頂きたいのですが。」

「あ、え、えーと、その、それはちょっと…出来ないなあ。」

 何か様子がおかしい。

「そこを何とか。その、冗談か何かに思われるかもしれないですが、」

 俺は説明し辛いのを承知で、今までの経緯を説明しようとしたが、それを遮るように彼は言った。

「世界を救うため、だろう?知っているよ。だって聞いたもの。」

 …さっき?彼とは今回は初対面のはずだ。なのに何故そのような事を?

「まさか…?」

 俺の中で悪い可能性が過った。それを口にしようとした時、彼はこちらに槍を突きつけてきた。錆びた槍先が俺の眼前に突きつけられ、一歩後退してしまう。

「き、君の予想通りだよ。僕も前回の記憶を持ってるんだ。…世界を見殺しにした記憶をね。」

「見殺し?」

「君達から槍を受け取った後、僕はそのまま逃げたんだよ。丘に行かずに。」

「なんでそんな事を?逃げたところで世界は滅びるのに!?」

 声子が尋ねると、彼は笑いながら答えた。

「はは、はははは。世界が滅びる?なら今君達は何故ここにいる?」

「それは、世界が滅んで、その、…ループして?」

 作者が没にして書き直して、なんて事は言えなかった。

「そうだ、ループしている。君が言わなくても僕は知っているぞ、作者が、謂わば神がやり直しているからな。」

 この人はどこまで知っているんだ?もしや全て知っているのか?そんな考えを読まれたかのように彼は続けた。

「君達が作者と話しているのを聞いてから、僕はループを認識出来るようになった。世界が滅びるか、文字数が経過する度に、時間が戻っているのが理解できてしまった。だけど気づいたんだ。ループしている限り、世界は滅びない。滅びた後に滅びる前に戻り続ける。逆にループが終わったらどうなる?ループが、作品が完結したら、僕達は、この世界はどうなる?何の動きも無いまま、静止した世界が存在する事になるんじゃないか?終わりを迎えた世界がどうなるかなんて、君達に分かるのか?」

「それは…。」

 わからない。声子も同じような顔を浮かべた。

「分からない。僕にも分からない。だから怖いんだ。今ループし続ける事よりも、ループが終わった後の方が怖い。僕達がどうなるか、一切の保証が無い。だから僕はこのループを続けさせる事を選んだ。デカイ鮫に喰われるか、暴徒に殺されるかして、もう一度二時間前に、二千字前に戻るこのループに囚われた方が幸せだと考えた。」

 『明日死ぬが生き返る』と『明日は生きているがその後は分からない』の二択だろうか。言いたい事は何と無く理解できた。だが、

「でも、この二時間を繰り返して、それに何の意味があるんだ!?」

「意味なんて要らないさ。ただ今僕がここにいて、生きている、それだけで十分だ。」

 俺達は何も言い返せなかった。言っている事は理解出来る。出来てしまった。

 俺達は呆然と立ち尽くしたまま、ただ時が経つのを待つしか出来なかった。

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