三度作業部屋にて

 とりあえずひと段落といったところだろうか。私はキッチンの冷蔵庫からエナジードリンクを取り出し、口にした。締切に追われている状況は変わらないが、心持ちは多少楽になった気がした。

 あの後、明太郎達の依頼もあり、五十嵐資料館に槍があるという事を分かっている状態で巻き戻し、三枝資料館からそちらへ向かうという筋書きで書き終えた。これで彼らは槍を手に入れ、隕石への対抗手段を手にした、という事になる。


 さて問題はここからである。解決しなければならない課題が大きく二つある。

 まず隕石は何なのか。普通の隕石で無い事は間違い無い。そういう描写をしてしまったから仕方がない。となると何か特殊な出自が必要になる。何にすべきだろうか。

 次に槍の使い方。投げればいいという物でもあるまい。どうやって槍で隕石を破壊させるべきだろうか。

 他にも細部に問題は抱えている。…改めて考えてみると、要するに何も決まっていない、という事である。現実を直視した私は、ハァと溜息を吐いて、椅子に座り机に向き直った。机上には飲み干したエナジードリンクの缶とパソコン類、資料やら書類やらが散在していた。まるでこの机の上のように、書き進める上での問題はバラバラと散らかっていた。またまた私は頭を抱えてしまった。


 考えれば考える程、隕石が何か、槍をどう使うかは不可分のように感じた。隕石が幻想世界の代物であれば、槍も何か不思議な力を持っているという事にして、ただ投げれば終わりとする事も出来る。隕石がちょっと特殊なただの岩であれば、何らかの方法で槍を打ち上げる必要がある。パターンとしてはこの何方かになるだろう。どちらがいいだろうか。


『前者の方が楽でいいんじゃないの。』

 女性の声が頭に響く。天乃声子である。確かに彼女らにとっては前者の方が何もしなくて良いので楽かもしれない。ただ課題がある。それで面白い物語を描けるかどうかという点だ。私にとってはそこが重要である。

『後者でもいいけど、そんな打ち上げ方法なんて思いつくのか?』

 今度は男性の声。四壁明太郎である。それも問題ではある。今のところロケットくらいしか浮かんでいない。そしてそんなものこの街にあるのか、という課題がまた持ち上がってくる。

 課題を片付けようとすると、また別の課題が持ち上がる。これは地獄か何かだろうか。


『隕石の話なんかにするからじゃないの?』

 声子の声を聞いてふと思った。ではそこから書き直したらどうなるだろうか、という点である。

『あ、やべ。』

『お前ーッ!!』

 二人の声が響いてくるが、無視して考える。そうすれば今までの課題を全て棚上げできる。そしてまた新しい方針で書き直す事が出来る。

 だが問題は時間である。締切は徐々に徐々に近づいている。もしそこから書き直すなら、一から書き直すハメになる。それは流石に耐え難いものがあった。この方法を取るとすれば、どうしても課題が解決出来ない場合だろう。なのでとりあえず考えないことにする。二人の安堵の息が聞こえてきた。

 ではどうするか。隕石をやはり何か特別なものにしよう。伝承の話は今まで積み重ねて来た。伝承の欠片から、真実を紡ぎ出し、そして為すべき事を為す。そういう流れの方が面白くなるだろう。特別なもの…特別なもの…。私は唸りながら考えた。隕石ではない隕石、となると生物…?しかし空から降ってくる生物なんて宇宙人か怪獣か何かになってしまう…。

 その時私の机の横の本棚にあったある映画のDVDに目が入った。牙が有り、ヒレが有る、とある生物の映画であった。

 これだ、と思った。

 そして私は方向性を定めた。彼らは頻りにそれを尋ねて来たが、一旦伏せた。それはその時のお楽しみ、というよりも、その時にならないととても説明し辛いし、言いたくない。とりあえず、もしこれが映画化されるとしたら、所謂A級にはならないだろうな、という確信だけはあった。だがこの方針にしたことで、何があってもむしろ有りという気がしてきた。

『嫌な予感がする。』

 明太郎が呟く。その予感は的中しているとだけ言っておいた。


 さて、どうするかは決まった。後は書くだけだ。詰まったら二人に頑張って貰おう。…しかし、不思議な状況である。作者と創作物が会話するとは。創作物側としては色々キャラを変えられたり振り回されたり大変だろう。そこは申し訳無いと思う。だがその申し訳無さより、別のことが気になった。彼らのこの状況はまるでシミュレーション仮説のようだな、という点だ。

 シミュレーション仮説というのは、簡単にいえば、確か「この世界は高次存在によるシミュレーションであり、我々は誰かに作られた存在なのだ」というものだった、と思う。正しく彼らの状況はこれに合致していた。私が作っているのだから間違い無い。とすれば私ももしかするとシミュレーションなのだろうか。こうやって締切に追われているのも、そういう設定で動いているのに過ぎないのであろうか。

 そこまで考えて、止めた。馬鹿らしい。そんなことを考えて何になるのだ。結局のところ、仮にシミュレーションだったとしても、何も関係ない。今私がすべきことに変わりはないのだ。頭を振るって気持ちを切り替えた。今はそんな考えを捨て、執筆に集中する。それだけだ。

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