Rev.2

 俺は、二人残された教室に呆然と立ち尽くしながら、同じく残された声子と目を合わせて言った。

「これからどうしたもんだろう。」

 声子は答えた。

「まだ死にたくはないわ。とにかくあの隕石を破壊しましょう。」

 無茶苦茶を言うな、と思った。俺はただの学生である。何か魔法を使えたり、異世界の住人の転生体というわけでもない。そんなただの人間に何が出来るというんだ。大体、あと一時間しかない。たった一時間で、どこに着弾するか分からない隕石を破壊しろと言われても、はい頑張りますと言って出来るようなものではなかろう。

 俺は外をもう一度見た。赤い石が空に浮かんでいた。それは徐々に大地へと近づいている。

 隕石を見つめていると、突然テレビから音がし始めた。あの騒ぎで誰も消していなかったらしい。そこには先程消えていったアナウンサーが、顔が真っ青で、目を腹して立っていた。目元には滴がまだ残っていた。

『さ、先程は、た、大変失礼致しました。え、えー、先程のニュースに、その、訂正が、ございます。後一時間で地球に衝突、とお伝えしましたが、こちらは誤報になります。』

 俺は安堵した。それはそうだろう。地球に衝突する隕石があれば、全国各地の天文台が気付いてもっと早くに広報しているだろう。

『た、正しくは、後三時間で地球に衝突します。各国は、既に隕石に対し、ミサイルを発射しましたが、い、隕石の軌道は変わらず、・・・その落下速度も、一切変化無かった、との事です。』

 誤報は時間だけかよ、と俺は心の中で突っ込んだ。そしておまけ程度に提示された追加情報が余りに絶望的であった。既に世界各国が手を打ち、それが失敗に終わったという事だ。

『み、皆さん、とにかく、慌てず、受け入れましょう。これは世界の、終焉です。生き延びる事は、出来ないでしょう。・・・さようなら。』

 そして耳障りな砂嵐へと画面が変わった。

「・・・救いは無いのか。」

 俺が嘆くと、彼女が呟いた。

「いえ、手はあるわ。」

「なに?」

 俺は思わず聞き返した。

「何だその手ってのは。」

「さっきのニュースで言ってたけど、ミサイルでも壊せない隕石なんて普通は無いはずよ。とすれば何らかの特殊な隕石だと思うのよ。」

 隕石は総じて特殊だと思うのだが、もうこの際そこに触れるのは止めておく。

「つまり、あれは伝説にあった炎の神なんじゃないかしら!!」

「理屈が幾つか吹っ飛んで無いか?何だよ伝説って。」

「ご存知ないの?この街の伝説。あんな有名なのに。」

 誤解されると嫌なので断っておくと、決して有名では無い。この女がこの手の話を好んでいるだけだ。

 天乃声子。オカルト好きで今時ウケ狙いとしか思えないグルグル眼鏡を付けた同級生。俺の幼馴染みでもある。この女は、昔から街の資料館やら博物館に通っては目を輝かせていた。その資料館で説明されていたのが、この街の伝説、かつてこの街を襲った危機に関する伝説だ。

 『天から降り立った炎の神が地上を焼き尽くした。それを海の神が退治した。』

 そのような話だったと思う。その海の神の使った槍が、この街の資料館に展示されているとかいないとか。昔小学校の頃に、社会科で見学しに行った記憶がある。

「あー、確か、炎と海の神の伝説、だっけか?」

「それそれ。その炎の神、この近くの資料館で、丸くて燃えている絵が描いてあった気がするの。丸、天から降ってくる、炎。つまり隕石よ!!」

 正気で言っているのかこの女。

「正気も正気よ。」

 心を読むな。仮に隕石が炎の神だとして、だからどうだと言うのか。俺が訝しんでいると、それをまた読み取ったようで、彼女が口を開いた。

「仮に隕石が炎の神なら、それを倒した海の神も本当に居たという事になる。とすれば、近くの資料館に展示されていた"海の神の槍"があれば隕石を破壊出来るんじゃあないかしら。」

 俺は悩んだ。彼女の話には一理あるように思うが、仮定に仮定を重ねた論理だ。そんなあやふやな事のために動くべきだろうか、と。そんな俺の心を読んだ彼女は強い口調で言った。

「いい?今はそんな事言ってる場合じゃあないの。正に今世界滅亡の危機という時なのよ、出来る事、試せる事は何でもやってみるしかないじゃないのよ。」

 彼女の言っている事には一理あった。確かに、今は正気かどうかを測る余裕は無い。かといってパニックに陥っても仕方がない。万が一、いや億が一、この事態を打開出来る方法があるとすれば、やるしかない。

「・・・分かったよ。やるだけやってみよう。それで、その資料館は何処だ?」

「学校を出て川沿いに十分程歩いた先よ。」

「よし、行こう。案内頼む。」

 俺の言葉に彼女は頷く。そして教室に散乱した机を飛び越えるように廊下に出ると、二人で騒乱に塗れた街へと駆け出していった。

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